人・組織の課題解決策を体系的に学ぶ、日本最大のHRイベント 日本の人事部「HRカンファレンス」

イベントレポート イベントレポート

HRカンファレンストップ > イベントレポート一覧 > 日本の人事部「HRカンファレンス2018-春-」  > 基調講演 [OA] 経済学で読み解く「働き方」と「イノベーション」(大阪大学大学院・…

経済学で読み解く「働き方」と「イノベーション」

  • 安田 洋祐氏(大阪大学大学院 経済学研究科 准教授)
大阪基調講演 [OA]2018.07.19 掲載
講演写真

リーマンショック以降、日本経済は成長率が鈍化している。大阪大学大学院・安田洋祐氏は、日本経済が復活できない要因に「低い労働生産性」と「イノベーションの不足」を挙げる。今、日本経済に負のスパイラルを招いた賃下げ圧力は収まりつつあり、正のスパイラルへと入り始めている。これからどんな「働き方の変化」や「イノベーション」が起きるのだろうか。

プロフィール
安田 洋祐氏( 大阪大学大学院 経済学研究科 准教授)
安田 洋祐 プロフィール写真

(やすだ ようすけ)1980年東京都生まれ。2002年東京大学経済学部卒業。2007年プリンストン大学よりPh.D.取得(経済学)。政策研究大学院大学助教授を経て、2014年4月から現職。専門は戦略的な状況を分析するゲーム理論。主な研究テーマは、現実の市場や制度を設計するマーケットデザイン。学術研究の傍らマスメディアを通した一般向けの情報発信や、政府での委員活動にも積極的に取り組んでいる。フジテレビ「とくダネ!」、関西テレビ「報道ランナー」にコメンテーターとして出演中。財務省「理論研修」講師、金融庁「金融審議会」専門委員などを務める。著書論文多数。


「働き方」と「イノベーション」の違いが、生産性の低さを招く

日本は諸外国と比べて、労働生産性が低いと言われる。安田氏は、その背景には「働き方」と「イノベーション」の違いがあるという。講演は、世界経済におけるGDPの動向の解説から始まった。

「リーマンショック以降、成長率のトレンドが下がっている。世界経済は全体として回復基調にありますがそのペースは緩慢です。主要国の一人あたり名目GDPのOECD加盟国中の順位を見ると、日本は20年前に世界トップクラスでしたが、その後は右肩下がりで現状だと20位くらい。相対的なパフォーマンスは決して良くありません。その背景にある問題点こそが、働き方とイノベーションなのです」

次に安田氏は、日本経済低迷の要因として「低い全要素生産性 (Total Factor Productivity:TFP)」を挙げる。

「TFPとは、資本や労働など量的な生産要素の増加では説明することができない成長要因をすべて足し合わせたもので、経済成長(GDP成長)を生み出す質的な要因を表します。目に見えない技術進歩や生産の効率化などがTFPに該当し、広い意味でイノベーションを図る指標といわれます。この数値を見ると、日本はここ20年低迷が続いています。日本でイノベーションが起きていないことを示す有力な証拠でしょう」

もう一つの日本経済低迷の要因は、低い労働生産性だ。日本と米国の労働生産性を比較すると、日本は米国の6割程度しかない。しかし、日本の労働生産性は金銭で評価されていない部分があり、実態としての労働生産性はもっと高いはずだという。

「『生産性』とは何を指しているのでしょうか。分母は労働者の総労働時間で、分子はあくまでも金銭で評価したアウトプットです。しかし、顧客の満足度をダイレクトに比較するとその実態は変わってきます。公益財団法人日本生産性本部が、日本と米国のサービス産業の品質比較を2017年7月に発表しました。調査対象の28分野の大半で、日本のサービス品質は米国よりも高く、約10~20%上回っています。日本のサービス産業の労働生産性は米国の約6割とされますが、日本の高いサービス品質は価格や生産性に十分反映されていない。同本部は『サービスを可視化して、価格に転嫁すべき』としています」

日本経済の成長を阻害する「マクロのスパイラル」と「ミクロの罠」

なぜ日本経済が成長できなかったのか。安田氏はその原因を、日本経済がはまった「マクロ・ミクロの罠」だという。一つ目の「マクロの罠」とは、失われた20年の「負のスパイラル」のことだ。

「日本の労働力は低賃金で買い叩かれてきました。そのうえ長時間労働で、労働分配率も低下している。企業は安い労働力が確保できるうちは、資本投資を積極的に行いません。投資需要が低迷すると金利は下がり、技術革新も低迷しイノベーションも起こらない。さらに投資不足によって、労働の限界生産性も減少してしまう。追加的な労働者が生み出すアウトプットが増えないと、労働者はますます買い叩かれ賃下げ圧力が強まっていきます。これが最初の低賃金へとつながって、負のスパイラルとなるのです」

講演写真

なぜ日本では、負のスパイラルが止まらなかったのか。その要因は、賃金の安い非正規労働者が多く入ってきたことにある。しかし今、日本ではいよいよ労働力が枯渇し始め、賃金が上がり始めている。いわゆるブラック企業も減りつつある。

「今は非正規の労働力が枯渇したことで転換点を迎えており、逆に正のスパイラルが起こる兆しが見えているのではないかと思います。人手不足によりいよいよ賃上げが実現して、資本投資が増加。金利上昇、TFP増加となり、労働の限界生産性も増えて、さらなる賃上げにつながっています。労働市場が売り手市場となるので、働き方改革も進みやすくなる。ただし、定型化された仕事が今後AI・ロボットに徐々に置き換わっていく可能性もあり、雇用のミスマッチの増加に注意する必要があるでしょう」

次に安田氏は日本経済がハマった「ミクロの罠」について解説した。ここで紹介された例は、キーボードの配列でのコーディネーションの失敗だ。

「皆さんが普段使うキーボードはQWERTY型のキー配列です。しかし、この配列は実はタイピングに向いていません。タイプライター時代に文字のハンマーの絡みを起こさないよう、よく使うアルファベットキーを離したため、このような配置になったと言われています。では、なぜ改善されなかったのか。ユーザーもメーカーも、その状態から抜けるインセンティブがなかったからです。これをコーディネーションの失敗と呼びます」

これを労働問題に置き換えると、サービス残業がなくならない理由が見えてくる。社員二人がサービス残業を行うかどうかの問題だ。

「社員A、Bの二人がいたとします。この二人が定時に退社するか、サービス残業をするかという選択肢により、どのように満足度が変わるかを考えます。両者が定時に退社すると、互いにハッピーなので双方が満足度2を得ます。これを『ホワイト均衡』と呼びましょう。では両者がサービス残業をするとどうか。双方が望ましくないと考えるのでともに0とします。これを『ブラック均衡』と呼びます」

では、一人が定時に退社し、もう一人がサービス残業をするとどうなるのか。安田氏は「定時退社した人の満足度は、二人とも残業した場合よりさらに低くなる」と語る。一人だけが残業せずに定時に退社すると、「自分だけが仲間から外れる」ことになり、当人が不利益を被ることが多くなる。すると満足度は大きく下がる。

社員Aがサービス残業をして、Bが定時に退社したら、Aの満足度が0、Bが-10。逆に社員Bがサービス残業し、Aが定時に退社したら、Aが-10、Bが0。そうすると一方がサービス残業した場合は、両方がサービス残業をしなかった場合と比べて、全体の満足度は大きく下がることになる。

講演写真

「個々の社員の力では、このブラック均衡からは抜け出せません。ではどうすればいいかというと、職場全体、企業全体でホワイト均衡を目指す以外にない。ここで問題なのは、ブラック均衡が実に“安定的”だということです。自分一人だけホワイト均衡を目指して行動を変えても損をする。だからこそ、「自分以外も行動を変える」と強く期待できない限り、みんなブラックに留まってしまう。そんな中でも小規模な企業には、ホワイトへの転換に成功している例も多いようです。そのような企業は典型的にトップが若く、トップダウンで指示します。トップの発言への信頼度が高く、従業員の期待をしっかり変えられるので、ホワイト均衡が実現できる。残業を強制されない仕組みをつくっても、期待が変わらなければ誰も定時であがろうとはしません。働き方改革のゴールは制度や仕組みの導入ではなく従業員の行動を変えること、そのために彼らの期待を変えることが実は重要なのです」

もう一つ、「ミクロの罠」にはインセンティブ報酬とモラルハザードの問題がある。例えば、売り上げや成果に関係なく報酬が一定なら、仕事をさぼる人が出てくる。それでインセンティブ制度が生まれたのだが、報酬を変動させすぎると、過剰なリスクを従業員に負わせることになってしまう。両方の問題を同時に解決することは不可能であり、現実世界では何らかの調整が必要になる。安田氏は、リスク負担の問題とは異なる深刻なモラルハザードの例として「マルチタスクの落とし穴」を挙げる。

「経営者の報酬が企業の短期的な利潤に応じて決まる場合、経営者はそればかりを追いかけていきます。目先の利潤を増やすことに注力して、利潤と報酬はどんどん上がっていき、ピークのところで辞めてしまう。残された企業を見ると、経営者が長期的な投資を控え、後継者の育成もサボっていたため企業価値は低くなっている。見た目の利潤をかさ上げするために、財務会計上の操作を行う誘惑も強くなります。企業業績に連動して経営者に報酬を払う制度は米国などで支配的ですが、短期的な業績改善が期待できる半面、中長期的な企業価値を損なう危険性もある。このように、複数の業務がある中で、特定の業務にしか報酬が払われないために発生するモラルハザードを『マルチタスク』問題といいます」

報酬のデザインを間違えると、深刻なマルチタスクの問題を起こす。安田氏は、あえて経営者の報酬を固定的にしたほうが、問題が少なくなることがあると強調した。

「低い流動性」を生かし「組織内の新たな結合」を促す

それでは、日本でイノベーションを生み出すにはどうすればいいのか。安田氏は二つの方策を提示する。労働市場の低い流動性を逆に生かすこと。そして組織内での新たな結合を促すことだ。

「シリコンバレーでは多くのスタートアップが起業しますが、失敗も多い。それにより人材の流動化が進み、個々の企業を越えて地域全体でイノベーションを生み出すための試行錯誤が行われています。一方、日本では起業が少なく、労働市場の流動性も低いため、企業の枠を越えたシリコンバレー型のイノベーション創出は難しい。ただ、多くの労働者が辞めずに同じ企業に留まっている状態を、逆に利点として生かす方策もあるのではないでしょうか。米国での3年以内の離職率は3分の1程度です。何かプロジェクトを行う際に、平均すると3分の1の社員は3年以内に辞めていき、3分の1はそもそも入社3年以内。長期的にプロジェクトにコミットできるメンバーは、実質半分くらいしかいません。これに対して、日本企業では社員が辞めにくいため、多くのメンバーが長期プロジェクトにコミットできます。その利点を生かしたイノベーションが起こせるかもしれません」

二つ目は、組織内で新たな結合を促すことだ。経済学者のヨーゼフ・シュンペーターは「イノベーションとは新たな結合である」と述べている。人やアイデアをマッチングしていくことがイノベーションにつながるのだ。

「従来求められてきた“優秀”な社員は、平均的なスコアやスペックが高い人。日本企業はもっと、バランスが悪くても個性が異なるタイプの社員を積極的に雇い、新たな組み合わせを見つける戦略を考えるべきです。評価も減点主義ではなく加点主義にして、どんどん失敗を奨励する。失敗からは反面教師とすべき有益な情報が得られますが、試行錯誤しなければ何も学べません。ほかにも、肩書きを気にしない社内交流の促進も重要でしょう。たとえば、社員からビジネスアイデアなどの意見を募ってそれを匿名で公開・比較する。誰の提案なのかを気にすることなく、優れたアイデアを発掘することができます」

また今後、働き方に関わる大きなイノベーションとして、AI・IoTの進展がある。AIの進展でロボットが人間の代わりをするようになるのなら、人口減少、少子高齢化を他国に先駆けて迎える日本にとってはチャンスといえる。AI・IoTにおけるイノベーションには三つのキーワードがある。一つ目は「ヴァーチャルからリアル」だ。

「これまでAIの世界は、インターネット上のサービスなどヴァーチャルが中心でしたが、今後はどんどんリアルに関わっていきます。特に自動運転などのクルマに関する技術や、人を預かる介護などの分野でAIが使われます。日本は人手不足であり、特に労働代替型のニーズが高い農業従事者、建設・物流、介護、廃炉、熟練工の後継者などの分野で多くの需要が見込めます」

二つ目のキーワードは「利便性から安全性」だ。ヴァーチャルでは利便性さえ良ければ、プログラムにミスがあっても随時修正すればよかった。しかし今後、自動運転や介護などで人そのものを扱うようになれば、安全性を第一に考えなければならない。こういった分野は、日本人がもともと得意とするところだ。

最後の三つ目のキーワードは「言語データから行動データ」だ。

「AIが学習するためには情報のインプットが欠かせません。ヴァーチャルな世界ではこの情報がもっぱら言語に依存しており、世界的な共通言語である英語でのサービスが、ローカルな言語である日本語のサービスに比べて圧倒的に有利でした。日本におけるスマートスピーカーの発売が欧米から数年も遅れたのは、まさにこの言語の壁の問題です。しかし、リアルな世界で得られるデータは、言語ではなく行動データが中心なので、こうした言語の障壁はなくなります。ここで挙げた三つの要因は、日本企業にとってプラスに働くものばかりです。今後のAIによる『ものづくり』の復権にぜひ期待したいです」

講演写真
  • この記事をシェア
日本の人事部「HRカンファレンス2018-春-」レポート
講演写真

[A-5]“組織文化の見える化”から始まる「生産性向上」

講演写真

[A]「新規事業を創出する人材」「イノベーションを起こす組織」はどうすれば生まれるのか

講演写真

[B-5]AI時代の“採用”と“育成”を考える―ソニーの取り組みから、これからの人材戦略へ

講演写真

[B]良いキャリア採用・悪いキャリア採用

講演写真

[SS-1]人事パーソンに求められる「マーケティング力」

講演写真

[C]人事が解決すべき「日本企業の問題点」――人事が考え、行動すべきこと

講演写真

[D]「好き嫌い」の復権

講演写真

[E-5]中外製薬流! 個人×組織の成長を加速させる変革型次世代マネジャー育成4つの成功要因

講演写真

[E]成長企業における1on1導入の最前線と本質

講演写真

[F-5]大手200社も導入した障がい者雇用の新しいカタチ 行政誘致も実現した就農モデル

講演写真

[SS-2]人手不足を乗り越え、全員活躍企業を実現! 「ベテラン人材」活性化のポイントとは

講演写真

[F]人事担当者に求められる「人材像」とは 何を学び、どんなキャリアを描いていけばいいのか

講演写真

[G-1]実例から伝える事業企画のつくり方-成功と失敗を分ける5つのポイント-

講演写真

[G-5]サッカー元日本代表選手に学ぶ「プロフェッショナリズムとリーダーシップ」

講演写真

[LM-1]AI+IoTの時代に求められる「職場の観察力」とは チームや従業員の行動から何をつかみ、どう活かすのか

講演写真

[H-1]「組織変革を成功させる原理原則」~組織の活性のために人事部門が今すべき事とは~

講演写真

[H]組織開発の新たな地平~診断・介入による変革から、社員自ら推進する自律的な変革へ~

講演写真

[SS-3]人事に活かす脳科学

講演写真

[I]自ら成長できる人材が集まれば、強い現場が生まれる~「自律型組織」の作り方~

講演写真

[J]「多様性」が組織を強くする!

講演写真

[K]社員の成長を促し、組織を元気にするためのアプローチ ヤフーの事例から学ぶ「組織開発」

講演写真

[L]従業員がイキイキ働く組織をつくる~幸福経営学の前野氏と3人の経営者が語る~

講演写真

[OA]経済学で読み解く「働き方」と「イノベーション」

講演写真

[OB]“多様性”は組織に何をもたらすのか 堀場製作所、森下仁丹、ダイドードリンコの事例から考える

講演写真

[OC]変化の時代のキャリア自律と企業のキャリア形成支援

講演写真

[TA]HRテクノロジーとは何か? なぜ今求められるのか?

講演写真

[TC]「産官学」それぞれの視点から考える“生産性向上”と“HRテクノロジー”

講演写真

[TE]サイバーエージェント・メルカリと考える 「テクノロジーは人事の現場をどう変えているのか?」

講演写真

[TG]HRテクノロジーが採用活動を変革する――ヤフー、アクセンチュア、日本アイ・ビー・エムの取り組み事例


このページの先頭へ