「新規事業を創出する人材」「イノベーションを起こす組織」はどうすれば生まれるのか
- 曽山 哲人氏(株式会社サイバーエージェント 取締役 人事統括)
- 入山 章栄氏(早稲田大学ビジネススクール/早稲田大学大学院商学研究科 准教授)
日本企業では、イノベーションが起きづらいと言われる。早稲田大学の入山氏は「欧米企業の施策はすべてがイノベーションにつながるが、日本企業の施策は真逆」と指摘する。しかし、現在は「イノベーション=戦略=人事」の時代であり、人事こそイノベーションベースにならなければならない。新規事業で躍進するサイバーエージェントの曽山氏と早稲田大学の入山氏が、イノベーション組織に変わるための具体策について議論した。
(そやま てつひと)上智大学文学部英文学科卒。1999年株式会社サイバーエージェントに入社。インターネット広告事業部門の営業統括を経て、2005年人事本部長に就任。現在は取締役として採用・育成・活性化・適材適所の取り組みに加えて、『最強のNo.2』『クリエイティブ人事』『強みを活かす』など複数の著作出版やアメーバブログ「デキタン」、フェースブックページ「ソヤマン(曽山哲人)」をはじめとしてソーシャルメディアでの発信なども行っている。
(いりやま あきえ)1996年慶應義塾大学経済学部卒業。三菱総合研究所で主に国内外の自動車メーカーや政府機関相手の調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。Strategic Management Journalなど主要な国際的学術誌に多くの研究を発表している。2012年に刊行した『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)はビジネス書としては異例のベストセラーとなり、2015年末に刊行した3年ぶりの新刊『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)もベストセラーとなっている。
入山氏によるプレゼンテーション:経営学からみた日本企業の人事施策の課題整理
入山氏は、欧米企業と比べて日本企業は人事の戦略化が非常に弱いと語る。
「企業が新規事業に乗り出すときは、社内も変えていかなければいけません。言うまでもなく、会社は人でできています。そのため、人のマインドセットや行動様式が変わらないと会社も変わらない。だからこそ、人事の位置づけは大変重要です。海外の経営学では、人事が戦略とひもづくことは常識ですが、日本企業は決してそうではありません」
ハーバード・ビジネス・スクール元教授のラム・チャラン氏は、「これからの人事にはCHRO(Chief Human Resource Officer)が必要」と語っている。CHROがCEOと同じ目線で経営を語り、CEOと語り合ったことを人事に落としていくことが重要だ。しかし、多くの日本企業では、先に経営戦略の意思決定がなされていて、人事はそこから下りてきたものをうまく処理する役目になっていると、入山氏は言う。
「現在の企業戦略は、イノベーションと一体化しています。新しいものを生み出せない企業は、死に絶えてしまう。これは多くの人が感じていることでしょう。『イノベーション=戦略=人事 』という式が成り立つのなら、人事もイノベーションベースにならなければいけません」
では、イノベーションとは何か。古くから経済学者ジョセフ・シュンペーターが提言してきた根本的な原理であり、その本質は「既存の知と既存の知の新しい組み合わせ」だ。
「しかし、人の認知には限界があります。同じ会社や同じ業界に長く居続けると、遠くが見えなくなり、目の前の組み合わせに終始してしまう。新たな組み合わせがつくれないから、イノベーションが起こらないのです」
イノベーションを起こす第一歩は、自分からできるだけ離れた遠くの知を幅広く取る「知の探索」を行い、自分の持つ知とどんどん組み合わせることから始まる。
「ところが多くの場合、企業は『知の探索』ではなく『知の深化』に走ります。なぜなら、探索は大変手間のかかることだからです。また、遠くの知見を持ってきて組み合わせても、その多くは失敗します。失敗を恐れて、企業が『知の探索』をしなくなっている。すると、社員のモチベーションも落ちていきます」
ここで入山氏は、欧米と日本のイノベーションベースの違いを語った。欧米のグローバル企業は今、ダイバーシティを推し進め、重要なポストにはエリートを抜てきして修羅場を経験させている。人材育成においては、会社のためではなく、市場で通用するような人材を育成している。また、社員それぞれの仕事は、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)に明記されている。
「長い目で見るとイノベーションにつながるからです。知は人が持つものですから、もっとも理想的なイノベーション戦略とは、社内にバラバラの知見を持った人材を入れること。例えば、同業他社ではなくもっと離れた業界にいた人、同じファンクションだが違う業界経験がある人など、多様な人材を採用すると、自社にない知見や経験を持ってきてくれます」
知見を集め、「これで勝負しよう」と思える組み合わせを考えられたら、企業は不確実性が高い中で意思決定をしなければならない。そのため、GEやロレアルなどでは、若い人材も重要ポストに抜てきし、不確実性の高い世界で意思決定の経験を積ませている。
「それに加えて重要なのは、人を流動化させること。いろいろな場に行くことができる人材を育成すると、人の入れ替えも行いやすくなります。欧米企業はそうやって多様な人材を育成し、すべてをイノベーションにつなげています。それに比べて、従来の日本企業の人事は同質人材、新卒一括採用、終身雇用、平等主義など、イノベーションに逆行している。この事実をどうすればいいのか、皆さんに問題提起したいと思います」
曽山氏によるプレゼンテーション:サイバーエージェントのイノベーション
曽山氏がサイバージェントに入社したのは20年前で、当時は社員数20名、売上4億円だった。それが今では、社員数4500名、売上高3700億円という規模になっている。
同社はこれまで、新たな事業をどんどん立ち上げてきた。1998年にネット広告事業でスタートし、2004年にメディア事業、2009年にゲーム事業を開始。2011年には、スマートフォンを中心とした事業シフトを行った。
もちろん、すべての新規事業が成功するわけではない。毎年10社ほど生まれる新会社の5年後の生存確率は50%だ。
「『失敗した敗者にセカンドチャンスを』と明言することが大事で、会社を継続できなかった50%の人を人事や経営がどれだけフォローアップできるか、また、どれだけ守れるか。そこから敗者復活を実現する事例を生み出せたことが、今振り返ると、弊社の躍進のカギだったように思います。イノベーション人材の育成でよく言うのは『決断経験』という言葉です。決断の経験が人材の市場価値を高めます。以前は『研修で社長を育てられないか』と考えたこともありましたが、早々に難しいことがわかりました」
次に曽山氏は、イノベーションを成功させるポイントについて語った。「変化の習慣」「経営の率先垂範」「敗者復活の事例」の三点だ。
「そもそもイノベーションは、突然には起こりません。会社の中に変化の習慣、変化する風土があることが重要だと思います。そのためには、常に小さいチャレンジをしている風土が大事です。『知の探索』を習慣化させる、ということです。二つ目の経営の率先垂範ですが、これは人事でなければできません。経営陣が何を考えているかを知り、そこに寄り添わないといけないからです」
一番うまくいった例として、曽山氏が挙げるのが「敗者復活」だ。
「皆さんの会社で、敗者から復活ができた人はどのくらいいるでしょうか。当社では立ち上げた新会社の半分が5年以内になくなりますから、失敗経験をした人材もたくさんいます。今の役員も、全員に失敗経験があります。ある意味で、もう風土になっているんですね。大事なことは敗者をどれだけねぎらえるか、前向きになってもらえるか、ということ。失敗も財産なので、次の挑戦で使わなければもったいない、と考えています」
かつて同社では、新会社がうまくいかず撤退した人のほとんどが退職していった。そこで曽山氏が始めたのは、チャレンジしたものの失敗に至った人と何度も面談して、失敗したからといって終わりではないと伝えることだった。次に何をやりたいかを聞き、その希望にあった部門に異動させる。失敗を失敗ととらえず、一つの貴重な経験として次に活かせるような機会をつくる。そうやって、安心環境をつくっていった。
「失敗経験を乗り越えると、大きな決断ができるようになります。これは制度に関係なく、人事だけでもできる施策です。人が復活して活躍すれば、事例になります。さらに事例が増えれば、風土になります。最初にチャレンジした人を、人事が1対1でしっかりとフォローすることはとても重要です」
では、新規事業を進める際のチェックポイントは何か。曽山氏は「提案数、実行数、失敗数、敗者復活数」をあげる。また、撤退ルールも明確だ。「資本金1億円を使い切れば撤退」「3四半期連続で粗利が減少したら撤退」など、ずるずると続けずに撤退を決めやすくするラインを決めている。
役員が社員と一緒に重要な事案を考える会議として、同社が大変重視しているのが、「あした会議」だ。役員一人と社員四人がひとつのチームになり、チーム対抗で新規事業などのアイデアをコンテスト形式で競い合う、というものだ。
「新規事業、コストダウン案、人事制度など、さまざまなアイデアが発表され、その結果順位は社内外に公表されます。審査は社長の藤田が行い、20〜30案の案に対して、その場で点数がつけられます。これまで多くの新規事業が、あした会議から生まれてきました」
新規事業がうまくスタートしたあとには、フォローが重要だ。曽山氏はフォローアップのポイントを四つあげる。
「一つ目は、取締役が子会社役員に入ること。経験者がアドバイスを行えるようにします。二つ目は、管理部門プロジェクトチームの設置。人事・経理・法務などの部署で新規事業プロジェクトチームをつくれば、スタートアップが速くなります。三つ目は、新規事業責任者だけの会議の実施。月1回、互いの状況を共有することで、仲間意識が芽生え、それぞれのモチベーションにもつながります。四つ目は、決断は何事も社長に行わせることです。どんな問題でも必ず社長に相談し決めてもらう。これで決断経験値が高まります」
ディスカッション:どんな企業もイノベーション組織に変われるのか
入山:会場の中には、サイバーエージェントだから失敗も容認されるのでは、と思う方もいらっしゃるかもしれません。どんな会社でも、導入できるイノベーション施策はありますか。
曽山:敗者復活制度は、どの会社も行えると思います。いまチャレンジしている人はすごく知の探索ができる人であり、貴重な人材です。しかし、失敗時に守ってあげないとすぐに辞めてしまう。だから、人事が1対1でフォローする。この施策なら、明日からすぐにできます。
入山:ユニリーバ・ジャパン人事総務本部長の島田由香さんは、よく「人事は個別対応」とおっしゃっていますね。曽山さんの話を聞いて、サイバーエージェントでもそのような仕組みをつくられているように感じました。
曽山:人事は全体として話を聞いて個別で対応する――私は、この行き来が大事だと思っています。人は気持ちのいい人としか接点を持たず視野が狭くなるので、私も普段からどのように全社としての視点を持つかを考えています。
ここで、会場との質疑応答が行われた。
会場:サイバーエージェントには資金があるから、新規事業のトライアルができるのではないかと思うのですが、こういった施策はお金がなくても可能でしょうか。
曽山:私たちは赤字のときも、将来を見据えて新規事業への投資を行っていました。以前は決めるまでに時間がかかっていたのですが、「営業利益の●割を新規事業に割り当てる」というルールを決めてから、決断が早くなりました。時代や事業の波を見ながら、踏み出すことが大事だと思います。
会場:社内でチャンレンジする人を増やすために行っていることはありますか。
曽山:新規事業のコンテストも応募数が500、1000というまとまった数にならないと風土になりません。そこで、応募数の目標を決めていました。賞金を10万円から100万円に上げたこともありますが、これはあまり効果がありませんでした。そこで、人事が一人ひとりに声をかけてみたところ、数が増えたんです。やはり、1対1の状況をつくることが人事では重要だと思います。
入山:曽山さんのお話を通じて、イノベーション施策とは身近なところで、いろいろなことができるとわかりました。今日のお話が皆さんの参考になれば幸いです。ありがとうございました。
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