「好き嫌い」の復権
- 楠木 建氏(一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 教授)
最近のいくつかの成功企業の戦略には共通点がある。経営者が「良し悪しを軸に、ベターを狙う」のではなく、「好き嫌いを軸に、ディファレントを狙う」戦略だ。しかし、多くの企業にはまだ多くの「良し悪し族」が存在し、「好き嫌い族」の復権を阻んでいる。「好き嫌い」とは何か、なぜそれが事業において重要なのか。一橋大学大学院の楠木氏が解説した。
(くすのき けん)1964年東京生まれ。専攻は競争戦略とイノベーション。企業が競争優位を構築する論理について研究している。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。1997年から 2000 年まで一橋大学イノベーション研究センター助教授を兼任。1994-1995年と2002年、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授を兼任。著書として『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)、『経営センスの論理』(2013、新潮社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください――たった一つの「仕事」の原則』(2015、ダイヤモンド社)などがある。
どちらがベターかは「良し悪し」。ディファレントは「好き嫌い」
楠木氏は、競争戦略において「好き嫌い」が重要だと言う。なぜ好き嫌いが重要なのか。そこには、これまで優先されてきた「良し悪し」との明らかな違いがある。
「我々は世の中全体でコンセンサスがとれている、普遍的な価値基準を『良し悪し』と言っています。価値基準を氷山に例えると、水上に出ている一部分が『良し悪し』で、水面下には価値観として『好き嫌い』が存在する。なぜ『好き嫌い』が大切なのかを競争戦略の観点から言うと、とても単純なことで、『好き嫌い』から違いが生まれるからです」
「戦略論」という分野をつくった米国の経営学者マイケル・ポーター氏は、この二つの違いを定義している。「良し悪し」の違いは「Operational Effectiveness:OE」で、オペレーションの効率化による違い。これは「どちらがベターなのか」を問うもので、人間で例えると、どちらの背が高いか、足が速いか、といった物差しが存在する違いだ。それに対し、好き嫌いの違いは「Strategic Positioning:SP」で、戦略的ポジショニングによる違いだ。
「ベターでなくディファレントであり、人間でいえば男と女といった違いです。そこに物差しはありません。『戦略で違いをつくる』とはディファレントになることであり、もし他社よりもベターであったとしても、それは必ずしも戦略ではない、というのがポジショニングの考え方です」
ここで楠木氏はファッション業界を例に、SPを解説した。
「ファッションは競馬のような商売です。来年は何が流行するのかを予想して新しい商品をつくることは、どの馬が1着になるのかを予想して賭けることに似ています。商品が売れる、つまり、賭けた馬が1着になるともうかりますが、外れると大変な損になります。今から40年ほど前、ZARA創業者のアマンシオ・オルテガさんは、この予想があまりにも外れるので頭にきました。そこで、来年の流行を予想するのではなく、はじめから売れているものをつくればもうかるに違いない、と考えました。ポジションが非常にディファレントなんですね。これがファストファッションというカテゴリーをつくりました」
ZARAがファストファッションの扉を開き、20年も経つと業界にもバリエーションが生まれた。ファーストリテイリング代表の柳井正氏も参戦し、どこにポジションを取るかを考えた。その答えの一つが、東レと一緒に素材から開発した冬の機能性インナーのヒートテックだ。
「柳井さんがすごかったのは、競馬場から出て、牧場までいったことです。時間はかかるけれど、絶対に勝てる馬を自分たちで育てようとしたのです。それまでのファストファッションとは、ことごとく違うことをしたわけです。これが究極の日常着である、ライフウェアという独自のポジションをつくり出しました」
ここで楠木氏は、「競走」と「競争」の違いについて語った。スポーツは、誰かが勝つと誰かが負ける「競走」だが、ビジネスにおける「競争」はそうではない。
「ZARAとユニクロとでは、『何がいいか』が違うわけです。ベクトルの大きさ以前にその向きが違う。つまり、それぞれにとって良いことを選択して行っている。良し悪しではなく、それぞれの好き嫌いが反映しているんです」
どちらがベターなのかは「良し悪し」。ディファレントは「好き嫌い」。SPが戦略であるなら、経営者ごとに答えは自ずと決まってくる。
「戦略的な選択では、好き嫌いがものを言います。日本ではこの先、人口が大きく増えることはなく、大きな経済成長も望めない。そのため、企業は自身のエンジンを使い、自ら舵をとり進むしかない。だからこそ、自分たちの好き嫌いでどこに舵を向けるかを決めることが大事です。『良し悪し』では戦略を語れません」
国語・算数・理科・社会は「スキル」。異性にもてるは「センス」
続いて楠木氏は、経営におけるセンスの重要性について語った。その入り口にあるのが、「担当者」と「経営者」の仕事の違いだ。
「経営とは何か。担当がないのが経営という仕事です。経営者は事前に設定された担当領域を必ず踏み出していく。目の前のことだけではなく、全体を相手にしようとします」
担当者には、その分野でのスキルが大切。しかし経営者になると、相手にするのは商売丸ごとであり、必要なものはセンスとしかいいようがない、と楠木氏は語る。
「『国語・算数・理科・社会』はスキルですが、『異性にもてる』はセンスです。もてない人は何かのスキルが欠けているからモテないわけではありません。スキルは努力すれば身につきますが、センスは、ない人が頑張るとますますひどいことになる。でも、僕はスキルがいらないとは言っていません。スキルを学んで成果が出るのは当たり前です。このスキルとセンスの違いを、人事の皆さんにはなかなか理解していただけない。センスを分析しようなんて最悪です。レーダーチャートで要素を分解し、測定してもどうにもなりません」
ではセンスとは何か。楠木氏は、好き嫌いと大変密接に関わっていると言う。そのため、好きなことでなければセンスにならない。
「例えば、柳井さんはスケールの大きなことが好きです。ニッチに留まっていたくない。こんなところに経営者としてのセンスが現われています」
「努力を娯楽化」し「好き嫌いのインクルージョン」の場をつくる
最後に、楠木氏は好き嫌いの観点からみた「働き方改革」について語った。まず指摘したのは、仕事と趣味の違いだ。
「仕事とは何か。趣味とは違うものを仕事と言います。趣味は完全に自分を向いた活動。自分が楽しければいい。一方、仕事は自分以外の誰かの役に立ってはじめて仕事になります。その結果として対価が発生する。『仕事は、好き嫌いを言ったら通用しないよ』などと言われますね。でも僕は、仕事こそ好き嫌いではないかと言いたい」
プロの仕事とは何か。ただ「仕事ができる」というだけでは、代替可能な範囲の価値しかない。楠木氏は「余人をもって代えがたいくらいにならないと、本当の仕事ではない」と言う。さらにプロの領域になると「この人でなければ困る」となる。どうすれば、その領域まで行けるのか。楠木氏は「努力の娯楽化がカギ」と語る。
「好きなことをしていると、はたからすごく努力しているように見えます。でも、やっている側からすれば娯楽なんです。そんな仕事ができれば最高ではないでしょうか。つまり、起点はインセンティブではなく、『好きだ』という動因。そうすると努力の娯楽化が発生します。仕事は自然と続き、結果的にうまくなる。人の役に立つとまたうれしくなって、続けたくなる。だからとにかく『頑張らない』ことが大事です」
また楠木氏は、これからの経営にとってもっとも効く要素は、「好き嫌いのインクルージョン」ではないかと語る。
「そのためには、社員一人ひとりが自分の好き嫌いを全力で社内に表明する必要があります。この大切さを企業はわかっていません。僕は社内に好き嫌いのデータベースをつくるだけでも、計り知れない価値があると思っています。世の中はまだ『良し悪し族』が多すぎるのかもしれない。ぜひ人事の皆さんには『好き嫌い族』になってもらいたい。そして真の、多様性で成果を出す会社をつくってほしいと思います」
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