組織開発の新たな地平~診断・介入による変革から、社員自ら推進する自律的な変革へ~
- 岸本 和久氏(野村證券株式会社 人材開発部 Managing Director)
- 佐々木 泰幸氏(ブラザー工業株式会社 人事部採用教育G シニア・チーム・マネジャー)
- 萩原 崇氏(ヴィジョンアーツ株式会社 代表取締役社長)
- 兼清 俊光氏(株式会社ヒューマンバリュー 代表取締役社長)
組織開発において、目標やゴールを定めて変革を進める従来型とは異なる自律的アプローチが、これからの組織には有効だと考えられている。心理学や脳科学を背景にした新たな組織開発を提供するヒューマンバリューの代表取締役社長・兼清俊光氏がその概要を解説し、実践内容と成果を、野村證券の人材開発部ManagingDirector・岸本和久氏、ブラザー工業の人事部採用教育Gシニア・チーム・マネジャー・佐々木泰幸氏、ヴィジョンアーツの代表取締役社長・荻原崇氏が語った。
(きしもと かずひさ)香港、アムステルダム、チューリッヒ、ミラノ、ニューヨークと22年間の海外勤務を経験し、主に機関投資家向けの株式営業に従事。ミラノでは拠点長、ニューヨークでは北米の経営企画を担当。本社のIR室長を歴任し、2015年7月から人材開発部で人材育成、組織開発を担当している。
(ささき やすゆき)ブラザー工業(株)入社後、生産設備設計、部品調達業務、海外工場勤務、ブラザーグループ公式Webサイトのグローバル・ガバナンス、アジアWebサイト群構築プロジェクトリーダーを経て、2014年度から人事部にて組織風土変革に携わる。「月曜日が楽しみになる会社」の実現に向かって活動中。
(はぎわら たかし)1984年 ソニー株式会社入社。ソフトウェアエンジニアとして商品設計に従事し、長年 PC/VAIOの開発設計を担当。VAIO&Mobile事業本部副本部長を経て、2015年にヴィジョンアーツ株式会社代表取締役社長に就任。クラウド技術をベースにした様々なシステム構築事業をグループ内各社に展開中。
(かねきよ としみつ)平成3年より株式会社ヒューマンバリューにおいて、「学習する組織」「ポジティブ・アプローチ」「ホールシステム・アプローチ」などをはじめとした組織変革・組織開発の哲学と方法論を活用し、クライアントとの共創アプローチで大規模組織の全社変革をはじめ、多くの組織の変革やイノベーションを支援している。
グロース・マインドセットを育む必要性
組織を評価する際には業績や売上利益など、見えやすいもので判断しがちだ。しかし、組織を形作っているもの、組織としての結果を生み出すものは、「個々の努力」「仲間とのつながり」「チームワーク」といった見えないものである。まず兼清氏が、見えないものが関連して影響する「成功の循環モデル」について語った。
「集まった人々の信頼や一体感といった関係の質が高まると、物事に対する解釈が前向きになり、意味を見出す力がついて思考の質も高まる。すると、主体的に動き積極的にチャレンジするようになり、行動の質も高まる。それによってより良い成果が出るようになり、関係の質につながっていく、というものです。マサチューセッツ工科大学のダニエル・キムが提唱しました。」
ダニエル・キムは著書で、この循環は組織にも該当すると述べている。関係の質が高い集団の中では、心配性でチャレンジが苦手なタイプの人でもポジティブなれるからだ。そのため、組織そのものの健全性を高めていくことは、個人にとっても組織にとっても重要だと兼清氏は言う。
「これまでの組織開発には、診断型モデル・問題解決モデルなどさまざまなものがありました。それなりに効果はありましたが、受け身に取り組むため、やらされ感や依存を生むという弱点があり、取り組みが終わると変化が止まり元に戻るケースも見られました。そこで生まれたのが、当事者たちが集まって話し合い、価値や強みに焦点を当てて変革や価値創造を自分たちで推進するアプローチです」
このようなアプローチでは、現場の社員が自分たちでより良いチームの状態を推進しようとする「自律性」が欠かせない。そのために、社員のマインドセットをグロースに向けることが注目されている。
「マインドセットには、チャレンジを恐れるフィックスト・マインドセットと、チャレンジを楽しむことができるグロース・マインドセットがあります。間違いを起こした際、前者では『まずい、何か言われる』と恐れが高まり、チャレンジできない状態になります。一方、後者は『どうやったらうまくいくか』と次の手を考える状態になります。成長曲線を見ると、前者は緩く、後者は非常に高いことが明らかです」
フィックスト・マインドセットを強めてしまう「恐れや不安の社会的トリガー」がある。「認めていると感じられない」「将来が見渡せていると考えられない」「自分が手綱を持っていると思えない」「安心できる仲間がいると感じられない」「公平に扱われている気がしない」という五つの感情のいずれかがスイッチを押す、と兼清氏は説く。
「グーグルが、成功したチームとそうでないチームの違いを分析したところ、恐れや不安を抱かせないチームの関係が成功には重要だとわかりました。すなわち、ソーシャル・キャピタル、社会関係資本の高い組織作りが求められると言えます。そのため、関係性という側面からの組織開発が注目されているのです」
未来共創ミーティングの実施と三つのポイント
次に兼清氏は、組織開発の具体的アプローチを紹介した。
「いろいろな手法がありますが、『未来共創ミーティング』は、現場のマネジャーが主体となって毎月1回、90分の話し合いを4回繰り返し、アクションを生成し、行動し、振り返りを行う、というものです。グロース・マインドセットを一歩ずつ育み、より良いチームの状態をみんなで作っていくアプローチです」
兼清氏は、これまで約3万人を支援してきた経験により、得られたレバレッジポイントが三つあるという。
「一つ目は、ポジティブアプローチ。自分たちの内側にある強みや価値を発見して可能性を最大化したものを描き、そこから始めるというものです。過去の振り返りと未来のイメージングには脳の同じ部位が使われるため、振り返りもポジティブアプローチで行うと、不確実な未来に対しても希望とワクワク感が高まる効果があります。
二つ目は、見える化。自分の見方と相手の見方は違うため、それを認識し共有します。そこを基点にすると、新しいものが立ち上がってきます。Ocapiという自分の状態を見える化するツールを使えば、関係・思考・行動の総合得点など、さまざまなプロパティを細かく見ることも可能です。
そして三つ目は、ダイナミズムです。現場ごとに推進チームを作ってミーティングを重ね、各現場で起きていることを拾い出して向き合います。すると、拡張的な変化が起きやすくなります」
3社が取り組む新たな組織開発の成果
ここからは、実際に組織開発に取り組んでいる3社がそれぞれの概要を語った。まずは、ブラザー工業の佐々木氏だ。
「当社になじみのある方にはミシンのイメージが強いと思いますが、五つの事業領域のうち、今や売上収益の約60%を占めているのがプリンターや複合機などの事業です。さらに産業用領域の展開や新規事業の開発に重点を置き、複合事業企業を目指して構造改革にチャレンジしています。今回の取り組みに至る大きな一因となったのは、毎年実施している従業員意識調査の結果によってチーム力の低下という課題が見えてきたことです」
そこで、昨年から「チームで変革ミーティング」という取り組みを開始。トップを対象にした3時間の説明から始め、社長を含む四十数名の役員、部門長が参加し、組織改革に関する最新の知見や先行他社の事例などを共有した。次にマネジャーの説明会を経て、国内従業員の4分の1にあたる1100名がチーム単位で年4回のミーティングに参加したという。
「この結果、全チームで変革が良い方向に進み、さらなる変革が生まれ始めています。『成功の循環モデル』である関係・思考・行動の質も向上し、主体的行動の変化も見られるようになりました。Ocapiによると、全ての項目のポイントが上昇し、特にチームの枠組みを超えた活動が加速したことがわかります。『このチームにはこんな特徴があるという気付きがあった』『有意義な取り組みだ』『言いたいことが言えるチームになってきた』というポジティブな声は、ミーティングの回を重ねるごとに増えました。Ocapiの変化がかなり大きなチームもあり、その職場ではグロース・マインドセットという言葉が流行語のように頻繁に使われるようにもなりました」
次に、野村證券の岸本氏が長年にわたる活動を披露した。
「リーマンショック後の内外ともに厳しい状況にあった時期に『会社を根底から作り変える』『部門間の壁を取り除く』といった言葉を掲げ、2011年度から組織開発を始めました。1万5000人以上、250部店以上という大きな組織ですので、各組織のトップである部店長、マネジャー層、30歳前後の若手から選抜したノミネーション層を中心に取り組みました。最初は部店長が集まり、社会、お客さま、自分の組織、自分自身の未来を描く『部店長【未来共創】ミーティング』からスタート。部門の壁を超えるだけでなくお客さま100人も研修会場に招いて『お客さまとどういう未来を築いていくのか』を話し合ったり、当社と毛色の少し違うリーダーにお越しいただいて『コラボレーションによってどんな未来が描けるか』というディスカッションを行ったりしました。同様のことをマネジャー層、ノミネーション層でも行いました」
こういったミーティングを6年間続け、一昨年からは「現場で未来共創」を掲げて、部店単位でソーシャル・キャピタルを高める自主的な取り組みも始まった。この取り組みは多岐にわたり、「サンキューカード」を使って感謝を伝え合うというユニークな活動のほか、自主的にチームを組んで業務を進める動きも現れた。
「昨年からは小さなチームのソーシャル・キャピタルを部店全体へと高めるべく、人材開発部が支店に足を運び、イベントやアクティビティを行うプログラムを実施しました。自主的なボトムアップの組織開発には時間がかかるものですが、ここ半年は社内的な成果に加えて、地域社会やお客さまを取り込んだ施策でかなりの成果も出てきています」
最後に、ヴィジョンアーツの荻原氏が語った。
「私たちは、ソニーグループの関連会社で、クラウド、AIといった比較的新しい技術に携わるメンバーが多く、80%がソフトウェアの開発エンジニアです。組織開発を始めた背景には、世界的な環境変化と、ソニーグループの分社化やビジネス構造の変化がありました。また、毎年実施している社員の意識調査で、コミュニケーションに関するポイントの低下が見られたため、それらに対応できる力を育む必要性を感じたのも理由の一つです。まず、去年7月に『VCF(Visionarts Co-creating The Future/ヴィジョンアーツの未来を共創する)活動』という名称の取り組みをスタート。その後、兼清さんに加わっていただき、課長とリーダーを対象にした1泊2日のミーティング、全社員を対象にした各課でのミーティングなどを実施しました」
ミーティングを経てOcapiの点数は上昇し、関係の質・思考の質・行動の質ともに成果が出た。アンケートによると90%が考え方・マインドセットの観点で「自分自身の変化」を実感。75%がコミュニケーション機会・関係性・相互理解の観点で「チームの変化」を実感したと回答した。好ましい数字が出た一方、今後の継続を支持する声は50%弱と伸び悩んだ。
「やはり組織開発はソフトウェア開発と異なり、到達点が明確でなくイメージがしにくい。そのため、業務とのつながりが実感しにくいのだと思います。人との関係性が基本になりますから、メンバーが変わったら同じようにできるのか、新しいプロジェクトが立ち上がったらゼロリセットになるのではないか、という懸念もあるでしょう。まだ始めたばかりですから、当然の反応かもしれません。組織開発は短期的にスキルを上げるものではなく、長期的に測定するものです。継続することが次の成果につながると信じています」
組織開発には個人の自律性と継続性が大切であることを、改めて認識することができたセッションとなった。
ヒューマンバリューは1985年の創設以来、「学習する組織」の探求など、人材開発・組織開発に関する実践と調査研究を通じて、関わる人々や組織の変革と成長を支援してきました。「人、組織、社会によりそい、学びを通して、未来につながる今を共にひらきます」。これが、私たちのミッションです。
ヒューマンバリューは1985年の創設以来、「学習する組織」の探求など、人材開発・組織開発に関する実践と調査研究を通じて、関わる人々や組織の変革と成長を支援してきました。「人、組織、社会によりそい、学びを通して、未来につながる今を共にひらきます」。これが、私たちのミッションです。
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