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働き方改革の問題点

政府が進める「働き方改革」には、多種・多様なメニューがあります。しかし、これまでにない新しい制度・施策を導入することによって、何かしらのしわ寄せや弊害が起きることも予想されます。「働き方改革」が世の中で進行していく中で、どのような問題が発生しうるのでしょうか。

更新日:2024/02/26

1. 「働き方改革」によるしわ寄せ・弊害

「働き方改革」の抱える問題点については、以下のようなことが想定されます。

(1)同一労働同一賃金

【人件費の増加】

これまで非正規労働者の賃金は正規労働者と比べて、「立場」や「職責」が違うという名目の下、低く抑えられてきました。「同一労働同一賃金」になることによって、非正規労働者の賃金が増え、トータルとしての人件費が増加します。また、有給休暇取得の義務化により、代替要員を雇うようになると、企業の人件費負担はより大きくなることが予想されます。

【正規社員からの反発】

一般的に日本企業では、労働契約書を交わす際に職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)を取り交わしません。そのため、「同一労働」の定義が明確でないと、業務範囲以外の「グレーゾーン」の仕事は正規社員が担うことが多くなり、処遇の定め方によっては反発を招くことが予想されます。

(2)長時間労働の是正、有給休暇の強制

【従業員のモチベーション低下】

罰則規定が設けられたことで、単純に長時間労動の是正や残業時間の削減だけを求めると、従業員のモチベーションが低下する懸念があります。「人件費削減が目的ではないか」と疑心を生むことになり、実際に残業代が減ることになった場合は働くことへのやる気が失われ、「不機嫌な職場」が蔓延(まんえん)しかねません。

【持ち帰り残業増加の懸念】

技術革新が進んだことにより、近年の仕事はプロセスが煩雑で必要となる文書作成が増えています。仕事の中身は以前よりも難易度が格段に上がっています。そのような状況で残業時間が削減されると、期日に間に合わせるため、家に仕事を持ち帰ってしまうケースが出てくるかもしれません。

【管理職や優秀な人材へのしわ寄せ】

「働き方改革」は、従来の働き方や雇用慣行、人事制度の見直し・改正を求めることになるので、企業と従業員の双方に「負荷(労力)」がかかります。例えば長時間労働の是正を目指そうとするとき、業務量と人員がこれまでと同じであれば、スケジュール通りに仕事が進まないこと可能性もあります。結果的にそのしわ寄せは管理職や優秀な人材など、特定の人に集中することになり、業務に弊害が出てしまうかもしれません。このような状態が続くと、組織の生産性は確実に悪化します。有給休暇を強制的に取らせることも、同様の影響が懸念されます。

(3)勤務間インターバル制度

【他の従業員の負担が増加】

勤務間インターバル制度を導入した結果、通常の始業時間に出勤しない従業員が多くなると、他の従業員の負担が増すことになります。また、勤務交替制の場合はシフトが組みにくくなるため、業務が円滑に回らないことも考えられます。管理職が不在となった場合、その間の組織運営に差し障りが出る可能性があります。

【所定勤務時間の扱い】

制度の運用上、問題となりそうなのが休息に当てた所定勤務時間の扱いです。前日の終業時刻が翌日の勤務開始時刻に影響してくるため、休息時間が所定勤務時間に及んだ場合、その時間を「有給」とするのか「無給」とするのかを、会社として決めなければなりません。仮に「無給」となった場合は、従業員からの反発が予想されます。

(4)労働時間の客観的な把握

【自己申告制による不適正な運用】

使用者には労働時間を適正に把握する責務がありますが、自己申告制に基づいて労働時間を管理している場合、不適正な運用をしている企業も見受けられます。割増賃金の未払いや過重な長時間労働など、問題が生じているケースも少なくありません。自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているのか否か、必要に応じて実態調査を実施することが求められます。

(5)3ヵ月の「フレックスタイム制」

【勤務時間がルーズで業務効率が低下するケースも】

法改正によって、最大で3ヵ月までを清算期間とする「フレックスタイム制」が導入されました。しかし、自己管理が十分にできていない従業員に適用すると運用がうまくいかず、勤務時間がルーズになり、逆に業務効率が低下するケースもあるようです。3ヵ月という長期間にわたって業務配分が適切に行われなかった場合、業務遂行に大きな支障が出る恐れがあります。

(6)高度プロフェッショナル制度

【長時間労働による健康被害に注意】

高度プロフェッショナル制度は、労働時間ではなく「成果」で賃金が決まります。しかし、どんな時間をかけて取り組んだプロジェクトでも、成果が出なければその努力は報われません。そのため、長時間労働や過労死被害を拡大させる懸念のある制度だ、と指摘するマスメディアも少なくありません。いずれにしても、業務内容の選定や対象となる人選を適切に行わなければ、優秀な人材に健康被害などを及ぼす可能性があるので、注意が必要です。

(7)テレワーク・副業・兼業など柔軟な働き方の推進

【情報漏えい、秘密保持の問題】

自社の外で仕事をすることになるため、企業秘密や重要な情報が外部に漏えいする可能性があります。また、競業避止義務の問題が生じる可能性があります。情報漏えいが起きない仕組み(システム)を構築すると同時に、副業・兼業する場合は、会社の秘密情報を漏えいしないことや、会社と競業する業務を行わないことを誓約する書面を提出させることも検討すべきでしょう。

【労働時間の把握が困難】

自社外で仕事をするため、労働者の労働時間の管理が難しくなり、場合によっては自社での生産性の低下や、労働時間の増大による健康被害なども懸念されます。労働時間に関する規定の適用に当たっては、副業先での労働時間も通算されることになるので、副業する従業員には副業先の労働時間を申告させるなど、正確な労働時間を把握する必要があります。

2. 「働き方改革」の光と影

「働き方改革」には、多様な働き方を選択できることによって一人ひとりがより良い将来への展望が持てるという「光」の部分がある一方、状況によって弊害やしわ寄せなど「影」の部分が生じているのも事実です。それを無視して「あるべき論」で進めていくと、「働き方改革」はうまくいきません。実効性を伴った「働き方改革」を進めていくには、「光」だけではなく「影」の部分もしっかりと洗い出していくこと。そして、各企業が置かれた状況下、適切なやり方を模索し、企業の生産性と一人ひとりのベストな「働き方」の両立(接点)を見出していくことが大切です。

「失敗事例」に学ぶ

「働き方改革関連法」の施行に先立ち、「働き方改革」を進めた企業もありますが、必ずしもうまくいった企業ばかりではありません。失敗したケースも少なからずあります。そうした「失敗事例」から、反面教師として学ぶべき点を見ていきます。

【A社:同一労働同一賃金の例】
「同一労働同一賃金」といっても、個人による「能力差」はあります。同一労働でも「成果(アウトプット)」に違いがあるのなら、それに対する報酬(インセンティブ)を変えないと、優秀な人ほどやる気を失って流出してしまうことになります。

販売サービスA社では、現場における販売員の仕事内容は「同一」との理由から、これまでの「年齢給」を廃止し、「職務給」という名の「同一労働同一賃金」へと一本化しました。これにより、年齢の若いスタッフのやる気が上がった一方、経験年数の長いスタッフからはこれまでの貢献が考慮されなくなったことに対する不平・不満が溜まることになりました。同じ仕事をしている限り、働きぶりが特に評価されることもないので、仕事の処理速度や接客に対する丁寧さが、目に見えて落ちていったのです。しかし、そのことに問題意識を持った現場の責任者も、「同一労働同一賃金」の下では「しっかりと仕事をするように」以上のことがなかなか言えません。さらに人材難の昨今は、新しく若いスタッフを雇うことが難しい状況です。このような状況が続いたことで職場全体のモチベーションは下がり、店舗の売上も徐々に落ち込んでいった結果、店舗間の統廃合が行われる事態になりました。確かに「同一労働同一賃金」の考え方は大事ですが、個人の能力差があるのも事実。何らかの形で、「成果」「貢献」に対する対応をセットで行わないと、貴重な人材の流出を招くことになります。
【B社:残業時間の上限規制の例】
「残業時間の上限規制」について、「余分な残業は廃止する」というトップの一言の下、率先して「残業削減」に取り組んだ人材サービスB社ですが、納期直前で慌ただしい中、多くの社員が早々に退社していくという結果を招きました。

「残業時間の上限規制」をうたったのはいいのですが、それが濫用されてしまい、とにかく残業することは良くないという職場風土が形成され、||「フォア・ザ・チーム」よりも「フォア・ザ・自分」の価値観が優先されるようになってしまったのです||。B社では先行して「働き方改革」を行ったものの、「残業時間の上限規制」に対する趣旨と目的をしっかりと説明し、従業員に納得してもらうことをしなかったため、逆に職場内の信頼関係に影を落とすことになってしまいました。
A社やB社の例を見てもわかるように、従業員が「働き方改革」の趣旨や目的を十分に理解していないと、期待する方向へと進んでいかないことが多々あります。また、新しい制度・施策を導入する場合は、それがうまく機能するようなサブシステムやフォローを合わせて用いなければ不平・不満が起きることが、両社のケースからよく分かります。

「働き方改革」は、日本企業生き残りのための必須条件

「働き方改革」は、短時間労働だけを推奨し、長時間労働をむやみに否定するものではありません。重要なのは、全社的に長時間勤務を前提としない働き方への転換、つまり、「時間が有限のリソースである」という意識を職場の全員が持ち、効率的に仕事に取り組む姿勢と言えます。

そもそも「働き方改革」とは、従業員一人ひとりが、自分の価値観やライフスタイルに従った働き方を選択できる環境を理想とする考え方です。そのために、さまざまな価値観やライフスタイルが共存できる職場風土を醸成することが求められているのです。労働力人口が減少し、多様化が進む今後、このような働き方を実現できなければ、働く人からの共感を得ることはできません。日本企業が生き残っていくためには、「働き方改革」が不可欠の条件といえます。

「ビジネスモデル」の変革が「働き方改革」にもたらす影響

近年、経営を取り巻く環境が大きく変化する中、収益を創出する仕組みとしての「ビジネスモデル」も変化しています。ポイントとなるのは、会社組織において従業員の「働き方」を決める要因として「ビジネスモデル」の存在が非常に大きくなっていることです。

なぜなら、「ビジネスモデル」が変革することにより、業務プロセスが変化するからです。すると、そこで求められるスキルや仕事のやり方も、従来とは異なったものになります。マネジメントのあり方やコミュニケーションの仕方、人事管理や人事施策などにも影響を与えます。それをいかに“最適化”していくかかが、「働き方改革」に求められている重要なテーマと言えます。

「旗振り役」としての人事部の役割

「働き方改革」においては、人事部が「旗振り役」となることが重要です。経営トップの「働き方改革」に対する思いを、しっかりと従業員に理解してもらえるようにすること。また、制度・施策として導入していく場合は、これまでの制度・施策との「違い」を明確にし、これからはどんな行動」や「成果」が求められるのかを具体的に表すことです。また、それらが現場でうまく行えるように管理職に対して啓発(研修)を行い、一人ひとりがぶれることのないよう、フォローを行っていくことも大切です。

いずれにしても、日本企業の「働き方改革」はまだ鳥羽口に立ったばかり。制度・施策をソフトランディングさせ、職場風土として形成させていくためにも、人事部には現場とのコミュニケーションを継続的にしっかりと取っていくことが求められます。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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