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日本の働き方はなぜこうなったのか
―― その強み弱みと本質的課題を考える

  • 高橋 俊介氏(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)
2016.12.28 掲載
講演写真

いま政府は、長時間労働の削減やダイバーシティの推進、同一労働同一賃金などの課題解決に向け、働き方改革を推進しているが、慶應義塾大学大学院特任教授の高橋氏は、改革の前に、なぜ日本の働き方が今のようになったのかを考えるべきだという。広く世界を見ても、働き方が決まる背景には歴史的、また地理的な理由がある。働き方の本質とは一体何なのか、高橋氏が独自の視点で働き方改革に迫った。

プロフィール
高橋 俊介氏( 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)
高橋 俊介 プロフィール写真

(たかはし しゅんすけ)1954年生まれ。東京大学工学部卒業、米国プリンストン大学工学部修士課程修了。日本国有鉄道(現JR)、マッキンゼー・ジャパンを経て、89年にワイアット(現タワーズワトソン)に入社、93年に同社代表取締役社長に就任する。97 年に独立し、ピープルファクターコンサルティングを設立。2000年には慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授に就任、11年より特任教授となる。主な著書に『21世紀のキャリア論』(東洋経済新報社)、『人が育つ会社をつくる』(日本経済新聞出版社)、『自分らしいキャリアのつくり方』(PHP新 書)、『プロフェッショナルの働き方』(PHPビジネス新書)、『ホワイト企業』(PHP新書)など多数。


日本企業の「特殊な働き方」が生まれた背景

高橋氏は、日本企業における働き方の特殊さから話を始めた。

「女性管理職幹部比率がアジアを含めて全世界の中で突出して低いこと。不安がベースで生産性が低い長時間労働であるワーカホリズムでの燃え尽きが多いこと。そして、社会や家庭への貢献が少ないこと。例えばPTAの出席者は女性が多く、男性は社会的責務、家庭的責務を果たしていません」

他にも、フルタイムとパートタイムの賃金格差が欧州と比べると大きい一方、単純労働の移民労働者が少ない。自己啓発にかける時間とお金、社会人教育参加率などが突出して低い。また、有給休暇の取得率は世界主要国の中で最低なのに国民の休日はとても多い、などといった点が挙げられる。「日本人は休みたくないわけではないが、みんなと一緒でないと休めない民族」と高橋氏は語る。また、日本のビジネスモデルにも大きな特徴があるという。

「日本は第一線の働き方を単純化して、若者のやる気で乗り越え、昇進でキャリアをつくるビジネスモデルが得意でした。ただし、今は第一線の仕事が複雑化し、昔のように頑張ればいいというやり方が通用しなくなっています。ビジネスモデルが変わったことが理由で、いま働き方改革において最大のポイントとなっているのは、生産性の向上です」

では、日本人の働き方はなぜこうなったのか。そこには長い歴史がある。

「織田信長の時代までは、下剋上で転職は日常茶飯事でした。網野善彦氏『日本の歴史をよみなおす』には、外の世界での利得獲得指向の強い重商主義の国だったとあります。そして、徳川時代の農本主義の確立と儒教の忠と孝の入れ替えが起きます。転職せずに、一人の殿さまに仕えるようなったのは江戸時代以降。その中で儒教の教えも用いられますが、忠と孝の入れ替えが行われました。自分の家と殿さまのどちらが大事か。徳川時代にはこれを入れ替えて、家よりも殿さまを大事にするようにしかけたわけです」

そして、明治維新による庶民の武士化、戦後の公職追放を経て、会社は社員のものになり、終身雇用用と組織への忠誠で高度成長を迎える。

「明治維新に国民皆兵を唱えて、庶民の武士化するようになります。戦後は、企業のオーナーたちを公職追放し、番頭が社長になりました。そこから会社は自分たちのものだ、という考え方に変わるわけですね。そして、終身雇用と組織への忠誠が日本の製造業に大いに寄与したのです」

では欧米はどうだったのか。北ヨーロッパの資本主義勃興を支えたのが、マックス・ウェーバーの言う、カルバニズムからくるBerufという概念であり、仕事規範、職種別労働組合、職務給などがつくられる。

「プロテスタントの教会が教えたのは、職業は天から与えられたミッションということ、いわゆる天職です。職種を大事にする社会になった。それで仕事規範、職種別労働組合、職務給といった社会のベースができあがるわけです。日本は会社に対するコミットメントが重視されましたが、欧米では仕事に対するコミットメントが重視されました」

しかし、職種概念の激変で職務主義は曲がり角を迎える。梅棹忠夫氏『文明の生態史観』で言われる、中間地帯の新興国は、支配民族の入れ替わり、専制君主制の歴史などから、安定した仕事規範や仕事観が形成されにくかった。

「つまり、新興国では支配がすぐ変わってしまうために、何百年にも及ぶ、一つの仕事規範型仕事観を形成することが難しかったのです。このことが新興国の組織人材マネジメントの背景としてあると思います」

世界における働き方の決定構造を知る

次に高橋氏は世界史から働き方を読み解く。紀元前7世紀以降の遊牧民族の軍事的優位性(マクニール世界史より)があり、アッシリア帝国の滅亡を招いたときから、1644年に満州族が中国に征服王朝を成立させるまで続いた。そして、島国である日本や森林に覆われた西ヨーロッパは、どちらも地理的要因によって草原地帯の侵略者たちから長期にわたって隔離されていた。

「これは文明の生態史観と重なる歴史観、他民族支配や民族や文明の入れ替えがあまりなく安定していた第一地域(日本や西ヨーロッパ)と、頻繁に入れ替わりが起こった第二地域(中国など)とを分ける大きな歴史的背景です」

そして、働き方には農業のスタイルが大きく影響する。ヨーロッパの社会は、エルベ川からロワール川までのかつて重い粘土質の不毛の地では、大型の撥土版で農業生産性が飛躍的に向上した。しかし、そのためには村落での共有財産管理が不可欠なため、ルール型社会が生まれる。

「だからここには家庭単位の農業ではなく、村落単位の農業が根付きます。その地域の人たちはルール主義です。一方でロワール川以南では家族単位の農業だったので、社会ルール型には至りませんでした」

それでは日本はどうか。日本は水田の共同作業から来る協調型となった。一方、中国では、宋の時代に小農民の商業化と世界初の市場社会が形成される。

「中国では、売り先を考える市場社会をつくりました。そのため庶民がアントレプレナーシップを持っていることには、宋の時代からの蓄積が影響している。このように今存在する一人ひとりの働き方には、どの国にも歴史的背景があることをわかっていただきたいと思います」

では日本において協調型が生まれた背景には、「農耕民族だから集団主義、島国だから単一民族」といったつながりがあったのか。高橋氏はその点を否定する。

「農耕民族でも個人主義のところはあります。最新の分子人類学によるY染色体DNAの分析では、日本は大陸での時代ごとの負け組集団の重層的民族で、多様性に富む民族であることがわかっています。大陸との間に海があるので、大人数では来られないため、少数が渡ってきて各々が共存するようになりました。その専門家である崎谷満氏によれば、民族の多様性、言語の多様性は考え方の多様性につながっています」

日本が画一的になったのは、江戸時代の農本主義に始まり、明治の教育と戦後のマスコミなどの影響がある。もともと日本は非常に多様性があり、外部の知恵をどんどん取り入れていった。だから、異質なものを取り入れることが得意だったのだ。

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次に社会心理学的視点から見た日本はどうか。北大名誉教授で実験社会心理学の権威、山岸俊男氏によれば、日本的集団主義とは組織との積極的な一体感ではなく、所属が安心を与える安定した組織から放り出されては生きていけないという、リスク回避の集団同調圧力であるという。

「山岸氏はそれを『安心社会』と呼びますが、安心社会では人間性感知能力ではなく、人間関係感知能力が強くなりやすい。集団の中でどう思われているかを非常に気にします。日本の人事は企業裁量が大きく認められる一方、企業の雇用責任が重い。そのため安心社会の内部で頑張ることで発展してきました」

中根千枝氏『タテ社会の人間関係』には、タテの流動性の日本は職務主義の欧米に比べ、「出世しないとみじめ」圧力が強いとある。

「明治のころから、このような考えがあり、日本では出世が必須でした。そして変化の激しい今の時代においては、日本は職務柔軟であることでチームワークが効き、助け合える組織となっている。しかし、その一方で外の世界の機会損失という大きな弱みを抱えることになりました」

「顧客を振り回す」「非効率な仕事は断る」という意識への改革

高橋氏はここで、いま政府で進められる働き方改革で何を考えるべきかを問う。

「キーワードは生産性と創造性だと思います。経営者にとって、この二つを上げることが重要。ここでは同じ仕事をより効率的にやる生産性以上に、より高い成果を効果的に短時間で出す生産性が求められます」

例えば、なぜSCSK株式会社では残業削減有給休暇取得増を業績向上と同時に達成できたのか。一つの要因は、手戻りのパターンを分析し、それを繰り返さないようにして生産性を上げたことだ。高橋氏は、日本企業が不効率を払拭できない理由は、原因追究ではなく責任追及に走ってしまうからだという。だから物事を曖昧に終わらせてしまうのだ。

「顧客に振り回され生産性が落ちるのは、What構築能力や対顧客リーダーシップの欠落が原因です。生産性を上げたいのならば、顧客を振り回さないといけない。多い手戻りとその繰り返し、Howの部分でも過去の繰り返しでなく違うやり方を思いつく創造性が重要です」

オリックスビジネスセンターは、仕事の分析と可視化で生産性向上と自宅勤務など柔軟な働き方を達成している。ここでは、誰が今どんな仕事を、どこまでやっているかが社員全員で共有され、相手の状況が見えることで声かけができている。このシステムは管理ツールではなく支援ツールとなっており、効率アップに大きく貢献した。

「もう一つ、こんな事例があります。徹底的に残業をなくした会社がありました。結果どうなったか、売り上げは2割ダウンしました。しかし、利益は上がった。それはなぜか。売り上げのために無理して取っていた仕事が筋の悪い仕事だったわけです。それを断わることで効率が上がりました。

私はコンサルティング会社で社長をやっていたときに、実感したことがあります。この業界の人は『来た仕事のうち10%は断れ』と言います。一番筋の悪い、最後の10%の仕事を背伸びして取ることで、その仕事が利益を下げ、効率を下げ、社員を疲弊させ辞めさせてしまう。ここを断るかどうかが、大変重要なのです。社員数はボトムに合わせて採って固定費を減らし、その人数でまかなえない仕事は断る。これまではなかなか断りづらかったかもしれませんが、今は世相も変わり、断りやすくなったのではないでしょうか」

「管理可能な安心社会」はもう過去の話

では、仕事における創造性はどうすれば引き出せるのか。実施のビジネスの現場における創造性とは、一人の天才から湧き出るというより、多様な人たちの相互触発的な関係から生まれると言われている。

「日本の教育は、正解のある問題に過度に偏ってきたため、過度に功利的な若者の増加といった問題が起きています。正解重視の時代は、多様性より均一性、外部機械の取り込みより内部取引コストの削減が重要であり、管理可能な内部者としか取引しない安心社会が適していました。でも今や正解のない問題が主流になり、大学入試も改革されようとしています」

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市場だけでなく人材を含めて、外の世界の利得機会の取り込みや意思決定の質向上に加えて、創造性を確保することが企業にとってのダイバーシティの大きな意味となる。

「今は管理可能な安心社会ではなくなっています。外部の機会を取りにいかなければいけない。それだけに企業の管理職は外を巻き込む力が必要だということです」

それでは、現在進められている働き方改革をどう理解すべきか。高橋氏は、長時間労働抑制において、中高年の過労死と若者のメンタルは分けて考える必要があると語る。

「若者にとっての長時間労働は結果です。中高年とは違う。短絡的にモチベーションの問題と考えることは危険です。また、健康経営、ストレスチェックなどの不健康要因除去と健康要因増強は両方が重要です。不健康要因を除いても健康にはなりません」

また、高橋氏は、課題となっている同一労働同一賃金問題は、職務給ではなく非正規問題であると言う。

「例えば、子どもの貧困とシングルマザーの相対的貧困率は53%もあります。こんな比率の国は先進国ではどこにもありません。これはなんとかしなければならない。また、ダイバーシティと多様な働き方は単なる少子化時代の労働力確保ではなく、創造性と生産性の問題です。次にくるのはさらなる定年延長。そのためには一生第一線で働けるビジネスモデルと兼業副業によるキャリア形成も必要になります。雇われない働き方も推進しなければなりません」

日本における働き方の本質的課題と、働き方改革の重要性について言及し、講演は終了した。

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