「リーダーシップ持論」を言語化する
- 金井 壽宏氏(神戸大学大学院 経営学研究科 教授)
今日、組織においてリーダーが求められる役割を果たすには、自分なりの「リーダーシップ持論」を持ち、それを言語化していくことが重要である。では、自分自身のリーダーシップに関する考えをまとめるには、どのようなアプローチを行えばいいのか? また人事として、ビジネスのリーダーの「持論づくり」をいかにサポートしていけばいいのか? 神戸大学大学院教授・金井壽宏氏からの問題提起と、参加者同士のグループ・ディスカッションを交えながら、「リーダーシップ持論の具体化・言語化」について考えた。
(かない としひろ)1954年神戸市生まれ。78年京都大学教育学部卒業。80年神戸大学大学院経営学研究科修士課程を修了。89年MIT(マサチューセッツ工科大学)でPh.D.(マネジメント)を取得。92年神戸大学で博士(経営学)を取得。変革型のリーダーシップ、創造性となじむマネジメント、働くひとのキャリア発達、次期経営幹部の育成、これからの人事部の役割、研究とつながる教育・研修のあり方(リサーチ・ベースト・エデュケーション)を主たるテーマとしている。これらにかかわる論文や著作が多数。『変革型ミドルの探求』(白桃書房、1991年)、『リーダーシップ入門』(日経文庫、2005年)、 『働くみんなのモティベーション論』(NTT出版、2006年)、『「人勢塾」ポジティブ心理学が人と組織を変える』(小学館、2010年)、『組織エス ノグラフィー』(有斐閣、共著、2010年)など、著書は50冊以上。
自分なりの「リーダーシップ持論」を持つことの重要性
金井氏による、自分なりの「リーダーシップ持論」を持つことの重要性に関する問題提起から、セッションは始まった。
「大学教員には、まるで歌手のディナーショーのように、教室の中を歩き回りながら生徒に歩み寄って講義を行うなど、独自の個性やスタイルを持った方が数多くいます。では、これにはどのような効果があるのでしょうか。実は、ステージ(場)を広げようという意図があるのです。広げたステージの中央に位置することによって、皆が自分の話に集中し、注意深く聴くようになる。すると、話の伝わり方(理解)も大きく違ってきます。いずれにしても自分独自のスタイル(持論)を持っている人は、周りに与える影響力が違います。実は、これと同じような効果・効用はリーダーシップを発揮する際にも期待できます」
ただし、リーダーシップの場合、時と状況や、どのような立場の人がやるかによって、その効果・効用は異なってくる。例えば、研修の講師が部屋の中を歩き回りながら、参加者とコミュニケーションを密に取りつつ話を進めていくのは効果的だろう。しかし、会社の幹部が集まった会議室で若手社員がプレゼンテーションをする場合、果たしてそうしたスタイルは適切だろうか。おそらく、反感を買うだけだ。リーダーシップの持論を持つことはとても大事だが、発揮する際の「置かれた環境(TPO)」を十分に考えなくてはならない。
その上で重要となってくるのが、持論を「言語化」することだ。職場では、「男は黙って……」は通用しない。雇用形態や就労観の多様化により、モチベーションの源泉が異なる人たちが混在している今日の職場でメンバーに機能的に動いてもらうためには、リーダーは自分の考え方ややり方を明確に示す必要がある。自分なりのリーダーシップとはどういうものなのか、どのように職場運営を行っていくのか。それらを理解してもらうには、なるべく短いセンテンスで言い切るのと同時に、その具体例について数多くの「引き出し」(事例)を持っていなければならない。また、相手のタイプによってうまく使い分けていくことも重要である。なぜなら、考え方は人によって異なるので、効果的なアプローチも、人それぞれで違うからだ。
「そのためには、まずは自分の考えを言葉にして、口に出してみること。その言葉があまり効果がないと思ったのなら、表現を変えてみることです。意固地になることはありません。柔軟に対応すればいいのです。このように自分なりの持論を持ち、自分なりの言葉でリーダーシップを具体的に語ることが、これからのリーダーには欠かせない要件と言えます」
「アップダウン」「自己調整」から「持論」を導き出す
では、どうすれば自分なりの「持論」を持つことができるのだろうか。そのためには、自分がモチベートされた経験から、自分なりのモチベーションの源泉を考えること。自分がどのような時にやる気がアップダウンしたのか、その要因を探すことだと、金井氏は言う。そこから、リーダーシップのあり方を考えていくのだ。そして、リーダーシップを育むために、リーダーシップにまつわる自分の「一皮むけた経験」を振り返ること。このようなプロセスを経ることによって、自分なりの「持論」と、それを裏付ける「経験」がひも付いてくる。
「具体的は方法としては、ある程度長い時間軸(1~2週間)で、自分のモチベーションがアップダウンした具体的な経験・出来事を掘り起こし、内省します。なぜ、自分のモチベーションがそこで上がったか(下がったか)を確認し、自分のモチベーションを左右する要因を探し出すのです。それがはっきり見えてきたら、なぜ落ち込んだのか、あるいはワクワクしたのかが分かります。そのようにモチベーションをうまく自己調整しながら、自分なりのモチベーションの持論を導き出します。ここで重要なのは、モチベーションはダイナミックなプロセスだということ。常にアップダウンすることを忘れてはいけません。落ち込むことは、誰にでもあります。そして、やる気が落ち込んだ時には、何とか回復する必要があるわけで、だからこそ自己調整が大事なのです」
このような持論を導き出すアプローチ(アップダウン→自己調整→持論)は、リーダーシップでも同様だと金井氏は言う。
「落ち込んだ部下を自己調整させて、いかにやる気にさせていくか。そのためには、どのようにアプローチしていけばいいのか。リーダーには、確固たる持論が求められます」
どのような時に人は「やる気」がアップするのか
金井氏が参加者に対して、どのような時にやる気がアップするのかをたずねたところ、下記のような回答があった。
- 自分の仕事、存在が認められた時
- 仕事の見通しが立った時(営業職時代)
- 上司から褒められた時
- 何かに集中できる時、時間に余裕がある時
ここで金井氏は、フレデリック・ハーズバーグの「二要因理論」を紹介した。同理論における「動機づけ要因」と「衛生要因」では、モチベーションにおいて「あると、ワクワクするもの」「ないと、ガッカリするもの」に分けて整理している。
「この理論には賛否両論あるのですが、非常によく引用される理論であるのも事実です。会場の方の意見を聞いてみても、動機づけに関しては、多くの人にアピールする要因があるように感じました」
動機づけ要因(あると、ワクワクするもの) | 衛生要因(ないと、ガッカリするもの) |
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ワーク・モチベーションでなく、スタディ・モチベーション(勉強意欲)に置き換えれば、子どもなりの持論も明確になる。例えば、高校生くらいに成長すれば、以下のような勉強を続けるための要因があると考えられる。
- 受験や資格のため、仕方なく
- 学歴や地位を得ようとして
- 親や先生にやらされている
- 勉強ができると優越感があるから
- 他人に負けたくないから
- みんながやっているので、何となく
- 先生が好きだったから
- やらないと後で困ることになるから
- 将来の職業に必要な知識が得られる
- 頭の訓練として
- 好きな勉強はそれ自体が面白いから
- 分かる楽しさがあるから
- 充実感が得られるから
また、東京大学大学院教授・市川伸一氏が提唱する「学習動機の二要因モデル」(市川理論)では、上記の勉強意欲に関して、以下のような六つの要因に整理している。このように見ていくと、「市川理論」の方がハーズバーグ以上に、持論アプローチに近いと金井氏は語った。
「やる気」の自己調整をどう行うか
先日亡くなった元ラグビーの日本代表監督・平尾誠二氏は、金井氏とは旧知の仲である。平尾氏のリーダーシップ持論は非常にユニークであると同時に、神戸製鋼時代にリーダーとして、大きな成果を出したことを金井氏は称賛する。
「平尾さんのリーダーシップ理論は『一人で背負い込まないこと』で、特にコンテンツはありません。その代わり、誰とリーダーシップをシェアするかに重点を置いていました。それはゲームリーダーのほか、イメージリーダーとチームリーダー。平尾さん自身はゲームリーダーであり、常に試合に勝つことだけを考えています。そのために、メンバーから嫌われることを厭いません。一方、チームリーダーは、この人がいるとチームがうまくまとまる、ということを考えます。さらに、イメージリーダーは、誰も思い付かないような突飛もない作戦を考え出します。例えば試合中、事前に考えた戦術がうまくいかないとき、平尾さんはイメージリーダーの考えを参考にし、それを積極的に取り入れていました。実際、それが当たることも、たびたびありました。このようなフレキシブルで効果的なリーダーシップの下では、試合における選手のモチベーションは非常に高いものになっています」
つまり、「リーダーシップのための何ヵ条」ということではなく、「リーダーシップをどうシェアするか」に平尾氏は注力したのだ。学者が作った理論以上に、ラグビーの試合という実践の場において、平尾氏の持論がうまく機能したことを、金井氏は改めて強調する。
「ところで、モチベーションをやる気・意欲と訳すことが多いのですが、モチベーションはそれ自体がダイナミックなプロセスであること(アップダウンがあること)を忘れてはなりません。落ち込んでいる時も、そのアップダウンの理由や背景を説明できれば、自己調整を行うことは可能です。また、そこから持論を持つこともできます」
自己調整(持論を持つこと)で重要なのは、アップダウンという現実がある中、ポジティブなものがネガティブなものを内包し、ネガティブなものがポジティブなものを内包するサイクルである、ということである。モチベーションはまさに生き物。だからこそ、それを導くリーダーシップが必要なのだ。
↓
2.不快
↓
3.回避したいという欲求
↓
4.逃げるだけでなく、動く先に希望を見出す
↓
5.接近したいという欲求
↓
6.希望が叶えられる
↓
7.満足、リラックスする
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8.活動が止まることもある
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9.より大きな希望を抱く
↓
10.現状と希望にズレが生まれる →1.に戻る
「人が動かすことがリーダーシップ論のエッセンスならば、リーダーシップの実践的持論は、モチベーション論を内包することです。人はなぜ動くのかの持論を内包したリーダーシップ持論が、今ほど求められている時代はありません」と語り、金井氏の問題提起は終了した。
この後、各テーブルの受講者同士が、金井氏の講義の感想とお互いの意見交換を行った。その後、金井氏との「質疑応答」があり、盛況の下「ランチミーティング」は終了した。
【主な参加者からの感想】
- 持論を持つことの重要性を理解することができた。
- 学者の理論は参考となるが、自分の経験から「自信を持って言えるリーダーシップのあり方」を身に付けることが大切だと思った。
- 肩書きではなく、自然発生的に出てくるリーダーが理想だと感じた。
- 状況によって、行動面では違いが出てくる。それでも、根底にあるリーダーシップがぶれていないことが、重要ではないか。また、そうでなければ、メンバーは付いてこないように思う。
- リーダーは目標達成することが、何より大事であるのは間違いない。しかし、モチベーションなど、メンバーとの関係性もより大事であることが分かった。
- 人事にとって、現場のリーダーをいかに育てていくか、その重要性と育成のヒントを知ることができた。
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