経営戦略としての「働き方改革」「健康経営」
- 有沢 正人氏(カゴメ株式会社 執行役員経営企画本部 人事部長)
- 垣見 俊之氏(伊藤忠商事株式会社 人事・総務部長(兼)人事考査室長)
- 野田 稔氏(明治大学専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授/一般社団法人社会人材学舎 塾長)
「働き方改革」「健康経営」への注目度が、ここ数年で急速に高まっている。この二つは密接にリンクしており、将来の日本の人口構造を考えても重要な問題と言える。これら課題に先進的な取り組みを行っている、カゴメ株式会社の有沢正人氏、伊藤忠商事株式会社の垣見俊之氏をパネリストに迎え、明治大学専門職大学院教授の野田稔氏の司会で、両社の改革の実態やその取り組み効果、進め方などについて議論を交わした。
(ありさわ まさと)1984年に協和銀行(現りそな銀行)に入行。 銀行派遣により米国でMBAを取得後、主に人事、経営企画に携わる。2004年にHOYA株式会社に入社。人事担当ディレクターとして全世界のHOYAグループの人事を統括。全世界共通の職務等級制度や評価制度の導入を行う。また委員会設置会社として指名委員会、報酬委員会の事務局長も兼任。グローバルサクセッションプランの導入等を通じて事業部の枠を超えたグローバルな人事制度を構築する。2009年にAIU保険会社に人事担当執行役員として入社。ニューヨークの本社とともに日本独自のジョブグレーディング制度や評価体系を構築する。2012年1月にカゴメ株式会社に特別顧問として入社。カゴメ株式会社の人事面でのグローバル化の統括責任者となり、全世界共通の人事制度の構築を行っている。2012年10月より現職となり、国内だけでなく全世界のカゴメの人事最高責任者となる。
(かきみ としゆき)1990年慶応大学経済学部卒業後、伊藤忠商事入社と同時に人事部に配属。1995年10月から実務研修生として約1年半ニューヨークに派遣。帰国後、人事考査・労務問題・職務給制度導入・組合対応など、人事制度全般を担当。2003年より、4年間伊藤忠米国会社のDirectorとして再度ニューヨークに駐在。HRデューデリや北米地域の人事戦略全般を担当すると共に経営企画も兼任。帰国後2008年4月より伊藤忠におけるグローバル人材戦略全般の構築・推進、また、2011年4月からは本社のダイバーシティ推進も兼任。2012年4月より、企画統轄室長として人事・総務全般の戦略・企画立案を担当。2016年4月より現職
(のだ みのる)一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。野村総合研究所、リクルート新規事業担当フェロー、多摩大学教授を経て現職に至る。大学院において学生の指導に当る一方、大手企業の経営コンサルティング実務にも注力。2013年に社会人材学舎を設立、ビジネスパーソンの能力発揮支援に取り組む。専門は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。
“企画とオペレーションの分離”で担い手を明確化
まず有沢氏が、カゴメの「働き方改革」を紹介した。
有沢:働き方改革は2年前から実施しています。最初の目的は、仕事の担い手がごちゃごちゃになっていて、重複した仕事が多い状態をなくすこと。企画をする人と、オペレーションをする人とを分離して、それぞれのミッションを明確にしました。また、午後8時以降は残業を禁止にして、5時半になると職場の真ん中にデスクを置く部長に帰社するように働きかけました。すると、部下も帰りやすくなり、残業時間が約25%減少しました。
これは評価制度にも組み込み、残業の多い部署の上司は評価を下げるようにしました。最終的には、時間、場所、個人の考えなど、さまざまな軸が多様にからみ合い、それを個人が選択できる形が究極の働き方改革ではないかと考えています。
野田:仕事の明確化は、日本人の一番苦手なところではないかと思います。うまくいきましたか。
有沢:各部でミーティングを行い、その場で「部長決済」「決済がいらないもの」と仕事を振り分け、30%の仕事を削減しました。カゴメでは始めたばかりで、成功かどうかまだ判断できませんが、抵抗する声も考慮して、伝え方を工夫しています。トップが各現場に足を運んで強い意思を伝えた後に、ブレークダウンした形で人事が話をする形にしました。
野田:昔、あるテレビ局で制作のオペレーション業務を全て外注化したら、若手の制作スタッフが育たなくなったという話がありましたが、育成面はどうですか。
有沢:新入社員にはまず、現場や支店でのオペレーションを学ばせます。数年後に企画とオペレーションを分離して、キャリアコースを選択してもらうようにしています。基本的には短期的なパフォーマンスは求めず、長期的な経営戦略の中の大きな軸として「働き方改革」を考えました。
朝型勤務のための徹底した仕掛け作り
次に、垣見氏が「働き方改革」の経緯を語った。
垣見:2010年度に、会議と資料を徹底的に減らしました。1年後には、全社でオフィシャルな会議は3割減り、資料も半減しました。一方、1995年にスタートさせた全社一律のフレックスタイム制度は、結果として、残業が増えてしまいました。その原因は効率的に働いて、時間当たりの生産性を上げようとする意識の欠如です。そこで、フレックスタイム制度は4年前に、育児や介護など事情のある社員限定に変更しました。
そして3年前に取り組みを開始したのが、「朝型勤務」です。このような「働き方改革」を推進する上でのポイントは、社員の意識と業務プロセスにあります。この二つを変えると、確実に成果が出ます。そのためには、現場の責任者であるミドルマネージャーがその気になって、組織を運営することが重要であり、働き方改革あるいは組織マネジメント力の観点から、2016年度よりこれらの取り組みを評価項目に加えています。
朝型勤務の導入によって、総合職と事務職の残業は1年後に10%、2年後に12%、現在では15%減りました。通常この手の施策は効果が継続しないことが多いため、常に推奨する仕掛けを行い続けています。今年の8~9月には朝型促進キャンペーンを実施し、20時以降原則禁止の残業を19時半に繰り上げました。また、朝7時半からの有識者による無料講演会を行ったり(3回)、朝の語学無料レッスンを企画したりもしました。希望者が殺到し、2ヵ月間のキャンペーン効果が大きく表れたことに驚きました。
弊社では、朝型勤務を推奨するという、会社側の姿勢を継続して見せることで、「働き方改革」を経営戦略、人事戦略として浸透させています。2016年度からは、育児・介護・怪我など、事情のある社員を中心に在宅勤務を認め、時間や場所にとらわれない働き方にも少しずつ取り組んでいます。
野田:仕事の「質」には、何か変化が見られましたか。
垣見:時間当たりのアウトプットを上げることを言い続け、評価制度にも落とし込みましたので、仕事の質も上がっています。
野田:クリエイティブな仕事の場合、集中というより沈思黙考だと言う方もいるのではありませんか。
垣見:確かにいますが、会社にいてもよいアイデアは浮かばないというのが私どもの考えです。営業の場合、アイデアはお客さまとの会話の中から生まれますし、繊維担当者の場合なら、どんなファッションが注目され、どんな服が売れているかは、百貨店やセレクトショップに直接足を運ぶ事で情報が取れますし、新しいアイデアが湧いてきたりします。
野田:有沢さん、カゴメではいかがでしょうか。
有沢:垣見さんと全く同じで、商品開発をする際に、いい商品が浮かぶケースはスーパーマーケットで、次がレストランです。商品開発や営業の人間はそこに行っています。海外に行く時も必ず1日は市場視察を入れて、現地のものを食べることを推奨しています。会議室にこもって商品開発の会議をやることはあまりありません。
スマートフォンやPC経由で専門家がアドバイス
続いて垣見氏が「健康経営」の施策を紹介した。伊藤忠商事は同業他社に比べて社員数が少ないこともあり、「最少人数で最大成果を上げるため、企業価値向上のための経営戦略」として「健康経営」を位置づけている。
垣見:仕事に集中できるだけの健康力がなければ、中長期的に常に高いパフォーマンスを上げ続けることは難しいと考えています。そこで今年6月に健康憲章を策定し、トップの名前で社内外に発信し続けました。社員一人ひとりは、高いパフォーマンスを上げるための重要な要素である健康に責任を持つことをコミットし、そして会社はそのために徹底してサポートする、というものです。
禁煙推進プラン、人間ドッグ・健康診断受診率100%促進の他、健康マイページも新たに作成。これはPCやスマートフォンからいつでも自分の健康診断の履歴や指数が分かり、専門家から指導を受けることができるシステムです。肥満度の高い人は通常の人より、糖尿病で5倍、高血圧で3.5倍の危険性があるそうです。そこで、BMI25以上の若手にはウェアラブル端末などを配りました。これで健康や睡眠状態が常に把握でき、専門家のアドバイスも受けられます。若いうちから健康への意識を持たせることが重要です。
野田:意識は変わってきていますか。
垣見:中には「大きなお世話」という反応もあるので、「あなたの健康のためでなく、企業力、企業価値向上のための経営戦略としてやっている」くらいの意識で言い続けています。数値的な成果はこれからです。食事の重要性にも着目し、社員食堂には健康メニューを並べていますし、健康マイページ上では食事の写真を送信すると専門家からアドバイスが届く仕組みも作るなど、意識変革を図っています。
健診内容やメンタルヘルス対策を強化
次に「カゴメにふさわしい心と体の健康企業への転換」ということで、2年前からいくつものプロジェクトが始まったという「健康経営」の内容について、有沢氏が語った。
有沢:メタボまたは準メタボと診断された社員には健康目標シートを送って、毎日の体重、歩数を記入してもらい、上司に提出させました。すると、1年後にBMI25以上の人の60.7%で、体重が減るという効果が出ました。
また、「カゴメ健康7か条」を作成。アプローチ方法は、ポピュレーションアプローチとハイリスクアプローチの二つです。前者は普段からできることで、自社の野菜の飲料や食品の社員への朝の提供、全家族への野菜保存食や快眠グッズの支給などを行いました。ウォーキング推進、オフィス派遣のヨガ教室も始めています。ポピュレーションアプローチとしては、歯科検診、分煙、再受診などを行っています。再受診しない場合は、最終的に人事部長名と総務部長名で「評価に関わる」という警告書が届きます。今は健診の強化も考えており、ピロリ菌検査、人間ドッグ、PSA検査は来年から全部必須化する予定です。まずは自己管理が原則ですが、会社のサポート体制も強化しないといけないと考えています。
野田:お二人にお伺いしたいのですが、メンタルヘルスに関して行っていることは何かありますか。
垣見:7~8年前から、産業医と臨床心理士と現場が三位一体となった改革をスタートしました。一番大事なのは一次予防です。メンタル不調の社員の特徴、気をつける点などについてビジネス領域ごとに組織長全員が集まり、実際に発生したケースを全部開示してワークショップを行っています。残業時間などのデータや360°サーベイの結果を統合しながら取り組んだところ、3年間で大きく発症率が下がりました。弁護士にも入ってもらい、メンタル予防の取り組みにはかなり力を入れています。
有沢:基本的には一次予防が中心ですが、当社もケーススタディを用いながら「この言動のどこがいけなかったのか」「何をすべきだったのか」「どんなフォローが必要だったのか」といった内容を共有しています。この試みによって、かなり効果が出ています。メンタルヘルスも経営課題だという認識を持ち、逐一報告を上げるようにしています。
いかにボトムアップを図り、トップや周囲を巻き込むか
最後に、参加者からの質問を受付けた。最初の質問は「トップのオーナーシップが発揮しにくくボトムアップから行動を起こしていく事例やヒントは?」
垣見:労働組合は、特に働き方改革で会社と一体になって取り組める重要な組織です。組合の意見も盛り込めると、会社を動かす力になると思います。あとは、意識の高い組織や組織長の取り組みを、イントラネットや社内報でPRし支援することです。これは、少しずつ会社を動かすためには非常に有効な方法と思います。
有沢:垣見さんとほとんど同じですが、正直なところ、ボトムアップは難しいと思っています。組合のない企業の場合は、社長に物が言えるような、いわゆるキーマンやキーポジションにいる人をうまく活用することが大事です。
次の質問は「経営層の理解がなかなか得られない場合の具体的な働きかけ方は?」
有沢:利益や生産性向上に関心がない経営者はいませんから、この要素から働きかけることが大事です。そのためには、今ロスが発生している事実を数量的、定量的に見せること。コンサルタントを入れて、そういった数字を見せるとインパクトがあります。周りの人や他部署で関心がないような場合にも、第三者を入れると各部署を巻き込めると思います。
垣見:朝型勤務を実施する時に、組織長を巻き込むことは大変でしたが、説得する上では、どういう文脈で何のためにやるかというストーリーを持つことが肝となります。「ヘルスケア向上ではなく、企業価値向上のために行うのです。最少人数で戦えるようにするには、一人ひとりが生産性を上げなければ勝てません。これは勝つために行うのです」といった文脈で、経営陣を説得しました。
野田:日本は、2100年に今の3分の1まで人口が減ると言われています。いかに少ない人数で高い生産性をキープするかということは、一企業にとどまる問題ではありません。未来の日本を幸せな国にしていくためにも、働き方改革と健康経営は大変重要な課題になると思います。
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