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企業が主体的に行うストレス・マネジメントの実際
~ストレスに前向きな対処をする企業となるために~

  • 川上 真史氏(ビジネス・ブレークスルー大学大学院 教授)
2017.01.13 掲載
講演写真

2015年12月から、改正労働安全衛生法に基づき社員のストレスチェックが企業に義務付けられた。今後は、社員に対して定期的にストレスの程度を評価していくこととなる。ただ、ストレスの問題は分かっているようで、漠然と捉えられているのが実態。そこで、本セッションでは、「企業が主体的に行うストレス・マネジメントの実際」をテーマとして取り上げ、「ストレスに前向きに対処をする企業となるためにはどうすればいいのか」について、川上真史氏の講演と参加者同士によるディスカッションを実施。企業と社員双方にとって意味のある取り組みとはどのようなものであるかを、参加者全員で考えた。

プロフィール
川上 真史氏( ビジネス・ブレークスルー大学大学院 教授)
川上 真史 プロフィール写真

(かわかみ しんじ)京都大学 教育学部 教育心理学科卒。産業能率大学 総合研究所 研究員、ヘイ コンサルティング グループ コンサルタント、タワーズワトソン ディレクターを経て現職。主に、人材の採用、評価、育成システムについて、設計から運用、定着までのコンサルティングを担当。また、心理学的な見地からの新しい人材論についての研究、開発を行うことで、次世代の人材についての考え方も世の中に提唱する。2003年~2009年 早稲田大学 文学学術院 心理学教室 非常勤講師。現在、ボンド大学大学院 非常勤准教授、明治大学大学院 グローバルビジネス研究科 兼任講師(社会心理学担当)、株式会社ヒューマネージ顧問、株式会社タイムズコア代表も兼任。


ストレス・マネジメントに関する誤解が混乱の要因に

まず、川上氏が語ったのはストレス・マネジメント論がかなり混乱しているという現状だった。

「メンタル・ヘルスマネジメントとストレス・マネジメントが全く同じものとして捉えられてしまっています。あくまでも、メンタル・ヘルスマネジメントは医学・薬学の領域です。頭の中を一度まっさらにしてください。なぜそうした混乱が起きているのか。混乱の最大の原因は、ストレスと言う言葉にあるんです。例えば、『あの上司がストレスだ』とか『最近ストレスでイライラする』などと良くいいます。実は前者と後者ではストレスの意味が全く違います。前者はストレスの原因論を言っていますが、後者はストレスの結果論です。原因論と結果論を両方ともストレスという言葉でまとめているので、混乱が起きてしまっているのです」

ストレスに関する用語として、代表的なものが二つある。一つは、ストレスの原因となるものを意味する「ストレッサー」。そして、もう一つがストレッサーを原因に生じる精神的・肉体的な障害を意味する「ストレス反応」。この二つを一つの言葉で代用してしまっていることが、混乱を招く要因になっているようだ。

「多くの企業はストレス反応だけに目を向けて、どうやって癒やし解決していくかに注目しています。この点に手を打つのは良いのですが、原因論と結果論がある時に、どちらに取り組んだ方が効果的であるかは明らかです。原因を取り除いていった方が根本から解決できます。ただ、日本ではストレッサーを明確に特定して取り除く動きが極度に欠落してしまっています。その点が問題なのです。ストレス反応に焦点を当て過ぎです」

川上氏が、もう一つ強調したことがある。それが、「今増えているのはうつ病ではなく、うつ状態に陥っている人だ」という事実だ。

「要はうつ病とうつ状態が一緒にされてしまっているのです。どう違うかというと、うつ病は精神疾患であって、精神的なストレッサーが存在しなくても症状が出てしまいます。あくまでも生理学的な問題です。一方、うつ状態というのは、適応障害で明確なストレッサーの存在があります。そのストレス反応でうつ状態が出てきてしまうのです。原因は、セロトニンという脳内の神経伝達物質の不足と言われています。ただ、症状はいずれも全く同じ。だから混同されているんです。あくまでも、うつ病はメンタルヘルスの世界。ストレッサーから出ているストレス反応をどうするかが、ストレス・マネジメントの世界。今、企業で増えてきているのはストレッサーが明確に存在している方です。企業がやるべきことは、社員のストレッサーを解決することだと理解してください。企業のなかにどんなストレッサーが存在しているのか、どうすれば軽減できるのかを把握していかなければならないのです。この点が区別できていないケースがとても多いと思いますので、ここを整理するのが基本になってきます」

ストレッサ―に手を打つコーピングは4種類に分かれる

企業がもっと主体的に取り組んでいくべきは、ストレス・マネジメントであることは納得できるであろう。ならば、実際にストレスの原因となるストレッサーに対してどのように手を打っていけば良いのか。そのために必要な行動として、川上氏はコーピングの重要性を提示する。

「ストレッサーを除去したり緩和したりするのがコーピングです。大切なのは、ストレッサーに積極的に対処する人と消極的に対処する人に分かれるということです。これによって、ストレス反応の大きさが変わってきます。当然ながら、積極的コーピングの方はストレス反応が明確に低いといえます。本質的な問題解決を行うからです。その積極的コーピングも二つに分かれます。一つが問題解決コーピングです。ストレッサーを軽減することですが、ゼロにする必要はありません。あくまでも軽減するということがポイントになってきます。そして、もう一つが支援獲得コーピングです。自分の力ではとても問題が解決できそうもない時に、上司などの支援を獲得してその力を借りてストレッサーを解決していこうとする動きです。何も解決せず、放置されっ放しでは困りますからね。ただ、どうも日本では人から支援を受けるのは、精神的に弱いことであるという考え方があります。これは、違うとはっきりといいたいですね。もちろん、誰かが支援してくれるのをただ単に待っているのは、積極的ではありません。自分から支援を獲得に行くからこそ積極的なのです」

講演写真

もちろん、全員がストレッサーに対して積極的に手を打ち、ストレス反応を軽減できるわけではない。消極的に対処する人がいることも理解しておかなければいけない。

「消極的コーピングも二つに分かれます。あきらめ(我慢)コーピングと逃避コーピングです。いずれもストレス反応が明確に高いといえます。例えば、あきらめコーピングでは最初から解決することをあきらめてしまい、ひたすらストレッサーを抱え込んでしまいます。また、逃避コーピングはストレッサーに合わないようにしているだけですから、何も解決されません。この傾向の方は、すぐに会社を辞めてしまいます。どんな企業に行こうが、どんな仕事に就こうがストレッサー・ゼロなんてことは絶対にありませんからね。限界を超えるとストレス反応が異様に高まってくるはずです。だから、転職を逃避コーピングでやっている人は頻度がどんどん多くなるのです」

つまり、ストレス・マネジメントの基本は、いかにして積極的コーピングを促進するかにある。カウンセリングというと、相手の話を受容的に聴いて受け入れてあげるというイメージがあるが、それ以上に、いかにしてストレッサーを軽減するか、解決するかを話し合うことが大切になる。また、企業にあるストレッサーとその解決方法は、当然、その企業の人、特に本人や上司が最もよく分かる。企業が主体的にストレス・マネジメントに取り組む必要があるのは、これが理由である。

「もう一つの問題があります。ストレスに関する用語で、ストレス耐性とストレスの解消というのがあります。実はこの二つの言葉によっても、ストレス・マネジメント論に混乱が起きています。ストレス耐性とは、ストレッサーがあっても我慢し耐え抜く力を意味します。あきらめコーピングと言い換えても良いでしょう。どこかで心が折れるはずです。一方、ストレスの解消とはストレッサーがあっても他のことに取り組み、一時的にストレッサーの存在を忘れることを意味します。実は、逃避コーピングそのものです。この二つがストレス・マネジメント論において重視されすぎである点も指摘したいと思います」

ストレスに前向きに対処するための三つのポイントとは

ストレス・マネジメント論に関する前提が語られたところで、川上氏はグループ・ディスカッションの時間を設けた。「今それぞれの企業がどういうストレス・マネジメントを行っているのか。今できていないことはないか」を参加者同士で話し合うことで、問題意識を深めてもらいたいからだ。ディスカッション終了後、川上氏は各社で共有してほしいポイントとして以下の3点を強調した。

「まず第一は、ストレッサ―とストレス反応は分けること。原因と結果を分けて考えなければいけません。第二は、コーピングです。これには、積極的コーピングと消極的コーピングがあるお話を既にしました。どういうことろにストレッサーを抱えているのかを本人と面談の上、特定しフィードバックする体制が必要になってきます。そして、最後はストレス反応の進み方を理解することです。一般的には四つの段階があります。個人差はありますが、基本型を共有すれば結構です。確かに、ストレス・マネジメントは容易な問題ではありません。なかなか解決できないこともありますが、難しい話だと決めつけないでください。また、ストレッサーをゼロにすることを考え過ぎてもいけません。少し軽減するだけでもだいぶ楽になるのです。共有したいポイントは上記の三つで十分です。それらを押さえておくだけで、かなり効果が出てきます」

講演写真

引き続き、川上氏はストレス反応の進み方に関する4段階とは何かを説明した。第1段階が「疲労感・疲弊感の高まり」だ。ゆっくり休んでも疲れが取れない状態を指す。第2段階が「怒り・攻撃性・イライラ感の高まり」。ちょっとしたことですぐにキレてしまうのはこの段階の特徴で、最近日本では、この段階に進んでいる人をよく見かける。。第3段階が「緊張感の高まり、パニック状態」だ。頭の中が真っ白になってしまい、何もできないか極端な行動を取ってしまう。この段階では、精神的なストレス反応だけでなく、身体に症状が現れることもある。神経性の胃腸炎などは、その典型である。最後の第4段階が「憂うつ感」だ。強い自己否定や自信喪失、他者の忌避といった行動が顕著になってくる。

「私は第1段階ではコーピングはしません。ただ、第2段階に来たらコーピングすることが多くなります。攻撃性を持ちながら仕事を続けると問題が起こる確率が高まるからです。第3段階に入ったら即座にコーピングが必要です。100%問題が起きます。この段階になると本人では問題解決ができません。周囲から支援を提供すべきです。第4段階になると、そろそろ適応障害です。こういう四つの段階でストレス反応が進んでいくのですが、企業でのストレス・マネジメントの基本は、第3段階まで進ませないこと。信号で言えば、第2段階が黄色で第3段階が赤であることを覚えておいてください。大切なのは、耐性ではないんです。我慢強さを強調するよりも、即座にコーピングを行ない、少しでもストレッサーの解決に取り組むことを社内に是非徹底させてもらいたいと思います」

ここで再度、川上氏は参加者にグループ・ディスカッションを行うことを呼びかけた。参加者自身が今までどの段階まで進んだことがあるか。その時のストレッサーは何であったかを振り返ることで、誰もが当事者になりうることを再認識してほしいという狙いがあったのではないだろうか。

コーピングの基本を抑え、それぞれの企業に合った手法を採用すべき

今後、企業側や上司側に求められる対応は何か。川上氏が指摘するのは、以下の3点だ。ストレスに対する正確な知識の周知と部下のストレスに対する的確な対応方法の習得。そして、ストレスの問題に対する誤解や偏見の除去だ。

「どなたにも、ストレス反応が進んだ経験があるはずです。それを、精神的に弱いからだと決めつけるのではなく、むしろ本人がどれだけのストレッサーを抱えているのかを正確に把握することがポイント。ともすると、上司のなかには部下の攻撃感やイライラの高まりに気付かない人もいるくらいですから」

実際、今の社会にはストレスの問題が多発している原因と想定されるものが数多くある。例えば、仕事の難易度の高まりだ。質・量ともに昔と比べると比較にならないほどになっている。また、人材マネジメントのレベルや内容も変化する状況に合致しなくなっている点も挙げられる。昨今の若手は以前に増して、効率・効果を希求している。片や、40代・50代には依然として気合いと根性のマネジメントをはやし立ててるものがいる。間に立つ30代は板挟みの状態といって良い。さらには、ストレスの問題に対する誤解、思い込みも大きい。ストレスで折れるのは弱い人間であるという思い込み。それらがすべてストレスの問題を複雑にしているといって過言ではない。では、コーピングを促進していくためには、どんな手順を踏めば良いのであろうか。

「問題解決と全く同じ流れです。まずは、ストレッサーとして考えられることをリストアップします。それらを優先順位付けするわけです。次は、コーピング方法を検討し、何が最も効果が期待できるか、実現可能かを判断し絞り込んでいきます。そして、最後にコーピング方法を実行するわけです。ストレッサーの優先順位付けを行う際の視点は、当然ながら緊急性が高いとか、ストレス反応との結びつきの強いものが極めて重要になってくるのは言うまでもありません。ただ、なかには対処できないストレッサー、解決できないストレッサーもあるはずです。でも、そういったものはどうしようといっても話が進みません。やはり、解決できるものから解決していくことが重要なのです。要は、ストレス反応がどのくらい進んでいるかを把握すること。進んでいる場合には、少しでもストレス反応を軽減したほうが良い。恐らく本人は、色々なストレッサーを抱えていることでしょう。その総量をいかに減らすかに着目すべきなのです。コーピングの基本は、解決できるところから対処していくことです。これもぜひ、押さえておいてください」

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加えて、川上氏はコーピング方法を特定する際の考え方にも触れた。

「日本人は気が短いのか、1回のコーピングでストレッサーをゼロにすることを考えすぎる傾向があります。そこで私からの提案です。ストレッサーの総量が100%であるとすると、5%程度軽減することから着手してもらいたいのです。5%減るだけでも精神的にかなり楽になってきます。だから、ゼロにこだわりすぎないようにしてほしいですね。この点もぜひ共有しておいてください」

川上氏は、援助を効果的に求めるためのコミュニケーションとして「DESC法」も紹介した。相手を不快にさせずに、自分の気持ちを伝える話法であり、これも社内に共有してほしいと付け加えた。

DESC法のDはDescribe。状況や相手の行動など事実を描写する、伝えるというもの。Eは、Express。描写したことに対する自分の主観的な気持ちや意見を表現・説明することを言う。SはSuggest。状況を変えるための解決策・妥協案を提案する。そして、最後のCがConsequenceだ。解決策を実行することでどのような効果・結果につながるかを示唆するという流れになる。

さらに、コーピングの方向性として別なトピックも解説された。どんな状況だとストレス反応が高まりやすいのか、ストレッサーが解決不能とはどのような場合を言うのかということだ。

「横軸に仕事の要求度が高いか低いかを、縦軸に裁量権を持っているかいないかを設定します。当然、最もストレス反応が高いのは右下です。難易度が高く、かつ裁量権がないというゾーンです。決定するプロセスに参加できるだけでも、ストレス反応はかなり違ってきます。何か発言できるだけでも良いのです。そういった取り組みも大切になってきます。要求度を高めているにもかかわらず、裁量権が伴わないと当然ストレス反応が大きくなるだけです。それだけに、裁量権も抑えておいてください。また、ストレッサーがなかなか解決できないという場合、ストレッサーについて分析するだけでもかなりストレス反応が違ってくることもお伝えしておきます。何がストレッサーなのかを明確に捉えて、具体的に整理していく。それで結構落ち着きます」

講演の最終パートでは、川上氏はコーピングに関連する概念である「レジリエンス」(精神的な回復力)の二つの側面についても触れた。行動的アプローチによる回復と認知的アプローチによる回復である。

「行動的アプローチで精神的な状態を回復するのがレジリエンスです。ストレッサーに対して手を打ち、それを解決・軽減することによって回復するのですから、まさにコーピングそのものです。一方、認知的アプローチはストレッサーに対する認知の仕方を変化させることでストレッサーを小さく見ていくということです。具体的には、自動的にネガティブに考えることをストップさせて、どうするかだけに思考を集中させるわけです。そこだけを認知させるやり方や、あるいはとにかくポジティブな部分だけを認知していくというやり方、さらには自己催眠を活用するやり方もあります。こうした根本的な理論も抑えた上で、それぞれの企業に合うものを行ってほしいと思います」

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