社員の「モチベーション」を高める組織とは~人は何を考え、どう動くのか~
- 本間 浩輔氏(ヤフー株式会社 上級執行役員 コーポレート統括本部長)
- 曽山 哲人氏(株式会社サイバーエージェント 取締役 人事管轄)
- 太田 肇氏(同志社大学 政策学部・同大学院 総合政策科学研究科 教授)
企業において古くて新しい悩みといえる、社員のモチベーション問題。組織が抱える多くの課題も、元をたどればすべてがモチベーションにつながっている。この厄介な代物を組織はどう扱うべきなのか。そして、そこには本当に手立てがあるのか。ヤフー・本間氏、サイバーエージェント・曽山氏、モチベーション論の第一人者である同志社大学・太田氏が、組織におけるモチベーション管理の手法について語り合った。
(ほんま こうすけ)1968年神奈川県生まれ。早稲田大学卒業後、野村総合研究所に入社。コンサルタントを経て、後にヤフーに買収されることになる株式会社スポーツ・ナビゲーション(サイト名:スポーツ・ナビ、現ワイズ・スポーツ)の創業に参画する。2002年同社が傘下入りした後は、ヤフー・スポーツのプロデューサー、ピープル・デベロップメント本部長などを経て、2016年より現職。
(そやま てつひと)1974年生まれ。上智大学卒業。1999年サイバーエージェントに入社し、2005年の人事本部設立とともに人事本部長に就任。2008年取締役就任。取締役を6年務め、2014年より執行役員制度「CA18」に選任され現職。著書に『クリエイティブ人事』、『最強のNo.2』など。
(おおた はじめ)1954年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。京都大学経済学博士。公務員を経験の後、滋賀大学経済学部教授などを経て2004年より同志社大学教授。専門は組織論、人的資源管理論。経営者、ビジネスマンなどを相手に講演やセミナーを精力的にこなし、マスコミでも広く発言している。著書として『承認欲求』『お金より名誉のモチベ-ション論』(以上、東洋経済新報社)、『日本人ビジネスマン「見せかけの勤勉」の正体』(PHP研究所)、『承認とモチベーション』(同文舘出版)、『公務員革命』(ちくま新書)、『組織を強くする人材活用戦略 』(日経文庫)、『がんばると迷惑な人』『個人を幸福にしない日本の組織』(以上、新潮新書)、『最強のモチベーション術 人は何を考え、どう動くのか?』(日本実業出版社)などがある。
太田氏によるプレゼンテーション:社員のモチベーションを高める組織とは
最初に太田氏が、日本におけるモチベーション問題の現状を解説した。「社員が定着しない、若者が受身で挑戦意欲に乏しい、女性社員の昇進意欲が低い、中高年の意欲低下が顕著……。これらは企業が抱える課題ですが、すべてはモチベーションの問題と言えます。しかし、日本人はもともと勤勉で、モチベーションは高かったはず。なぜ、このような状況になってしまったのでしょうか」
ここで太田氏は、いくつかのデータを示した。日本の非正社員を除いた正社員の年間総実労働時間は、この20年間短縮が進まず、主要国の中で突出して長い。有給休暇の取得率も低いままで推移。日本人は相変わらず勤勉であるように見える。では、モチベーションはどうか。示されたのは従業員のエンゲージメントの国際比較だ。
「エンゲージメントとは組織や仕事に対する関わり方であり、日本語では『熱意』と訳されることが多い言葉です。国際比較を見ると、日本は28位と下位になっています。一方、労働生産性や国際競争力は90年代半ばまではトップクラスでしたが、それ以降は急落し、15位以下まで下がっています」
なぜそうなったのか。太田氏は95年ショックの影響を上げる。「このころからパターン化された仕事はITに取って代わられ、求められる能力が大きく変わりました。仕事はただ長い時間頑張ればいいのではなく、そこで人に求められるのは創造性や革新性、ひらめき、感性といった人間特有の能力になりました。要するに、ここでモチベーションの<量>を追究してきたマネジメントが破たんしたのです」
これまでは何かあれば、頑張り、一丸、 全力など、モチベーションの量で考える傾向があった。しかし、これらは質を表していない。
「量と質は、分けて考えるべきだと思います。量でいくら頑張っても、生産性で何倍も差がつくことはない。しかし質が変わり、素晴らしいアイデアが出れば、会社に大きな貢献ができます。いま政府が推進する働き方改革の成否も、モチベーションの<量>から<質>への転換にかかっていると言えます」
では、改革を実現するポイントとは何か。創造性、想像力、洞察力、感性など、ICTに代替されにくい能力は、それが発揮されるプロセスが見えにくい。人の頭の中で行われているものばかりだ。
「従って、評価や管理が困難であり、従来のマネジメント手法が通用しません。そしてこれらの能力は、強制や命令では発揮されません。結局は自発的なモチベーションに依存します。結論を言えば、質の高いモチベーションを引き出すような枠組みをつくって支援し、あとはパフォーマンスで見るしかありません」
それでは、質の高い自発的なモチベーションの源泉は何なのか。ここで良く言われるのは内発的モチベーションだ。
「これは楽しい、面白い、刺激的といったもので大変重要ですが、刹那的であり、長続きしない面もあります。それとは異なり、潜在意識の中には別の要因が潜むことが多くあります。成功者を見ると、そこには『野心』や『ナルシシズム』といったものがある。これは根拠のない自信のようなものです。日本企業がこれを与えられるどうかは重要なポイントです」
それでは今、日本企業においてモチベーションに関する課題とは何か。太田氏は、二つの課題を挙げた。一つは自分の能力に対する自信を植え付けることだ。
「健全なナルシシズムを持たせるには、心理学で言う自己効力感、有能感が必要です。そして、そのためには成功体験が必須であり、そう思えるには権限が与えられていなければなりません。現場への権限委譲、挑戦の機会、承認される機会が必要です」
もう一つは、野心やナルシシズムをかきたてることだ。「野心をかき立てるには、日本型組織のインセンティブ・システムだけでは不十分です。そこには思い切った抜てき、社外からも注目される機会、スピンアウトのチャンスなどが必要。これらは社外にある資源です。これまではポストや給与など社内の資源で動機付けを行ってきました。これからは社外にある資源に目を向けて、モチベーションの<質>を高める発想を実践することが求められています」
ディスカッション:モチベーションアップの施策とは
太田:社内で実際に行われている、モチベーションアップのための施策を教えていただけますか。
本間:モチベーションは、古くて新しいテーマです。今回このセッションで取り上げられたのも、未だに有効な手が打てていなくて、魅力のあるテーマだからだと思います。まず考えるのは、モチベーションは会社が制御できるものなのだろうか、ということです。会社が与えてくれるものではなく、自分自身で気付いて、コントロールするものであるという前提に立ったときに、会社として何ができるかを考えなければいけません。
ヤフーには1 on 1(ワンオンワン)という制度があります。これは上長と部下が積極的に対話をしながら、自分自身のモチベーションのありかを探していくものです。極端なことを言えば、もしポケモンGOをやるような高いモチベーションで仕事に臨むことができていたら、こんな問題は一切起こらないでしょう。モチベーションを扱うとは、そんな領域に人事が入らなければいけない問題だということです。そこでヤフーの場合は、モチベーションは個人が探していくもので、それを会社が支援するのだと考えました。そういった流れに変えることが重要なのではないかと思います。
曽山:モチベーションを上げるために重要なことは、主役感だと思います。いかに本人が自分の人生で主役を演じられるか、そのための支援をどこまで人事が行えるか。主役感を持つために大事なことが三つあります。一つ目は、ほめることです。ほめる量を増やさない限りは、本人を認めることにつながりません。自分が正しいのかを確認できる意味でも、ほめることは重要です。当社では各部門で月末に表彰式を行い、半年に一度は全社でも盛大にほめることを行っています。
二つ目は、共通項を増やすことです。これによって不安という障害を取り除き、仲間を増やすことができます。当社では部活動や懇親会を支援しています。チームで飲みに行くことを条件に一人月5000円を出しています。この制度を始めて、以前に比べると退職率が大きく下がりました。三つ目は裁量権を与えることです。自分で動かしている感覚が持てれば、モチベーションは大きく上がります。
太田:確かに、人というのは他人に認められたい生き物ですね。この点はこの先もずっと、モチベーションに関わる要因であり続けると思います。では次の質問ですが、社内でモチベーションが下がる場面もあると思います。そのときの要因にはどんなものがありますか。
本間:僕の知り合いに『イノベーションはなぜ起きないのか』という本を書いた山口周という人がいます。日本の人事と日本の社会がイノベーションを起こらなくしている、という論拠です。誰かがよいアイデアをつぶしてしまう。人事制度も同じようなところがあって、目標管理制度や上長の意志などで、イノベーションがつぶされています。無気力は、学習性によって生まれると言われます。最初から無気力な人はいませんから、人はどこかで無気力を学習している。企業も同じようなところがあって、新人のころは活発だったのに、どこかで無気力になる。だから、やはり人事制度や上長の役割が重要なのだと思います。
太田:なぜ人は無気力になり、イノベーションを阻害する側に回ってしまうのでしょう。その仕組みの問題点はどこにあると思われますか。
本間:一つは評価の方法だと思います。この20年、目標管理制度が入ってきていいことがあったのか。同時に、成果の質も変わってきているのではないか。その点では、徹底的に上長と部下で対話するしかありません。正しいフィードバックと正しい対話を行い、「エネルギーを発揮できる仕事とはどんな仕事か」を考える。一つの例ですが、営業は嫌だと言いつつ、その苦労話をイキイキと話す人がいたとして、その人に「今はイキイキしてるね」と教えてあげることで、本人が気付く部分もあると思います。熱中できる部分と仕事をできるだけ重ねていく。全部重なるのは無理だとしても、30度くらいの角度まで重なれば、相当よい形だといえるのではないでしょうか。
ディスカッション:チームとしてのモチベーションを考える
太田:モチベーションを下げる要因について、曽山さんはいかがですか。
曽山:要因はやはり、過剰な管理ではないかと思います。そうなると、社員は嫌になってしまいます。動ける若手と動けない若手がいるとして、一体何が違うかというと、動けないほうは損得を読み切れていないんですね。若手は得だと思うと、どんどんチャレンジします。そのバランスが制度としてうまくできていると、よいのではないかと思います。
太田:過剰管理が起こるとき、それ自体が目的になっていることもあります。管理以外のところに生きがいや、モチベーションにつながるような仕組みが必要ですね。ではここで、角度を変えてみます。チームに対して、個人のベクトルを合わせるような方策というのはあるのでしょうか。
曽山:その前に気になるのは、そもそも個人間の信頼関係があるのかということです。私は、チームにおいてリーダーが持っていなければいけない情報が一つあると思います。それは感情の一次情報です。リーダーは、チーム一人ひとりの感情をわかっていなければなりません。しかし、チームの人数が多くなってくると、リーダーが一人ひとりと直接話していないことも出てきます。実際にその人と話すと、報告と違っていることもある。例えば、ある人のことを「扱いづらい」という報告があったのに、実際にその人に会ってみると、正しいことを強めに主張しているだけだった、ということもあります。また、当社ではチームとしてまとまるための施策として、プロジェクトレポートを作成してもらっています。半年に1回、チーム全員が集まって、半年先のチーム目標を考えるのです。全員参加で目標を決めることがモチベーションにつながっています。
本間:僕もチームでは、話すべきことをしっかりと話す時間を持つことが重要だと思います。飲み会もいいのですが、大事な話ができないこともある。だから10分でも15分でも、真面目にフォロワーの話を真剣に聞く時間を定期的に持つことは大事です。また、チーム運営のために、管理職は組織についての専門的な知識を持つべきだと思います。「チームビルディングと関係の質はどう違うのか」といったことに、答えられるくらいの言語は持たなければならないと思います。
それともう一点、僕が思うのは、案外責任感が強い人はチームで仕事することが苦手だということです。仕事に責任感が強い人は、責任の分界点を明確に作りたがる。そして、その先のことは「私は知らない」となりがちです。そんな人が最近増えているように感じます。そういう人たちは、実は結構仕事ができる人たちなのですが、こんな人を集めた集団が本当に強い組織かというと、決してそうではない。このような違いを分かって介入できるリーダーをつくらなければ、いけないと思います。
太田:今日は、大変参考になるお話をうかがうことができたと思います。皆さま、ありがとうございました。
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