Jリーグ チェアマンが語る組織・人材マネジメント~Jリーグを経営する~
- 村井 満氏(公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) チェアマン)
- 楠木 建氏(一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 教授)
2014年1月に、Jリーグチェアマンに就任した村井満氏は、数々の改革を行うことで、関心度の低下や観客数の減少を招いていたJリーグの人気を回復させてきた。今では年間の入場者数が1000万人を超え、入場料や広告料も軒並みアップ。その経営手腕に多くの注目が集まっているが、具体的にどのようにしてJリーグを「経営」しているのだろうか。一橋大学大学院の楠木建氏がその組織・人材マネジメント術について聞いた。
(むらい みつる)1959年埼玉県出身。浦和高校から早稲田大学法学部を卒業し、83年に日本リクルートセンター(現在のリクルート)に入社する。神田営業所に配属され、近辺の中小電気ショップを中心に求人広告の営業活動を行う。88年に発生したリクルート事件後、人事部門に異動となり、人事畑の業務が中心となる。2000年に人事担当の執行役員に就任、04年にはリクルートエイブリック(後のリクルートエージェント)代表取締役に就任し、11年まで社長を務めた。同年RGF Hong Kong Limited(香港法人)社長に就任し、13年まで務めた後に同社会長に昇格する。リクルート執行役員時代の08年に日本プロサッカーリーグ理事に選任され、2013年まで務める。14年に第5代日本プロサッカーリーグ理事長(チェアマン)に就任した。
(くすのき けん)1964年東京生まれ。専攻は競争戦略とイノベーション。企業が競争優位を構築する論理について研究している。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。1997年から 2000 年まで一橋大学イノベーション研究センター助教授を兼任。1994-1995年と2002年、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授を兼任。著書として『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)、『経営センスの論理』(2013、新潮社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください――たった一つの「仕事」の原 則』(2015、ダイヤモンド社)などがある。
代表チームの「正循環」とJリーグの「負循環」
最初に村井氏が、これまでにどのような手を打ち、どのような成果が得られたのか、プレゼンテーションを行った。
「チェアマンになる前、私は人事畑にいました。人材関連企業の社長も務めていたこともあります。私の唯一の趣味がサッカーで、スタジアムでもよく観戦していましたが、アスリートのセカンドキャリアのサポートをするうちに、Jリーグの社外役員として会議に月1回だけ参加するようになりました」
村井氏が2008年に社外理事に就任した時のJリーグへの国民の関心度は男女とも4割ほどあったが、リーマンショック、東日本大震災、ネットやスマホの普及によるコンテンツ多様化の中で関心は降下。入場者数が減り、収益が落ち、それを元手に投資する原資もなくなる、という負のスパイラルにあった。配分金にも窮するようになり、Jリーグは前任チェアマン時代に起爆剤として2ステージ制を導入したが、村井氏が就任したのはその直後である。
「どんどん海外に選手を抜かれてJリーグのブランド力が低下し、収益も悪化するという状況でした。この状態を放置しておけば、さらに選手が海外に流出し、代表チームのサイクルもマイナスに入ってしまいかねない。このミッシングリングをどう取り戻すかが課題でした」
そこで村井氏は、次の世代を担う選手の輩出、魅力あるサッカーの国民への伝達がレバレッジポイントだと考え、打ち手を次の五つに絞った。「魅力的な選手育成」「デジタル技術の活用」「スタジアムを核とした地域創成」「インバウンドを増やすためのアジア戦略」「経営人材の育成」だ。さまざまな施策を行った結果、世間のJリーグへの関心は高まり、2015シーズンの入場数は年間1000万人を超えた。また、2015年と2014年の比較では、デジタル戦略が奏功したこともあって、インプレッション数が10倍になったという。
「サッカーそのものについては、KPIをいろいろセットしてPDCAを回してきました。結果的に、ペナルティーエリアの外からもゴールを狙うプレーが43%ほど増加。ボールを奪ってからゴールするまでの平均時間が7.7%短縮され、逆転勝ちが2割増加。魅力あるサッカーにするための指標をトラックできたことで、大きな変化をもたらしました。そんなサッカーを見ていた海外放映プレーヤーが2016年夏、10年で2000億円というJリーグへの投資を決定。その結果、NTTと組んで、全てのスタジアムをフルWi-Fi化して数万人が一斉に動画が見られるというスマートスタジアムの投資資金も獲得できました」
生き残る選手に共通する「傾聴力と主張力」
続いて、村井氏が行ってきたさまざまな施策の「キーワード」を投影しながら、楠木氏とのセッションが行われた。
楠木:「ドイツ美人教師」というキーワードがありますが、どのようなお話でしょうか。
村井:これは、この前のFIFA™ワールドカップで優勝したドイツと日本の差は何だろうと探っていく中で発見したものです。17歳以下の国際大会期間中にドイツ代表の選手は宿舎で、数学や地理の勉強をしていました。教師がマンツーマンで選手の横に座り、数学を指導していたのです。サッカー選手には自律的に考える力が大事で、「場を観察する力→考える力→判断する力→伝える力→やり切って統率する力」といったサイクルが日常からトレーニングされていないと試合には勝てません。人間力を高めることが大切だという話です。
楠木:リーグ全体としてペナルティーゾーンの外からのシュートを増やすといった技術的な変化が起こせたのは、なぜでしょうか。
村井:それは「ミサイルの追尾技術」に該当します。リーグのなけなしの資金を投資してJ1全スタジアムに導入したものです。衛星から発射角度と初速と加速度を解析し着弾点を予測するという技術を使い、両チームの選手22人のボールを追尾しました。これによって全員が何キロ走ったか、最高速度は誰で時速何キロだったか、スプリントは何回やったか、ヒートマップはどこを動いたかと、これまでなかった視点でデータがトラックできるようになりました。
楠木:人事の皆さんとしては「傾聴力と主張力」というキーワードが気になるのではないでしょうか。
村井:2005年にJリーグへ新加入した選手のプロファイルを、監督や指導に携わった人にインタビューしたのですが、世界で活躍して代表に選ばれている選手の共通点は、心技体が図抜けていることではないとわかりました。
コンピテンシーやインベントリーとして見る能力を50項目ぐらい挙げた上でインタビューし、明らかになったのは「傾聴力の圧倒的高さ」「主張する力の強さ」です。その理由は、サッカーが非常に理不尽なスポーツだからです。3年連続得点王でも代表に選ばれなかったり、真面目にプレーしていてもケガで選手生命が絶たれたり、チームメイトとの関係性次第で力が発揮できなかったりします。何よりも、手を使わないスポーツですからミスの連続です。これだけ理不尽な競技でポキポキ心が折れ続ける中、リバウンドメンタリティーを持っている選手が勝ち残っていたのです。
リバウンドするために必要なものは「日本はこうだけど、ドイツはどうしてこうなのか」といった傾聴し主張する力であることが分かってきました。実際に傾聴力や主張力を育てていくアクションとして、論理体系を指導現場へと落とし込んでいます。
楠木:同じスポーツでも、競技によって適したマネジメントは違うと思います。そういう意味からも「生業文化論」というキーワードについてお聞かせください。
村井:これは私の仮説ですが、メーカーにはメーカーの生業があって、持っている本質があります。メーカーはエンジニアが共同してコンパクトないいものを作りますので、自己主張よりも協働が非常に大事です。だから、個人競技ではなく、ラグビー部やサッカーチームを持っているところが多い。これは本質にメッセージがあるからだと思います。Jリーグの場合は、先ほどお話したようにミスのスポーツですから、経営の本質に「ミス」を置きました。PDCAではなくPD「M」CAとし、どれだけミスをし、それを許容するかを掲げて、今までのやり方で成功したらプラス0点、今までのやり方を変えて失敗したらプラス50点、今までのやり方を変えて成功したらプラス100点という考え方を通達しました。
楠木:本性には逆らえないということですね。他の競技や業界でうまくいっていることを取り入れてもかえって逆効果で、何をやって何をやらないのかという一つの基準として面白いと思います。このような変革が、なぜ村井さんがチェアマンになるまで起きなかったのかと考えてみると、サッカーに限らず、どの分野にも必ず思い込みがあるからだと思います。単になまけているとか勘違いしているからではなく、長年培われてきた思い込みに強い合理性があるからです。Jリーグでも、それに従っていたため、流れが止められず成果も出なかったのではないでしょうか。サッカーチームの経営者や選手や監督でなかったからこそできたことを教えてください。
村井:就任時に全クラブのホームスタジアム、ホームタウン、クラブハウスを回りました。そこで見つけた共通する課題が、各クラブにはSEOに対するエンジニア、セキュリティーなどを構築するエンジニアがいない、ということです。そこで、Jリーグでエンジニアを採用してデジタルプラットフォームのインフラを作り、あとは各クラブで更新や編集すればイーコマースもセキュリティもSNSもできるようにすることを提案しました。。
楠木:新しい視点で切り込むと、手を打つ価値のあるところが発見されるものなのですね。
魚と組織は、天日に干すと日持ちがよくなる
最後に、会場参加者に聞きたいキーワードを挙げてもらい、村井氏が解説した。まずは「魚と組織は天日に干すと日持ちがよくなる」がリクエストされた。
村井:これは「半径10メートル」とセットでお話します。情報を制限しても翌日にはネットに流れてしまうものですから、情報を全て開示して会見では自分の言葉で話すことにしています。また、私の就任時にはチェアマン室と専務室は分かれていましたが、大部屋にして情報をオープンにさせました。大部屋でメディアのインタビューも受けますから内容は全部共有されますし、全ての意思決定がその場でできます。そこにオープンを作り、フェアネスを作るということです。
次に「四つの約束」について語られた。
村井:これは就任してすぐに行ったことで「簡単に倒れない」というポスターを作りました。レフェリーにファウルだと言い訳して倒れていないでリスタートを早くする、コーナーキックではボールを蹴るまでの間に水を飲んだり、休んだりする時間を長くとるのはやめよう、といったことです。ワールドカップ全試合で計測したところ、コーナーキックを蹴り戻す時間は、世界では26.4秒、Jリーグは30.6秒で4秒も遅かった。これでは間延びしたサッカーになってしまいます。KPIをセットして毎週ごとの試合を全件フィードバックしてPDCAを回しています。
楠木:最後にメッセージをお願いします。
村井:今日お話ししたことは、53のクラブ、リーグで働いている人間たちの間で、これまでああでもない、こうでもないと試行錯誤しながらやってきたことです。まだ改革のプロセスの途中であり、これからも何が起こるか分かりませんが、スピーディーに失敗を恐れずに進めてまいります。ぜひJリーグに注目してください。本日はありがとうございました。
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