起業の原点は「持続可能な医療の実現」
健康経営を支援することで日本企業の成長へつなげる
株式会社エムステージ 代表取締役 兼 グループCEO
杉田 雄二さん
世界的に優れているといわれる、日本の医療技術や国民皆保険制度。一方で、その背後には医療人材の長時間労働や医療費の高騰など、さまざまな問題点があることが指摘されています。また、多くの企業が健康経営を意識するようになりましたが、メンタルヘルス不調などによる休職者はこれまで以上に増えているのが実状です。こうした課題に向きあい、持続可能な医療の実現を、現場から加速させることをめざしているのが、エムステージグループです。同社を創業し、現在も新たなサービスの拡充に取り組んでいる代表取締役兼グループCEOの杉田雄二さんに、起業に至った思いや各事業の特色、日本の医療や健康経営の現状、今後の展開などをうかがいました。
- 杉田 雄二さん
- 株式会社エムステージ 代表取締役 兼 グループCEO
すぎた・ゆうじ/大学卒業後、総合商社系列の食品会社、医療コンサルティング会社勤務を経て、2003年株式会社メディカル・ステージ(現、株式会社エムステージ)を設立。持続可能な医療の実現を目指し、主に健康経営の面から日本企業の成長を支援する活動を行っている。
エリートと思っていた医師が実は疲弊していた
20代で貴社を起業されていますが、学生時代からビジネスや医療への関心は高かったのでしょうか。
よくそういう質問をされるのですが、まったくそんなことはなく、ごく普通の大学生でした。学部は文系で、医療とはまったく関係がありません。高校まで野球をやっていたせいか声が大きく、アルバイト先のカフェの店長からはよく注意されていました。われながら、元気な学生でしたね。
就職活動では、アルバイトなどで培ったコミュニケーション能力を生かせる仕事がしたいと考えていたくらいで、業界にこだわりはありませんでした。卒業して入社したのは総合商社系列の食品を扱う企業で、配属はオフィスコーヒーサービス事業部。企業の福利厚生の一環としてコーヒーサービスを提案していく部門で、主にデモンストレーターの営業管理・指導をしていました。
今とはまったく異なる業種で最初のキャリアをスタートされたわけですね。転機は何だったのでしょうか。
3年ほど勤務して仕事も順調だったある日、突然ヘッドハンティングの電話を受けたのです。ある会社が営業職を募集しているので一度話を聞いてもらえないか、という内容でした。ヘッドハンターといろいろ話す中で、はじめて「自分が働く意味」や「仕事の価値」を考えたんです。最初に話をもらった会社には行きませんでしたが、自分の人生の時間をより価値のある仕事のために使いたい気持ちが強くなり、本格的に転職活動をはじめました。
いろいろな情報を集める中で、大きな可能性があるように感じたのが医療業界でした。当初、医師はエリートで富裕層というイメージしかなかったのですが、調べていくうちに、医師が実は疲弊していることを知りました。医師不足で研修医が無休で働いているなど、長時間労働による過労死も社会問題になっていました。私たちの健康に不可欠な医療を支える人たちが苦しんでいる。その状況を改善していく仕事は、非常にやりがいがあるのではないかと考えたんです。
方向性が決まるとすぐ行動に移すのが私のモットーです。約1ヵ月の転職活動を経て、医療コンサルティング会社に入社しました。医療人材の転職支援、開業コンサル、病院の経営アドバイスなどを手がけていて、スタッフは60~70人。当時の同業界では大手とされる会社でした。
まったく未経験の業界に飛び込まれたわけですが、仕事はどんな感じだったのでしょうか。
転職したとき、私はまだ25歳でした。一方、医師は医学部に6年、さらに研修医の期間もありますから、第一線で働いている人は全員、私よりも年上です。そのため、医師や医療機関と直接やり取りを行う部署ではなく、ちょうど社内で準備が進んでいたWEB事業部の配属になりました。医師向けに特化したWEBメディアを新しく立ち上げ、運営する部署です。Yahooのような一般向けポータルサイトがようやく出そろった時期ですから、かなり時代を先取りした事業でした。
チームの人数は、責任者の部長を含めても3~4人。私はサイト全般の企画から、コンテンツの取材・作成、広告営業まで、幅広い業務を担当しました。自由にやらせてもらえたし、企画をすぐ形にして世の中に発信できるWEBメディアの仕事は、新鮮でおもしろかったですね。20代半ばで吸収力のある頃に、バランスよくいろいろな仕事を経験できたことは、大きな財産になっています。
医療コンサル会社での経験が起業につながっていくわけですね。
その通りです。WEBメディアという世の中の変化に敏感でなくてはならない仕事を経験したことで、医療業界の現実、特に医師を疲弊させる現場の課題がはっきりと見えてきました。たとえば、出産や育児など、医師が人生で直面するライフイベントへの対応が遅れているなど、雇用の柔軟性がないという現状がありました。当直などが多い現場では退職者が増え、医師不足がさらに深刻化する悪循環に陥っていました。
さまざまな現場の実態を知るうちに、そうした課題の背景には、病院の人材観の遅れがあると気づきました。大学医局の影響力は依然として強く、新しい発想の取り組みを難しくしていることも分かりました。私たちの生活を守る医師が悩んでいる状況を改善したいと思ったのが、起業のきっかけです。メディアの仕事にやりがいを感じていましたが、大きい問題に気づいた以上、それを解決するために働くのが自分の使命ではないか。そう考えるとやらない選択肢はありませんでした。
社会環境の変化も追い風になったと思います。2004年から医師の臨床研修制度が新しくなるなど、医療制度改革の方向性が打ち出され、医療人材の流動化や病院の採用のあり方が変わるきっかけが生まれていました。また、株式会社をつくるハードルが下がって、資本金1円で起業できる制度もできていました。有料職業紹介の認可は資本金500万円以上なので、その恩恵を受けたわけではありませんが、当時27歳で潤沢な資金がなかった私にとって、「国も背中を押してくれている」という感覚はとても心強く、2003年5月に会社を設立して独立しました。
医療人材のキャリア支援と企業向け産業保健支援
起業・独立後は、どんな事業からはじめたのでしょうか。
知り合いがいた開業コンサルの会社に間借りして、デスク一つに電話1本でスタートしました。社員はもちろん、自分一人です。ビジネスモデルは医師の転職支援。開業の翌月に医師向けの転職求人サイトを立ち上げ、10月には有料職業紹介の認可を取得しました。
当時国内には、すでに大小あわせて約300社もの医療系人材紹介会社がありました。単なる医師の転職支援だけでは、後発の私に勝ち目はありません。そこでまずは、就業機会をうまく得られていない女性医師や若手医師向けのアルバイト情報に注力し、それを強みにしていく戦略を考えました。
実は、医師の世界には昔から副業の文化があります。特に大学病院では比較的低い報酬で働いている医師が多く、生活のためにはアルバイトが必須です。ところが当時、アルバイトの情報を積極的に提供している人材会社はありませんでした。転職支援の業界も「医師とはこういうもの」という型にはまった考え方にとらわれていたわけです。それなら日本初のサービスを提供しよう、そうすればその分野では首位に立てると考えました。
サービスを開始した初年度の売上は約1億円。一人で立ち上げたことを考えれば、まずまずのスタートでした。医師からは「多様な働き方ができる情報を提供してくれる」、医療機関からは「緊急の細かいオーダーにも対応してくれる」といった評価を得ることができました。その後、社員を徐々に増やしながら、アルバイト情報にとどまらない一般の医療人材紹介でも、業界内で存在感を示せるようになりました。
会社設立から13年後の2016年に、産業保健サービスも開始されています。その狙いをお聞かせいただけますか。
それまでは医師の人材紹介が主な事業でした。多様な働き方を可能にする情報を提供し、医療人材の流動化に一定の役割を果たすことができたと思います。その原点にあったのは、人が足りないことで医療現場が疲弊し、仕事がまわらなくなる事態を防ぎたい、という思いでした。自社を見つめ直してパーパスやビジョンをつくった際も、「持続可能な医療の実現」こそが当社の存在意義であることを再確認しました。
医療人材のキャリア支援事業が軌道に乗り、次の展開を考えはじめたとき、原点に立ち返りました。着目したのはわが国の医療費の問題です。国民皆保険制度はすばらしい制度ですが、医療費の増大は税金だけでは対応できず、かなりの部分を国債でまかなっているのが現状です。「持続可能な医療の実現」のためには、この医療費を抑えていくことが欠かせません。もっと大きく考えると、日本の経済力を底上げするためには働く人の健康が重要です。体調不良やメンタルヘルス不調を抱えたままでは、仕事のパフォーマンスは上がりません。それらを踏まえて当社ができることは何かを考えたとき、「企業向けの産業保健支援」という新たな事業領域が見えてきました。
当社は質の高い医師のデータベースを保有しており、その中には産業医の有資格者が多数含まれています。このデータを産業保健支援に活用できると考えました。産業医の仕事は勤務時間を調整しやすく、女性医師を中心として多様な働き方を求める人たちに適しています。また、当社は全国展開しているので、さまざまなエリアの企業にサービスを届けられます。社会的意義、自社のビジョンとの整合性、さらにこれまでの事業資産を生かせる観点からも、取り組む価値のあるサービスだと考えました。
産業保健の分野では、具体的にどのようなサービスを提供されているのでしょうか。
企業が産業保健に取り組む上で必要なこと、法令で定められていることは、すべてワンストップで提供可能です。代表的なところでは、50人以上の事業場で義務化されている、産業医の紹介、ストレスチェックツールの提供、健康診断の予約代行などがあげられます。もともと当社でカバーしていなかった分野については、その分野を専門としている企業をグループに加えることで、サービス体制を整えました。さらに踏み込んだところでは、メンタルヘルス不調で休職していた人のリワーク(復職支援)サービスにも注力しています。
現在、貴社の医療人材と産業保健の事業は、それぞれどのくらいの規模なのでしょうか。
直近で、どちらも年商約20億円です。産業保健は2016年に立ち上げてから、これまで2,000社以上と取り引きがあり(2024年4月時点)、成長率でもグループ全体をけん引しています。ストレスチェックの義務化や働き方改革関連法、人的資本経営など、社会や制度の変化にもうまく対応できたことが、結果につながったのだと感じています。
現代社会が求めるリワーク(復職支援)の重要性
医療人材と産業保健、それぞれの分野での貴社の強みをあらためてお聞かせいただけますか。
当社の人材分野の事業は、もともとアルバイト情報特化型でスタートしました。今はアルバイト情報だけではありませんが、そういう歴史もあって、結果的に多様な働き方を希望する医師に寄り添えるサービスになったと思っています。常勤はもちろん、副業やアルバイト、単発の求人情報、さらに産業医という働き方も提案できます。さまざまな働き方に合った情報を提供することで、人材の能力を最大限に生かせるのが強みです。
また、医療機関との信頼関係がなければ、有益な情報を引き出すことはできません。そのため当社では、医療機関の考え方を理解した上で人材を紹介できるよう、医療人材事業に携わる大半の社員が医療経営士などの資格を取得しています。こうしたスタッフの質の高さ、勤勉さも評価されている部分だと思います。
産業保健の分野では、産業医のデータベースが充実していることが強みです。全国に展開しているので、地方の企業にも優秀な産業医を紹介できます。また、従業員の健康管理を業務委託の形で総合的に請け負うことも可能です。たとえば、業務効率化のためのツールやインフラの提供、保健師を中心としたオンライン保健室の運営、ストレスチェックから見えてきた課題への対策など。どんな体制をつくるべきかといったアドバイスも可能です。コンサルティング的な要素もありますが、当社ではコンサルにとどまらず、具体的な製品やサービスを提供しながら、パートナーとして課題解決まで支援できるのが強みです。
貴社のように、二つの分野を手がける企業は少ないのでしょうか。
はい。医療人材に深く関わり、さらに産業保健にも取り組んでいる企業は少ないのが実状です。一般企業は医師などの医療人材とあまり接する機会がないので、どう対応すればいいのか分からないのでしょう。その点、当社のスタッフは医師や看護師(保健師)の考え方を深く理解しているため、双方がやりやすい環境をつくることができます。
産業保健の延長上で取り組んでいるリワーク(復職支援)サービスまで含めると、全方位的な知見を持つ企業は、今のところ当社だけでしょう。わが国のメンタルヘルス不調による休職者は増え続けています。多くの企業が産業保健の取り組みを進めているのに、なぜ休職者が減らないのか。専門家に相談したところ、「企業だけでなく個人の支援も同時並行でやらないと課題は解決しないだろう」と言われました。実は、メンタルヘルス不調になっても医療機関を受診しない人は意外と多いのです。そうした個人をサポートして、復職できるところまでもっていくには、しっかりとした医療人材や医療機関とのコネクションが不可欠です。まさに当社の各事業のシナジーを生かせる分野でしょう。
そう考えると「リワーク」は将来第3の柱に育っていく可能性がありますね。
そういう構想はあります。「リワーク」は、医療人材や産業保健のような「BtoB」とはやや異なり、最終的には個人を対象にサービスを提供する「BtoC」のビジネスモデルです。すでにグループ内に「株式会社リウェル」という別会社をつくって、本格的な取り組みをスタートさせています。現在は東京・埼玉の2拠点ですが、いずれは全国100拠点程度に拡大していきたいですね。その需要は確実にあります。休職中に復職に向けたさまざまなプログラムを提供することで、休む前よりも元気になって復職してもらえることが理想です。
なぜ今、健康経営が必要とされているのか
他にも今後注力していきたい分野があれば、お教えください。
産業医の配置やストレスチェックは50人以上の事業場で義務化されていますが、日本全体で見ると50人未満の職場が圧倒的に多く、労働人口の半分くらいの人がそうした小規模事業場で働いています。すべての人が健康でいきいきと働ける社会をつくるためには、産業保健の取り組みをここにも広げていかなくてはなりません。そのため、2024年1月から「Sanpo保健室」という産業医や保健師を低コストでシェアリングできるオンラインサービスを開始しました。日本経済の土台を支える中小企業にも産業保健のサービスを提供し、そのパフォーマンスアップに貢献したいと考えています。
また求人情報の分野では、当社が集めた情報を他の医療系人材紹介会社に活用してもらうことを考えています。昔から人材業界は情報を企業内で独占したがるのですが、情報の共有によってよりよいマッチングが生まれたら、市場が豊かになるはず。業界全体の価値観も時代にあわせてバージョンアップしていくべきでしょう。
他にも医療特化型の採用代行サービス、クリニックの事業承継コンサルティングなど、「持続可能な医療」につながる課題にはどんどん取り組んでいきたいと考えています。
現在の日本企業や医療業界の「人と組織」について、どのようにご覧になっていますか。
日本のGDPが世界第4位に転落したニュースは記憶に新しいところです。日本企業の生産性の低さも、以前から指摘されてきました。私たちは「日本人は勤勉で優秀だ」とずっと思ってきましたが、実は先進国の中では決して上位ではないのが現実です。だからこそ、健康経営が求められているのではないでしょうか。従業員のパフォーマンスを真剣に高めていかなくては世界と対等に戦えないと、多くの経営者が意識しはじめているのです。
健康経営は事業を伸ばすためにあることを、サービスを提供する側も自覚する必要があります。従業員にいきいきと働いてもらうのは、企業が事業を伸ばすために必要なことです。人的資本経営などもその文脈で捉えるべきで、日本ではまさに動きがスタートしたところです。当社もサービスの質を高めることで、わが国の生産性向上に寄与していきたいと考えています。
最後にHRソリューション業界で働く若手の皆さんに、ビジネスで成功するためのヒントや若い頃から取り組むべきことなど、アドバイスをいただけますか。
今の若い人は情報の扱いがうまく、広い視野を持っていると思います。ただ、視野よりももっと大事なのが「視座」ではないでしょうか。どの立場で考えるか、ということです。人事は経営の一部です。そこに関わる人は経営的な視座を持つ必要があります。HRソリューションでも、得意先の従業員が喜んでくれるかどうか以上に、経営にどう役立つのかをきちんと言語化して提案できる人が必要とされると思います。買うのは経営者ですから。
先ほど、健康経営は従業員を健康にすることが目的ではないと話しました。目的は会社を元気にして、事業で成果をあげることです。従業員を健康にすること、いきいきと働いてもらうことはあくまでも手段なのです。そのことを意識できるようになれば、日々の仕事の中で直面する課題や不満も、新たなサービスやビジネスを生み出すヒントと考えられるようになるはずです。常に「自分が経営者ならどうする?」と想像力を働かせてみてください。そうすれば、確実に早い成長につながります。
社名 | 株式会社エムステージ |
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本社所在地 | 東京都品川区大崎2-1-1 ThinkPark Tower 5F |
事業内容 | 事業場向け産業保健支援、医療人材総合サービス |
設立 | 2003年5月 |
日本を代表するHRソリューション業界の経営者に、企業理念、現在の取り組みや業界で働く後輩へのメッセージについてインタビューしました。