リモートワークが普及し、社員の働き方が多様化するなか、社内のコミュニケーションのあり方に変化が求められています。高業績を出し続ける組織には、メンバー同士が率直に話し合っているという共通点があります。一方、多くの組織では、異なる意見を持つメンバーの衝突を避けるため、率直な話し合いが行われていないのではないでしょうか。このような対話に関する課題を解決し、率直に話し合える関係性を築くための手法が「クルーシャル・カンバセーション」。本プログラムの提供を国内で推進するラーニング・マスターズの近藤克明氏と、プログラムのマスタートレーナーを務めるエリック・フランシス氏に、クルーシャル・カンバセーションの概要と効果、今後のコミュニケーションのあり方をうかがいました。
- 近藤 克明さん
- ラーニング・マスターズ株式会社 取締役 マーケティング&プロダクトディベロプメント 統括部長
こんどう かつあき/世界で100万人以上が受講する「クルーシャル・カンバセーション」を公式サプライヤーとして日本に導入。コンサルタント経験を踏まえ、マーケティングとプログラム開発部門を統括。GTD(R)公式マスタートレーナー、ラテラル・シンキング公式マスタートレーナー。同志社大学 文学部英文科卒業、関西学院大学大学院修士課程修了(MBA)。
- エリック・フランシスさん
- Maeser Institute Japan, Inc. パートナー/マスタートレーナー
エリック・フランシス/グローバル・コミュニケーションを専門とし、複数の大学、アジア太平洋地域の多くの企業でセミナーを実施。青山学院大学でグローバル・コミュニケーションの教授としてMBAコースを担当、ビジネス・ブレークスルー大学大学院で、グローバリゼーション科教授としてグローバル・リーダーシップを指導。
事なかれ主義から、異なる意見や価値観をもつ人との対話が求められる時代へ
社員の多様化や業務のオンライン化が進んでいます。企業におけるコミュニケーションの状況をどのように捉えていますか。
近藤:コロナ禍でリモートワークが増えたことにより、人と人との関係性、とくにマネジメントのあり方に明らかな変化が見られます。オンラインミーティングの場では、パソコン画面上の限られた情報だけでやり取りをしなければなりません。対面でのコミュニケーションと異なり、相手のささいなしぐさや温度感を感じ取ることが難しくなりました。
エリック:上司はメンバーと直接関わる時間が限られていても、組織として成果を上げなければいけません。また、社員の働き方が多様化しているため、一人ひとりに合わせた指導やフィードバックの仕方が求められています。
業務において何か問題が発生したとき、オンラインのやり取りのみで解決することは簡単ではありません。上司は、「メンバーが困難や悩みを抱えているように見えるけれど、どのように声をかければよいのか分からない」「課題を明らかにすることで、メンバーとの関係性が悪化してしまうのではないか」といった不安を感じることも多いと思います。メンバーに声をかけたとしても、はっきりとした回答を得られず、改善の手だてが見つからないこともあるでしょう。その結果、お互いにコミュニケーションを諦めてしまうといった悩みを、多くの企業が抱えています。
近藤:日本の「和を重んじる」文化は、ビジネス上のコミュニケーションにおいてうまく作用することもありますが、何らかの意思決定を行う際は、結論を先延ばしにしてしまうこともあります。世の中が右肩上がりで、これまでの成功体験をなぞれば成果を出すことができた時代であれば、それでうまくいったかもしれません。しかし現代は、ビジネス環境の変化が激しく、顧客のニーズもどんどん変わっています。意思決定のスピードが遅れたり、多角的な選択肢について議論できなかったりするようでは、大きな機会損失につながりかねません。
また、環境変化によって、世代間の価値観に大きなギャップも生まれています。“事なかれ主義”で本音を話し合えないと、さらに断絶は深まっていくでしょう。時代に合わせて組織を良い方向へ変化させていくには、お互いにきちんと向き合い、コミュニケーションを取る必要があります。
エリック:これまで日本では、関係性の溝を埋めるため、業務外の時間にお酒を飲み交わして交流を深める「飲みニケーション」が多用されてきました。しかし、今はそういう場が大幅に減少しているため、就業中の限られた時間で、深い議論とスピーディーな意思決定を行うことが求められています。
難しい話し合いの場面でも意思決定に導く、クルーシャル・カンバセーションとは
課題を解決する上でポイントとなる「クルーシャル・カンバセーション」には、どのような特徴があるのでしょうか。
エリック:「クルーシャル・カンバセーション」は、三つの要素が含まれる話し合いにおいて、効果を発揮する手法です。要素の一つ目は、反対意見を含むこと。二つ目は、強い感情が混ざること。三つ目は、重要な意思決定や結果をともなうことです。親睦を深めるための雑談や、アイデアを出し合うブレインストーミングなどのコミュニケーションとは、明確に前提が異なります。また、一対一の話し合い、複数名による話し合いのどちらも該当します。
クルーシャル・カンバセーションの場では、二つの反応がよく引き起こされます。一つは、沈黙。自分の本音を隠して意思表示をしなくなる、対話をやめたり話題を変えたりするなどの回避行動をとる、といった行動です。二つ目は、言葉の暴力。自分の考えを押し付けたり、相手に対して攻撃的かつ否定的にふるまったりする行動を指します。
沈黙や言葉の暴力といった反応は多くの場合、良くない結果につながるでしょう。何らかの結果や合意形成を図らなければ、物事は前進しません。クルーシャル・カンバセーションは、結果を出すことを最大の狙いとしているのが特徴です。
近藤:ビジネスの意思決定において、私たちは少なからずリスクを背負っています。重大な結果がかかっている意思決定となると、当然、その場に居合わせる全員が真剣に議論します。反対意見も出てくるでしょう。そうなると「あの人の言っていることには賛同できない」「どうして協力的になってくれないのだ」と、ネガティブな感情を引き出すことにつながりかねません。緊張感の高まる場面でコミュニケーションをとることは難しいと感じたことがある人は多いのではないでしょうか。
クルーシャル・カンバセーションは、組織においてどのように役立つのでしょうか。
近藤:組織のパフォーマンス向上に役立ちます。従業員が「組織に期待される成果をあげられるか」は、メンバーの関係性や、チームでどのように課題を解決するかにかかっているからです。率直に話し合い、課題をいかに早く解決するかは、一人ひとりのパフォーマンスにも大きく影響します。
しかし、組織内で一人でも「話を切り出すともめそうだ」「忙しくて声をかけづらい」とコミュニケーション上の課題を感じていると、問題はどんどん先送りになってしまいます。クルーシャル・カンバセーションは、コミュニケーションの質とスピードを高め、組織のパフォーマンスを向上させる手法なのです。
実際にクルーシャル・カンバセーションのプログラムを導入した企業では、定量的な成果が出ています。たとえば、「同僚と問題を解決するために発言する確率が67%増加した」「離職率が30%から16%に減少した」という報告をいただきました。組織内のチームワークに寄与するだけでなく、生産性向上やコスト削減など、ビジネスに直結する指標の改善につながっている企業は多いようです。
ここ数年、マネジメントにおける1on1や対話の重要性が叫ばれてきました。一方で、具体的な対話の進め方や問題の対処法について学べる手法は世の中に多く存在しなかったように思います。
エリック:反対意見、強い感情、そして重要な結果。これら三つの要素がそろうと、対話が行き詰まってしまいます。すると次第に「相手のことを言い負かしたい、納得させたい」と考えるようになる。それでは、本来の目的から脱線して、対話ではなく対決になってしまうでしょう。クルーシャル・カンバセーションは、そのような行き詰まりを現実的な視点を持ちながら解決するのに有効な手法です。
クルーシャル・カンバセーションを実践する三つのポイント
クルーシャル・カンバセーションを進めるポイントを教えてください。
エリック:クルーシャル・カンバセーションを進める上で、大きく三つのステップがあります。
- 事実を共有する
- 自分のストーリーを話す
- 相手の行動の背景について質問する
最初のステップでは、自分から見えた情報を整理して、「事実」を話し合いの場に提示します。このときに気をつけるのは、「事実」と「ストーリー」を分けて伝えることです。「事実」とは、実際に起こったことであり、観察か測定で客観的に証明できるもの。自分が「見たもの」であって、「見たものに対して思ったこと(解釈)」ではありません。
二つ目のステップでは、自分が見た事実をふまえて「ストーリー」を伝えます。「ストーリー」とは、解釈のこと。「私からは、あなたがこう見えた」といった、事実をもとに私たちが作り上げる主観的な判断、結論、特徴づけのことです。
三つ目のステップでは、「あなたは実際にどのような状況に置かれ、どのように感じていたのか」と相手に質問をして、自分からは見えていない情報を引き出します。クルーシャル・カンバセーションでは、自分からも相手からも情報を引き出し、お互いの状況や心情に関する理解を深め合うプロセスが重要。これを私たちは「共有認識プールを作る」と呼んでいます。
ここで、クルーシャル・カンバセーションの具体例を紹介します。たとえば、チームミーティングが毎日9時開始であるにもかかわらず、月曜日は9時10分に来たり、水曜日には9時20分に来たりと、遅刻が続いているメンバーがいたとします。事態を改善したいとき、あなたならメンバーにどのように働きかけるでしょうか。
クルーシャル・カンバセーションの手順をふむと、メンバーに対して、ここ1週間の出席状況を時刻という「事実」をふまえて提示するのが最初のステップです。それから、「私の印象としては、あなたはこのチームミーティングをあまり重要視していないように思えます」「実際のところ、どうなのでしょうか」といったように、自分のストーリーを伝え、相手にも状況や事情を尋ねます。
このときによく起こるのが「最近あなたは遅刻が続いていて、やる気がないよね」と自分のストーリーだけを押し付けてしまったり、「遅刻しないためにはどうしたらいいですか」と相手の事情も聞かずに問題解決モードに入ってしまったりすることです。そうすると、相手は黙ってしまうか、反発してくるでしょう。
近藤:クルーシャル・カンバセーションにおいて、相手に安心感を与えることは非常に重要です。場の安心を築くポイントは、なぜその話をするのかという「意図」を示すことです。人は、あなたの話している内容に対して身構えることはほとんどありません。あなたの意図が見えないときに「この人は、私に対して何か攻撃しようとしているのではないか」と、安心感がそがれてしまうのです。意図を伝えることによって、相手も適切な対応やふるまいを検討できるようになります。
たとえば事例のパターンだと、あなたには「心配だから事情を知りたい」「何か困っていたら助けたい」といった意図があるはず。そのような意図を、初めに伝えることが重要です。また、「遅刻をしたこと自体を責めたいわけではない」と、相手の懸念を払しょくするために「意図していないこと」を示す発言も効果的です。
エリック:より安心してもらうには、お互いの共通目的を作り出すことも有効です。たとえば、相手から反対意見が出てきたときは、その発言の裏にある「なぜそう思ったのか」という意図を尋ねるとよいでしょう。正反対の意見に思えても、意図を聞くとお互いの目指す方向が一致していることは多いものです。あなたからの理解が得られたと認識できると、相手に安心感が芽生え、スムーズな対話につながります。
実践する上で重要なポイントをお聞かせください。
エリック:感情に飲み込まれずに、少し立ち止まって、本来の意図を見つめ直すとよいでしょう。相手との共通認識を持てていないと感じたら、対話の中で何度も伝える努力をしてみてください。日本には、意見をはっきりと言わずに曖昧な表現で伝えても、相手のニュアンスをくみ取る「察する文化」が根付いていると思います。長年一緒に仕事をしてきた同僚が相手であれば、「言わなくてもきっと分かってくれるはず」と思うかもしれません。しかし、それが行き違いや衝突を生んでしまう要因にもなり得ます。だからこそ、言葉で伝える必要があるのです。
話し合いのための共通認識をもち、より良いコミュニケーションのきっかけに
クルーシャル・カンバセーションの研修プログラムは、どのように行われるのでしょうか。
近藤:プログラムでは、意見の相違を乗り越え、より良い成果を得ることを可能にするスキルを学びます。クルーシャル・カンバセーションのエキスパートによるビデオ指導、インプットから実践へつなげるロールプレイング、グループでの対話、個人の内省が含まれます。自分が普段行っている対話の進め方を振り返り、他の受講生からフィードバックをもらうことで、気づきにつなげることが狙いです。
また、研修では、クルーシャル・カンバセーションに入る前の共通認識のプールを作るフェーズに、重点的に時間を割いています。ついつい、「実際の場面でどのようなやり取りをすればよいのか」といった具体的な方法論を知りたくなりますが、そもそも「なぜクルーシャル・カンバセーションが必要なのか」を実感する必要があるからです。そのため、対面で行う二日間の基本的なコースの一日目は、対話の行き詰まりから脱却して自分のストーリーを整理すること、自分の意図に集中して相手に説明することをしっかりと学びます。
日本での本格的なプログラム提供は始まったばかりですが、以前よりグローバルカンパニーから「本国で行っているトレーニングを、日本法人のメンバーにも受講してもらいたい」といったお問い合わせをいただいていました。海外のプログラムが日本人になじむのかと懸念される国内企業のお客さまもいらっしゃいましたが、受講後、「クルーシャル・カンバセーションの原則は、国の文化や風習を問わずに活用できると実感した」との声が多数いただいています。
プログラムを導入した企業の事例をお聞かせください。
エリック:二つの事例をご紹介します。とある外資系医療機器メーカーの米国本社の人事責任者から、グローバルミーティングの場で日本人メンバーの発言が少なく、もっと積極的に関わってほしいという相談をいただいたことがありました。おそらく、対話の場では沈黙の反応が起こってしまっていたのでしょう。国内でトレーニングを実施したところ、受講生の方々は「海外メンバーの発言の意図がわからず、どう返答すればよいのかわからなかった」と気づくきっかけになったようです。以降、相手の意図を確認しながらフラットに対話を進められるようになったと報告をいただきました。
また、上司側が「部下が自分の話を聞いてくれていない」という悩みを抱えていたIT企業でも、トレーニングを実施。上司側は、自分たちの言葉の暴力によって、部下が沈黙してしまっているのだと認識するようになりました。部下との対話の際には「共通認識プールにお互いの情報を出せているか」「相手から情報を引き出す問いかけができているか」に気を配るようになったそうです。
研修を受講し、組織内にクルーシャル・カンバセーションの手法が浸透すると、コミュニケーションにおける共通認識が生まれます。実際の対話の場面でも「今の発言は、事実ですか? それともストーリーですか?」といったように、お互いに確認しやすくなる効果があるのです。
企業で研修を受講する際に、気をつけるべきことや工夫したほうがよい点などはありますか。
エリック:クルーシャル・カンバセーションを導入する際にもったいないと感じるのは、人事部や上層部がその目的を社員に言わないケースが多いこと。目的を正しく理解せずに受講すると、メンバーの学びや納得感が薄まってしまうかもしれません。効果を最大化させるには、目指すゴールや意図をきちんと示すことが重要だとお伝えしたいですね。
また、営業職の方からは「商談などでは、ここまで時間をかけて対話することが難しい」と敬遠されることもあります。たしかに、クルーシャル・カンバセーションの手法を用いて相手と関係性を築くのは決して簡単ではありません。しかし、相手の信頼や納得を獲得できなければ、大事な場面で合意形成を図ることは難しいでしょう。相手と踏み込んだ対話をするのが困難でも、やらなければ問題を先送りしてしまうことになります。どちらも難しいのであれば、関係性や議論が進展する選択肢をとるほうがよいと、私たちは考えています。
最後に、企業内のコミュニケーション活性化に課題を抱える人事担当者に向けて、メッセージをお願いします。
近藤:あらゆるコミュニケーションの場で、きちんと伝えたつもり、もしくは理解してもらえたつもりになっていることは意外と多いのではないかと思います。今の時代、異なる価値観を持つ人との対話は、ビジネスに成果やイノベーションをもたらす上で大変重要です。人事の皆さんがクルーシャル・カンバセーションを学ばれ、コミュニケーションに必要なものは何なのかを一緒に考えていければうれしいですね。
エリック:オンライン上での会話が増えるなかで、コミュニケーションスキルがますます求められています。あらゆる人たちと手を取り合って物事を推進していくために、ぜひクルーシャル・カンバセーションを取り入れてください。身につければ、一生ものです。
「パフォーマンス・コンサルティング」を基にした以下を展開。
1.トレーニング・プログラムの企画/開発/実施運営
2.リサーチ/顧客の期待と満足度/組織の課題の解明・解決策
3.能力アセスメントのための調査分析/評価および育成システムの構築
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