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インタビュー

「季節性、新型インフルエンザについて」
正しく知って、正しく恐れる
社員の健康と会社の未来を守る感染症対策の要諦とは

株式会社 インターリスク総研 総合企画部 特別研究員 本田 茂樹氏
優秀な人材の流出を未然に防ぐ ~リテンション・マネジメントの最新技術とは~
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今年も、インフルエンザの季節がやってきました。近年では、治療水準が飛躍的に向上し、国内で流行する季節性インフルエンザについては、その被害を最小限に抑えることが可能になっています。依然として恐ろしいのは、これまで人間の間で流行したことがない、新型インフルエンザなどの知られざる感染症です。ほとんどの人が免疫を持っていないため、ひとたびヒト・ヒトの感染が起こると世界的な大流行となり、大きな健康被害とそれに伴う社会的影響は避けられません。そうしたなか、2013年に施行された「新型インフルエンザ等対策特別措置法」は各企業に、従業員への感染防止と社会的責任に基づく事業継続という二本柱の対策を求めています。各企業の感染症対策はどこまで進んでいるのか、有効な対策を講じるためのポイントは何か――。インターリスク総研特別研究員の本田茂樹さんにうかがいました。

プロフィール
本田茂樹氏 プロフィールPhoto
株式会社 インターリスク総研 総合企画部 特別研究員 本田 茂樹氏
ほんだ・しげき/株式会社インターリスク総研 特別研究員、信州大学経営大学院客員教授、早稲田大学 招聘講師、日本経済団体連合会 社会基盤強化委員会企画部会委員、社団法人全国老人保健施設協会 管理運営委員会 安全推進部会部会員。現三井住友海上火災保険株式会社に入社し、その後、株式会社インターリスク総研に出向。リスクマネジメントおよび危機管理に関する調査研究、コンサルティングに従事している。現在、企業や施設におけるリスクマネジメントについて具体的な提言も数多く行っている。「病院羅針盤」「介護ビジョン」連載中、『新型インフルエンザ行動計画策定マニュアル』(PHP研究所、2012年2月、著者)、『超高齢社会第3弾日本のシナリオ』(時評社、2015年3月、共著)、『実践これからの医療安全学』(株式会社ピラールプレス、2015年3月、共著)

2010年には8割の企業が対策を実行、しかし現在は……

――新型インフルエンザなどの感染症はひとたび大流行すれば、多くのビジネスパーソンに健康被害をもたらし、経済活動全般に甚大な影響をおよぼしかねません。リスクマネジメントの専門家として、日本企業の感染症対策の現状をどうご覧になっていますか。

少し前の話になりますが、私たちインターリスク総研では2008~2010年に国内の上場企業を対象として、新型インフルエンザを想定した感染症対策の実施状況に関するアンケート調査を、4回行いました。2008年5~6月の第1回調査では、「新型インフルエンザを想定した感染症対策を行っている」と回答した企業の割合は9.8%。全体の1割もありませんでした。ところが、2009年7~8月の第3回調査では63.1%まで上昇し、2010年8~9月の第4回調査では79.8%と、わずか2年間で8倍以上に急増しました。「現在対策を策定中/策定する予定あり」を含めると91.8%に達し、ほとんどの企業が対策を進めている実態が判明したのです。

ご記憶に新しいかと思いますが、2009年4月にメキシコで新型インフルエンザ(A/H1N1)が発生し、同年6月にはWHO(世界保健機関)がいわゆる「パンデミック」(世界的大流行)を示すフェーズ6を宣言しました。日本でも5月以降感染が広がり、メディアを通じてその脅威がさかんに報じられましたが、その流れが企業の感染症対策への関心をにわかに高めたものと考えられます。しかし、それ以降も引き続き正しい知識と危機感が維持され、十分な対策がとられてきたかというと……。2009年のパンデミックを体験した直後1年間ぐらいが、実は対策の“ピーク”だったのではないでしょうか。

――むしろ現在は当時より、企業の感染症に対する備えがおろそかになってきていると?

その可能性は否めません。というのも、たとえば西アフリカを中心に猛威を振るったエボラ出血熱や、病原性が高く、ヒトへの感染も確認されている鳥インフルエンザ(H5N1)、69年ぶりに国内感染が発生したデング熱など、近年、さまざまな感染症が話題となり、そのパンデミックの危険性が取り沙汰されるたびに、多くの企業から弊社へ、どう備えればいいかとご相談が寄せられているのです。2009年以降、企業の感染症対策はかなり進んでいたはずなのに、なぜ今になって担当者の方が頭を悩ませているのでしょうか。すでに対策はあるものの、その実効性が弱まっている可能性があります。原因の一つとして考えられるのが、組織内の人事異動の影響です。感染症対策を策定した当時の担当者が異動した後、後任への引き継ぎが充分に行われず、マニュアルなどは整備されているけれど、実際に運用するとなるとおぼつかない、という話をよく耳にします。せっかく危機管理体制を定めていても、それを運用する陣容が変わると役割や指示系統も曖昧になり、用をなさなくなりがちですね。

――人事異動の影響の他にも、感染症対策が手薄になってきている要因はありますか。

もう一つ挙げるとすれば、油断でしょう。先述した2009年のパンデミックの際には、咳をするのもはばかられるようなムードが張りつめるなど、職場でも家庭でも、過剰なほどの対応が目立ちましたが、幸い、病原性の低い新型インフルエンザだったこともあり、国内での死亡率は、他国に比べて低い水準にとどまりました。しかしそのために、「新型インフルエンザが流行しても、言われていたほどたいしたことはない」という油断、あるいは慣れのような気分が広がってしまいました。感染症対策への関心が冷め、企業における平時の備えや社員への注意喚起もおろそかになっていったのではないでしょうか。

ですから、企業においてはいま一度、感染症対策について、自社の現状を見直す必要があります。法的な立てつけも新しくできました。2009年のパンデミックの経験を通じて、各種対策の法的根拠とその整備の必要性が認識されたことから、2012年5月に「新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)」が公布、2013年4月に施行されました。同法にもとづき、従来の政府行動計画および事業者に対する対策ガイドラインも同年6月に改定されています。企業にあっては人が変わり、法的環境が変わり、また社会全体にも油断が生まれつつある状況で、「うちにはもうマニュアルがあるから」と、手をこまねいていていいはずがありません。むしろ今こそやるべきことがある、と考えてほしいのです。

なぜ企業は、感染症対策に取り組まなければならないのか

20世紀以降、インフルエンザのパンデミックは4回起こっていますが、最も有名なのは、第一次世界大戦中の1918年に流行し、戦争の犠牲者数よりも多くの人を死に至らしめたとされる「スペインインフルエンザ」です。それから1957年の「アジアインフルエンザ」、1968年の「香港インフルエンザ」と続き、さらに41年経って発生したのが2009年のH1N1型のパンデミック(世界的大流行)でした。新型インフルエンザの大流行が10年~40年の周期で起こると言われるのは、こうした経緯からです。しかし、新型インフルエンザのような未知の感染症が発生・流行する時期や場所を、正確に予測することは不可能に近く、また発生そのものを抑えることもできません。

株式会社 インターリスク総研 総合企画部 特別研究員 本田茂樹氏インタビューの様子

現在、パンデミックが懸念されるのは、高病原性鳥インフルエンザと呼ばれるH5N1型で、このウイルスが家禽から人へ直接感染し、死亡する例が多数報告されています。2015年9月4日付のWHOの発表では、これまでに844人が感染し、449人が死亡。以前は、インドネシアやベトナムなど東南アジアが流行の中心でしたが、最近ではエジプトでの発生増加が顕著です。また、鳥に対する病原性が低いH7N9型の低病原性鳥インフルエンザについても、13年3月に中国で患者発生が確認されて以来、人への感染例および死亡例があとを絶ちません。もちろんパンデミックの懸念は、新型インフルエンザだけでなく、エボラ出血熱にも、昨年来注目されている中東呼吸器症候群(MERS)にもあります。いつ起こるか予測できないということは、逆に言うと、いつ起こっても不思議ではないということです。企業の感染症対策も、発生を前提として平時から準備し、対策の中身を常にアップデートしておくことが求められます。

――そもそもなぜ企業が、感染症対策に取り組まなければならないのか。その意義を理解していないと、有効な対策を立て、組織に浸透させることはできません。

これには理由が二つあって、一つは労働契約法第5条に明文化されている、使用者の労働者に対する安全配慮義務です。「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」との規定に従い、従業員が仕事中に感染しないよう、企業はしかるべき対策をとらなければなりません。もう一つは、事業継続という観点からの必要性です。先述の特措法では、新型インフルエンザ等対策の基本方針として、新型インフルエンザ等に対する対策の強化を図ることで、「国民の生命および健康を保護する」とともに、「国民生活および国民経済に及ぼす影響が最小となるようにする」と定めています。緊急時にあっても、必要な業務を滞りなく継続することは企業の社会的責任であり、従業員への感染防止と事業継続との両立が求められるゆえんです。

――具体的に、企業が求められる感染症対策にはどのような要件がありますか。

フレームワークは大きく、次の三つから構成されるべきでしょう。一つ目は体制の構築です。体制の構築がまずあって、その下に、二つ目の感染予防・拡大防止対策と、三つ目のBCP(事業継続計画)という二本柱が並び立つイメージですね。構築しなければならない体制には、危機管理体制と情報収集・共有体制の二つがありますが、感染症対策のためだけに新しくこれらを作るとなると、無駄になりかねません。先の震災などの経験から、すでに何らかの危機管理体制を持っている企業も多いでしょう。できるだけ既存の組織を活かす形で、必要な体制を整備することをお勧めします。ただ、そこで注意しなければならないのは、本部長なり、副本部長なりが感染して、人が欠けてしまったときにどうするかという問題です。各ポジションの担当者が抜けても、体制の機能が維持されるよう、代行の順位をあらかじめ決めておかなければなりません。また、産業医や看護師といった医療従事者を本部のメンバーに招くなど、専門家、専門機関との連携も大切です。対策の策定や見直しにあたり、自分たちで必要な情報を収集したりする場合も、厚生労働省や国立感染症研究所など、信頼のおける専門機関の情報源にアクセスすることをお勧めします。

薬のワクチン以上に効くのは、正しく恐れる“知識のワクチン”

――構築した体制のもとに、感染対策とBCPを並立して進めるのが対策づくりの常道だというお話しでした。では具体的に、企業における感染予防・感染拡大防止対策について教えてください。

新型インフルエンザであれ、エボラ出血熱であれ、感染防止策の基本線は変わりません。未知の感染症は流行してみないとその詳細は分かりませんが、新型インフルエンザなどの主な感染経路は、飛沫感染(咳やくしゃみの飛沫によってウイルスに感染する経路)と接触感染(皮膚などの直接的あるいは間接的な接触による感染経路)の二つと考えられているからです。したがって、政府行動計画においても、「今までの知見に基づき飛沫感染・接触感染への対策を基本」としており、企業の取り組みとしても、飛沫感染と接触感染をどう防ぐかがポイントになります。たとえばガイドラインでは、次のような点について、従業員への注意喚起を求めています。

  • 38度以上の発熱、咳、全身倦怠感などの症状があれば出社しないこと
  • マスク着用、咳エチケット、手洗い、うがいなどの基本的な感染予防策を励行すること
  • 外出の際は公共交通機関のラッシュの時間帯を避けるなど、人ごみに近づかないこと
  • 症状のある人には極力近づかないこと。接触した場合、手洗いなどを行うこと
  • 接触感染を避けるため、手で顔を触らないこと など
株式会社 インターリスク総研 総合企画部 特別研究員 本田茂樹氏インタビューの様子

また、社員が業務中に発症した場合の対応やその時の担当者、医療機関への搬送手順などについても、具体的に決めておく必要があります。医務室等における抗インフルエンザウイルス薬等の備蓄医薬品を含め、速やかに対処できるような体制を構築し、訓練を実施しておくべきでしょう。また感染症の流行時には、マスクや消毒剤など、感染防止に必要な衛生資材もが入手困難になるおそれもあります。これらの備蓄も、平常時のうちに完了しておきたいものです。

――なるほど。どれも基本的な予防策ばかりですね。

結局のところ、感染経路を絶つためには、小さい子供が学校で教わるような当たり前のことを、すべての従業員にどこまで徹底して啓発し、実践させられるかがカギなのです。たとえば、エボラ出血熱が中央アフリカで流行したときの致死率は平均で50%、最大で90%に達したと聞くと、とてもおどろおどろしい病気のように感じますが、その高い致死率の背景には、死者の身体を直接触って弔うという現地独特の風習があるんですね。エボラ出血熱は、患者の体液などに直接接触しなければ、まず感染しない病気ですから。そういう基本情報を理解することが重要なのです。感染予防策の基本に忠実であればウルトラCなど必要ないということが納得できるでしょう。大切なのは、感染症を正しく理解し、“正しく恐れる”ことです。日頃から感染症に関する知識と情報を集めるとともに、社内外のリスクコミュニケーションを深めて、それらを広く共有しておく必要があります。

――対策づくりのもう一つの柱であるBCP策定について、ポイントを教えてください。

特措法では、新型インフルエンザ等の感染症が国内で発生し、国民生活および国民経済に大きな影響を及ぼすおそれがある場合には、国が「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」を発令することが定められています。緊急事態宣言が出ると、外出自粛要請、興行場、催物等の制限が要請・指示されることがあります。

事業者の事業継続については、(1)「指定公共機関および指定地方公共機関」(2)「登録事業者」(3)「一般事業者」に分けて考えるとよいでしょう。(1)および(2)は、医療や電気、ガス、鉄道、航空、水運、金融、報道、郵便などを営む事業者で、公益性・公共性を有しており国民生活・国民経済への影響が大きいため、新型インフルエンザ等発生時にも、新型インフルエンザ等対策の実施や適切な事業継続が求められています。一方で、(3)の一般事業者は、感染リスク、企業の社会的責任、そして経営面などを考慮して、自社で継続の是非を判断しなければなりません。感染防止の観点から縮小が望まれる事業分野もあり、とくに大勢が利用する施設などは国から使用制限や停止を求められる可能性があります。従業員の感染リスクや需要変化も予測しながら、縮小・中止する業務についても検討すべきでしょう。

BCP(事業継続計画)の策定にあたっては、パンデミック発生時に流行期間の長期化、人的被害の甚大化が予測されるため、人的資源、そして衛生資材などの 物的資源が不足し限られることに留意しなければなりません。特措法では、過去のパンデミックのデータを参考に被害規模を想定、罹患率は25%で、最大約40%の従業員が欠勤すると見込んでいます。そうした状況下でも事業を継続するためには、何が必要か、不足した資源をどう代替するのか。平常時から十分に検討し、最悪のシナリオも想定して計画の策定・見直しを進めておくことが重要です。

――新型インフルエンザなどが発生した場合は、医療の提供または国民生活・国民経済の安定に寄与する業務を行う事業者の従業員や新型インフルエンザ等の対策の実施に携わる公務員に対して、ワクチンの予防接種が行われる、と聞きました。

特措法第28条に基づいて行われる「特定接種」ですね。登録事業者は、前もって特定接種対象者数を検討、登録することになっていますが、その際、ワクチンについては副反応の恐れがあること、効果が未確定のため接種後にも感染防止策を講じなければならないこと、また発生状況によっては特定接種が行われない場合もあることなどを、事前に従業員に説明し、同意を得ておくことが重要です。

――自社と自社の従業員を感染症の脅威から守るために、人事部は何ができるのか、何をすべきなのか。最後にあらためてメッセージをお願いします。

重要なポイントは三つあります。一つ目は繰り返しになりますが、感染症を正しく理解して、正しく恐れること。平常時からリスクコミュニケーションに務め、全従業員にいわば“知識のワクチン”を接種していくことです。二つ目は理解するだけでなく、行動変容。感染症対策はけっして難しくないのですが、それを全員が実行しないと意味がありません。一人でも熱をおして出社してきたら、職場全体に広がりかねませんからね。間違っても、「仕事熱心」などと褒めてはいけない。社員の行動変容を促す、徹底した啓発を行うべきです。そして三つ目として、従業員の家庭での感染予防策にも目を向けてください。職場でいくら気を付けていても、家庭で家族からうつされてしまっては、元も子もありません。家庭を守ることが会社を守ることにつながるという点を強調して、注意喚起を行うことが大切でしょう。人事部の方々にはこれらのポイントを意識して、自社の感染症対策を進めていってほしいと思います。

株式会社 インターリスク総研 総合企画部 特別研究員 本田茂樹氏インタビューの様子

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