売り手市場といわれる近年、企業と求職者は対等な関係に移り変わっており、企業は選ぶだけではなく「選ばれ」なければならない。このような背景から、「採用戦略」の重要性が高まっている。一方で、具体的な採用戦略を立てられず、非効率な採用活動を進めている企業は少なくない。
採用戦略の現状や将来の展望について、採用プロセスに関するコンサルティングを提供しているリデザインワーク株式会社の見解や、2月2日に開催された 「HRカンファレンス2024-冬- リーダーズミーティング」の議論内容を基に、詳しく掘り下げていきたい。
採用戦略とは
採用戦略とは、企業が求める最適な人材を獲得し、組織の成長や目標達成に向けて設定する計画や方針を指す。人手不足が深刻化し、「売り手市場」と言われる近年、企業が欲しいと考える優秀な人材の獲得は容易ではない。企業は適切な採用戦略を設計した上で、採用活動を進める必要がある。
採用戦略を立案する際のおおまかな流れは以下の通りだ。
- 自社に必要な人材像の定義、掘り下げ
- ターゲットに即した採用プロセスと採用手法の設定
- 市場を分析し、自社の強みを把握する
「自社に必要な人材像の定義」は、企業の経営目標や事業計画を実現するために、どのような経験やスキルがある人材が必要なのかを定義することだ。また、求める人材像の志向や行動について理解を深める必要がある。その上で、ターゲットに即した採用プロセスと採用手法を設定する。また、競合他社や市場を分析し、自社の強みを把握。ターゲットに向けて効果的に打ちだせるよう、採用ブランディングに取り組む必要がある。
このような採用戦略は企業の競争力を高め、長期的な成長を支える重要な要素となる。
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採用戦略と深いかかわりを持つ「採用マーケティング」
採用戦略を設計するにあたり、マーケティングの思考法やフレームワークを人材の採用活動に取り入れる「採用マーケティング」を実践する企業が増えている。
採用マーケティングでは、マーケティングの基礎知識である「ファネル」と「ペルソナ」について理解することが重要だ。ファネルとは、顧客が商品やサービスを購入するプロセスを漏斗(ろうと)状に図式化したもの。具体的には、「潜在層」「顕在層」「候補者」の三つに絞られる。
買い手市場の傾向にあったときの採用活動では、顕在層にアプローチすれば十分な応募数を獲得できたかもしれない。しかし、労働力不足が進む中で十分な数の母集団を形成するには、顕在層の奥に存在する「潜在層」へのアプローチが欠かせない。
また、自社が欲しい具体的な人材像を、ペルソナとして設計することも重要だ。採用前に業務内容などを定めずに雇用契約を結び、社員は入社後に振り当てられた業務に従事するという仕組みを「メンバーシップ型採用」という。日本は長らくメンバーシップ型採用が主流で、スキルよりも「長く在籍してくれそうか」という観点で採用活動を進めてきた。
しかし近年は、「ジョブ型採用」や「スキルベース型採用」などに考え方が変わってきている。ジョブ型採用は、詳細な業務内容を記載したジョブディスクリプションに沿って、その業務を遂行できる人材を採用する雇用方針のこと。スキルベース型採用は、求職者の学歴や職歴ではなく、スキルを基準に採用することである。
ジョブ型採用やスキルベース型採用を成功させるには、あらかじめ採用したい人材の要件定義として、ペルソナを設計すると良いだろう。
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採用戦略の必要性が高まる二つの背景
採用プロセス全体のコンサルティングを担うリデザインワーク株式会社の林宏昌氏(代表取締役社長)は、近年の採用市場について次のように語る。
「企業が優秀な社員に退職してほしくないと思っていても、かなわなくなっています。人手不足や雇用の流動性が高まっているからです。求職者だけでなく既存社員に対しても、自社ならではの魅力を客観的に感じてもらう工夫が必要です」
深刻化する人手不足
なぜ、人手不足や雇用の流動性が加速しているのだろうか。林氏は、根拠となる調査データを示した。
リクルートワークスが実施した大卒求人倍率調査によると、2024年3月卒で求人倍率は1.71倍。コロナ禍の2021年~2023年の1.53倍、1.50倍、1.58倍を経て回復傾向にあるものの、コロナ禍前(2020年3月卒は1.83倍、2019年3月卒は1.88倍)には及ばない数字だ(出典:リクルートワークス研究所「第40回 ワークス大卒求人倍率調査(2024年卒)」)。
また、2024年3月卒向けの全国の民間企業における求人総数は、前年(2023年3月卒)の70.7万人から6.6万人増えて77.3万人だった。対して、学生の民間企業就職希望者数は前年(2023年3月卒)の44.9万人から0.2万人増加した45.1万人。求人数に対する就職希望者数が32.2万人不足しており、採用難の傾向にあるという。
また、2022年に総務省が実施した労働力調査を見ると、2012年以降は15〜64歳の労働力人口が減少傾向にある。2016年から2019年にかけては一時的に増加傾向を見せたが、コロナ禍に入った2020年から2022年にかけては再び減少した。今後も引き続き、労働力人口の減少と採用難の加速が見込まれる(出典:総務省統計局「労働力調査(基本集計)2022年(令和4年)平均結果の概要」)。
加速する雇用の流動性
続いて林氏は調査データを基に、企業の採用戦略の重要性が増した理由の一つとして「雇用の流動性の加速」を挙げた。
総務省の労働力調査によれば、転職者数の推移は2020年と2021年に減少したものの、2022年は前年よりも13万人増加。2023年は25万人増加している。
さらに同調査の転職希望者数を見ると、2018年から2023年は増加傾向にある。特に2022年は前年からの増加数が71万人で、これは2018年以降最多の増加数だ(出典:総務省統計局「労働力調査(基本集計)2023年(令和5年)平均結果の要約 」)。2023年は39万人増加している。
企業と求職者は「選び選ばれる関係」に移り変わった
人手不足と雇用の流動性が進むにつれて変動する、企業と求職者の関係性について、林氏は次のように語る。
「かつては企業が求職者を選べる時代でしたが、売り手市場の昨今は企業と求職者の関係がフラットになってきていると感じます。働く人は『この会社で働く合理性』、企業は『この人材を雇用する合理性』を考えるようになったのです。企業と求職者の双方が、選び選ばれる関係になったことを認識すべきです」
企業と求職者がフラットな関係になっている近年、企業が人手不足を解消するには「求職者から選ばれる企業」になる必要がある。そのためには、求職者が何を求めているのかを把握しなくてはならない。
求職者から魅力的に見える企業の具体的な特徴について、林氏は次のように考える。
「30歳前後の約7割が、今後のキャリアに不安を感じているといいます。彼らの転職活動の軸としてよく耳にするのは、『この会社で働けば、希望するキャリアを描けるのか』『身に付けたいスキルを獲得できるのか』などです。キャリアの不安を解消するにはスキルが必要だと考える人が多いため、リスキリングに力を入れている企業は、求職者から魅力的に映る傾向にあります」
採用活動では「求職者のスキルの見極め」と「キャリアの志向のすり合わせ」を行い、自社の魅力付けをすることが重要だという。例えば、企業と内定者のオファー面談などで、自社の魅力付けをするために次のような事項を伝えるのが有効だ。
- 事業の重点テーマ
- 期待する役割や課題
- 具体的なキャリア
- 身に付くスキル
採用時だけでなく入社後も定期的に振り返りの面談を実施し、キャリアアップやスキルアップの希望をすり合わせ続けることが重要だ。
採用戦略の今後の展望
人事リーダーが考えるこれからの採用戦略。カギは「情報発信」と「多様な雇用形態」
大手企業の人事リーダーたちは、採用戦略にまつわる現状や今後の課題をどのように捉えているのだろうか。
2024年2月2日に行われた、日本の人事部「HRカンファレンス 2024-冬 -」〜リーダーズミーティング〜では、株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役の伊達 洋駆氏とリデザインワーク株式会社代表取締役社長の林 宏昌氏からの提言を受け、日本企業を代表する人事責任者13名が採用戦略について語り合った。各テーブルで3~4名に分かれ、日本における採用戦略の在り方について議論した。
伊達氏によると、求職者は多角的に情報を求める傾向にある。そのため、自社が実情に即した情報を透明性高く発信することが重要だ。人事リーダーたちの議論の中で特に注目されたのは、自社を魅力的に感じてもらうための方法だ。入社すると「どのようなスキルが身に付くのか」「どのようなキャリアを期待できるのか」といった内容を、定量と定性を組み合わせて伝える必要がある。
さらに、多様な働き方ができる環境を整えておく必要性についても議論が及んだ。副業や業務委託などの働き方が広まっていく中で、今後すべての業務を正社員で担う必要はあるのか。正社員と業務受託者の双方に活躍してもらうためには、社内のコア業務とノンコア業務を明確に整理しておかなければならない、といった声が聞かれた。
また、優秀な人材を採用するためには、社内のキャリア支援体制や働く環境にも目を向けることが必要だとする意見も出た。採用戦略を考えることは、企業として働き方の選択肢を増やし、多様性を受け入れるといった企業の変革にもつながるのだ。
人事リーダーの視点からさらに学ぶ
企業と個人の関係が移り変わる現代に重要な採用戦略とは。
10年後、日本全体における採用の在り方はどうなるべきか
自社に必要なスキルや人材像の定義などの採用戦略支援を提供
採用戦略のトレンドは「スキルベース型採用」へ
ジョブ型採用は「適材適所」の考え方が基本であり、採用したいポストに必要な一定のスキルを持っていれば十分だった。例えば、広報のスキルを持った人材でも、人事として採用したのであれば、人事業務しか与えないのがジョブ型採用の特徴だ。
林氏は、今後の採用戦略トレンドについて、「スキルベース型採用」で採用戦略を考えなくてはならないと提言する。
「米国ではジョブ型採用が見直されつつあります。例えば営業として入社した社員でも、広報のスキルを持っていれば広報業務も任せるなど、『スキルベース』で考える採用方法がトレンドです。
入社後に新たな業務を割り当てられるという意味では、日本で主流だったメンバーシップ型採用のように思えるかもしれません。メンバーシップ型採用と大きく異なる点は、採用前にあらかじめ求める人材の要件定義ができていること。人材の具体的なスキルに合わせて任せる業務を設計していること。概念は近いため、日本企業が自社に必要な人材像を定義できるようになれば、世界で最先端の人事組織になれると考えています」
求める人材がなかなか集まらない企業では、要件を緩めて母集団を増やそうとするケースが多々見られる。しかし、それでは常に人事が採用活動を行うことになり、面接対応の量が増え、疲弊してしまう。その結果、本来追いかけるべき人材を追えなくなる可能性が高まるので、非効率だ。
このような状況を打破するため、まずは自社に必要なスキルを明確にし、ペルソナを設定する必要がある。その上で企業は求職者のスキルを見極め、キャリア形成の希望をすり合わせることが重要だ。
日本企業では欲しい人材像の要件定義ができていない
日本企業には、適切な採用戦略を立てるにあたっての課題が多い。リデザインワークが採用プロセスのコンサルティングを行う中で、「求める人材の要件定義、つまりペルソナの設計ができていない企業は意外に多い」と林氏は言う。
「メンバーシップ型採用の傾向が強い日本では、求める人材を要件定義する経験が少なく、なかなか言語化できないのが現状です。特に中途採用においては、欲しい人材像を要件定義せず、ジョブディスクリプションがあいまいなままだと、企業と求職者の間でミスマッチが生じるリスクが大きくなるので注意が必要です」
人材の要件定義をより強化するには、人事が今以上に事業の現場に介入していくことが不可欠だ。人事が要件定義できるスキルを持っていても、業務内容に関する理解は現場に及ばないことは多い。一方で、業務内容を理解している現場の人材は、人材要件を言語化するスキルに乏しい。
人材の要件を明確に定義するには、人事と現場の連携が必要だが、すり合わせには時間や手間がかかり、実現できない企業が多いのが実状だ。
自社が求めるスキルと求職者のスキルをマッチさせるサポート
自社に必要な人材要件を明確にし、採用戦略を成功させようとしても、スキルを言語化することは簡単ではない。
リデザインワークでは、自社で必要なスキルや人材像の言語化を支援するサービスとして、「Skill Canvas」(スキルキャンバス)をクローズドで実証実験をしており、今夏ローンチ予定だ。導入することで、ポジションに求めるスキルを軸にした求人票の作成や候補者とのスキルマッチ確認、面接など採用活動の効率化、社内人材のスキルの可視化などが可能になる。
リデザインワークのビジョン・ミッションは、働き方に柔軟性を持たせること。その実現のためには、特に「スキル」と「人脈」が重要だと考え、スキルキャンバスの事業構想につながったという。
スキルキャンバスでは、例えば採用担当者の場合、「採用競合との優劣のポイントを整理できる」「採用ポジション・職種の採用要件を定義できる」「採用管理システム(ATS)を導入・運用できる」といったように業務内容に即したスキルを言語化。その上で、スキルごとに「経験したことがない」「上司・先輩の指示を受けてできる」「ゼロベースから独立で設計・構築ができる」などと習熟度合を測ることができる。
人事と現場で働く人々が、スキルキャンバスを基に話し合うことで、求めるスキルへの理解を深めることもできる。
「どのようなスキルを持つ人材が欲しいのかがあいまいなまま採用を進めると、ミスマッチが起きてしまいます。
例えば採用担当といっても、採用ブランディング戦略立案や、採用イベントの企画・実行、SNSを使った採用など、身に付けているスキルはさまざまです。
スタートアップ企業が、大手企業の営業部長経験者を採用したが、その人が持っていたのは顧客接点に特化した営業のスキルだけで、リードのパイプライン管理やSFAを活用した顧客管理といった営業企画のスキルは持ち合わせていなかった、というケースもありました。要件定義があいまいであるほど、自社で活躍してほしい人を採用しづらくなります」
スキルキャンバスでは求職者も、自らのスキルやそのレベルを登録することができる。企業が自社に必要なスキルやレベルを把握した上で、求職者が登録したデータを照会することにより、書類選考や面接の効率化を実現。さらには、企業が求めるスキルと求職者が持つスキルのミスマッチを防げるようになる。
現場社員が面接を行う際の課題の解消にもつながるという。
「人事と比べて面接する機会が少ない現場社員の面接力について、課題を感じている企業もあるでしょう。本当に聞くべきことを聞いていない、採用基準があいまいになっている、といったケースは少なくありません。求めるスキルやそのレベルが可視化されるスキルキャンバスを使うことで、面接時に求職者へ確認すべきポイントを明確にできます」
現在のスキルキャンバスでは人事・営業・マーケティング・CSの4職種に対応しているが、ローンチ予定の2024年夏ごろには20職種に増える計画だ。
まとめ:採用戦略はスキルベースで要件定義を明確にするのが重要
採用戦略とは、自社が求める優秀な人材を採用するための戦略を指す。人手不足が加速する中で、採用戦略は重要な意味合いを持つようになった。
また、採用戦略を練る上では、マーケティングの思考法やフレームワークを活用できる。売り手市場といわれる状況では、潜在層へのアプローチが重要だ。今後は、ジョブ型採用からスキルベース型採用へとトレンドが移ることが予想される。採用戦略を成功させるためには、スキルを軸としたペルソナの設計が必要不可欠だ。
さらに、人手不足は企業と求職者の関係性も変化させている。かつては企業が人材を選べる立場にいたが、現在は互いが「選び選ばれる」関係へと変化した。企業は、求職者に対して自社の魅力を伝え、「この会社に入りたい」と思わせることが重要だ。
自社に必要なスキル(欲しい人材像)があいまいなまま、採用活動を進めている企業は少なくない。米国ではスキルベース型採用がトレンドとなっていることから、今後は日本でも自社に必要なスキルについて要件定義を行い、求職者と自社で獲得できるスキルとキャリアについてすり合わせる必要性が高まると考えられる。
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