「哲学対話」のすすめ。世代間ギャップや理念浸透の壁を乗り越える「共通言語」の作り方とは
東京大学 共生のための国際哲学研究センター 上廣共生哲学講座 特任研究員
堀越 耀介さん

価値観の多様化により、職場内での世代間ギャップやコミュニケーションのすれ違いに課題を抱える企業が少なくありません。企業理念やミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を掲げても現場に浸透しないのは「共通言語」がないからだと説くのは、東京大学 共生のための国際哲学研究センターで特任研究員を務める堀越耀介さん。共通言語を生み出し、立場や世代を越えて相互理解を深めて組織の創造性を引き出す「哲学対話」の実践方法について伺いました。
- 堀越 耀介さん
- 東京大学 共生のための国際哲学研究センター 上廣共生哲学講座 特任研究員
東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。専門は教育哲学/哲学プラクティスで、課題解決や価値創造に取り組む様々な企業活動を「哲学対話」や哲学コンサルティングを通して支援している。著書に『哲学はこう使う――問題解決に効く哲学思考「超」入門』(実業之日本社)、『職場の共通言語のつくり方』(クロスメディア・パブリッシング)。
職場のコミュニケーションの「すれ違い」
現代の職場でのコミュニケーションには、どのような課題があると捉えていますか。
多くの企業が共通して抱えているのは、深刻な「世代間ギャップ」です。世代間ギャップと聞くと、「昭和的な古い語彙(ごい)が通じない」といった表層的な現象を思い浮かべる方が多いかもしれません。「若手社員が飲み会に参加してくれない」といった事象も、価値観の違いとして確かに存在しています。
より根本的で深刻な問題は、「働きがい」「組織」「チーム」といった、日常的に使用している言葉の本当の意味について、世代間で合意が取れていないというギャップです。例えば「働きがいが大事だ」という言葉を口にする際、思い描いている意味合いやイメージは、世代によって大きく異なります。組織のために滅私奉公的に働くことでアイデンティティを形成してきた世代と、タイムパフォーマンスやコストパフォーマンスを重視し、プライベートの充実こそが自分らしさであると考える世代とでは、同じ言葉を使っていても、背景にある思想が違うのです。言葉の意味やイメージがすれ違っているにもかかわらず、表面上は会話が成立してしまうため、言葉が「通じている」と錯覚してしまいます。深い部分での相互理解が欠如したまま業務が進行するという、見えづらい構造的問題があります。
言葉の意味とイメージが共有されていない、つまり「共通言語」が欠けていることが、最大の課題です。
世代間のギャップはいつの時代も存在していたように思います。現代において、コミュニケーションのすれ違いが顕著になっている背景には、どのような要因があるとお考えでしょうか。
これまでも世代間の認識のずれは存在していたと思います。ただ、かつては新聞やテレビといった共通の情報媒体が存在していました。社会全体で共有される強力なバックグラウンドがあったため、上の世代が既存の価値観や語彙の中に若手社員を巻き込み、感化していく機能が働いていたのです。
ところが現代では、SNSなど情報媒体が多様化し、情報の出所や受け取り方が細分化され、誰もが知っている共通の話題や基盤というものが機能しなくなっています。ベテラン層が成功体験として持っている強い価値観と、全く異なる情報環境で育ってきた若手層の価値観が交わることなく、ただ正面からぶつかり合う、あるいはひたすら避け合うだけの状態なのです。ミドルマネジャーの方々からは、「若手社員の言葉がまるで外国語のように聞こえる」「なぜそのような思考に至るのかが全く理解できない」という声を耳にします。
また、現代の若手層は「自分らしくいていい」「個性を発揮することが大切だ」という教育を受けて育ってきました。個人を強く肯定する価値観が根付いているため、外部から指導や修正を受けることに強い抵抗感を覚える場合があります。
例えば、文章の書き方やプレゼンテーションの手法について上司が助言したとき、「これが私らしさです」と返されてしまうと、それ以上の議論が成立しなくなってしまいます。どこからが適切な指導であり、どこからがハラスメントに該当するのかの境界線が非常に曖昧になっているため、上司も踏み込んだコミュニケーションをためらってしまうという難しさがあります。

なぜ理念は浸透しないのか
企業理念やパーパス、MVVの策定に取り組む企業が増えています。これらは組織を一つにまとめるための「共通言語」ではないでしょうか。
たしかに昨今、パーパス経営やMVVの明確化が強く推進されています。商品やサービスの機能面だけでは差別化が難しい中で、企業の存在意義や積極的なスローガンを打ち出す必要があるという背景は理解できます。
しかし、少し厳しい目で見ると、どれだけ立派な言葉を並べていても、企業が掲げる理念やスローガンの多くは具体的に何を意味しているのかが不明瞭です。例えば「お客さま第一」を掲げたとしても、「お客さま」とは具体的に誰を指すのか、どの範囲までの対応を「第一」と呼ぶのか、といった定義がされていません。
実際に働いている方々に話を聞くと、自社のパーパスやMVVを覚えていない人が少なくありません。覚えているとしても、ただ言葉面を曖昧に記憶しているだけで、日々の業務に落とし込めておらず、空回りしているケースが大半です。
本来、抽象的な言葉は取り扱いが非常に難しいもの。その難しさを理解しないまま、外見を整えるためだけに曖昧な言葉を振り回してしまっている状況が見受けられます。いくら経営陣が抽象的な言葉を使って熱く語りかけても、本当の意味が共有されなければ浸透するはずがありません。
言葉が本質的な意味を持たないまま流通してしまう現象は、なぜ起きてしまうのでしょうか。
私たちは普段、それほど厳密に言葉を使用していません。「机」という具体的な名詞であればイメージの共有は容易ですが、「自由」「平等」「仕事」といった抽象的な概念になると、意味の幅が非常に広くなるため、曖昧なままでも会話が成立してしまいます。しかし、言葉の意味と各人が抱くイメージのすり合わせを行わないまま業務を進めているため、コミュニケーションの土台となる「共通言語」が形成されないのです。
さらに、日本の組織文化には、対立を避けるために物事をあえて曖昧にしておく側面があります。企業内で「そもそも私たちにとっての価値とは何か」という根本的な問いを立てる機会はほとんどありませんよね。根本的なことを問う行為は、周囲から「真面目すぎる」「バカバカしい」などと否定的に捉えられる恐れがあるため、言葉の表面だけをなぞって業務を遂行しがちです。
しかし、イノベーションの創出や新規事業の立ち上げが求められる現代において、根本的な問いを封印したままでは、真にクリエイティブな発想は生まれません。経営層がいくら高尚な言葉を掲げても、現場との認識のずれが解消されなければ、企業の推進力は失われてしまいます。
「そもそも」を問い続ける哲学対話
言葉の曖昧さを解消し、「共通言語」を構築するための手法として提唱されている「哲学対話」とは、どのようなものでしょうか。
「哲学対話」とは、一言で表すと「問いを探求する」もの。「既存の前提を疑い、新たな視点や解釈を追求する思考」である哲学思考と、「互いに問いかけ合い、互いの意見を傾聴・尊重しながら探求する」対話を組み合わせたものです。
「How」を問う一般的な対話とは違い、哲学対話は「What」を探求します。例えば新規事業の開発に取り組むチームでは、「どうすれば新しいサービスを生み出せるか」、つまりHowの議論がさかんに行われます。一方で哲学対話では、「そもそも『新しい』とは何か(What)」を探求します。
他にも、職場のコミュニケーションを活性化したいなら、「そもそも『良いコミュニケーション』とは何か」「空気を読むとはどういうことか」といった問いが考えられますし、人事評価制度に関しては「そもそも評価とは何のためにあるのか」について哲学対話ができます。
「哲学(フィロソフィー)」という言葉は本来、「知恵を愛する」という意味で、世界の真理や物事の根本を知りたいという純粋な探求心が原動力となります。企業の中では、日々の業務に追われ、「自分が本当にやりたいことは何か」「この事業を通じて何を実現したいのか」といった大切な問いに向き合う機会が失われがちです。哲学対話は、「そもそも~」を問うことによって、根本的な事柄を探求する場を提供します。
具体的にはどのような形で行うのでしょうか。
進行役が問いを投げかけ、参加者全員でその問いに対する考えを述べる形で進めます。参加者は10人程度で、椅子を円形に並べて行うことをお勧めしています。円形は前・後や上座・下座のように「偉い人が特権的に座る位置」がないため、年代や肩書にかかわらず、誰もが対等な場をつくることができるからです。
哲学対話の特徴は、問いがすべての人に対して平等に開かれている点です。企業や組織には通常、知識や経験、役職に基づく無数のヒエラルキーが存在し、発言の重みが個人の立場によって左右されます。しかし、哲学的な問いには唯一の正解が存在しないため、誰が偉い、誰が詳しいといった特権性がありません。
正解のない問いに向き合うことで、組織内のヒエラルキーが一時的にフラットになり、オープンな対話が可能になります。普段は発言を控えているような社員のクリエイティブな意見が引き出され、参加者同士の価値観や背景に対する深い相互理解が促進されます。これが、対話に哲学の要素を導入する最大の理由です。

哲学対話を実践することで、どのような効果が期待できるのでしょうか。
効果は多岐にわたりますが、企業理念やパーパス、MVVの浸透に直結します。人事部門の方は、「企業理念の解釈を社員一人ひとりに委ねると、組織の方向性がバラバラになってしまう」と不安を抱いているのではないでしょうか。そのため、社長や役員が熱く説明するという、一方向の普及策を取ることが多い。しかし、もし理念を、まったく解釈の余地なく、いわば暗唱できるような状態を目指すのだとすれば、それは全体主義的であり、人間の本質に反します。
本当の意味での理念浸透とは、社員一人ひとりが自らの頭で理念を解釈し、自身の価値観と会社の理念がどのような関係にあるのかを主体的に考え抜くプロセスです。ある企業が「情熱」を掲げているならば、「情熱とは、そもそも誰のどのような感情を指しているのか」という問いを立て、参加者同士で探求する。この対話を通じて、社員は「会社はこのように定義しているが、自分はこう考える」という明確な立ち位置を獲得します。この段階になって初めて、理念が個人の内面に定着するのです。
また、新規事業の開発においても大きな効果を発揮します。理系の研究者や開発担当者の方々は、テクニカルな議論には長けていますが、「そもそもなぜこの開発を行うのか」という根本的な議論を避ける傾向があります。彼らに哲学対話の場を提供すると、これまで「実現不可能だ」と思って口に出さなかった面白いアイデアが次々とあふれ出てきます。同席している上司が「なぜ今までその考えを言わなかったのか」と驚くのを何度も見てきました。「日本企業はイノベーションを起こせない」と耳にすることがありますが、アイデアはないのではなく、表に出ずに眠っているだけだと思っています。哲学対話は、社員が内面に秘めているアイデアや価値観を抽出し、チームの相互理解や事業のイノベーションへとつなげる強力なエンジンとなるのです。
共通言語を構築するための実践的ステップ
共通言語を生み出すために、どのような手順で哲学対話を進めていけばよいのでしょうか。具体的なアプローチを教えてください。
共通言語の作り方として、「似ているイメージを見つける」「意味が似ている言葉との違いを明確にする」「一つの言葉に含まれている意味の違いを識別する」「まだ名前のない現象や感覚に名前をつける」という四つのアプローチがあります。
まず、「似ているイメージを見つける」は、ある言葉のイメージを他の人と共有するために、別のものに置き換えて説明することです。「会社」という言葉で考えてみましょう。会社は「家」だとイメージするベテラン社員がいるとします。定住し、生活の基盤となり、個人が成長していくための安定的な場所という捉え方です。一方、若い社員は会社を「船」のイメージで捉えるかもしれません。船は目的地に向かうための手段であり、航海中は乗組員同士で協力しますが、目的地に到着した後は自由に、別々の行動を取るという考え方です。
このように、同じ「会社」という言葉でも、根底にあるイメージが「家」と「船」では、会社で働くことへの価値観や、制度・ルールの捉え方が全く異なります。比喩を用いてイメージの違いを可視化することで、世代を超えた相互理解に近づきます。世代やバックグラウンドの違いによる認識のずれを埋めるための第一歩として、この方法は非常に有効です。
ただし、同じ「家」でも、二階建ての家もあれば平屋もあります。人によってイメージする大きさも異なりますよね。あまり厳密に定義しようとせず、あくまで大まかなイメージを掴むために使うことをお勧めします。
二つ目のアプローチは「意味が似ている言葉との違いを明確にする」。たとえば「尊重する」と「甘やかす」の違いは何でしょうか。ある企業の管理職向けに行ったワークショップで扱ったテーマです。ワークショップ終了後、参加者の一人が「これまで部下を尊重していると思っていましたが、甘やかしているだけでした」と話してくれました。その方は、「嫌われたくない」「自分の業務で忙しい」といった理由から、部下を厳しく指導することなく、聞こえの良い言葉だけをかけていたそうです。その態度は部下を「尊重」しているのではなく、単なる「甘やかし」だと気づいたと語ってくれました。
「尊重する」と「甘やかす」のように、類似した言葉の境界線を引く作業を通じて、自身の無意識の行動や思考の癖を強く自覚できます。哲学対話は自身の行動様式を根底から見つめ直す実践的なプロセスとなります。
三つ目の「一つの言葉に含まれている意味の違いを識別する」は、「新しい」を例に考えるとわかりやすいでしょう。新規事業開発の現場で「新しいとは何か」という問いを立てると、ある人は「ゼロからイチを生み出すような、見たことのないもの」を新しいと定義し、別の人は「既存の要素のユニークな組み合わせ」と捉えるなど、同じ部署内でも意味にズレが生じることがあります。このズレを放置したまま事業を進めても、議論が噛み合うはずがありません。まずは「私たちが目指す新しさとはどのようなものか」を徹底的にすり合わせる必要があります。
さらに一歩進んで、使い古された言葉ではなく、自分たちの目指す方向性に名前をつけることも効果的です。これが「名前のない現象や感覚に名前をつける」アプローチです。例えば、チームが目指す新しさを「奇妙な新しさ」と独自に命名してみるとどうでしょう。他社とは異なる独自の価値基準を共通言語化し、イメージを共有することで、チームの強い推進力へと変換できます。
四つのアプローチを実践する順番は特に決まっていません。できることから、あるいは自分たちに足りていないところから始めるとよいでしょう。
本格的な哲学対話を導入するハードルが高い企業の場合、どういったことから始めるとよいのでしょうか。
特別なことでなくても、例えば普段の会議の5分間を活用して取り組めることがあります。その日のアジェンダに含まれている重要な概念、あるいは日常の業務で頻出する抽象的なキーワードを一つ取り上げ、「そもそも、どういう意味だろうか」と参加者全員に順番に問いかけ、考えを発表してもらうのです。
プロジェクトの進捗には直結しないように思えるかもしれませんが、メンバーが普段どのような思考の枠組みを持っているのかを知る上で、絶大な効果をもたらします。私たちは日頃、Howの問いには慣れていますが、Whatの問いを立てる訓練は受けていません。会議の中で意図的に「そもそも」と問いかける習慣をつけるだけでも、組織の風通しやイノベーションの土壌づくりに変化をもたらすきっかけとなります。
「思考停止」に陥らず、会社を本気で変える覚悟を
最後に、読者である人事パーソンに向けてアドバイスをお願いします。
人事部門の方々は、採用や評価、配置といった業務の性質上、特定のスキルといったラベルによって人材を分類し、管理する思考に長けています。大規模な組織を運営する上で、タレントマネジメントシステムなどを活用し、従業員の能力を可視化して配置する手法は不可欠でしょう。
しかし、人間の本質や可能性は、スキルや経歴といったラベリングだけで完全に把握できるものではありません。その人自身の深い価値観や思考の背景にまで踏み込まなければ、真の連携やイノベーションは生まれません。
面接や1on1ミーティングの場に、哲学的な視点を少しだけ取り入れ、「あなたにとって自由とは何ですか」「仕事において正しさとは何だと思いますか」といった抽象的な問いを投げかけてみてください。重要なのは、洗練された正答を求めることではありません。問いに対する答えを紡ぎ出す過程に表れる、その人の思考の癖や価値観を観察することに意味があります。
また、多様性を尊重する文脈で頻繁に用いられる「人それぞれ」という言葉には気をつけるべきです。個人の価値観を認めることは重要ですが、議論の際に「まあ、人それぞれだから」という言葉で対話を打ち切ってしまうことは、単なる思考停止に他なりません。「何が人それぞれとして許容される範囲で、どこからが組織として共有すべき価値基準なのか」。この境界線を真剣に考え、議論することから逃げてはいけません。
データによる精緻なラベリングと、哲学的な問いによる本質的な人間理解。この両輪を回していくことが、これからの複雑な時代を生き抜く強い組織を作るための、人事部門の重要な役割です。本気で会社を変えるつもりで、ぜひ哲学対話にチャレンジしてみてください。

(取材:2026年4月3日)
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