MBOに代わる新目標設定手法「OKR基礎講座」その4
OKRに関する情報は巷にあふれていますが、誤解されて受け取られていることも少なくありません。本コラムでは、日本においていち早くOKRの必要性を唱え、多くの企業でOKR導入支援を行ってきた、株式会社アジャイルHR代表の松丘啓司がOKRの基本的な考え方について分かりやすく解説します。
■第3回目のコラムは、OKRの「基本の5つの考え方」のうち、2つ目の「アライメント」について解説をしました。今回のコラムは3つ目の「アンビシャス」について解説します。
3. アンビシャス
OKRの基本的考え方の1つに「アンビシャス(野心的)」があります。何のために高い目標を設定するのか、どれくらい高い目標である必要があるか、といった点について、以下に解説します。
OKRにおいては、簡単には達成できない野心的な目標を立てることが推奨されます。ただし、過去のコラムでも述べたように、OKRは主体的に設定したゴール、つまり「やりたい目標」であることが前提です。MBOの個人目標をもっと高めることを求めているのではけっしてありません。
◆高い目標を設定する理由
OKRにおいて高い目標の設定を推奨することには、以下のような理由があります。
1) 大きな成果を生み出す
当然ながら、高い目標を設定しただけで、成果も自動的に大きくなるわけではありませんが、「やりたい」と願ってゴール設定をすることによって、自発的な努力が引き出されることが知られています(逆に、「やりなさい」と上から目標を与えられた場合には、その目標を達成するのに最低限の努力しか費やされない)。
また、高い目標を達成するためには、自分だけの努力ではなく社内外の協力を得たり、これまでにはない発想が求められたりすることも含めて、より大きな成果が生み出される可能性が高められます。
2) 成長を促す
野心的な高い目標を達成しようとすると、これまでの業務の延長線上ではない、未知の領域へのチャレンジが求められます。同じような経験を繰り返しても得られる学びは限られていますが、未知の経験からの学びは成長のスピードを促進します。
3) 視座を高める
大きな成果を念頭において目標を立てることによって、視座が高められます。従業員全員が、毎年数パーセントの売上増でよいと思っている会社では数パーセントの成長しかできなくなりますが、全員が高い視座を持つことができれば会社を飛躍させられる可能性が高まります。
◆野心的な目標に関する疑問
「アンビシャス」というOKRの考え方に関して、次のような疑問がしばしばあげられます。
「どの程度の高さが適当か」
グーグルでは「OKRのスィートスポットは60%~70%」と言われています。つまり、会心の一打が出た時に、目標の60%~70%程度の達成率になるくらいのレベル感がよいということです。言い方を換えると、これまでのストレッチ目標の1.5倍くらいを目途にするのがよいでしょう。
それ以上になるとゴールまでの距離が遠すぎて、息切れしてしまう恐れがあります。ストレッチ目標の1.5倍であれば、足りない50パーセントを積み上げるためのアイデアを考えることができるレベルです。
「業務や職種によっては野心的な目標を立てられない」
たとえば、事務処理を正確に行うことが求められる業務に携わっているメンバーは、野心的な目標を立てようがない、といった声がしばしば聞かれます。しかし、業務内容を大きく変えることはできなくても、仕事の意義を定義し直すことは可能です(それを「ジョブクラフティング」と呼びます)。例えば、自分の仕事を「データを集計すること」と捉えるのではなく、「顧客が求める情報をタイムリーに提供すること」と定義し直せば、目標の内容も違ってくるでしょう。
そうは言っても、メンバーの中には最速で成長したい人もいれば、自分のペースでじっくりと成長したいスローキャリア志向の人もいるでしょう。OKRは主体性が大前提になるため、本人のキャリア志向が反映されるのは当然です。ただし、1on1の場で上司と将来キャリアについてよく話し合って、共有されていることが必要です。
「達成度の基準がバラバラだと評価ができなくなるのではないか」
「OKRの達成度を人事評価に用いない」というのがOKRの大原則です。それをやってしまうと、達成できそうな目標ばかりが立てられたり、高い目標に挑戦した人が評価されなかったりしてしまうからです。
OKRを導入する際の人事評価のあり方については詳しく解説しませんが、ここであらためて強調しておきたいのは、OKRは組織マネジメントの方法であって評価制度ではない、ということです。両者はいったん切り離して考えられる必要があります。
◆「達成度」なしに評価はできるのか
従来の目標管理制度(MBO)では、個人目標の達成度を評価に直結させるという運用が一般的に行われてきました。しかし、達成度で評価をすると達成できそうな目標しか立てられなくなるという弊害は、実はこれまでのMBOにおいても指摘されてきたことです。
そのため企業によっては、目標に「難易度」という項目を加えているケースもあります。難易度が低ければ、たとえ達成度が高くても良い評価にはならず、その逆も然りという運用が可能になるからです。
このケースでは「達成度」ではなく、成果の「大きさ」を評価に用いていることになります。なぜなら、「難易度×達成度=成果の大きさ」を表すからです。つまり、難易度を判定することができるなら、成果の大きさを判定できることになるため、それならば最初から成果の大きさによって評価すればよい、と言えます。
部門や職種が違えば、成果の種類や内容が異なるため、単純に横並びで比べることはできませんが、目標の達成度を評価に用いることによって、部門や職種を越えて同じ基準を適用できるというメリットがありました。しかし、従来のMBOにおいても部門によって目標自体の甘辛がある、といった問題は存在しました。
そこで目標が低くて甘くなるケースを排除するために、ここでも「難易度」が議論されましたが、そもそも別の部門や職種の目標が甘いのか辛いのかを判断することは困難です。つまり、成果評価を全社横並びで行うことには無理があり、もともと部門や職種単位でしか判断ができないものと言えます。
上記のように、部門や職種単位で成果の大きさを評価する運用を行えば、達成度を評価に用いる必要はありません。そのことは、実はMBOでもOKRでも同じことなのです。
◆100パーセント達成されなければならない目標をどうするのか
達成度を評価に用いることができなければ、予算目標のように全社でかならずやり遂げなければならない目標を徹底できない、と考えられることも少なくありません。
しかし、OKRにおいては100パーセントの達成を目指す「コミットメントOKR」(Committed OKR)をOKRツリーに含めることが許されています。このコミットメントOKRには、売上・利益といった予算目標もあれば、「事故ゼロ」などの必達目標も含まれます。これは、達成度を評価に用いることを意味するのではなく、必ず達成されなければならない目標をOKRに含めてもよい、という考え方なのです。
もちろん、コミットメントOKRが多すぎると、アンビシャスというOKRの基本的考え方を維持できないため、一部に止める必要がありますが、このような運用は可能とされています。
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日本において、1on1とOKRを含む、パフォーマンスマネジメントの重要性をいち早く唱え、多くの企業の経営者と共にマネジメント改革に携わる。
東京大学法学部卒業後、アクセンチュアにて、人と組織の変革を担当するチェンジマネジメントグループの立ち上げに参画。同社のヒューマンパフォーマンスサービスライン統括パートナー、エグゼクティブコミッティメンバーを歴任後、アジャイルHRを設立。
松丘啓司(マツオカケイジ) 株式会社アジャイルHR 代表取締役社長
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