近年、企業における女性活躍推進が大きな課題となっていますが、思うような成果を上げられず、模索が続いているのが現状です。特に若手女性社員のキャリア意識の醸成や、管理職への昇進に向けた支援は、多くの企業にとって重要なテーマといえます。そうした中、2024年6月にスタートした、ベネッセコーポレーションの「withbatons」は、他社の女性リーダーとのメンタリングを通じて、若手女性社員のキャリア形成を支援する新たなサービスとして注目を集めています。女性活躍推進には何が必要なのでしょうか。「withbatons」にはどのような効果があるのでしょうか。ベネッセコーポレーションの白井あれいさんと小林今日子さんに、サービス開始後の具体的な反響なども交えてお話をうかがいました。
- 白井 あれいさん
- 株式会社ベネッセコーポレーション
大学・社会人カンパニー 女性キャリア支援事業部 部長
大学卒業後、厚生労働省に入省。法改正担当を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニーに転職し、戦略コンサルタントとして勤務。出産後、生後半年の長男を連れて、英オックスフォード大学大学院に留学。帰国後、資生堂に転職し、グローバルブランドの戦略立案等を担当。シンガポール勤務を経て、2020年にベネッセコーポレーション入社。
- 小林 今日子さん
- 株式会社ベネッセコーポレーション
女性キャリア支援事業部 グループリーダー
2001年ベネッセに入社。学校向けの商品・システム開発など手掛けた後、白井と共に「withbatons(ウィズバトンズ)」を立上げ、サービス開発やシステム開発に携わるとともに、PMOとして全体指揮をとっている。
両立支援と女性活躍支援は両輪で進めるべき
現在の日本企業における女性活躍推進の現状をどのように捉えていますか。
白井:ベネッセグループとして女性のキャリア支援を推進する際は、「もっと自分に期待しよう」というメッセージを掲げています。この言葉は、現状をよく象徴しています。多くの女性は、無意識のうちに「自分はまあこんなものかなと制約を設けてしまい、自分が本当にどうなりたいのかを見過ごしてしまっているのではないかと考えています。自分がどうしたいかよりも、会社や周囲からの期待に応えることばかり考えている。私たちはこのような現状を変えたいと思っています。
日本企業で女性の活躍をさらに進めるためには、どのような対策が必要だとお考えですか。
白井:「両立支援」と「活躍支援」を両輪で進めることが大切です。両立支援とは、育休制度や時短勤務制度など、働く環境を整えること。一方、活躍支援は、女性が積極的に昇進していける、いきたくなるようなキャリア支援やリーダーシップ研修などのことです。現在の日本では、両立支援に重点を置く企業が多く、的確な支援はまだ十分に行われていないと感じています。
働きやすい環境が整っても、すぐに「管理職になりたい」という意欲につながるわけではありません。しかし、企業側は「働きやすくしているのに、管理職になりたくないと考えるのは女性側の意欲が足りないから」と誤った結論を導きがちです。
小林:女性が「自分にもできるかもしれない」「これが自分の本当の願いだった」と気づく機会を持つことが重要です。その思いをしっかりと受け止めてくれる組織や企業文化を構築することも必要でしょう。これらをセットで進めていかなければなりません。
女性の活躍推進には五つのフェーズがある
女性活躍推進をどのようなステップで進めていくべきだとお考えでしょうか。
白井:企業の女性活躍推進には、「草創期」「黎明期」「成長期」「天井期」「到達期」という五つのフェーズがあると考えています。まずは、自社が現在どのフェーズにあるのかを把握することが重要です。
最初の「草創期」は、そもそも女性従業員が少ない、あるいは存在しない状態です。次に「黎明期」は、女性が働き続けるための環境整備がまだ十分でなく、両立が難しい状況を指します。続く「成長期」は、環境は整備されているものの、管理職を目指そうとする意欲がまだ芽生えない状態です。
多くの企業が「黎明期」と「成長期」に位置していますが、重要なのは二つのフェーズを明確に区別して対応策を考えることです。しかし、多くの企業はこの二つを混同してしまっている。「成長期」にどのような施策を講じればよいのかがわかりづらいと感じている企業が多いという現状もあります。
さらに進むと、女性がどんなに努力しても意思決定層に入ることが難しい状態である「天井期」に到達します。最後の「到達期」は、女性も男性も区別されることなく、「女性活躍」という言葉自体が不要な状態です。現在、日本でこのレベルに達しているのは主に外資系企業です。
女性の活躍支援にあたっては、どのような点に留意すべきでしょうか。
白井:最も重要なのは、「自己効力感」を高めることです。カナダの心理学者アルバート・バンデューラが提唱した概念で、新しい挑戦に対して「自分にもできる」と感じる感覚を指します。バンデューラは、自己効力感を高める四つの要素を挙げています。一つ目は成功体験、二つ目は言葉による説得や称賛。三つ目は代理体験で、自分と似た状況にいる他者が成功する姿を見て、「自分もできるかもしれない」というイメージを持つことです。四つ目は、情動的な喚起、つまり感情の変化を通じて自己効力感を高めるものです。
最も効果的なのは直接的な成功体験ですが、全ての経験を提供することは当然難しい。そこで重要なのが代理体験です。等身大のキャリア体験を語ってくれる多様な女性リーダーとの出会いにより、他者の経験を通じて気づきを得る機会を企業が提供することが大切です。
若手女性社員のキャリア形成を支援する新サービスの立ち上げ
若手女性社員のキャリア形成を支援するメンタリングサービスである「withbatons(ウィズバトンズ)」の内容や特徴についてお聞かせください。
白井:管理職候補として期待されている若手女性社員(メンティー)と、他社でリーダーとして活躍する女性社員(メンター)が、オンラインで一対一のメンタリングを行う、企業向けのプログラムです。メンタリングの時間は1回45分で、毎回異なる相手とのセッションを、3ヵ月から6ヵ月の期間で計6回実施します。
メンティーには社外メンタリングを行う前に、キャリア研修とアセスメントテストを受けてもらいます。その結果や相談テーマに基づき、AIを活用して約400人の登録メンターの中から適切なマッチングが行われる仕組みです。毎回、リアルなキャリアの体験談を語ってくれる質の高い現役の女性リーダーに出会えることが、本サービスの独自の価値です。
プログラムの終了後にはフォローアップ研修が用意されていて、メンティーは得たキャリア観や気づきを言語化するプロセスを経ます。最終的には、メンティーの意識変化や成果をまとめた分析レポートを企業に提出し、人事施策に活用してもらいます。
想定の倍以上の反響。女性活躍推進に向けた施策の決定打に
「withbatons」のサービスを開始してから約4ヵ月が経ちましたが、導入企業の反応はいかがでしょうか。
白井:非常に好評です。「女性活躍推進に取り組む必要があるが、具体的に何をすれば良いのかわからない」「リーダーシップ研修を実施したが、思ったような成果が出ていない」といった企業から、想定の数倍の反響があり、手応えを感じています。
「withbatons」は、どのような課題を抱えている企業に導入されていますか。
白井:導入企業の傾向として、二つのパターンが見えてきました。一つ目は、以前から積極的に女性活躍推進に取り組んできた企業です。これまでに社内メンター制度などを導入し、さまざまな施策を試してきたけれどなかなか成果が得られなかった企業が、「withbatons」であれば成功するのではないかと考え、導入を決めるケースが多くなっています。
他社のリアルな女性リーダーとの出会いを通じて、若手女性社員が自らキャリア意識を高め、キャリア形成に主体的に取り組める点が高く評価されているようです。管理職になった後にも重要となるキャリアオーナーシップを育める、という点も導入の大きなポイントとして挙げられています。
二つ目は、私たちが想定していなかったものです。女性管理職候補者だけでなく、「管理職になったばかりの女性も対象にしてほしい」といった要望が寄せられたケースです。管理職に昇進して間もないため、どうすべきか悩んでいる。しかし周囲に男性管理職しかいないため相談相手が見つからない、といった課題を抱えている企業によるものです。メンターには経験豊富なベテランの女性管理職が多く在籍しているので、そういう人たちにぜひ相談したいという要望が増えています。
小林:どちらのケースも、「withbatons」で外部の複数の女性リーダーとの出会いを通じてじっくりと意識を高めた後に社内で集まり、課題や気づきをオープンに議論したり、社内の先輩の女性管理職と対話したりする座談会なども開催されているようです。しっかり意識変化が醸成された後の座談会はとても盛り上がり、その後うねりとなっていくそうです。研修は一過性になりがち、社内メンタリングは先輩側の負担が大きくなりがち、という課題をよく聞きますが、企業の取り組みの中に「withbatons」を取り込むことで、より負荷なく効果的なものとして回り始めます。
メンターとの出会いが、若手女性社員の意識に火をつける
「withbatons」でサービスを受けた女性管理職候補者の意識の変化について、具体的なエピソードをいくつかお聞かせください。
白井:導入を検討している企業に説明する際によく取り上げるのは、育児との両立や周囲への配慮からキャリアへの不安を抱えていた方のケースです。この方は、メンタリングを通じて、自分がキャリアにおいて実現したいことは何なのか、それを考えていこうとの気づきを得ました。これまでは、都合や周囲の期待から考えていたのですね。3回目の面談では、すでに「役員を目指すために今から何をすべきか」というテーマに移行していました。単に現状の不安を解消するだけでなく、「ここまで目指していいんだ」といった自らも気づいていなかった本音を引き出す力が「withbatons」にはあります。
小林:私からも二つのエピソードをご紹介します。一つ目は、飲食業のエリアマネジャーのケースです。この方は、管理職になったばかりで、当初は「これ以上のキャリアは望まない」と考えていました。しかし、メンターとの対話を通じて、これまで悩んでいたことや抱えていた課題を初めて打ち明けました。
対話をする中で、管理職としての覚悟が固まり、組織づくりや部下の育成など、具体的な課題に次々と関心が移っていったのです。おそらくメンタリングを通じて、自身の中で気持ちに鍵をかけていた部分が解放されたのだと思います。
二つ目は、メーカーに勤務する20代後半の女性のケースです。彼女は現在の仕事に誇りを持っていましたが、あまりに忙しすぎて、この先ライフステージが変わったときに仕事を続けられるのか不安を感じていました。ロールモデルが近くにいないことも、将来に対する悩みの一因だったようです。
しかし、家庭と仕事を両立しながら活躍しているメンターとの出会いを通じて、自分が本当にやりたかったことに気づくことができました。さらに、メンターたちから「やりたいことに全力で向き合うべきだ」と背中を押してもらい、彼女はついに決心。すぐに上司に今後のキャリアについて相談し、 「いつかは」と胸に秘めていた海外赴任の夢に向かって動き始めたそうです。
具体的な数値上での変化はありますか。
小林:昨年200人のメンティーにご参加いただいたトライアルでも傾向は見えていましたが、今、事業開始から約4ヵ月で、既に管理職意向に変化が表れています。6月の開始時点では、管理職への意向がポジティブだった方は27%でしたが、3回目のメンタリング完了時には71%に増加しています。まさに企業の人的資本経営・女性活躍推進に資するサービスとなっている、特効薬となるものではないかと感じています。
一期一会の価値ある出会いにするためにさまざまな工夫を施す
メンティーとメンターは、どのようにマッチングされるのでしょうか。
小林:マッチングで大事にしているのは「類似性」と「新奇性」のバランスです。ほとんどのメンティーは、メンタリングを始める際に共感を求めてスタートします。最初は自分と似た経験を持つ人の話を聞きたいという気持ちが強いのですが、次第に「自分もできるかもしれない」と思えるようになると、自分とは異なるスタイルやアプローチを持つメンターの話を聞きたくなります。
バランスを考慮し、マッチングの際はメンティーとメンターの双方に対して、仕事内容や働き方、プライベート、仕事の価値観、性格特性などについてのアンケートを行います。私たちが特に重視しているのは、自由記述の部分です。メンティーには、話したいテーマや関心事を書いてもらい、それを基に自然言語処理技術を活用したアルゴリズムで精度の高いマッチングを行っています。
重要なのは、アルゴリズムが推薦する3人のメンターの自由記述を読んで、メンティー自身が3人の中で今、最も適していると感じる女性リーダーを1人選べる点です。これにより、メンティーは自身の関心や課題に向き合いながら、メンタリングを進めていくことができる仕組みになっています。毎回異なるメンターと対話することは、一期一会の出会いそのものです。
キャリア観の言語化をサポートするため、どのような取り組みをされていますか。
白井:まず、キャリア研修において、メンティーの方に女性としてためらいがちになるキャリアのポイントをお伝えするとともに、これからのメンターとの出会いで何を得ればいいのか、しっかりとお伝えしています。そこには、自分のキャリア観の言語化の仕方も含まれます。またアセスメントテスト自体も、自分のことを振り返り、棚卸しをする機会となるような設計にしています。
そして毎回のメンタリング後は、自分での振り返りをしっかりシステムに記録として残すとともに、面談後にメンターとメンティーがお互いに感謝の気持ちを伝え合う機会も設けています。エンパワーメントのバトンを渡し合う瞬間です。自分だけでなく、メンターからの視点でも自分を振り返ることができることになります。さらに、メンティーは、最後のフォローアップ研修で、自分が最初に考えていたこと、6回のメンタリングでの振り返りの記録、そして6人のメンターから託されたメッセージを振り返ります。それによって自分が大切だと感じたことを、メンティー同士でインタビューをし合いながら言語化していきます。自分の求めるキャリア観がより具体的に、明確になっていくのです。
他にも導入企業から評価されている点があればお聞かせください。
白井:メンタリングはあくまで研修の一環であり、メンティーにどのような変化があったのか、どのような成果が得られたのかを最終的にまとめ、企業にレポートとして提出しています。レポートには、メンタリングの振り返り結果だけでなく、サーベイの結果やサービス全体の満足度も反映させています。全部で50枚ほどのとても内容の濃いレポートになっており、組織の状況もよく見えるので次年度の施策を検討する際のベースになる、と非常に好評をいただいています。
女性活躍推進を中核に、企業の複合的な課題解決をグループ全体で支援
「withbatons」の今後の展望についてお聞かせください。
白井:「withbatons」は、女性活躍推進を課題とする企業から非常に高い関心をいただいています。しかし、まだその課題に気づいていない企業は多く、女性社員自身も自身のキャリア上の悩みや課題に気づいていないケースがあります。そうした企業に対して、女性社員の潜在的な悩みや願望を引き出し、可能性を解放するために、「withbatons」が提供できる価値を訴求していきたいと考えています。
また今後は、女性活躍推進の流れをさらに加速させるため、メンタリングサービスに加えて、「女性社員の上司向けの研修」や、「組織全体への研修プログラム」も展開していきたいですね。企業が抱える複合的な課題に対して、より包括的にアプローチできるようにしたいと考えています。
女性活躍を推進したい企業の人事責任者やDE&I担当者へのメッセージをお願いします。
白井:これまで長く女性活躍推進に取り組んできた企業ほど、「次に何をすれば良いのか」と悩まれていることが多いようです。また、大きな組織でもこの領域の推進者は少人数であることも多く、社内の反応や孤独感に苦しむなど大変な思いをされている方もいらっしゃると感じています。今は過渡期ですが、これからの会社、そして働く人の未来を創っていくために、必要となる取り組みです。私たちはそのような方々に対して、「どこができていて、どこにまだ改善の余地があるのか」を一緒に見つけ、寄り添って取り組んでいくパートナーでありたいと考えています。
ベネッセグループ全体として、「Udemy」を筆頭とするDX人材育成、女性ハイキャリア人材の紹介を行う「Waris」や健康経営、介護をしている社員への研修などを行っている「ベネッセシニアサポート」といった多様なサービスがあり、企業の人的資本経営における複合的な課題に対応するサポートを提供しています。「ベネッセに相談すれば、何かしらの解決策が見つかる」と頼りにしていただける存在であり続けたいですね。
「よく生きる」を企業理念とするベネッセグループにおいて、教育・生活事業を展開しているベネッセコーポレーション。女性向け社外メンタリングサービスwithbatonsは、ベネッセコーポレーションが企業向けに提供する研修サービスです。企業の若手女性社員に向け、キャリア研修に始まり、他社の現役女性リーダーとの1:1での6回のメンタリング、そしてフォローアップ研修を半年間のトータルパッケージで提供します。