リモートワークの急速な普及に伴い、働く人の仕事とプライベートのあり方に大きな変化が訪れました。その変化への対応を企業は求められています。「働き方が大きく変化する中での人事労務の考え方」について、組織規模が急拡大中のマネーフォワードで人事労務部長を務める兼松氏と、さまざまな人事制度改革を行うDeNAで人事労務を担当する加藤氏と伊藤氏が語り合いました。
- 加藤 大国さん
- 株式会社ディー・エヌ・エー ヒューマンリソース本部 人事総務統括部 人事部 労政グループ
- 伊藤 直子さん
- 株式会社ディー・エヌ・エー ヒューマンリソース本部 人事総務統括部 人事部 人事グループ
- 兼松 大樹さん
- 株式会社マネーフォワード People Forward本部 人事労務部 部長
「人を大切にする」を体現するHRの組織体制
兼松:今回の対談では、株式会社ディー・エヌ・エー(以下DeNA)が導入している人事制度の狙いや、個人の働き方が変化する中での人事労務の考え方をお聞きしたいと思います。まず、DeNAの人事体制についてお聞かせください。
加藤:人事関連の組織が集まるヒューマンリソース本部があり、労務や総務業務を行う人事総務統括部、採用や組織開発を行う人材企画統括部 などに分かれています。私は人事総務統括部の労政グループに所属し、社会保険や労働時間の管理、勤怠関連などの労務業務を行っています。その他にM&Aやスピンアウトのときのデューデリジェンス(以下DD)、その後のPMIなどの対応も行います。
伊藤:私は人事総務統括部の人事グループに所属し、給与関連業務、制度変更の対応やシステムのリプレイス、M&AのDDなどを担当しています。
兼松:DeNAでは、人事組織が機能ごとに細分化されているのですね。
加藤:はい。2000名ほどの従業員に対して、人事労務・採用・組織開発・健康管理室などを合わせて100名ほどのHR担当がいます。この人数は、人を大切にすることを重視している表れだと思います。
兼松:私はマネーフォワードの人事労務部に所属していますが、グループ分けをしていません。メインとする業務範囲はありながら、案件ごとにお互いにクロスして分担しています。現在、グループ全体で社員が2000名を超えましたが、業務範囲も増えてきたため、役割分担を考えなければ、と考えているところです。
「チームで成果を出す」ことを前提にした自由度の高い働き方
兼松:ここからは、人事制度についてうかがいます。まず、「スーパーフレックス制度」について概要をお聞かせください。
伊藤:スーパーフレックス制度は、社員それぞれが自分の都合やライフステージに合わせて働く時間を選び、フレキシブルに変更できる制度です。勤怠システムの登録と上長承認のみで、特別な申請は必要ありません。「チームで成果を出す」ために為すべきことを為せていれば、業務に支障のない範囲で業務の中抜けも可能で、育児や介護はもちろん、食事や映画に行くなど、理由は問いません。平日の勤務を休日に振り返ることも可能なので、自身の都合に合わせてストレスなく働けます。
制度を使用する条件は、月間の所定労働時間は働くこと。ただし、「チームで成果を出す」ことを前提にしているので、相談や会議を含めコミュニケーションを取りやすい時間帯として、11時〜14時を勤務推奨時間として設定しています。
兼松:スーパーフレックスは非常に柔軟性の高い勤務制度ですが、働く曜日や時間に傾向はありますか。
伊藤:「平日と土日の勤務時間を振り替えて働いてもいいんだ」という声は、意外に多かったですね。「金曜の夜に遅くまで働くなら、土曜の朝に仕事をしたい」など、土日に働きたいニーズも一定数あるのだと感じました。
兼松:制度を導入した背景をお聞かせください。
伊藤:事業が多角化する中、兼務先や出向先によって勤務制度が異なり、制度が非常に複雑化していることで、社員本人も理解しづらい場面もありました。また、複数制度が存在することで勤怠管理や給与計算などの処理がとても煩雑になっていました。
例えば裁量労働制のメンバーと、フレックスタイム制のメンバーが、二人で休日勤務をしたとします。同じように働いていても、裁量労働制の場合は休日出勤扱いになり、フレックスタイム制の場合は休日出勤扱いにはならないため、制度の差による手当の違いがありました。またフレックスタイム制度は、必ず働かなければいけない時間としてコアタイムが設定されているなど、適用制度による違いが多く存在していました。
今回、全社員の勤務制度がスーパーフレックス制度にほぼ一本化されたことで、社員の混乱が少なくなり、運用もコストをかけずにできるようになりました。
また、顧客対応やイベントなどで休日に働く必要がある場合は、上長承認のうえで精算休日手当を支給するなど、さまざまな視点での配慮もしています。
兼松:いつから導入を検討したのでしょうか。
伊藤:構想自体はかなり以前からありましたが、制度導入の課題やメリット・デメリットなどの検討に時間を費やしました。コロナ禍をきっかけにリモートワークを織り交ぜた働き方へと変わったことも鑑み、制度設計を進めて23年2月に社内共有を行いました。
加藤:導入前に全部署の上長権限がある社員にヒアリングを行い、一人ひとりの社員の勤怠実績を見ながら、新制度を導入したらどうなりそうかを相談しました。今後も導入後半年間の実績をもとに、新制度に関する現場の声を聞く予定です。
スーパーフレックス制度への移行時に考慮したこと
兼松:導入にあたって、一番苦労した点をお聞かせください。
加藤:現在はほとんどの社員がスーパーフレックス制度に移行しましたが、DeNAにはもともと裁量労働制とフレックス制、管理監督者などさまざまな働き方の社員がいました。そのため、「どんな変化が起きるか」を分かりやすく伝えるように心がけました。
また、これまでは、新入社員はフレックス制度で、一定のグレード以上になると裁量労働制度になるという仕組みでした。その印象が強かったのか「スーパーフレックス制度になると、裁量がなくなるのでは?」と誤解する社員がいたため、丁寧にいろいろな説明を行いました。
伊藤:勤務制度の統一では考慮すべき要素が多いので、全体を設計してから細かい調整を重ねました。
兼松:マネーフォワードもフレックス制度を導入していて、10〜15時をコアタイムとしています。コアタイムがないと業務について指示をするのが難しい場面もあるのではないかと考えています。DeNAではどのような考え方のもと、推奨労働時間を設定したのでしょうか。
伊藤:私たちもまさにコアタイムをどう設定するかで悩みました。コアタイムがまったくないのは業務に支障が出るだろうと考え、「チームで成果を出すために推奨時間を設けよう」という結論に至りました。
加藤:スーパーフレックス制度では、月の所定労働時間に満たない場合は遅刻早退控除や欠勤控除が発生します。一方で、月の所定労働日数も満たす前提で、欠勤が発生しているが月の所定労働時間を満たしている場合は月額給与としては遅早控除や欠勤控除をしないものの、賞与支給時の係数計算に影響するような仕組みにしています。例えば、夜型でずっと夜中に働く人がいた場合は、上長から、深夜残業が発生することや、チームで成果を出す上では推奨時間で働いてほしいことを伝えてもらっています。結果的にチームに迷惑をかける場合は、評価に影響することもあります。「効率よく仕事をしてほしいが、チームで成果を出してほしい」というメッセージを強く伝えることが重要です。
そして、勤務間のインターバルを9時間以上にすることを推奨し、連続勤務の抑制もしています。また、DeNAでは以前から36協定時間以外に「健康管理時間」という基準を設けています。裁量労働制や管理監督者の場合、法定の36協定時間ではカウントされない時間があります。しかし、実労働時間で健康管理時間の基準を全社員が順守することで、DeNAで健康的に生き生きと長く働いてもらえるような環境づくりをしています。
通勤手当の精算方法は何度か見直しを行った
兼松:リモートワークによる、通勤手当の支給ロジック変更についてもお聞かせください。
伊藤:まず大きな取り組みとして、コロナ禍以前は6ヵ月の定期代を通勤手当として支給していましたが、コロナ禍で出社率が下がったことで、実費支給に切り替えました。
最初に考えたのは実費支給するうえで、社員が都度申請手続きをしなくて済むように、なるべく自動的に支給される仕組みにしたいということでした。最初はオフィスに入るときにゲートを通ったログに対して、1日分の通勤手当を支払うことにしたのですが、例えば忘れ物を取りにきただけで通勤費が発生する、またカードを忘れた場合は支給されないなどの事象が一定数発生していることが分かりました。そこで、1年後には、基本的にはPCを開いて会社のネットワークに接続をしたときに通勤手当が発生する仕組みに変更し、都度アップデートを行い、現在に至っています。
加藤:通勤手当以外の変更は、リモートワーク手当の支給です。自宅でリモートワークをする際に健康増進の観点も加味し、必要な環境へアップデートするための費用や、電気代などに充ててもらう仕組みにしました。金額も途中で変更するなどアップデートをしています。
リモートワークの場所は自由で、全国各地にあるWeWorkのオフィスで利用制限なく働けるほか、提携店も含めると都内に200拠点以上あるシェアオフィスを、月30時間まで自由に使えます。私の例でいえば、以前子どもが熱を出したとき、病児保育シッターさんに自宅に来てもらって妻は家で仕事をし、私は自宅近くのシェアオフィスで仕事をしました。
兼松:通勤手当支給のロジック変更にあたって、なにか課題はありましたか。
伊藤:どこに出社したときにネットワークログを取るかというルールを定める必要がありました。例えば、私の場合はHRの拠点が横浜にあるので、横浜に出社したときは自動で通勤手当が支払われます。それ以外の拠点(シェアオフィスを除く)で働いたときは申請をするなど、細かくルールを切り分けました。
出社指示が出たときに出社できるなら、日本国内のどこでも居住できる
兼松:遠方居住者の採用に伴う通勤手当の1日上限撤廃や、申請方法についてお聞かせください。
伊藤:コロナ禍で遠方居住者が増えてきたため、遠方居住者申請が承認された社員については通勤手当の1日上限を撤廃し、月に15万円を上限として通勤費を支給する制度に変更しました。
加藤:リモートワークは、居住地を日本国内に限定しています。「出社指示や必要性が出たときは出社する」という前提で、チーム運営に支障がなければ、場所に制限なく働くことができます。なお海外に行く場合は、一時的であれば例外的に上長承認とHR本部への申請と承認で対応可能な運用もあります。
兼松:出社指示はどのような粒度なのでしょうか。
加藤:部署により異なっていて、基本的に上長の裁量に任せています。ただし、各組織の担当人事がマネージャー以上のメンバーとさまざまな情報交換を行っており、メンバーのケアについても確認しています。例えば私の例として、今年の7〜8月は月に1・2度くらいしか出社しませんでした。逆に、その少し前はほぼ毎日出社していました。業務の状況に合わせて変更しています。
兼松:遠方に居住している方が出社するとき、交通手段の指定はあるのでしょうか。
伊藤: 交通手段の指定はありません。ただ、支給額の上限は設けていますので、基本的にはその範囲で社員が状況に合わせて選択をしています。緊急の場合などはその選択も含めて職場の上長の裁量に任せています。
加藤:私は中途でDeNAに入社しているのですが、これまでの企業と比べると、DeNAは「性善説」の制度設計だと感じます。そのうえで、丁寧に現場の声も聞きながら、いろいろな視点を考慮して設計されています。また、マネージャーに対する捉え方がこれまでの会社と違うように思います。マネージャーや部長といった役職に手当が支給されるわけではなく、一定グレード以上であれば誰でもマネージャーになる可能性があります。役職はあくまで役割、という考え方で、役職者との上下関係や壁が職務を進める上ではほぼ無く、とてもフラットな組織だと感じます。また、マネージャーは役割であるため、マネージャーからメンバーに変わるということも降格のイメージでは全くなく、ケースとして普通に存在します。上長の異動や交代も前職までと比べて多く、組織の活性化が図られているように感じています。
兼松:交代が盛んな方がいいですね。
加藤:本部長だった人が、翌月から何の肩書きもなくなることも珍しくありません。私も以前マネージャーを務めていましたが、育児休業を1年半取得して復職したことを機に、マネージャーをからメンバーになっています。
兼松:役職が役割であるという考え方は、マネーフォワードも同様です。マネージャーの判断に任せると踏み出すことが大事なのだと感じました。
遠方居住社員は増加している
兼松:遠方居住者の採用に伴う、通勤手当の上限撤廃には、どのような反響がありましたか。
伊藤:採用においてもポジティブな影響がありました。2022年度の中途入社のエンジニアは15%以上が首都圏以外に住んでいます。家族の都合で地元に戻るので退職する、というケースも以前より減りました。 2022年頃からは、東京近郊にいた社員が遠方に行くケースも増えてきており、現在の申請数は延べ170件ほどです。
兼松:制度変更に伴う課題についてお聞かせください。
加藤:誰でも利用できるわけではなく、上長の承認を得る必要があります。そのため要望があがった部門にヒアリングを行い、その要素を取り入れて設計し、申請フローや判断基準などのルールを設けました。
また、必要な精算は必ず行う、引っ越し費用や宿泊費用は自己負担などといった運用ルールがあり、本人が同意した上で適用しています。
スピード感ある環境で柔軟に対応しながら、一方通行にならない発信を
兼松:最後に、人事労務担当として大切にしていることをお聞かせください。
伊藤:業務上、何かを発信する必要がある場合は、一方通行にならないように気をつけています。また、規定や法令などに縛られる仕事ではありますが、何か施策を実行するときは、周囲の意見も取り入れながら、柔軟にどうしたら実現できるかを常に考えていますね。DeNAは非常に意思決定が早いので、日々優先順位を入れ替えながらスピード感を重視して対応ができるように心掛けています。
加藤:新たな制度づくりなど、自分自身のチャレンジは経験させてもらったので、今後はチームのメンバーの成長も率先して支えたいと思っています。また自身としては、これまでも手がけてきたように、社員のプラスになり、世の中から「DeNAにはすごい制度があるよね」と注目される制度づくりを手がけていきたいと思います。
兼松:人事労務として大切な考えをお聞かせいただき、ありがとうございます。私が人事労務担当として意識しているのは「人として正しい判断なのか?」と自分に問いかけることです。法令などはどんどん変わっていきますが、実態と合っていないことも多い。それでも起きていることに対して判断していかなければいけないので、そのときに人として正しい判断をしたいと考えています。本日は貴重な機会をありがとうございました。
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