戦略人事や人的資本経営を実現する上で、人材育成は核となる要素です。働き手の自律と主体的な学びを促すにあたり、人事はどのように学びを設計し、社員に働きかければ良いのでしょうか。これまで数多くのビジネスリーダーを輩出してきたグロービスは、eラーニングサービス「GLOBIS 学び放題」を展開。経営やビジネスの基礎知識を動画で体系的に学べるため、多くの企業が導入しています。株式会社グロービスでグロービス・デジタル・プラットフォーム マネジング・ディレクターを務める井上陽介さんにサービスの特色も交えつつ、人材育成の視点から日本企業における人的資本経営の課題と学びの重要性についてお話しいただきました。
- 井上 陽介さん
- 株式会社グロービス
グロービス・デジタル・プラットフォーム マネジング・ディレクター
いのうえ・ようすけ/消費財メーカーに従事後、グロービスにて企業向け人材コンサルティング、名古屋オフィス新規開設リーダー、法人部門マネジング・ディレクターを経て、デジタル・テクノロジーで人材育成にイノベーションを興すことを目的としたグロービス・デジタル・プラットフォーム部門を立ち上げ責任者として組織をリードする。
変容し続けることが当たり前になる超競争社会
経営の観点から、人事の重要度がますます高まりを見せています。
戦略人事や人的資本経営が注目されている背景には、競争の激化があります。過去にグロービスのイベントに登壇した平井一夫さん(ソニーグループ前社長 現シニアアドバイザー)が「超競争社会の到来」と話していたのが印象的でした。
競争が激しくなると、環境も著しく変化します。組織やビジネスポートフォリオの転換は十数年に一度のペースでしたが、これからは常に変容し続けなければならない。しかも業界や規模は関係なく、すべての組織に当てはまると、平井さんは語っていました。
超競争社会を生き抜くカギとなるのは、組織変革の担い手である社員です。つまり、働き手一人ひとりが変化をいとわず、自身を進化させ続けられることが重要です。企業は資本の対象として働く個人に目を向ける一方で、働き手は主体的に働きながら能力を開花させ、組織や社会に価値をもたらすという関係性が重要になってきます。
人への投資が企業の競争力に直結するのですね。
特に日本は人口が減少しており、労働力の獲得競争は激しさを増しています。人への投資や人的資本の開示に積極的な企業には、優秀な人材が集まるため大きなアドバンテージになります。
トップダウン型のマネジメントのみに頼らず、個々の仕事観や意識を把握した上で、適切なキャリア形成支援と同時に事業成長につなげていく。うまくバランスをとりながら双方の実現を図らなければならないため、経営や人事にとって難しい時代だと感じます。
志がスキルセットをアップデートする原動力に
「主体的に働き自らを変え、組織や社会に価値を生む」となると、企業に依存した働き方に慣れている人たちは大きなマインドチェンジが必要ですね。
大変なのは確かですが、本来は誰もが心の奥底に、志を持っていると思います。多くの人は入社した直後に、仕事を通じて何かを成したいという思いや希望に溢れていたはずです。
以前ある自動車メーカーの方が、「学歴のみで人を採ると間違える」と話していました。学歴のような“優秀さ”は確かに大切だけれど、最も大切なのは自動車に対する愛や情熱であり、クルマのことならいくらでも語れるような人と一緒に仕事がしたい、と言うのです。
重要なのは、超競争社会ではクルマのあり方も変わっていく点です。動力がガソリンから水素や電気に置き換わり、社会がデジタルシフトする中で、同社はクルマをつくって売る会社から、クルマを軸にしたプラットフォーム企業への転換を図っています。
しかし働き手一人ひとりには、ドライブの爽快さや、クルマから広がる移動の自由や感動を多くの人と分かち合いたいという、変わらない思いがしっかりと根付いています。そういった志の存在が、スキルセットや発想を時代の流れに応じてアップデートする原動力となるのではないでしょうか。
デジタルの文脈でビジネスを発想できる力が問われる
超競争社会では、どのような能力が必要となるのでしょうか。
以前、トヨタ自動車のエンジニアの方と話したのですが、入社してエンジン開発に10年ほど携わっていた中、あるとき自動車のサブスクリプションサービスのアプリ開発へと配置転換になったそうです。数年単位でつくり上げるエンジンに対し、アプリはアジャイル開発が基本です。プロジェクトの進め方やマネジメント、ビジネスの捉え方もまるで違います。エンジン開発と同じ感覚でいると、まったく太刀打ちできません。
変革が常態化する環境では、このようなケースが当たり前になるでしょう。加えてSDGsをはじめとする、社会的価値の観点がより重視されつつあります。環境変化に対するスキルやコンピテンシーの適応力と共に、ビジネスモデルを発想する能力も問われるようになっていると感じます。
その際に外せないのが、デジタルの要素です。さまざまな会社でDXが喫緊の課題となっている中、デジタルの文脈で求められるスキルセットは従来と確実に異なります。そうした変化を自分ごととして受け止め、学習できる人材の有無が組織の成長を左右します。同時に、人事は社員の主体的な学びの意欲を引き出していく必要があるでしょう。
ビジネスの最新領域を実例から学べる
人的資本経営に注目が集まることで、人材開発領域ではどのような動きが見られますか。
今まで以上に投資対効果の意識が高まっていると感じます。その証拠に階層別研修を廃止し、ポテンシャル人材に的を絞った選抜型研修や、社員自身が学びたいテーマを選ぶ自律型学習にシフトする傾向が見られます。その具体策として、私たちが手がけるeラーニングサービス「GLOBIS 学び放題」を選ぶ企業も多くあります。
「GLOBIS 学び放題」は2016年のサービス開始時からビジネスに役立つナレッジコンテンツの強化を重ね、今では1700を超えるコースに8000本ほどの動画をそろえています。動画は1本につき5~10分程度のものが中心。通信環境さえ整っていれば、自宅や電車の中など、どこでもいつでも学ぶことができます。
また「ラーニングパス」と呼ばれる、成長の目的に合わせて複数のコースを最適な順序で体系立てて学ぶことのできる仕組みも特徴の一つです。グロービスオリジナルのものに加え、社内独自のラーニングパスを設定できる機能もあります。
学習者自身が仕事の状況やライフスケジュールに合わせて受講することになるので、自発性が重要なポイントです。3300社以上のご利用実績から得たノウハウをもとに、専属のカスタマーサクセスチームをはじめ、導入から継続的な学びを促す仕掛けを随所に組み入れて、管理者の運用をバックアップします。
充実したラインナップですね。注目のコンテンツを教えてください。
組織マネジメントや会計・財務、マーケティングなど14のカテゴリーの中でも、テクノロジーとイノベーションを掛け合わせた「テクノベート」、そして「事業開発・スタートアップ」は、グロービスの特色が表れていると感じます。
「GLOBIS 学び放題」のコンテンツは、社内のさまざまな部門と連携を図りながら制作しています。テクノベート領域はDX研究を担うデジタル・プラットフォーム部門での実践知や、大学院で扱う企業変革の事例を惜しみなく盛り込んでいるので、理論を超えた学びを深めることができます。
また近年、大手企業でもイノベーション創出や新規事業開発にあたって、スタートアップの手法を参考にするようになりました。コンテンツを通じて、実践に基づいたインキュベーションのエッセンスを学べます。また、カスタマーサクセスなど近年誕生している職業領域を扱うコンテンツや、先進企業のアプリ開発プロジェクトの当事者が登場する動画もあります。
グループ学習との組み合わせでDXリテラシーを強化
導入企業では、どのように運営しているのでしょうか。
たとえば味の素は、まずマネジャー研修の事前学習ツールとして導入されたのですが、2019年からは全社のDX推進の一環として活用されています。
特徴的なのは、同社の目指すDXの方向性やあり方から、自社におけるビジネスDX人財を初級・中級・上級の3段階に分け、それぞれのレベルやリテラシーを定義したことです。段階ごとに独自のラーニングパスを設定し、各階級の認定要件に盛り込んでいます。
導入の意図や方向性を明確にするのが大切なのですね。
その通りです。コロナ禍を機に新入社員研修からご利用いただいている本田技研工業は、全社員に対して手挙げ式で希望者にIDを付与する形をとっています。自社の変革に伴い、社員に求めるスキルやコンピテンシーを整理した上で、自己キャリアの実現とスキルやナレッジのアップデートを促したところ、想定の3倍以上の応募がありました。
同社の創業者である本田宗一郎さんは、生前に「まず自分のために働け」という言葉を残したそうです。人事では社員自身が成したいことと会社の目指す方向が重なったときに、大きな発展が生まれるという考えで、人材開発改革を進めています。
デジタルの活用で個と現場に寄り添う人事に
共に働く仲間が主体的に学ぶ姿は、刺激になりますね。
サービスを長く使ってもらっているヤフーでは、受講者用のSlackコミュニティで講座の感想やおすすめの学び方などを共有し合っています。コメントやリアクションをきっかけに、学びを深めたり別のラーニングパスの受講につながったりしているそうです。
他の導入企業でも、複数のラーニングパスを履修された方や、学んだことを仕事に活かしてキャリアアップにつなげた方の声を、社内報で取り上げるなどしています。学習者同士のつながりや継続的なインナーコミュニケーションを促進することが、主体的な学びを促すポイントといえます。
自社のポリシーや文化にひもづけながら、変容を後押しするのが重要なのですね。
学習者層や再生数など、受講傾向をタイムリーに取得できるのはeラーニングの強みです。データから学びの傾向を分析し、どの対象に向けてどう展開していくかを考える。そうしたインターナルマーケティングはますます重要になってくると思います。
デジタルの活用は、効果的かつ効率的な運用を実現します。だからこそ人事の皆さんには、効率化によって浮いた時間を、組織で働く個人や現場に向き合うために使ってほしい。開発対象がエンジンからアプリにチェンジしたエンジニアが、何に困っていてどのようなサポートを欲しているのかは、現場に出向かなければわからないと思うのです。
働き手の持ち味を組織の力へとつなげていくには、人事自体が変容に積極的であるべきです。「GLOBIS 学び放題」が、変革し続ける組織の一助となれば幸いです。