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従業員ニーズをつかんだ人事の実現へ 柔軟な働き方が求められる背景と、「多様な正社員制度」という選択肢

注目の記事労務・賃金人事制度[ PR ]掲載日:2022/07/04

働き手のワーク・ライフ・バランスの重視や、キャリア志向が多様化した現代。転勤や残業を当然のこととして受け入れる「無限定正社員」を前提とした人事制度だけでは、優秀な人材の採用、定着だけでなく、活躍を実現することが難しくなっています。そこで注目されるのが、働ける場所や時間に制限のある人材にも、その能力を最大限に発揮してもらえる環境を提供する「多様な正社員制度」の導入です。「多様な正社員制度」では「勤務地」「職務」「勤務時間」など企業による人材活用の範囲を限定することで、柔軟な働き方の実現を目指します。ダイバーシティ&インクルージョン研究の第一人者である中央大学大学院(ビジネススクール)教授の佐藤博樹さんに、従来の働き方が「無限定」のいわゆる正社員制度のあり方が見直される背景、働き手のニーズに応える人材活用の実現へ企業の人事に求められることについてうかがいました。

Profile
佐藤博樹さん
佐藤博樹さん
中央大学 大学院戦略経営研究科(ビジネススクール) 教授

さとう・ひろき/中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)教授。東京大学名誉教授。専門は人的資源管理。著書として『多様な人材のマネジメント』(共著、中央経済社)、『働き方改革の基本』(共著、中央経済社)、『新しい人事労務管理(第6版)』(共著、有斐閣)など。兼職として内閣府・男女共同参画会議議員、内閣府・ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議委員など政府の委員会の委員長などを歴任。

無限定正社員の時代と比べ、従業員の求める「働き方」はどう変わったのか

近年、正社員のあり方を見直す企業が増えています。この背景には何があるのでしょうか。

私が座長を務めた厚生労働省の「『多様な形態による正社員』に関する研究会」でも、すでに多くの企業が正社員の多様化に取り組んでいることが明らかにされています。行政による働きかけが行われる前から、先進的な企業ではこれまでの人事制度を見直す必要があると考えて、改革に取り組んできています。

この動きを理解するためには、まず従来の日本企業の人材活用がどんな仕組みかを理解することが重要です。日本企業の雇用システムを説明する際には、従来の終身雇用や、最近ではメンバーシップ型雇用などさまざまな概念が用いられますが、ここで有効なのは「無限定雇用」という切り口でしょう。新卒採用時に勤務地や配属先、担当する職務などを限定せず、人材活用ニーズに応じて企業あるいは管理職が社員の職場や仕事への配置、異動・転勤、さらには残業の有無など決め、社員はそれ受け入れて働く。これが無限定雇用で、企業によるそうした人材活用を受け入れた社員が「無限定正社員」です。高度成長期には大企業は全国に拠点をどんどんつくり、新しい拠点に必要な人材を異動・転勤させました。事業構造や業務構造が変化すれば、企業内における社員の配置を変える必要があります。そういった時代の人材活用に適した雇用システムが無限定雇用でした。

日本企業で無限定雇用が一般的だったのは、かつてはそれを受け入れる人材が多かったからです。経済成長率が高かった時代には、企業と一体になって働くことが、社員にとっては雇用安定や給与アップ、さらには昇進希望の実現の近道でした。また、社員だけでなく、その家族も、男性が働き、女性は専業主婦といった性別役割分担を当然だと考えていました。それが長時間労働や家族帯同での転勤を可能にしていたのです。

採用時に職務を決めないことにも一定の合理性がありました。日本の大学では在学中の学生の長期インターンシップは例外的で、就職活動をはじめる時に自分の適職に気が付いている学生はほとんどいません。自分に合う仕事がわかるのは、入社後に実務を経験してからです。こうした理由から、1980年代くらいまでは企業側も従業員側も、無限定雇用にとくに問題を感じていませんでした。

なぜ無限定雇用では対応できなくなったのでしょうか。

従業員が変化しているからです。転勤も残業もいとわない人が減ってきました。まず、女性の就業者が増えています。働きながら子育てを担うため、急な残業には対応できません。近年は、男性も含めて子育てや介護と仕事の両立を希望する、あるいは必要とする社員が増えてきています。

また、夫婦ともに働いていると、家族そろっての転勤も難しくなります。どちらかの転勤に合わせて、もう一人も同じ地域に異動できるとは限りません。以前は男性社員が単身赴任した時期もありましたが、現在は、男性社員も単身赴任を希望しなくなっています。

子育てや介護以外の理由で、勤務時間を限定した働き方を希望する人も増えています。たとえば希望するキャリアを実現するために、週に何日か社会人向けのビジネススクールで学び直したい人などです。毎日残業がある職場では、退社後に大学院に通学できません。

従業員のニーズに対応する選択肢「多様な正社員制度」

無限定雇用では働けない人が増えてきたのですね。

働く時間や場所を自分の希望に合わせたいと考える社員が増えると、そうした希望に応えられない企業は人材確保が厳しくなります。そこで厚生労働省では、「勤務時間限定正社員」や「勤務地限定正社員」などといった「多様な正社員制度」を提案し、企業による導入を支援しています。勤務地や勤務時間、さらには担当する職務の範囲を限定できる多様な正社員制度を導入することで、さまざまな事情を抱える働く人の採用や定着が期待できます。

勤務地限定正社員 転勤するエリアが限定されていたり、転居を伴う転勤がなかったり、あるいは転勤が一切ない正社員
職務限定正社員 担当する職務内容や仕事の範囲が他の業務と明確に区別され、限定されている正社員
勤務時間限定正社員 所定労働時間がフルタイムではない、あるいは残業が免除されている正社員
いわゆる正社員 勤務地、職務、勤務時間がいずれも限定されていない正社員

「多様な正社員」の形態(厚生労働省・都道府県労働局「勤務地などを限定した『多様な正社員』の円滑な導入・運用に向けて」より)

「職務限定正社員」も同様の変化を踏まえて出てきたのでしょうか。

その通りです。かつては会社都合で、例えば法人営業から個人営業など比較的大きな職能分野の変更が少なくありませんでした。しかし近年は「自分で仕事を選びたい」と考える社員が増えてきています。こうした人材は、自律的なキャリア志向を持つ人ですから、企業としてはぜひ採用したいし、離職してほしくない層でしょう。そういった人材の獲得や活躍に有効な人事制度の一つが「職務限定正社員」だといえます。

中央大学 大学院戦略経営研究科(ビジネススクール) 教授 佐藤博樹さん

ただ、初期キャリアの段階から職務を限定する新卒採用には注意も必要です。すでに説明したように日本では大学在学中の長期インターンシップの慣行がなく、採用時点では、本人が希望した職務が本当に適職なのかわかりません。いきなり職務限定正社員制度を新卒が選択できるようにするのはあまり現実的ではないともいえます。入社後一定の実務経験を積んだ社員や、あるいは経験者採用の社員であれば職務限定正社員制度を選択できるようにすることに問題はないでしょう。その場合、「いつから」職務限定に移行できるようにするのかを考えなくてはなりません。厚生労働省では「勤務時間限定」「勤務地限定」と並べて「職務限定制度」を提示していますが、多少違いがあることは意識しておいた方がいいと思います。

「職務限定正社員」と最近話題の「ジョブ型雇用」とは何が違うのでしょうか。

わかりやすい仕事として看護師の例を取り上げてみましょう。「職務限定正社員」の場合、看護師という職種の変更がなくても、勤務先の病院の人材活用の必要性によって、内科から外科など病院内で診療科を異動したり、別の地域にある分院に転勤になったりする可能性があります。つまり雇用主である病院側が、看護師という担当する職務以外の部分では、配置に関して人事権を保持しています。

一方、「ジョブ型雇用」は、担当職務だけでなく、配属先の職場を限定して雇用する仕組みです。看護師の例でいうと、「欠員が出た診療科や分院に移ってくれないか」といった病院都合での異動はできません。募集先の条件を提示して社内公募や新規採用を行う必要が出てきます。配置・異動に関する人事権を企業が限定しなくては、ジョブ型雇用とはいえないのです。この違いが理解されていない議論が多いと思います。

「転勤・残業ゼロ」よりも、働き方を柔軟にコントロールできることが求められている

正社員制度見直しの背景が、働き手の意識変化にあるということは、これからの企業は「多様な正社員制度」の導入が当然になるのでしょうか。

人材が働き方に求めるニーズが変わったわけですから、そのニーズを満たさないと企業は求める人材の確保や定着、さらには活躍を期待することができません。ですが、どんなことも「多様な正社員制度」の導入で解決できると考えるのは間違いです。まずは、自社の人事マネジメントがうまく機能しなくなった背景を探り、解決のためのさまざまな選択肢を比較検討するべきでしょう。「多様な正社員制度」は、企業の人材活用が抱えている課題を解決するための望ましい唯一の解ではなく、選択肢の一つにすぎません。

たとえば「転勤ができない社員が増えたので、勤務地限定正社員を導入したい」という声をしばしば耳にします。しかし、実際は「子どもを転校させたくないから、卒業までは転勤したくない」「親の介護が一段落するまでは海外勤務はできない」など、時期をずらせば対応できる社員がいるケースも多数見受けられます。たとえば、全国転勤ありの正社員でも、一定期間の転勤免除期間を自己選択できる制度を作った企業では、勤務地限定正社員制度への移行を選択する人材がかなり減ったという事例もあります。

また、転勤そのものを減らす、あるいは廃止する発想もあるでしょう。転勤の目的は、人材育成や組織活性化などさまざまだと思いますが、本当に転居を伴う異動が必要かを検討すべきです。人員補充などで異動が必要な場合も、まずは居住地を変更しなくていい人材から候補者を探し、どうしても転勤を伴う場合は、期間を明示して、一定期間後には元の居住地に戻すことを事前に提示する方法もあります。転勤する期間が事前にわかると、社員は仕事とライフイベントの両立に関する計画を立てやすくなり、異動に応じられる人の範囲も広がります。こうした工夫を積み重ねていけば、勤務地限定正社員にこだわらなくても、従業員の働き方に関する多様なニーズに応えることが可能になります。

コロナ禍で一般的になったリモートワークも活用できそうです。

異動を通信で代替する発想ですね。コロナ禍を経験したことで、私たちはこれまで絶対にリモートワークは無理だと思われていた業務も、オンラインでできることを経験しました。リモートワークは、柔軟な働き方を実現するのに極めて効果的なツールであることが証明されたのです。転勤をリモートワークで代替する企業もすでに現れています。先日、福岡に住んでいる知人が東京本社に異動になりましたが、本人は転居せずに、福岡在住のままオンラインで東京の業務をこなしているそうです。これは企業のこれまでの人材活用を改革できる可能性を示すものです。

リモートワークは、勤務時間の柔軟性も高めています。通勤時間が必要なくなることで、保育園の送り迎えのために短時間勤務を選択していた社員が、フルタイム勤務に戻ることが可能になったという事例も数多くあります。こうした柔軟な働き方を望む人材は多く、転職サイトを見ても、リモートワークが可能かどうかが、転職先の企業を選択する際の重要な要素となりつつあります。今後、コロナ禍が収束しても、出勤とリモートワークを組み合わせたハイブリッド型の勤務が標準になっていくでしょう。

「多様な正社員制度」以外にも選択肢はいろいろあるのですね。

従業員が求めているのは柔軟な働き方です。それは単に残業をゼロにする、あるいは転勤をなくすことではありません。早く帰りたい日は定時に上がれる、突発的に残業を依頼されることがないなど、自分で働き方の計画を立てて、コントロールできる職場環境をつくることです。それが可能な仕事なら勤務時間限定正社員を選ぶ必要はないでしょう。勤務地や職務も同じです。自分でキャリアを選べるようになれば、わざわざ職務限定雇用を希望しなくてもいいのです。それが可能な職場や制度をつくるのが本当の働き方改革であり、それを考える前に「多様な正社員制度」の導入を進めようとするなら順番を間違えています。

中央大学 大学院戦略経営研究科(ビジネススクール) 教授 佐藤博樹さん

「勤務地」「労働時間」「職務」の限定が本当に必要なのか? 厚生労働省やコンサルタントの知見を活用

さまざまな選択肢の中から柔軟な働き方につながる制度や施策を選んでいく、その中に「多様な正社員制度」もあるのですね。人事にはこれまで以上に創造的な発想が求められることになりそうです。

だからおもしろいともいえます。企業の人事にはマーケティングの視点が必要です。商品は「働き方」。人々が「働き方」に求めているものが変わってきているのですから、提供する「働き方」も時代に合わせて変えていかなくてはいけません。

自社の人事制度を見ると、「昔からやってきたから」という理由だけで継続しているものがたくさんあると思います。例えば、ある大手飲料会社では、東京で営業を3年経験したら次は大阪で3年務めることが慣例化していました。両地域の異なる顧客への対応方法を経験しないと一人前でないとされた時代がかつてあったからです。しかし、主要販路が酒屋から全国チェーンのコンビニやスーパーになった今でもそうなのでしょうか。このように、今の時代に絶対に必要なことなのかを見直すことで、転勤を減らしたり、転勤の期間を短縮したりできる事例も多くあります。

ビジネスのスピードが速くなり、同じ部署にいても、3年前あるいは5年前との比較でも仕事内容が大きく変わっていることも珍しくありません。当然、働く人もその仕事の変化にあわせてスキルをアップデートしています。それを考えずに安易に「違う職務も経験した方がいい」という発想で他の職場に異動させていることも少なくないはずです。

異動の目的として「組織活性化」がよく挙げられます。新しい人が配属されれば、たしかに組織に何らかの変化が起こるでしょう。しかし、選択肢はそれだけでしょうか。全国には事業所が一つしかない企業もたくさんあります。そういう企業がどうやって組織を活性化させているのか研究したことはあるのでしょうか。本当はそういうところから考えていくべきなのです。

しかし、自社の課題に対して「多様な正社員制度」がいいのか、他の選択肢がいいのかを見極めるのは簡単ではありません。立ち止まらないためには、どんな方法が効果的でしょうか。

厚生労働省では「多様な正社員制度」の導入支援や、柔軟な働き方実現のための情報提供や相談も行っています。まずはセミナーや相談を活用されてみてはいかがでしょうか。導入支援では「多様な正社員制度」が適しているとわかれば導入のためのアドバイスをしていますし、そうでない場合も、見直すべきポイントをお伝えしています。ただ、後者の場合、行政が各企業の具体的な制度や施策にまで踏み込んでサポートすることはできません。自社の人事だけで改革が難しい場合には、別途人事コンサルタント会社などを活用して進めるのがいいと思います。すでに多くの企業がこの課題には取り組んでいますので、先行事例などの知見を利用するのが効率的でしょう。

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「多様な正社員制度」が適しているとわかった場合、どういった支援が受けられるのでしょうか。

例えば、昨年支援をした企業は、一般職と総合職の雇用区分があり、給与テーブルも異なっているものの、仕事内容のすみ分けが行われておらず、実際は同じような仕事をしていました。他にも、総合職の転勤の可能性が極めて低いにもかかわらず、一般職の中堅社員よりも、総合職の新入社員の給与が高いという状況で、社員からも不満が出ていました。

そこで同社では、勤務地限定制度を導入し、仕事内容や転勤の可能性を明確化や、給与や諸手当も含め、できるだけ従業員の納得を得られるように処遇差を設定し、制度導入まで進みました。

また、当初は勤務地限定制度を導入しようと考えていた企業が、支援員に相談をするうちに、転勤制度などを見直す方が適していると判断し、方向性を変えた事例もあります。

大切なのは自社の従業員がどういう働き方を望んでいるのかを、人事がしっかりと聞くことです。同時に、経営戦略上の人材ニーズの変化をつかむことも不可欠です。例えば、限られたエリアだけで展開していた企業が全国展開にシフトチェンジしたケースでは、これまで考えなくてもよかった「転勤ができない人がいたらどうするか」といった問題が浮上してきます。そんな時に企業の人材活用方針と従業員の働き方に対する希望をすりあわせ、そこにずれが生じていれば調整するのが人事の仕事です。選択肢は「多様な正社員制度」をはじめ、全員を在宅勤務にする、異動をすべて社内公募にする、といった思い切った手法もあるでしょう。そこまでやるのは極論としても、企業の人事にはそれくらいのクリエイティブなアイデア、そのための勉強や経営への提案力が求められる時代になっていると思います。

中央大学 大学院戦略経営研究科(ビジネススクール) 教授 佐藤博樹さん

(取材:2022年5月13日)

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この記事ジャンル 働き方改革

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