サハラ砂漠の組織論~オアシスの設計~

あなたの組織は予測可能な「四季」の中にいますか。
それとも「雨も風も読めない砂漠」の中に近いでしょうか。
本コラムでは、日本的な経営の前提である「四季による季節の循環・継続性」とサハラ砂漠的な「不確実性への対応」を比較し、日本型(農村型)、欧米型(航海型)に続く第三の企業観である砂漠型(隊商・キャラバン型)をご紹介します。
サハラという過酷な世界
アフリカ北部に広がるサハラ砂漠はアメリカ本土がまるごと、日本であれば25個入るという気の遠くなるような大きさですが、気候は大変厳しく昼は50度、夜は0度近くまで冷え込み、年間の降水量は数十ミリ程度という環境です。一見、文明の成立を拒むような場所ですが、実際には交易、宗教、都市、制度といった人間の営みが形成されてきたエジプト文明発祥の地でした。(ちなみにサハラは「砂漠」を意味するアラビア語です)
循環か、断絶か~四季のある日本と砂漠の時間感覚~
ご存じの通り日本は春夏秋冬と四季が巡る国です。自然は常に変化しますがそれは循環し、やがて戻ってくるという感覚が私たちの思考や文化に深く根づいているのではないでしょうか。
- 春には芽が出て
- 夏には成長し
- 秋には実りがあり
- 冬には静寂と備えが訪れる
この循環する自然はビジネス観に反映され、日本の組織は「調整」「改善」「最適化」を重ねながら営まれてきました。
他方、サハラ―文字通り砂漠であり、アフリカ大陸に限らず、アラビア半島なども含め―には四季の巡りがありません。そこにあるのは、極端さと断絶です。
- 雨が降らなければ、水はない
- 風が吹けば、道が消える
- 日が沈めば、気温は急降下する
このような厳しい環境では「待っていれば来年には元に戻る」という発想は通用しません。 だからこそ、人々は「交易」という「関わり」によって安定をつくり出してきたのです。
イスラム教の「六信五行」~信仰と行動が一体となる文化~
砂漠のような不確実性に満ちた環境で育まれたイスラム教は「信じること」と「実践すること」のセットで人々を支えてきました。それがイスラム教徒が信じるべき対象である六信五行です。
- 六信(信じるもの):唯一神・天使・啓典・預言者・来世・運命
- 五行(実践すること):信仰告白・礼拝・喜捨・断食・巡礼
六信のうち啓典では「クルーアン(コーラン)」が神が預言者ムハンマドに伝えた言葉を書いた最後にして最高の啓典とされていますが、啓典には「旧約聖書」や「新約聖書」の一部も含まれており、イスラム教にとってはユダヤ教やキリスト教とも同じ啓典を信じる「啓典の民」という位置づけです。
六信が信じる対象であること対して、実践するものとして五行という宗教儀礼があります。これは正しい信仰は具体的な行為として裏づけられなければならないという考えから、信仰を日々の行為に落とし込む仕組みであり、環境に左右されず、自らの“軸”を持ち続ける文化的構造といえます。
オアシスという連結点(NEXUS)
隊商が行き交うルートにはいくつものオアシスが存在しました。そこは情報や知恵、資源、価値観が交わされる連結点であり、隊商が“次の一歩”に進むための再生成の場でもあったと筆者は考えています。サピエンス全史の著者であるハラリは「NEXUS~情報の人類史~」(河出書房新社)において以下の通り、情報の本質的な力は「つながり」「結びつき」(NEXUS)により新しい現実を創り出すことにあると看破しています。
「情報は、カップルであろうと帝国であろうと、まったく異なるものを結つけて新しい現実を創り出す。情報の決定的な特徴は、物事を表示することではなく結びつけることである、別個の視点どうしをつないでネットワークにするものなら、なんでも情報となる。」
ユヴァル・ノア・ハラリ(2025)「NEXUS 情報の人類史 上: 人間のネットワーク」(河出書房新社)p.47より引用
砂漠におけるオアシスは人と人を結びつけ、ネットワークを生み出していました。オアシスは単なる休息地ではなく、「情報・資源・知恵」が交わされる連結点(NEXUS)だったのです。現代でいえば、経営と現場が出会う定例対話の場、異部門間の関わりや顧客や外部パートナーと価値観を共有するような場はオアシスとして機能しうるでしょう。
企業観の違い ~ 農村型・航海型・砂漠型、それぞれの組織哲学~

このような環境、宗教的背景の違いを踏まえた上で企業観の違いについて見てみましょう。 まず、日本と欧米ではベースとなる企業観が異なります。あくまでも一般論となりますが日本の場合「社長は社員の代表」「企業目的は永続性の追求(100年企業、300年企業、など)」「長期志向」「社員の役割は多能工でゼネラリスト。成長するという前提」といった企業観が前提にあります。これは日本の資本主義の根源は農村型社会から出てきたことと関係しているのでしょう。
一方で欧米の場合はイギリスやオランダの東インド会社による「胡椒など香辛料を求めてインド亜大陸へ」といったような目的があり、その目的を果たすため出資者を募り、航海ごとに利益を配分、乗組員は「船長・見張り番・料理人」等々、予め役割が決まっていました。
その意味で「コミュニティーの一員となる」メンバーシップ型の日本と「特定の職務(ジョブ)で役割を果たす」というジョブ型の欧米(もしくは「非日本型」)では会社観や雇用のあり方が異なるのは当然といえます。
○日本型組織(農村型) ― 季節と共に生きる「改善と持続」
農村型の企業観は日本の多くの企業文化に見られます。この型では四季の循環が前提となり、持続可能性が最も重要視されます。目的は「共同体の永続」でありそのために日々の改善が重ねられていきます。ここでのリーダーは、土を耕し環境を守り継続性を司る存在です。
農村型の強みは長期的な視点と安定した関係性にあります。一方で、変化への即応性が低く、同調圧力が強くなる傾向も見られます。
○欧米型組織( 航海型) ― 目的に向かって進む「成果と指揮」
航海型は欧米型の企業に多く見られる考え方です。船という閉じた構造の中で限られた時間(航海)に明確な目的地を目指します。この型では「利益の追求」がはっきりとしたゴールとなり、指揮系統が明確で、挑戦と成果が重視されます。
このスタイルはプロジェクト型の組織やスタートアップにも見られます。目標達成のスピードと効率性が強みである一方で長期的な関係性や意味づけを育みにくい側面もあります。
○砂漠型組織(隊商・キャラバン型)― 信頼関係と共有された価値観
さて、第三の企業観 砂漠型組織(隊商・キャラバン型)はどうでしょうか。
砂漠型組織は、不確実性を「例外」ではなく「前提」として受け入れます。その上で、移動と中継地(オアシス)での停留を繰り返しながら、共有された価値観と信頼関係をもとに意思決定を行います。
この組織には、次のような特徴が見られます:
・定住ではなく中継地を意識した「プロジェクトベース」
・構造よりも関係性が重視される「ネットワーク型」
・リーダーは地図を描く者ではなく「風を読む者」
風を読む組織へ
ここまで、企業観を三つの分類からご紹介してきました。
農村型は四季を前提に改善を重ね、航海型は目的に向かって指揮をとります。
砂漠型は、風が吹けば道が消えるという前提で、「風を読み、風に乗る」知恵を持つ組織です。
実際の企業にはこれらの型が混ざり合っていますが大切なのは自分たちの企業観が何に立脚しどの傾向にあるのか、そしてこれからどこへ向かおうとしているのかを見極めることです。
世界はいま、農村型や航海型の時代を越えるような、「風」が吹き始めています。
その「風」はこれから吹き荒れるのかもしれませんが、そこでは風に逆らうのではなく、風を読み、風に乗る知恵が求められます。
最後に、あなたの組織を振り返ってみてください。
□「来年も同じ季節が来る」という前提で計画を立案していませんか。
□経営と現場が出会う定例対話の場、異部門間の関わりや顧客や外部パートナーと価値観を共有するような連結点・ネクサスである「オアシス」はありますか。
□連結点・ネクサスである「オアシス」は変化の中でも価値をうみ続ける組織の鍵となりますが、意識的に設計されていますか。
あなたの組織には、風を読む力がありますか。
次のオアシスで誰と何を共有できそうですか。
このコラムを書いたプロフェッショナル
小平達也
株式会社グローバル人材戦略研究所
「外国人社員の証言 日本の会社40の弱点」(文藝春秋)ほか執筆多数。政府有識者・大学講師、経団連グローバル人材育成スカラーシップ設立から一貫して携わるなど政策・教育からも成長を支援。趣味は寄席通い、富士スピードウェイ走行ライセンス所持。

小平達也
株式会社グローバル人材戦略研究所
「外国人社員の証言 日本の会社40の弱点」(文藝春秋)ほか執筆多数。政府有識者・大学講師、経団連グローバル人材育成スカラーシップ設立から一貫して携わるなど政策・教育からも成長を支援。趣味は寄席通い、富士スピードウェイ走行ライセンス所持。
「外国人社員の証言 日本の会社40の弱点」(文藝春秋)ほか執筆多数。政府有識者・大学講師、経団連グローバル人材育成スカラーシップ設立から一貫して携わるなど政策・教育からも成長を支援。趣味は寄席通い、富士スピードウェイ走行ライセンス所持。
得意分野 | 経営戦略・経営管理、モチベーション・組織活性化、グローバル、リーダーシップ、マネジメント |
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対応エリア | 全国 |
所在地 | 港区 |
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