雇用調整助成金における教育訓練について
雇用調整助成金とは、経済上の理由によって事業活動を縮小せざるを得なくなった事業主に対し、労使間の協定の下、雇用維持のための対策を講じた場合に、かかった費用の一部を助成する制度です。
事業の縮小期において雇用を維持する方法には、休業・教育訓練・出向が挙げられます。それぞれ定められた要件に基づき、助成金が支給されます。ここでは、雇用調整助成金の中でも、教育訓練に焦点を当てて解説していきます。
1. 雇用調整助成金とは|教育訓練について
雇用調整助成金の概要
経済情勢が悪化すると、各企業は事業運営の維持に奔走しなければなりません。売上減少の状況下にあっても、従業員を雇用していれば賃金の支払いが必要になります。経済情勢の悪化と事業縮小により従業員が退職すれば、景気回復基調に転じたとしても人員が確保できず、企業の業績回復は遅れます。景気低迷期においても、企業にとっては雇用の維持は大切です。
労働基準法第26条では、経営悪化などが原因で労働者を休業させるに至った場合、平均賃金の60%以上の手当を支払うことが定められています。
企業側としては事業運営を維持していくための資金も必要となるため、雇用調整を実施することもあるでしょう。こうした企業を支え、雇用維持を支援する目的で企業を助ける制度が、雇用調整助成金です。
- 【参考】
- e-Gov|労働基準法第26条
教育訓練にまつわる雇用調整助成金について
厚生労働省では、経済的な事情によって休業を余儀なくされた期間をうまく活用し、積極的な教育訓練に取り組むことを推奨しています。雇用調整助成金では、企業が休業期間に教育訓練を実施した場合、通常の雇用調整助成金に加えて教育費用の一部に充てるための加算額が助成される仕組みとなっています。
助成金の対象となるのは、雇用保険に加入している被保険者のみです。支給対象となる教育訓練は、所定労働日の所定労働時間内の全日前または半日にわたって実施されるもので、受講日に受講者を通常の業務に就かせず、職業のための知識習得やスキルアップを目的として行われるものです。
ただし、法令で義務づけられたもの、入社時研修やOJTなど就業規則や社内の通常のカリキュラムとして実施されるものについては対象外となるため、実施する教育訓練の種類や内容に注意が必要です。
新型コロナウイルス感染症の影響に伴う雇用調整助成金の特例措置拡大
新型コロナウイルス感染症の影響に伴い、甚大な損失を被っている企業は少なくありません。今回の有事に伴い、2020年4月1日~2021年2月末日を緊急対応期間とし、特例として助成金率・上限額の引き上げが実施されています。
雇用調整助成金の特例措置を2022年3月まで延長するとの発表があり、特例措置の内容も段階的な見直しが行われています。
教育訓練が必要な被保険者に対する教育訓練 | 特例以外の場合の雇用調整助成金 | 特例期間(2020年4月1日~2021年12月末日) |
助成率(中小企業) | 2/3 | 4/5 業況特例、地域特例(2021年5月~12月)4/5 |
助成率(中小企業) ※解雇などを行わず、雇用維持をした場合 | ― | 9/10 業況特例、地域特例(2021年5月~12月)10/10 |
助成率(大企業) | 1/2 | 2/3 業況特例、地域特例(2021年5月~12月)4/5 |
助成率(大企業) ※解雇などを行わず、雇用維持をした場合 | ― | 3/4 業況特例、地域特例(2021年5月~12月)10/10 |
1日当たりの加算額 (中小企業) | 1,200円 | 2,400円 |
1日当たりの加算額 (大企業) | 1,200円 | 1,800円 |
2022年3月までの雇用調整助成金の特例措置等については、大企業・中小企業ともに、1日あたりの特例期間の上限額が 13,500円から、1月・2月は11,000円、3月は9,000円に縮小される予定です。助成率や業況特例・地域特例に該当する場合の上限金額は15,000円が維持される予定になっています。2022年1月以降、正式な詳細内容を確認しましょう。
雇用調整助成金は1日当たりの上限額が8,265円(特例期間は13,500円、業況特例・地域特例に該当する場合は、 中小・大企業ともに15,000円)ですが、こちらには教育訓練加算分は含まれません。
2. 雇用調整助成金(教育訓練)申請について
雇用調整助成金は、条件に該当すれば支給されます。しかし、細かい条件が定められているため、申請前に受給要件を確認しておく必要があります。教育訓練に関する雇用調整助成金の主な受給要件と、申請の流れや提出書類を見ていきましょう。
雇用調整助成金(教育訓練)に関する主な受給要件
雇用調整助成金を受給するには、定められた要件を満たしていることが求められます。主な受給要件は、以下の通りです。
- 雇用保険の適用事業主であること
- 雇用調整助成金を受給するにあたって必要な書類を整備し、適切に保管して、労働局から提出を求められた場合や実地調査ががある場合には提出や調査に応じることができる
- 最近3ヵ月間の月平均値(売上高または生産量など)において、前年同期と比較して10%以上減少していること※1
- 労使間の協定に 基づき教育訓練を実施すること
- 雇用保険被保険者数および受け入れた派遣労働者数などに関する雇用量要件として、最近3ヵ月間の月平均値において、前年同期 と比較して大企業の場合は5%超かつ6人以上、中小企業の場合は10%超かつ4人以上の増加がないこと
- 教育訓練の内容が、職業に関する知識・技能・技術の習得や向上を目的とするものであり、所定労働日の所定労働時間内に実施され、受講者を受講日に業務に就かせないもの(本助成金の対象となる教育訓練を除く)※2
- 教育訓練が全1日または半日(3時間以上で所定労働時間未満)実施されること
- 過去に支給を受けたことがある事業主が新たに対象期間を設定する場合、前回の期間満了日の翌日から1年を超えていること
※1 新型コロナウイルス感染症に伴う特例措置期間中は、休業した月(その前月または前々月でも可)の値が原則1年前の同じ月(2年前の同じ月、休業月の1年前の同じ月から休業月の前月までの適当な1ヵ月との比較も可能)1か月と比べ5%以上減少していること
※2 新型コロナウイルス感染症の特例措置期間中は、半日訓練半日就業でも認められる
- 【参考】
- 厚生労働省|雇用調整助成金
このほかにも、各雇用関係助成金に共通する要件として、支給のための審査協力や管轄の労働局などの実地調査を受け入れること、申請期間内に申請することなどが必要です。
また、不正受給から3年以内(2019年4月1日以降に申請した雇用関係助成金については5年以内)に支給申請した場合や、支給申請後から支給決定までに不正受給が発覚した場合、支給申請日の前日から起算して1年前の日から支給申請日の前日までの間に労働関係法令違反があったときなどは受給できないケースもあります。
雇用調整助成金(教育訓練)申請の流れ
教育訓練を実施し、雇用調整助成金を申請する場合の流れについて見ていきます。
(1)訓練の目的を明確化
まずは、訓練の目的を明確にして、どのような訓練内容が自社にとって有効なのか、情報を収集します。必要であれば、外部の教育訓練機関もうまく活用するといいでしょう。各都道府県の職業能力開発主管課などで情報を収集することもできます。
(2)訓練内容の決定
教育訓練実施に向けて、カリキュラムを作成します。実施内容や対象者、到達目標などを決定し、目標に見合ったものを作成します。併せて、教育訓練期間や講師、実施場所(事業所内・外)も決定します。
(3)「計画届」の提出
教育訓練協定書を作成し、従業員代表からの意見も聞きながら必要書類を用意・添付した上で、計画届を都道府県労働局もしくは管轄のハローワークへ提出します。
(4)訓練実施・支給申請
教育訓練を実施し、必要書類をそろえた上で都道府県労働局またはハローワークに支給の申請を行います。
必要な提出書類
教育訓練を実施した場合、雇用調整助成金申請時に必要な書類は以下の通りです。
- 休業等実施計画(変更)届※3
- 雇用調整実施事業所の事業活動の状況に関する申出書
- 雇用調整実施事業所の雇用指標の状況に関する申出書
- 休業・教育訓練計画一覧表
- 休業協定書・教育訓練協定書
- 事業所の状況に関する書類
- 教育訓練の内容に関する書類
※3 新型コロナウイルス感染症に伴う特例措置では、2020年5月19日以降の提出は不要
引用:厚生労働省|雇用調整助成金ガイドブック~雇用維持に努力される事業主の方々へ~
休業等実施計画(変更)届、休業・教育訓練計画一覧表、教育訓練の内容に関する書類は毎回提出が求められます。
注意したいのが、実施する場所が事業所内・外によって提出書類が変わる点です。事業所内の場合、教育訓練の計画内容が確認できる書類に通常の業務とは区別して実施されることが確認できる書類も添付します。指導員や講師などが実施する際は、確認書類も必要です。
事業所外の場合、受講料の支払いがあるときはそれを証明する書類、教育訓練機関に記載してもらう支給申請合意書(訓練実施者)の提出も必要です。
<支給申請に必要な書類>
- (休業等)支給申請書
- 助成額算定書
- 休業・教育訓練実績一覧表及び所定外労働等の実施状況に関する申出書
- 雇用調整助成金支給申請合意書
- 支給要件確認申立書
- 労働保険料に関する書類
- 労働・休日及び休業・教育訓練の実績に関する書類
- 教育訓練の受講実績に関する書類
引用:厚生労働省|雇用調整助成金ガイドブック~雇用維持に努力される事業主の方々へ~
このうち、労働保険料に関する書類(「労働保険確定保険料申告書」もしくは「労働保険料等算定基礎賃金等の報告」)は初回のみの提出、その他は毎回提出が必要になります。
労働・休日及び休業・教育訓練の実績に関する書類とは、各労働者の就業日や休業日、教育訓練の実績が明確に分けられ、日ごとや時間ごとで確認できるような「出勤簿」「タイムカード」のほか、「勤務カレンダー」「シフト表」などが該当します。
休業手当・賃金及び労働時間の確認のための書類については、賃金台帳など、教育訓練の実績が確認できる書類が求められます。
各受講者の受講を証明する書類については、特別な形式は決まっていませんが、受講者が正式に受講した証明として本人が作成したレポートの提出が必要です。2012年10月からは事業所内外の実施を問わず、レポート提出が必要になっています。
また、役員などがいる場合には、氏名や役職、生年月日がわかるものを「役員等一覧」としてまとめて添付します。
なお、従業員数がおおむね20名以下の会社や個人事業主向けには、以下のマニュアルも作成されています。参考にしてください。
申請時の留意点
留意しておきたいのは、意図せず不正受給と見なされてしまう場合があることです。外部の教育訓練機関とトラブルになったケースもあります。
例えば、助成対象とならない教育訓練を勧められて実施し、申請した後に不正受給と見なされてしまったという例です。助成金のコンサルタントなどと称する者による不正な申請を勧誘や助成対象となる教育訓練や就業規則の作成で高額な請求をされるケースもあります。また、教育訓練内容や講師などの条件が合致しなかった場合に損害賠償の訴訟にまで発展するトラブルとなったケースもあります。
結果として不正受給と見なされたとしても、責任は事業主が負うことになります。雇用調整助成金の知識を外部機関に依頼する場合には適切な資格を有するかを確認することが必要です。メリットばかり強調する悪質な業者も少なくありません。
3. 対象となる教育訓練内容について
雇用調整助成金の対象となる教育訓練には、ルールが定められています。対象外であれば受給することはできません。
対象となっている教育訓練・対象とならない教育訓練
ここでは、新型コロナウイルス感染症に関連しない「現行で対象とされている教育訓練」を見ていきます。
企業が休業期間を活用して教育訓練を実施した場合、賃金助成に加え、教育訓練分の助成も加算されます。対象となるのは、職業に関する知識や技能、技術などの習得・向上のために実施されるものです。すなわち、結果的に従業員のスキルアップや企業の生産性向上につながると認められた教育訓練が対象となります。
教育訓練の判断基準として、以下に該当する場合は助成金の対象にはならないと明示されているため、注意が必要です。なお、特例措置のもとでは一部認められることもあります。
(1) その企業において通常の教育カリキュラムに位置づけられているもの
(例)入社時研修、新任管理職研修、中堅職員研修、OJT
(2) 法令で義務づけられているもの
(例)労働安全衛⽣法関係の教育
(3) 転職や再就職の準備のためのもの
(4) 教育訓練科⽬や職種などの内容に関する知識または技能、実務経験、経歴を持つ指導員または講師により行われるものでないもの ※資格の有無は問いません
(5) 指導員または講師が不在のまま⾃習(ビデオやDVDなどの視聴を含む)を行うもの
(6) 通常の生産ラインで実施するもの、または教育訓練過程で⽣産されたものを販売する場合
(7) 過去に行った教育訓練を、同⼀の労働者に実施する場合
(8) 海外で行うもの
新型コロナウイルス感染症に伴う特例措置における変更点
新型コロナウイルス感染症に伴う特例措置において、「助成率と加算額の引き上げ」「対象となる教育訓練の範囲を拡大」「半日訓練半日就業でも支給対象」という3点が変更されました。
特に教育訓練については、これまでの要件が大きく緩和されています。例えば、接遇・マナー研修、パワハラ・セクハラ・メンタルヘルス研修、新入社員研修、講師不在のビデオ研修、過去に実施した教育訓練を同じ従業員に訓練するなども対象となりました。
これまで通常の教育カリキュラムとして位置づけられていた訓練についても、自宅でインターネットを利用して行うなど異なる形態で実施する場合は対象となります。自社職員の指導員からの訓練についても、一定程度の知識、実務経験を有した教育的立場にある指導員であり、通常とは異なる形態で実施する場合は対象です。
また、自宅でインターネットを用いた教育訓練、サテライトオフィスでの教育訓練も対象となっています。密閉・密集・密接を防止するため、現実的に教育訓練ができなかった企業も少なくありませんでした。この問題が解決したことで、雇用調整助成金を活用し、教育訓練の実施を検討する企業も増えています。
特例措置の期間は2021年12月末日までとなっていますが、感染症の収束状況を勘案し、2022年3月まで延長することが予定されています。
4. 人事として企業内教育訓練を実施するメリット
雇用調整助成金をうまく活用して企業内での教育訓練の場を設けることで、企業側が得られるメリットは大きく二つ挙げられます。
企業の人材教育に関する負担軽減
雇用調整助成金では、要件にマッチした教育訓練を実施するのであれば、一定の金額が支給されます。企業での人材教育に関して、費用負担が軽減されるのは大きなメリットといえます。
そもそも教育訓練を実施するに当たっては、外部講師の招致や各種資料の準備など、人件費を含めて相応の費用が発生します。経営状態が悪化していなくても教育訓練にまつわる費用と時間はかかるものです。事業活動を縮小している状況ではなおさら予算の確保が難しくなります。助成金の活用により企業の人材教育に力を入れることで、費用軽減だけではなく、従業員のスキルアップやモチベーションアップ、企業の生産性の向上が期待できます。
新型コロナウイルス感染症をはじめ、あらゆる問題を乗り越える力を養う
一般的な固定観念に当てはめた仕事のやり方では、突発的な問題に対応できないケースも想定されます。将来的に「企業になくてはならない人材力」を養うためにも、教育訓練の場を設けることは有効であり、柔軟な対応力が鍛えられる場をつくっておくことが望まれます。
これまでは、普段の業務の傍らで短時間の教育訓練を実施していた企業も多く見られました。新型コロナ特例では大きな緩和措置が取られているので、普段はできなかった研修をこの機会に実施し、教育を通じて企業全体の士気を維持したりすることも可能です。精神面から支えるという意味でも、教育訓練の実施は有益でしょう。
有事に教育訓練を実施しつつ雇用の維持を図ることは、企業の経営状態が回復した後の企業・人材の飛躍に役立ちます。
5. 特例期間を機に雇用調整助成金の活用を
2022年3月末日までは新型コロナウイルス感染症に伴う特例期間は延長される予定です。しかし、雇用調整助成金が利用できるからといって、休業ばかりしていては企業の資金繰りや財務内容は悪化の一途をたどるばかりです。助成金で得られる費用は、企業の人件費の一部にすぎません。通常業務と休業・教育訓練のバランスを考えて事業を推進することが大切です。ピンチをチャンスと捉え、休業期間を有効活用して人材育成に注力することで、未来の自社に欠かせない人材を育むことができれば、結果として企業ブランドの向上、離職の抑制にもつながります。
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