東急不動産グループで積み重ねた
会社経営のキャリアを生かし、
ウェルビーイングを軸にした「健康社会の実現」に取り組む
株式会社イーウェル 代表取締役社長 社長執行役員
稲葉章司さん
福利厚生サービスを提供する有力企業の中でも、健診事務代行、健康経営推進支援、健保設立コンサルティングなど、「健康」を切り口としたサービスを強みとしているのが、東急不動産グループの株式会社イーウェルです。現在、代表取締役社長を務めるのは、長らく同グループで経営企画や関連会社の経営を担ってきた稲葉章司さん。キャリアを通じてグループ全体の発展には何が重要かを考えてきた結果、現在では、関わる人たちが心身ともに健康で社会的にも満たされた状態である「ウェルビーイング」を最優先とする考え方に強く共鳴していると言います。経営管理や事業戦略のプロだった稲葉さんが「健康経営」に着目するようになったきっかけや、イーウェルが提供するサービスの特色と導入のメリット、日本企業の健康にまつわる課題など、幅広くお話をうかがいました。
- 稲葉 章司さん
- 株式会社イーウェル 代表取締役社長 社長執行役員
いなば・しょうじ/東急不動産株式会社入社後、財務部、経営企画部、海外事業部を経て、ウェルネス事業ユニット 事業戦略部 統括部長に就任。2018 年 東急ステイサービス株式会社 取締役専務執行役員、2020 年 東急リゾーツ&ステイ株式会社 取締役常務執行役員を歴任し、2021 年 株式会社イーウェル 代表取締役社長 社長執行役員に就任。現在に至る。
不動産業界ではきわめて特異なキャリアを歩む
2021年に社長に就任されていますが、それまではどのようなキャリアを重ねてこられたのでしょうか。
1993年に大学を卒業して東急不動産に入社しました。現在も所属は東急不動産で、出向という形でイーウェルの代表取締役社長を務めています。30年間、一貫して不動産業界に身を置いてきましたが、実は不動産の実務にはそれほど長く携わっていません。経営企画や事業戦略、グループ会社の経営など、社内でもかなり異質なキャリアを歩んできました。
新卒で東急不動産を志望された背景をお聞かせください。
就職活動では、大学の先輩にいろいろな話を聞きました。不動産業界に進んでいた人がいて、ディベロッパーの仕事がとてもおもしろそうだなと感じたのが最初のきっかけです。今でも不動産会社を志望する学生の多くは「形に残る仕事をしたい」と言いますが、当時の私も同じ思いでした。商学部だったので自分で建築や設計ができるわけではありませんが、大規模なプロジェクトの中心に立って全体をコーディネートする仕事をしたいと考えたのです。
たくさんある不動産会社の中でも東急不動産は当時からリゾートやゴルフ場などに強く、幅広い仕事ができるイメージがありました。面接してくれた人事や役員の人とも波長が合って、無理をせずに素の自分のままで働けそうな社風だと思えたので、内定が出たらすぐに入社を決めました。
入社後はどのような仕事を経験されたのでしょうか。
最初に配属されたのは、当時の東急不動産の主力であった、一戸建ての大型団地開発を手がける部門です。ディベロッパー志望だった私にとって希望通りの部署でしたが、実際関わってみると学生時代に思っていたスマートなイメージとはかなり違いましたね。地権者との交渉ではお酒を持ってご自宅を訪ねることもあったのですが、怒られることも多々ありました。行政との折衝も苦労することが多く、不動産業は地道で泥臭い仕事だと肌で感じた新人時代でした。
しかも、1990年代はバブル崩壊後で、土地の値上がりを前提としたビジネスモデルには完全に逆風が吹いている時代。組織はスリム化を迫られ、私は入社4年目になるタイミングで財務部に異動することとなりました。
財務部では資金繰りを担当しました。基本的に不動産業は大きな借り入れをしてビジネスを進めます。とても重要な仕事で、本来は会計処理などを一通り経験した人が担当するべきなのですが、そういった背景もほとんどわからない状態で任されたので、最初は仕事を覚えるだけでかなり苦労しましたね。会社自体の業績が厳しく、株価が低迷して格付けが投資不適格にまで落ちたこともあるなど、どん底の時期でもありました。そんな状況下も含めて財務部には10年いましたが、徐々に業績が回復基調になり、落ち着いたところで2006年から経営企画部に異動しました。
経営企画部では多彩な仕事に携わっていらっしゃいますね。
グループ全体の財務を長く見ていたので、東急不動産だけでなく関連会社まで含めた経営状況がすべて頭に入っていたことが役に立ったと思います。経営企画部でまず手がけたのは、中国現地法人設立のプロジェクトでした。一段落したところで、次はグループの中期経営計画や予算を策定する仕事を任されました。連結経営関連では、その当時すでにグループの主要会社のひとつとなっていたイーウェルの経営管理を担当したこともあります。イーウェルの設立当初は東急不動産と豊田通商システムズさんの2社が株主だったのですが、ECサイトを強化するために総合商社の知見を導入したいという意向を受けて、住友商事さんに資本参加していただく際の主担当でした。
また、現在の東急不動産グループは持株会社制に移行していますが、その基本構想を検討したこともあります。最終的にはコンサルティング会社に協力してもらってまとめましたが、インサイダー要素の強い業務なので、ほとんど私一人だけでコンセプトを固めました。
その後は海外事業部に異動し、インドネシア現地法人の立ち上げ、以前現地法人設立に関わった中国事業のテコ入れなど海外関連の仕事が続きました。中国事業は上海、瀋陽、大連、青島、天津で分譲マンション事業や日本人向けのサービスアパートメント事業を手がけていて、私も約4年4ヵ月間、現地に赴任しました。
帰国した2018年には東急不動産ウェルネス事業ユニットの事業戦略を担当、翌2019年からは東急ステイサービスに専務取締役として出向し、当時は都内中心に展開していた「東急ステイ」ブランドのビジネスホテルを、一気に全国へ展開していきました。2020年に会員制リゾートホテルの「東急ハーヴェストクラブ」やゴルフ場、スキー場等の運営を手掛ける東急リゾートサービスとの合併を実現(現在の東急リゾーツ&ステイ)し、2021年よりイーウェルに来ることになったわけです。
連結経営から見えてきた親会社・子会社の理想的な関係
新しい仕事を次々に任され、状況に応じて確実に成果を出されています。どんなことを意識しながら仕事に取り組まれてきたのでしょうか。
「自分で考える」を常に意識していました。たとえば財務部時代に、今でいうグループファイナンスの仕組みを独自に考えて実現へこぎつけたことがあります。自分がなんとかしなければ終わってしまうという、切羽詰まった状況の中で見出した構想でしたが、当時社内にはグループファイナンスについて相談できる人はいませんでした。
そこでアドバイスを求めたのが、外部の銀行や証券会社の方や、弁護士、会計士といった専門家の方々。「こういうことをやりたいが世の中にはない、果たして可能なのだろうか」と質問をぶつけながら、手探りで進めていきました。その後、キャッシュマネジメントシステムといってパッケージ化されたサービスが登場するわけですが、その走りのようなものだったと思います。
「自分で考える」習慣は、経営企画部で連結経営を担当した際にも大いに役立ちました。企業の連結経営は親会社の論理が強いのが一般的ではないでしょうか。東急不動産もそうでした。ただ、子会社の立場から考えると良いことはあまりありません。グループ全体として発展していこうと考えたとき、私は親会社の論理が強いことがボトルネックだと考えました。何とかしたいと思って構想したのが持株会社制です。
持株会社の下に東急不動産、東急コミュニティー、東急リバブルなどを事業会社としてフラットに並べれば、当時課題となっていた親子上場の解消にもつながります。
ただ、このグループ経営のあり方を描くときも社内にはごくわずかしか相談相手はいませんでした。そこでまったく違う業界、たとえば製造業の経営企画部長クラスの方々と交流できる勉強会に参加して意見やアドバイスをもらいました。非常に勉強になりましたね。自分たちの会社はまだまだだと感じることも多々ありましたし、自分の考えも整理できました。結果的に社内で検討のゴーサインをもらえたのは、こうしたプロセスの積み重ねがあったからだと思います。
グループ全体を見てこられた経験は、現在の貴社の経営にも生かされていますか。
ぜひ生かしていきたいと思っています。イーウェルは事業会社である東急不動産の子会社ですが、親会社の都合だけで経営していいわけではありません。子会社プロパーの人たちが、不満に感じていることもあります。親会社がそれに気づかない「裸の王様」になっていたら、グループ全体としての力は出ません。
親会社と子会社の関係は、究極的には「家族経営」でありたいと私個人としては思っています。人間の家族なら、親は子のことを考えて一生懸命に育てます。教育して得意なところを伸ばしてやろうともするでしょう。企業でも、親会社は子会社の成長を支援して見守るのが理想の姿だと思っています。しかし、実際には「親子」ではなく、まるで「親分・子分」のような上下関係でグループマネジメントを行っている企業が多いのではないでしょうか。
イーウェルの社長就任時、各株主へのご挨拶などの折にも、こういった話をしました。人間の家族のような関係になれる企業経営をめざしていきたい、だから各株主も子どもを育てる意識で接してほしいと伝えています。
将来、子どもが育ったら巣立つ日が来るかもしれません。そのときには株を手放すことも選択肢に入っていい。所属する人たちみんながハッピーになるには必要なことだし、親がそういう姿勢なら子どもも親のために頑張ろうと思います。幸い、各株主にもその考え方を理解してもらえました。
イーウェルは健康経営やウェルビーイングをコンセプトとしたビジネスを展開していますが、経営層が全従業員のことを考えれば、取り組むべきことといえます。とりわけ働く人たちが健康で楽しく、充実して満足できる状況にいれば結果的に企業も成長するという考え方である「ウェルビーイング」は、私の企業経営やグループ経営に対する考え方と非常にマッチしています。そのため、今とてもやりがいのある仕事ができている実感があります。
福利厚生と健康支援、両面に強みを持つイーウェルのサービス
そもそも東急不動産が福利厚生分野を手がけるようになったきっかけは何だったのでしょうか。
当社は2000年に設立されました。不動産業界がもっとも厳しかった時期で、東急不動産は、収益を上げられそうな関連ビジネスをいろいろと模索していました。目をつけたのが、当時多くの大企業が合理化を進めて保養施設を処分する一方で、全国にあるさまざまな宿泊施設などをリーズナブルに利用できるよう会社が補助金を出す仕組みを提供するサービスです。これが時代に合っていました。すでにトヨタグループで福利厚生システムを展開していた豊田通商システムズさんと組んで、新しい福利厚生サービスとして立ち上げたのがはじまりです。
福利厚生サービスの業界では後発になるのですが「カフェテリアプラン」などの新しい取り組みも積極的に手がけていきました。また、最初からインターネットを利用して全サービスを提供しているのも特色でした。これまでは東急、住友、トヨタといったバックボーンがあり、大企業のクライアントが多数を占めていましたが、今後はパートナーシップなどを通じて中堅・中小のクライアントにも活用してもらえるよう、現在はサービスを拡充しています。
福利厚生サービスの中でも特に「健康」や「ウェルビーイング」を全面的に打ち出されるようになったのはいつ頃からでしょうか。またその背景もお聞かせください。
2004年度から健診事務代行サービスの提供を行ってきましたが、2011年度には、ICTツールを用いて健診手配から結果のデータ化までを一括代行するサービスをラインナップに加えることで、健康事業の強化を図りました。福利厚生の窓口である人事・労務は健保組合との関わりが強く、あわせて提案できることも背景にありました。福利厚生と健康関連の両面に注力しているベンダーは、意外とありません。ここは当社の大きな強みにもなっています。
健康やウェルビーイングにより重点を置くようになったのは2017年度からです。健康と福利厚生のどちらがベーシックなものなのか。心身の健康がまずあって、それを実現するための施策のひとつとして福利厚生があるという考え方が浸透してきました。
2018年度からは企業理念を刷新して、全面的に「健康社会の実現」を打ち出していくことにしました。現在は企業理念を具現化する上で「ウェルビーイング」を重視しています。「プライベート」「経済状況」「仕事」「生活習慣」「心と身体」という五つのカテゴリーにおけるウェルビーイングこそが、私たちの考える健康社会の実現に寄与することであるとして、あらゆるサービスにその考え方を反映させています。
展開されているサービスについてお聞かせください。
中心となっているサービスは「WEL-UPプラットフォーム」です。働く人向けのポータルサイトでは、先ほど申し上げた「五つのカテゴリー」それぞれに対応する「福利厚生サービス」や「健康ICTツール」などのサービスをシームレスに利用することができます。一方、企業の管理者向け専用画面では、プラットフォーム上の利用実績のデータ管理だけでなく、データ分析ツール「ウェルスコア」などによって、ウェルビーイングの達成度、実現度を数値化、可視化し、課題解決に向けて分析することが可能です。
最大の特色は、自社の推移を追うだけでなく、同業他社などとの比較も可能にしていることです。自社の健康経営がどのくらいの立ち位置なのかが一目でわかるので、今まで気づかなかった潜在的な課題やニーズも明らかになります。ここまでできるサービスは他にはあまりないと自負しています。
クライアントからの反響はいかがですか。
おかげさまで高い評価をいただいています。課題が明確になったところで、それに応えていく「健康経営推進支援サービス」「健康保険組合設立支援サービス」といったサービスも提供しています。昨今は健康経営への取り組みや「ホワイト500」などの認証取得を優良な経営の証しとして捉える企業も多く、そのために役立ててもらっている例が多数あります。企業が健康経営に取り組みたいと考えたときにアドバイスやサポートができる存在が当社の目指すところです。
他社との比較が可能なデータ分析サービスをより強化
現在の日本企業における「人と組織」、その中でも「健康」にまつわる状況や課題をどのように捉えていらっしゃいますか。
健康が大切という考え方はかなり浸透してきたと思います。人的資本経営などの概念がホットなテーマとして話題になることが増えてきました。しかし、それを実践し、結果としての健康を実現することに関しては、まだまだです。
たとえば、メタボリックシンドロームの予防と改善を目的として、40歳から74歳の全ての被保険者と被扶養者を対象に特定健診・特定保健指導が義務化されています。指導対象となった人には禁煙やダイエットなどが提案されます。しかし、なかなか進んでいません。頭では健康の大切さを理解していても、いざ自分で取り組むとなると甘い部分が出てきてしまうのだと思います。
当社では、歩いた距離に応じて賞品と交換できるポイントサービスを活用するなど、意識を変えるためにさまざまなきっかけをつくっています。個人の意識を変えてもらうために周囲(組織)がどのようにサポートできるか、そのための取り組みをどう根気強く続けていくのかが、中長期的に見て大きなポイントだと考えています。
今後はどのような取り組みを予定しているのでしょうか。
当社が持つバリューチェーンの中で、健康施策につながるサービスの拡充を続けていきます。その中でもっとも注力していきたいのは、データ活用の分野です。自己満足にならないためには、自社を客観視する複数のものさしが必要です。これからは、クライアントからデータの提供を受け、個人情報などを特定できないように加工した上で、同業他社との比較、健康経営における立ち位置の確認などに役立てることができるようにサービスを提供し、そのサンプル数をさらに増やすことで分析や評価の精度を上げていきたいと考えています。
また産業医科大学さんとの協業で進めている「コラボヘルス研究会」では、企業人事や健保組合と一緒に共同研究、勉強会などに取り組んでいます。ここでも他社との比較は重要なコンセプトとなっています。他社と比べるとまだまだといった認識があってはじめて、次の施策が出てくるのだと思います。
高齢化社会で生産年齢人口が減少している日本では、健康は今後も社会問題であり続けるはずです。将来的には外国人も含めた福利厚生、健康管理のあり方を考えていくことも必要でしょう。それができない企業からは働き手が離れてしまい、存続すらも危うくなります。これは規模の大小を問わずに共通した課題だと思っています。
最後に人材サービス、企業向けサービスなどの分野で働く皆さんに向けて、ビジネスで成果をあげるためのヒント、アドバイスなどをお聞かせください。
まずは「課題の本質は何か」を深掘りして考える意識が大事だと思います。たとえばサービスをつくるときは、それは誰にとって価値のあるものなのか、どのように良いものなのかを考えなければなりません。取引先企業にとって価値はあるのか、それとも取引先の従業員に向けたものなのか、あるいはその家族なのか。そこまで考えることが大切です。
もうひとつは「一人で悩まないこと」。いろんな人の知恵をあわせたほうが良い考えが生まれるし、他の人の意見を参考にして自分の考えをブラッシュアップすることもできます。相談相手は先輩でもいいし、自分より経験の少ない若手と話すことで意外にアイデアを整理できることもあります。私も若い頃から、意識的に社内外のいろいろな人に自分の意見をぶつけていました。
経営する側にまわってからも、自分の意見や考えを社員に伝えるべく積極的に話をするようにしています。理想の経営はトップから若手までが同じ価値観を共有できていること。そのために近年は企業理念やパーパスを重視する企業が増えているわけですが、まずはトップがどう考えているかを発信するべきだと思っています。単に意見を求めるよりも、自分が発信して、それに対してどう思うかを言ってもらったほうがより多くの考えを効率的に集めることができるからです。今はコロナ禍で大勢が集まることが難しくなっていますが、少人数で回数を増やし、直接対面で話をする機会を増やしています。ホテル運営会社の時代には、スタッフの勤務シフトを調整してもらい、昼、夜と時間帯を変えて各店舗で集会を行うこともありました。あたりまえのことかもしれませんが、最後はやはりコミュニケーションではないでしょうか。
社名 | 株式会社イーウェル |
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本社所在地 | 東京都千代田区紀尾井町 3-6 紀尾井町パークビル |
事業内容 | 福利厚生メニューサービス『WELBOX』の開発・提供/福利厚生メニューのサービス運営業務/健康支援サービスの開発・提供/福利厚生 BPO サービス(財形・持株会等)の開発・提供/会員向け付加価値向上サービス「CRM WELBOX」の開発・提供 |
設立 | 2000年10月2日 |
日本を代表するHRソリューション業界の経営者に、企業理念、現在の取り組みや業界で働く後輩へのメッセージについてインタビューしました。