リモートワークの普及や勤務形態の多様化が進み、従業員同士が顔を合わせてコミュニケーションをとる機会が減っています。また、近年は若い世代を中心に仕事観が変化し、現場でのマネジメントの難易度が急速に高まっています。幅広い世代が協働し、一人ひとりが力を発揮できる組織を、どうすればつくることができるのでしょうか。株式会社シーベース代表取締役の深井幹雄さんは、管理職と部下、メンバー同士がギャップを解消して協働するには「360度フィードバック」が有効だといいます。組織をアップデートするため、360度フィードバックをどのように導入すればいいのでしょうか。深井さんにお話をうかがいました。
- 深井 幹雄さん
- 株式会社シーベース 代表取締役社長
(ふかい よしお)1995年株式会社日本ブレーンセンター(現 エン・ジャパン)に新卒入社。執行役員として新卒サイト、派遣サイト、エージェントサイトの事業部長を経験。2017年シーベースの代表取締役に就任。事業再編をおこない、
組織開発・人材開発を支援するHRクラウドサービス事業に集中。
クリエイション志向のビジネスに必要な組織
現在の日本企業における人事、評価、人材開発などの状況をどのようにご覧になっていますか。
現代は世の中の変化スピードが非常に早く、過去の成功体験がすぐに通じなくなってしまいます。日本企業はオペレーション業務を得意としてきましたが、今、世界はクリエイション志向の時代に突入しています。
新しい価値を創造するには、従業員それぞれが自律的に価値向上を図ること、そして従業員同士が連携することが求められます。育成面では従業員それぞれの特性を生かしたプランがより重要になっています。連携を深めるには、企業のミッション・ビジョン・バリューの浸透などによって、目指すべき方向や日々の行動指針をすり合わせる必要があります。しかし、そうした時代の要請に組織が十分に対応できているとはいえないのが実情です。
多くの現場では、リモートワークの普及、勤務形態の多様化などによって、メンバー同士に物理的な距離が開いています。また業務自体も個業化が進んでいます。管理職はプレイングマネジャー化し、チーム全体、また部下一人ひとりの状況を把握する余裕がなくなっています。
そうした状況でも、従業員一人ひとりは業務をこなし、日々の事業運営は進んでいきますが、新たな価値を創造するための「共創」を機能させるのは難しくなります。
個業化が進む時代に、共創できる人材や組織をつくるには、どのような取り組みが必要なのでしょうか。
「共創、個の連携」を実現するにはまず、メンバーそれぞれの認識をそろえてお互いの持ち味を理解する必要があります。
かつての組織は新卒一括採用、終身雇用、年功序列により同質的で、バックボーンが共通する人がほとんどでした。どのように仕事を進めるか、どのように事業や組織を運営するかは、上司と部下、メンバー同士で大きな認識の違いはなかったと思われます。
今は雇用形態、勤務形態、入社区分が多様化しているだけでなく、価値観、特に世代間での価値観の違いが大きくあり、一人ひとりの考え方は大きく異なっています。例えば管理職が良かれと思っている言動が、部下からは別の見え方をしている可能性があります。現代では、認識のすり合わせは極めて難しく、しかし重要な作業です。それができて初めて、協力し合い、価値向上を図ることができます。
良かれと思った方法が部下には合っていなかった。認識ギャップを埋めるフィードバック文化の重要性
認識をすり合わせるには、どうしたらよいのでしょうか。
認識をすり合わせるうえで重要なのは、自分が捉えている見え方がすべてではなく、一人ひとりが見えている景色に違いがあると認識することです。その第一歩として「自分が思っている自身の姿」と「周囲から見えている自身の姿」の違いを知ることが大切になります。お互いの捉え方や感じ方の違いについて対話し、腹落ちするまで認識をすり合わせる。それぞれの意図や事情をすり合わせることで、チーム全体で認識がそろい、価値向上に取り組む土台ができます。
特に組織のハブとなっている管理職は、職場の関係性や風通しに大きな影響力を持っています。「自分が周囲からどう見られているか」を認識して振る舞いをアップデートすれば、組織全体のエンゲージメント向上につながります。近年、多くの企業がエンゲージメントサーベイを実施していますが、サーベイだけで実態が改善されるわけではありません。管理職の意識や行動を変えるには、フィードバックによる気づきと対話による腹落ちが必要です。
ですが、職場において自分がどんな存在なのか、自分自身ではなかなかわからないものです。そこで注目したいのが、一緒に働く仲間からどう見えているのかをフィードバックする「360度フィードバック」。回答者には上司だけでなく、同僚や部下、後輩なども含まれます。「仕事中の自分を知る鏡」ともいえます。
もともと海外で発展した手法で、50年以上前に日本に紹介されました。多くの方が聞いたことがある手法だと思いますが、人事施策として採用している日本企業は20%程度にとどまっています。
なぜ日本企業ではあまり浸透していないのでしょうか。
いろいろと誤解されているためだと思います。大きく誤解される原因となったのが、「360度『評価』」という翻訳です。
360度フィードバックは「評価」ではありません。その人の言動が、一緒に働く仲間の目にどう映っているのかという「フィードバック」です。一つひとつの回答自体は周囲の人たちの主観です。しかし、その主観が5人、10人と集まると、一定の客観性を持ってその人の行動パターンやクセを可視化するデータになります。
クセが可視化されれば、「自分はこういう意図で動いていたが、まわりからの見え方は違っていたのだな」といった気づきを得ることができます。これこそがまさに「鏡」としての360度フィードバックの機能です。
「評価」と聞くと、どうしても能力評価のイメージが強くなります。そのため「役割の違う同僚や経験の浅い部下、後輩などがその人の『能力』を正しく評価できるのか」という疑いや反発を招いてしまいました。
また、導入のされ方にも問題があったと思います。その一つが、「○○候補」のような一部の選抜層だけを対象にして試験的に導入したケースです。これでは効果は限定的で、変化のスピードが速い時代に組織全体をアップデートする役割は果たせません。現在では管理職層全体に一斉導入するやり方が増えています。
日本企業は長らく年功序列が基本で、今もその傾向が残っています。それだけに空気を読む圧力が強く、忖度(そんたく)が働くことがままあります。職場で起きている忖度はフィードバックの場面でも起こりますが、これでは個人や組織に気づきは得られません。回答者に「このデータは何の目的でどう使うのか」といった説明を丁寧に行い、忖度が起きないよう対策することも重要です。
適切な手順を踏んで導入を進めることがポイントだったのでしょうか。
対象者はもちろん回答者、上司も含めて目的や手順を丁寧に説明して施策を実施することが重要です。当社の調査でも、実施目的がしっかりと伝わっていなかったり、回答者の不安解消ができていなかったりすると、効果に悪影響があることがわかっています。
施策に対する理解が不十分だと、フィードバックを受けた人の気付きも妨げます。360度フィードバックは、個人を対象としてレポートが出るので、非常に大きなインパクトがあります。課題や改善点も可視化されるので、フィードバックの目的と、レポートの読み方をレクチャーしないと、「ダメ出しをされた」と感じることもあります。そうなると適切な気づきにつながりません。
ただ、360度フィードバックを導入している日本企業はまだ少なく、知見を持っている人事も決して多くありません。最初は専門企業などと二人三脚で進めることで、効果的な運用ができると思います。正しい導入手順を踏めば、対象者の気づきにつながり、組織の風通しもよくなります。
フィードバック文化が浸透すれば、人材開発や組織開発、タレントマネジメントへの応用が可能
360度フィードバックが人と組織のアップデートにつながるイメージはできたのですが、具体的にはどのような分野に活用できるのでしょうか。
活用には大きく四つの段階があります。第1段階は「人材開発」、すなわちレポートを受け取る本人の育成です。自分の認識と周囲の認識に違いがあることに気づき、振る舞いをアップデートするのに使えます。
1)人材開発 | レポートを受け取る本人が、自分と周囲の認識に違いがあることに気づき、振る舞いをアップデートする |
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2)組織開発 | 管理職などがフィードバックで明らかになった認識ギャップの解消に取り組み、組織の関係性や風通しを改善する |
3)評価の参考材料 | 上司が見きれていない働きぶりや強みを、一緒に働く仲間の360度フィードバックで補い、適切な評価と次の目標設定に役立てる |
4)タレントマネジメント | 定量的な業績数値からは読み取れない要素を補填する。業績を生み出している行動や働きぶりを、360度フィードバックで確認できる |
第2段階は「組織開発」での活用です。自分と周囲の認識の違いがわかれば、関係性や組織の風通しを良くすることができます。ここで重要なのは、管理職が回答してくれた職場のメンバーへフィードバックをすることです。朝会などで「回答してくれてありがとう。中には耳の痛い意見もありましたが、自分への期待の表れだと思って気をつけて頑張ります」と一言伝えるだけでも、周囲は「ちゃんと受け止めてくれた」と感じます。日頃からのコミュニケーションも取りやすくなりますし、フィードバックしやすい雰囲気になるなど好循環が生まれていきます。
第3段階は「評価の参考材料」としての活用です。結果を直接処遇に反映することは行いません。評価面談や昇格・降格の参考材料として使うのが一般的です。上司に見えるのは、職場のごく一部にすぎません。適切な評価と次の目標設定をする上でも、一緒に働く仲間の視点は参考になるのではないでしょうか。
第4段階は「タレントマネジメント」です。人的資本経営においては、一人ひとりの働きぶりを可視化してタレントマネジメントに生かすべきと言われています。しかし、働きぶりを表す人事データは案外ありませんでした。業績評価のデータはあっても、成果を上げている人の行動特性などが読み取れるわけではなく、タレントの特性把握や配置に使うのも難しいです。その点、360度フィードバックは個々の特性を主観的に捉えたデータなので、タレントマネジメントの参考材料として活用しやすい。その延長線上で、組織のスキル傾向の把握・分析、それを踏まえた育成や採用の方針決定にも応用できます。
4段階は一気に進められるものなのでしょうか。注意すべき点などがあればお教えください。
原則として人材開発ができたら組織開発と、1段階ずつ進めます。特に慎重さが求められるのが第3段階の「評価の参考材料」に進むときです。処遇にはダイレクトに反映しないことをきちんと伝えておかないと、回答するときの忖度につながります。
適切に導入すれば活用範囲が広がることもわかっています。一つは「ミッション・ビジョン・バリューの浸透」です。従業員のバリューにふさわしい行動を日々フィードバックすることは難しいですが、360度フィードバックの中にミッション・ビジョン・バリューに関する設問を組み込めば、全従業員がフィードバックし合うことで価値観や考え方を組織に定着させることができます。
フィードバックや、その後の行動化・習慣化のフォローが充実した「CBASE360」
貴社は360度フィードバックサービスを提供するクラウドシステム「スマレビ for 360°」を「CBASE360」へとバージョンアップされました。どのような点が新しくなったのでしょうか。
2006年にサービスを開始した「スマレビ for 360°」は気づきを得るためのサーベイ機能に重点を置いていました。しかし、人と組織のアップデートをより実効性のあるものとするには、気づきを起点にアクション計画を明確化する「行動化」、それを定着させる「習慣化」といったプロセスが欠かせません。「CBASE360」は、そうしたアクションの立案や定期的なリマインドや振り返りの機能を盛り込んだサービスです。
また、「CBASE360」は、当社が長年蓄積してきた知見により、360度フィードバック導入で失敗しやすいポイントをフォローします。
一つ目は、質の高いフィードバックを集めるための「回答者への理解促進」です。回答者が360度フィードバック導入の目的や仕組みを理解してないと、忖度や誹謗中傷などがおこります。回答結果がどのように反映されるのか、対象者に回答者が誰かはわかりませんなどをきちんと説明して、安心して答えてもらうことが重要です。評価する相手のためになる観点で、また、ギフトを贈る気持ちでフィードバックしてほしいなど、評価する際のポイントを動画で説明しています。動画を見ないと回答できないように設定することもできます。さらにしっかり説明する場合は、リアルで説明会を開催することもあります。
二つ目は、「レポートのわかりやすさ」です。「CBASE360」のフィードバックレポートは、グラフを使って直観的にその人の強みや改善点が読み取れるように工夫しています。また、レポートは自分一人で解釈するより、同じ管理職同士などで話し合うほうが、気づきが豊かになり、腹落ちしやすくなります。当社では、コンサルタントが対話やコミュニケーションの場を提供しています。実際、そうしたフォローがあると満足度が約70%近くになるというアンケート結果も出ています。
三つ目は、「行動化」「習慣化」のサポートです。管理職が気づきからアクション計画を立てる、上司や仲間からサポートをもらえるなど行動化・習慣化を徹底するように工夫しました。
今後はどういった新機能やサービスの追加を計画されていますか。
改善すべき課題をアクション計画につなぐためのラーニングコンテンツを強化したいと考えています。また、個人が何を伸ばしていけばいいのかをAIで分析して提案するサービスも準備中です。
組織向けには、他社とスキル傾向や風土の比較ができるデータ分析機能の強化を予定しています。組織の特性を可視化できれば、効率的な人材開発、組織開発が可能になります。
「CBASE360」を導入すると効果的なのはどのような企業でしょうか。
組織のハブである管理職のマネジメント力の向上、組織のエンゲージメントの向上はすべての企業に共通する課題だと考えています。その中でも特に、伝統的な産業、従業員規模の大きい企業ではより課題が発生しやすいと考えています。そういった企業の多くは、長い時間をかけて築いた行動習慣があり、組織に統一感がある一方で、柔軟性が失われています。今はそういった組織にこそ変化が求められる時代です。実際、360度フィードバックを導入したことで、はっきりと変化が見えてきた事例が数多くあります。
数万名規模の大手メーカーでは、「ミッション・ビジョン・バリューの浸透」に360度フィードバックを活用しています。周囲の行動がミッション・ビジョン・バリューに沿っているかどうかをフィードバックしていると、同時に自らの行動も振り返ることになります。複数年にわたり継続して実施をするとフィードバックコメントの中にも、自社のバリューの言葉が徐々に増えており、組織風土が変わりつつあることがわかります。また大手IT企業では、ハラスメント傾向の減少に手応えがありました。全国展開しているサービス系企業では、エンゲージメントスコアの向上につながっています。
共通点は、いずれも数年単位で継続的に取り組んでいることです。導入初年度などは抵抗もあったのですが、人事が丁寧に準備して説明しながら進めたことで、社内でも理解が深まってきています。当社もさまざまなケースに対応でき、しっかり改善サイクルを回せるサービスへとブラッシュアップを続けます。
上長・同僚・部下など複数の視点から「対象者の日常行動に対する評価」を集計し、本人と他者の認識ギャップを可視化させる360度フィードバック(360度評価・多面評価)の導入を支援するクラウドサービスCBASE360を提供しています。
理論に基づいたオリジナル設問を用意しており、クラウドシステムによる煩雑な事務工数の削減と、専任サポート制度で、簡単に本格的な360度評価の導入をサポートします。
本人の課題をより具体的に認識できるフィードバックレポートの提供と、その結果を改善計画に落とし込むことができるシステムを組み合わせ、企業の一貫した人材育成を支援します。