狭き門を見事にくぐり抜け、
地上400kmから地球を眺めるまでの道のり
「宇宙飛行士」
2018年9月、ある日本人が世界を騒がせた。かねてから注目されていたイーロン・マスク率いるスペースXの初の民間月周回旅行者が、株式会社ZOZO代表取締役社長の前澤友作氏であることが明らかになったのだ。一般人にとって遠い未来のことのようだった「宇宙旅行」が、あと数年で現実のものとなる。こうした宇宙工学の発展を何十年にわたり支えてきたのが、研究開発を行う団体や航空宇宙工学者、そして厳しい訓練を耐え抜き現場で作業を続けてきた宇宙飛行士たちだ。いつの時代も子どもたちの憧れの職業であり続ける、宇宙飛行士。宇宙への関心が改めて高まっている今、その仕事をクローズアップしてみたい。
宇宙飛行士のミッションは「国際宇宙ステーション」の運用と維持
1992年、毛利衛氏が日本人として初めてスペースシャトルで宇宙に飛び立った。それから25年以上が経つが、これまでに計11名の日本人が宇宙飛行士に選ばれて任務を果たしている(日本人初の宇宙飛行は1990年ジャーナリストの秋山豊寛氏)。では、彼らは具体的にどのような仕事を行っているのだろうか。
まず、宇宙飛行士の仕事を語る上で欠かせないのが「国際宇宙ステーション(ISS)」の存在。ISSは、地上から約400km上空に建設された巨大な有人実験施設で、約90分に1周というスピードで地球の周囲を回りながら、実験に研究、天体観測などを行っている。ISSの目的は、宇宙空間という特殊な環境下において実験や研究が長期間行える場所を確保し、そこで得られた成果を科学技術の進歩や地上での生活・産業に生かすことだ。現在、日本、米国、カナダ、欧州各国、ロシアの計15ヵ国がISSに関わっている。ISSは人類にとって国境のない場所であり、これほど多くの国々が最新の技術を持ち寄って同じプロジェクトに取り組むことは、これまでまったくなかった。ISSは、各国がそれぞれに開発したパーツで成り立っており、その各要素を担当国が責任持って運用することで維持されている。全体の取りまとめは米国が行っており、日本の役割は主にISSと実験棟「きぼう」の運用・維持。ロボットアームを使ったISSの修理、実験装置や試料の設置・交換、宇宙ステーション補給機「こうのとり」での物資の補給などが主な業務だ。
宇宙飛行士は宇宙にいるイメージが先行してしまうが、地球上でもさまざまな業務をこなしている。まずは、訓練。宇宙で与えられたミッションをきちんとこなすために、飛行訓練はもっとも大切な仕事だ。しかしそれ以外は、人によってさまざま。地上のミッションコントロールセンターの管制チームの一員として、ISSやスペースシャトルに搭乗している宇宙飛行士と交信するキャプコムと呼ばれる仕事をする人もいれば、宇宙システムの試用運転のレビューを担当する人もいる。また、宇宙開発の重要性を国民に伝えるために、メディアに出演したり講演活動をしたりするのも宇宙飛行士の大切な仕事だ。
ミッションによって訓練内容も異なる
宇宙飛行士の訓練と聞くと、かなりタフなものを想像するのではないだろうか。現在、日本人宇宙飛行士が従事している宇宙飛行は大きく分けて二つ。スペースシャトルに搭乗してISSを組み立てるための飛行と、ISSで数ヵ月間にわたり長期滞在をする飛行だ。どちらのミッションで宇宙飛行を行うかによって、訓練内容は大きく異なる。前者の場合は、米国ヒューストンにあるNASAジョンソン宇宙センターで訓練のほとんどが行われる。打ち上げの1年ほど前にミッションに任命され、スペースシャトルのシステムやISSのロボットアームなどの操作について学ぶ。「きぼう」の制御・データ系、電気系などの装置類を起動する訓練などのテクニカルな内容が多い。一方、後者は少なくとも打ち上げの2年前には任命され、本格的な訓練が始まる。前述の通り、ISSには15ヵ国の技術が集結しているため、各国に行き、それぞれが開発しているシステムや装置の訓練を受けなければならない。なかでも、多くのモジュールやシステムを提供するアメリカとロシアでの訓練には、長い訓練期間が割り当てられている。
技術的な訓練のみならず、身体的な訓練も必須だ。通常、人間が耐えうる重力は4Gから6Gと言われているが、NASAが所有する特殊なマシンでは、9Gという激烈な重力状態に慣れるための訓練を行うことができる。その他にも、無重力状態に備える訓練や大気圏に再突入したときの訓練など、極限状態を生き抜くための厳しい訓練を数多くこなさなければならない。
宇宙飛行士は狭き門。まずは今いる環境で活躍すること
宇宙飛行士は認知度の高い職業だが、日本ではこれまでわずか11名しか誕生していないことを考えると、かなり特別な職業だと言える。いくら宇宙飛行士になりたいと思っても、なれない人のほうがずっと多いのだ。日本では最小限の宇宙飛行士しか採用しないが、多くの宇宙飛行士を抱えるNASAでは、宇宙飛行士になったものの、一度も飛ばずにキャリアを終える人もいるという。
日本で宇宙飛行士になるには、まず「宇宙航空研究開発機構(JAXA)」が不定期に実施する宇宙飛行士候補者選抜試験を受け、候補者として選ばれる必要がある。日本では2013年までに計5回の募集が行われ、11名の宇宙飛行士が誕生した。応募条件も細かく設定されており、2009年の選抜試験の際は、日本国籍を有することのほか、自然科学系(理学部、工学部、医学部、歯学部、薬学部、農学部等)大学卒業以上であること、またその分野において研究、設計、開発などで3年以上の実務経験があることが条件になっていた。さらに、身長や体重、血圧、視力などの条件や、協調性やリーダーシップといった適性も審査対象となる。筆記試験や医学検査のあとは、日本語と英語での面接が待ち受けており、試験期間はトータルで約1年半に及ぶ。
それらの試験をくぐり抜けて見事候補者に選ばれると、次は宇宙で仕事をこなすための基礎知識や技術を身につけるための訓練の日々が待っている。長期間の訓練を重ねながら、飛行メンバーとして選出されるのを待つのだ。これだけ厳しいにもかかわらず、選抜試験の倍率は毎回100倍を超え、過去には500倍を超えたこともある超難関。いばらの道であることを理解した上で第一歩を踏み出すとすれば、まずは自然科学系の大学進学を目指すことだろう。そして語学力を磨くこと。これまで宇宙飛行士として活躍してきた人たちのキャリアは、医師、パイロット、技術者、科学者など第一線で活躍してきた人たちばかりだ。現在の専門性を深めるとともに多くの経験を通して教養と人間性を深めることが、結果的に選抜試験の対策となるだろう。
最後に、収入面はどうだろうか。意外かもしれないが、宇宙飛行士の収入はそれほど高くはない。JAXAの職員という扱いになるため、35歳でだいたい月給36万円。実際の飛行があった場合には特殊勤務手当がつくという給与形態だ。命の危険と隣り合わせで厳しい訓練に耐え抜かなければならないことを考えると、低いという見方ができるかもしれない。しかし「宇宙に行きたい」という情熱が人一倍あり、夢に向かって不断の努力を続けられた人だけが見ることのできる景色が、宇宙にはある。その景色はきっと、値がつけられないほど美しいものだろう。
この仕事のポイント
やりがい | 宇宙に憧れを抱きながら育ってきた人たちにとって、はるか上空から地球を眺めたときの感動は何にも代えがたい。選抜や訓練を経て人類の未知を開拓していく喜びを味わうことができるのは、宇宙飛行士ならではのやりがい。国境を越えて、いろいろな国の人たちと志を共にできることも魅力だ。 |
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就く方法 | JAXAが実施する宇宙飛行士候補者選抜試験を受け、候補者として選ばれる必要がある。募集は不定期で、募集要項が変わる可能性もあるが、過去の応募条件は自然科学系の大学卒業以上であることと、その分野において研究、設計、開発などで3年以上の実務経験があることが条件になっていた。 |
必要な適性・能力 | 他の職業と比べると、宇宙飛行士はパーソナリティと同様に身体的な適性もかなり重視される。必要な資質は、状況を正しく認識する能力、リーダーシップ、協調性、ストレス耐性など。選抜や訓練は英語で行われるため、語学力も必須だ。 |
収入 | JAXAの職員給与規定が適用される。大卒30歳で約30万円、35歳で約36万円。実際の飛行があった場合には特殊勤務手当が付与されるが、高給といえる給与水準ではなさそうだ。 |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。