ATD 2019 International Conference & Expo 参加報告
~ATD2019に見るグローバルの人材開発の動向~
株式会社ヒューマンバリュー 取締役主任研究員
川口 大輔
基調講演から学ぶ
ATDでは、さまざまな分野におけるオピニオン・リーダーや有識者、経営者や実践家による基調講演が行われ、カンファレンス全体の議論や傾向に大きな影響を与えています。以下に、今年の三名の基調講演者から得られた学びを紹介します。
■Be Your Truest Self in Service of Others(真の自分になり、他者に尽くす)
講演者:オプラ・ウィンフリー氏(Oprah Winfrey)
アメリカのTV番組「オプラ・ウィンフリー・ショー」のTVホストとして有名な世界的メディアリーダー、慈善家、プロデューサー、女優です。「世界中の人々と類まれなつながりを構築しており、今日最も尊敬され、称賛を集める存在」とされ、アメリカ国内で最も大きい影響力を持つインフルエンサーの一人です。
ATD-ICE2019の最初のキーノートは、本カンファレンスの目玉であるオプラ・ウィンフリー氏による講演でした。日本ではそこまで知名度は高くありませんが、米国では、昨年のオバマ氏にも匹敵する人気があります。米メディア界の女王で大富豪であるウィンフリー氏ですが、65年前、まだ人種隔離政策が残る時代にミシシッピ州で生を受け、黒人女性としてさまざまな苦難を乗り越え、学び続け、希望を捨てずに生きてきました。ウィンフリー氏の言葉や生き方は、多くの人に影響を与えています。講演の冒頭からスタンディング・オベーションが行われるなど、会場は大変な熱気に包まれていました。
講演ではさまざまなストーリーが語られましたが、スタートは「Truth(真実)」についての探求でした。ウィンフリー氏は「真実とは、我々の共通言語。真実と出会うときは、自分のなかの何かと共鳴します。人は、真実の自分を最大限に表現する方法を、日々探している(Truth Seeker)のです」と語ります。ウィンフリー氏のトークショーでは、人生で学んだことや最も困難な時期をどう乗り越え、どのように幸せや安らぎを手に入れたのかが語られますが、トークショーが成功したのは、視聴者が他者のストーリーに自分の真実を見つけて共鳴し、「これでよかったのだ」と確認していたからではないか(Truth Validation)、と述べていました。
また、自身の体験(その多くは失敗談)を織り交ぜながら、いろいろな言葉が発せられました。南アフリカで学校を設立したとき、自分の直観を信じきれずに、間違ったリーダーを選んでしまった体験からは、「Follow your gut(直観に従う)」そして「Get good leaders(良いリーダーを選ぶこと)」の大切さが語られました。
また、後半のトニー・ビンガム氏との対談の中では、「Power of Intention(意図の力)」「Wholeness(全体性)」「Be of Service(奉仕する)」といった言葉がキーワードとして挙がっていたことが印象に残りました。同じ行為でも、そこにどんな意図が込められているかによって、起きることは変わってきます。自分の想いや意図(Intention)を大切に、ホリスティックな自分として心身共にバランスを保ち(Wholeness)、他者に尽くす(In service of others)。こうした言葉から、ウィンフリー氏が大切にしている世界観が浮かび上がってきます。そして、自分自身の力やタレントを含むホールネスをもって、直観に従いながら、他者に貢献する機会は、「今、この瞬間(Moment)」にあると説きます。奇しくも、今年ATDが発信していたメッセージ、「Talent Development Professionals Are Moment Makers(タレント開発の専門家は、“瞬間”をつくる人たちである)」とも重なるところがあり、意味深く感じました。
講演終了後、少し時間があったので、ウィンフリー氏の特別展が行われている「アフリカン・アメリカン歴史文化博物館」を訪れてみました。その中で、描かれていた彼女のメッセージに次のようなものがありました。“Wherever you are, that is your platform, your stage, your circle of influence. That is your talk show, and that is where your power lies”(あなたがどこにいようとも、そこがあなたのプラットフォームであり、ステージであり、影響の輪なのです。そこがあなたのトークショーであり、あなたのパワーの源となるところです)。この言葉に彼女の生き方やメッセージが現れているように思いました。今ここにあるMomentをあなたはどう生きるのか、と問われているように感じたキーノートでした。
■旧来型の教育の改革
講演者:セス・ゴーディン氏(Seth Godin)
起業家、ベストセラー作家、ブロガー、スピーカーであり、18のベストセラー本を執筆しています。執筆家・スピーカーとして有名な一方、Squidoo社、Yahoo!社に買収されたYoyodyne社の創業者としても知られています。効果的なマーケティングやリーダーシップに始まり、アイデアの拡散や全体の変革に至るまで、多岐にわたっており、世界中の数えきれない人々を触発しモチベーションの向上に寄与したとされています。
二人目の基調講演は、マーケティング界のレジェンドであり、日本では「パーミッション・マーケティング」などの書籍でも知られるセス・ゴーディン氏でした。
ゴーディン氏は、アメリカマーケティング協会のダイレクトマーケティング部門で殿堂入りを果たした人物ですが、昨今は教育にも取り組んでおり、これまでのMBA教育とは異なるAltMBAというコースを展開したり、子供の夢を奪うような教育のあり方を改革していくことへの情熱を示したりしています。
ジェットコースターのようにスライドが展開されるスピーチでしたが、大きな主題は、これまでの教育のあり方への疑問の提示でした。ゴーディン氏は、EducationとLearningは異なるものであると述べます。「Educationはみなが受けなければいけない必須のものであり、工業時代の大量生産の組立ラインをメタファーにしたものです。これは生産性を高める上では大切だったかもしれませんが、こうした時代はもはや終わりました。テストで点を取れる人、人と競争する人ではなく、オンリーワンの価値を生み出すことのできる人、人と共創して伸びていくような人が求められています。そして、Learningとは、私たちが強制されるのではなく、自ら選んで幸せに行うものです」と語ります。
そして、高く育つひまわりは深い根っこを持っていることを例に出し、「今必要とされている力は、付け焼き刃の教育では育たない。新しいものを生み出すためのスキルは、すべてソフトスキルであり、後天的に開発できるものである。そのために私たちタレント開発に携わる人々が、変革を導いていくべきである」といったメッセージを投げかけていました。
近年はATDにおいて、VUCAの時代における人々の「リスキル」「アップスキル」が大きなテーマになっていますが、効果的にリスキルを実現していく上では、教育のあり方、学習のあり方自体を変革していくことが不可欠といえます。ゴーディン氏は、「現代のリーダーシップは肩書ではなく、私はここに行きたい、でもそこへの行き方がわからない。『一緒に行く人はいませんか』と仲間をリードする人である」と述べていましたが、タレント開発に携わる私たち自身が変化し、変化をリードしていこうという、メッセージのように聞こえました。
■自分よりも大きなものとつながる
講演者:エリック・ウィテカー氏(Eric Whitacre)
グラミー賞受賞作曲家・指揮者であり、画期的なバーチャル合唱Deep Fieldのクリエイターとして知られています。ロサンゼルス・マスター・コーラスの「アーティスト・イン・レジデンス(滞在製作)」に任命され音楽活動を拡げていたほか、世界的著名なアーティストやオーケストラに楽曲を提供しています。
ATD-ICE2019は、世界的な作曲家・指揮者のエリック・ウィテカー氏の感動的なストーリー&パフォーマンスで幕を閉じました。
ウィテカー氏は、バーチャル合唱団のDeep Fieldの創設者として知られています。Deep Field合唱団をつくるきっかけとなったのは、自分のファンである17歳の女の子が、ウィテカー氏が作曲した歌を実際に歌って動画に収めて送ってきたこと。彼女の声がとても純粋で美しく、それに感動してバーチャルな合唱団をつくることを思いついたのです。
Facebookを使って呼びかけたところ、125ヵ国から185名の応募があったそうです。テクノロジーを駆使して動画を組み合わせ、Deep Fieldのバージョン1.0を作成してアップロードしたところ、その動画は数百万回の再生記録を残したとのことでした。
これをきっかけにDeep Fieldは世界的な知名度を誇る合唱団になり、バージョン2.0、3.0とバージョンアップを重ね、世界中から参加者がどんどん増えていきました。この合唱団にはオーディションがなく、基本的には誰でも参加できます。国の検閲が厳しいながらも動画を送ってくれた男性、視力を失ったために合唱団で歌うことを諦めざることを得なかった男性など、多様なドラマが語られました。
バーチャルで合唱を実現するのは、技術的に大変困難が伴うものです。コンマ何秒のずれが、合唱では致命的になるからです。それを乗り越えるために、エティカー氏は、多少声のタイミングがずれても全体として大丈夫なように作曲をしたといいます。
講演の最後には、ワシントンD.C.の合唱団のメンバーがステージ上に現れ、世界中からバーチャルによって参加した人たちと一緒に合唱を披露する、というパフォーマンスが行われました。リアルとバーチャルが融合して行われる合唱団の幻想的な雰囲気と迫力に、会場全体が圧倒されていました。
講演を通してウィテカー氏が「自分よりも大きなものとつながる」といった表現をよく使っていたことが個人的には特に印象に残りました。テクノロジーを通じて多くのことが可能になっていく世の中ですが、一人ひとりが自分よりも大きな全体とつながり、偉大なことを成し遂げられるようになっていく可能性を感じた時間でもありました。
コンカレント・セッションから学ぶ
基調講演に加えて、ATD-ICE2019ではプレセッションや出展者セッションを含めて400以上ものセッションが行われました。今年私は、特にサイエンス・オブ・ラーニングのトラックで大きなテーマとして取り上げられていた「フィードバック」や「心理的安全性」に関するセッションに数多く参加しました。その中から、いくつかのセッションを紹介し、グローバルにおけるタレント・ディベロップメントの議論の一端を見てみたいと思います。
(1)フィードバックのリブランディング
ここ数年、人への「フィードバック」に対する関心が全体的に高まっており、特に米国においてはブームになってきているように感じます。たとえばネットフリックス社やブリッジウォーター社など、フィードバックを重視するカルチャーがマネジメントの側面から称賛されていることも背景にあると思われます。ATDでも昨年くらいから、フィードバックがセッションの中でキーワードとして取り上げられていましたが、今年はさらにその位置づけが高まり、フィードバックそのものをメインテーマにしているセッションも複数見受けられました。
その中の一つが、「SU110:Why We Fear Feedback & How to Fix it(なぜフィードバックを恐れているのか、そしてその改善方法)」です。このセッションでは、“How Performance Management Is Killing Performance and What to Do About It”(邦題:時代遅れの人事評価制度を刷新する)の著者である、タムラ・チャンドラー氏が、同僚のローラ・グレーリッシュ氏とともに登壇しました。
チャンドラー氏は、昨今のパフォーマンス・マネジメント革新のムーブメントに影響を与えているコンサルタントですが、次の書籍として選んだテーマが「フィードバック」であったことは興味深く思われます。チャンドラー氏に直接インタビューする機会がありましたが、パフォーマンス・マネジメントを改革して、さまざまな仕組みや制度を再構築しても、実際にマネジャーとメンバーが接するフィードバックの場面がうまくいかないと、すべてが機能せず、ボトルネックになるとのことでした。
チャンドラー氏は次のように語ります。「フィードバックと聞くと人は、恐れをいだき、身構えがちになります。しかし私たちの言葉には、人を打ちのめすのではなく、力を与え、ポテンシャルを解放し、高みへと昇華させる力があるのです」。そして、フィードバックそのものをリブランディングしていきたい、との思いが語られました。
チャンドラー氏は、フィードバックの前提を変えていくことが必要だと述べます。フィードバックには、「Seekers(フィードバックを求める)」「Receivers(フィードバックを受ける)」「Extenders(フィードバックを提供する)」の三つの役割がありますが、その中でも特に「Seekers(フィードバックを求める)」の役割が大切だそうです(このメッセージは他のセッションでも語られていました)。これまでフィードバックというと、どちらかというと「Extenders(フィードバックを提供する)」が重視されてきたかもしれませんが、それ以上に、フィードバックを自らもらいにいくマインドセットをいかに持てるかが大切とのメッセージには、多くの人が気づきを得ていました。
そして、それぞれの役割ごとのティップスが紹介されました。「Seekersを組織に広げるためには、リーダー自身がフィードバックを求める姿勢を見せていくことが大切」「フィードバックは長くするのではなく、バイト・サイズが有効」「サンドイッチ・フィードバック(厳しいフィードバックを、褒め言葉で挟むことで、見かけ上穏やかにすること)は望ましくなく、厳しいフィードバックは、しっかりとコンテクストを伝えることが重要」など、さまざまな観点が共有されました。
最後に、こうした実践を組織的に広げていくことで、フィードバック・カルチャーを築くことの重要性についても言及されていました。
(2)ラディカル・キャンダー(徹底的な本音)
「M315:Radical Candor and Second City Works: Effective Gender Conversations(急激な率直さとセカンド・シティの取り組み:効果的なジェンダー・カンバセーション)」は、書籍“Radical Candor”の著者であるキム・スコット氏が登壇しました。
スコット氏は、グーグルやアップルの経営にも参画したメンバーであり、書籍はそのときの経験をもとに書かれています。ラディカルなキャンダー、つまり徹底的な本音という概念は、米国企業に大きなインパクトを与えました。
スコット氏はフィードバックのあり方を、「心から気にかける(Care)」と「言いにくいことをズバリ言う(Challenge Directly)」という2軸をもとに、4象限で捉えます。そして、この2軸の両方が高い状態をラディカル・キャンダーと呼びます。
セッションでは、スコット氏とインプロ(即興劇)で有名なシカゴのセカンド・シティがコラボレーションを行いました。インプロでは、一人ひとりが順番に「Yes, and…」というセリフをもとに、即興で劇を続けていきます。スコット氏によると、このYesの部分が、「I care you(私はあなたをケアします)」という寄り添いの部分であり、andの部分は、相手が出したアイデアの可能性をさらに広げようというフィロソフィーが背景にあるとのことでした。
ただ、厳しいフィードバックを行って、その人のことを心からケアしていない状態は、不快な攻撃であって、決してラディカル・キャンダーではありません。相手に心から寄り添い、受け止め、その上で、相手の可能性を広げていく。フィードバックが単なるテクニックではなく、相手との信頼関係に基づいたBeing(あり方)であることがわかります。
(3)心理的安全性
フィードバックと密接な関係にあるのが、「サイコロジカル・セイフティ(心理的安全性)」です。こちらもここ数年のATDの中で、大きなテーマとして取り上げられています。ATD-ICE2019では、心理的安全性の大家であり、チーミングの提唱者である、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン氏が、パネル・ディスカッションに登壇したことが、大きな注目を集めました。
パネルには、エドモンドソン氏(写真・右)の他に、ゴア社のデブラ・フランス氏、リヴィングトン・グループのレイチェル・メンデロヴィッツ氏らが登壇し、心理的安全に関する深掘りが行われました。以下にディスカッションで語られた主なポイントをご紹介します。
- 心理的安全性とは何か? 心理的安全とは「Speak Up(声を上げる)できる環境をつくること」であると説くとともに、単にみなが仲良く心地良い雰囲気をつくることではなく、より率直にものが言える状態をつくることである
- 心理的安全性はゴールではなく、イノベーションや学習などの「前提条件」
- 心理的安全性は、コンセプトの段階から構築する段階へと移行している
- 心理的安全性は、不確実な時代だからこそ大事。また、クリエイティブな仕事だけではなく、ルーティンにおいて、継続的に改善していく上でも重要
- エドモンソン氏自身のストーリーテリングとして、メンターであるクリス・アージリス氏とのやり取りについて話された。エドモンドソン氏が、アカデミックの領域に本格的に入り始めた頃、アカデミックらしい考え方に自分を合わせていかなければいけないことに悩んでいたときに、自身が書いた論文に対して、アージリス氏から「I don’t see Amy in it(この論文の中にエイミー、あなたが見えないよ)」というフィードバックを受け、自分が見守られていること、そして、自分が自分であっていい(You can be You)ことに気づけたというストーリーであった。
- 心理的安全性には、Empathy(共感)、Curiosity(好奇心)、Mutual Respect(相互信頼)が重要。尊敬されていると感じて始めてVoiceが出る
- リーダーシップが何を高めるべきか? リーダーの役割として、なぜ心理的安全性が必要なのか、なぜリスクをおかす必要があるのか理由として、自分たちのパーパスやミッションを示すことが重要であると述べていた。
- リーダー自身がロールモデルになること
- リーダーが、「I don’t know mindset(私は知らないと言えるマインドセット)」をもち、バルネラブルであれることが重要
- 良い質問を投げかける
- みながスピークアップできるように、全員が静かに考えたり、共有したりする時間をとることが大事
- Disruptive Candor(破壊的に率直な人)には、フィードバックを与えることが必要
以上、ここまで私が参加したセッションを中心に、ATD2019の様子を紹介してきました。カンファレンスではその他にも、「デジタル・トランスフォーメーションが及ぼすインパクト」「エモーションへの注目」「ハビット(習慣)の重要性の高まり」などの文脈から多様なテーマが扱われていました。本レポートを通して、グローバルにおける人材開発の潮流を感じていただけたら幸いです。
※ATD-ICE2019の全体の潮流については、ヒューマンバリューのホームページにおいても紹介しています。ご興味ある方は、そちらもご参照ください。
https://www.humanvalue.co.jp/wwd/research/conference/atd/atd2019/