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損保営業から「全員参画型経営」のトップへ――26歳でコンサルへ転身。「自分の名前」で知恵を発信するプロの生き方

株式会社HRインスティテュート 代表取締役社長

三坂 健さん

損保営業から「全員参画型経営」のトップへ――26歳でコンサルへ転身。「自分の名前」で知恵を発信するプロの生き方

「主体性を挽き出す」というミッションのもと、組織や社会の中で自らの個性をもとに輝く人やチームを増やす支援を行う、株式会社 HRインスティテュート。代表の三坂健さんは、第一志望の不採用という挫折からキャリアをスタートさせ、大手損保の営業の第一線で活躍しました。「直接的に人に働きかける仕事がしたい」と26歳でHRインスティテュートへ転身し、猛烈なインプットや海外での修羅場経験、メンバー全員による選挙を経て、2020年に代表取締役に就任。「表舞台より裏舞台にひかれる」という原点を持つ三坂さんが実践する、全員主役の「全員参画型経営」とはどのようなものなのでしょうか。正解のないAI時代にビジネスパーソンが持つべき「問いを立てる力」の本質、圧倒的スピードで成長するために20代が貪欲に集めるべき「手持ちのカード」の重要性などについて、お話をうかがいました。

三坂 健さん
株式会社HRインスティテュート 代表取締役社長

みさか・けん/慶應義塾大学経済学部卒業。安田火災海上保険株式会社(現・損害保険ジャパン株式会社)にて法人営業等に携わる。退社後、HRインスティテュートに参画。経営コンサルティングを中心に、事業戦略立案・実行支援、新規事業開発、人事制度設計・運用、人材育成トレーニング等を中心に活動している。また、海外進出を担いベトナム(ダナン、ホーチミン)、韓国(ソウル)、中国(上海)の拠点設立に携わる。加えて、国立学校法人沼津工業高等専門学校で毎年マーケティングの授業を実施する他、各県の教育委員会向けに年数回の講義を実施するなど学校教育への支援も行っている。近著に「戦略的思考トレーニング(PHP研究所)」「この1冊ですべてわかる~人材マネジメントの基本(日本実業出版社)」「全員転職時代のポータブルスキル大全(KADOKAWA)」「図解オンライン研修入門(ディスカヴァー・トゥエンティワン)」「BUSINESS WORKOUT 主体的なチームを創る実践型プログラム(ディスカヴァー・トゥエンティワン)」など。2020年1月より現職。ビジネス・ブレークスル―大学大学院 非常勤講師。

裏舞台から組織を支える。映画監督を夢見た学生時代

どのような学生時代を過ごしていましたか。

1996年、「就職氷河期」の真っただ中に慶應義塾大学の経済学部に入学しました。学生時代は、大きく三つのことにエネルギーを注いでいました。

一つ目は、テニスサークルでの活動です。マネジャーを務め、合宿の仕切りやイベントの企画運営など、裏方として組織を動かす役割を担っていました。二つ目は、海外旅行です。バックパッカーとしてアジアの国々を回ったり、一人パリへ旅立ったりと、自由気ままに海外の空気を吸いに出かけていました。三つ目は、映画を観ることです。中学時代からレンタルビデオ店に通い詰め、ひたすら作品を観る生活を送るなかで、当時は本気で「映画監督になりたい」と夢見ていました。

映画監督を目指した原点にあったのは、「人を感動させる仕事がしたい」「ゼロから作る側に回りたい」という純粋な想いです。私の物事に対する視点の特徴として、華やかな表舞台よりも「裏舞台」に強くひかれる傾向が子供の頃からありました。

たとえば中学生の頃、マクラーレン・ホンダが圧倒的な強さを誇っていたF1(フォーミュラ・ワン)が大好きだったのですが、周囲がスタードライバーに憧れるなか、私は「ホンダ」というチームそのもの、つまり職人たちの集団にひかれていました。ドライバーが優勝した瞬間に、ピットの裏側でエンジニアやメカニックたちが我がことのように喜んでいる姿にこそ、たまらない格好良さを感じたのです。

サークルであえてマネジャーを選んだのも、表で目立つことより、裏側から組織を支え、仕組みを作って動かすことに本質的な面白さを感じていたからです。この性質は、当時から現在に至るまで全く変わっていません。

挫折から始まった会社員生活と「1位」への執念

大学卒業後は、安田火災海上保険(現・損害保険ジャパン)に入社されます。どのような就職活動を行ったのでしょうか。

慶應の経済学部という環境もあり、周囲の多くが金融業界や総合商社を目指していて、私もその流れに乗って就職活動を進めました。大学時代に3年間、東京海上火災保険のコールセンターで事故受付の夜間アルバイトを経験していたため、保険ビジネスにはもともと親しみもありました。統計学のゼミに所属していたので、確率や統計を基盤とする保険の仕組みへの学問的な興味もありました。

第一志望はアルバイト先でもあった東京海上でしたが、結果は不採用。業界のトップ企業に当然入れるだろうという過信があったため、結果には強い「挫折感」を味わいました。その後、安田火災海上保険から内定をいただき、入社を決めました。

最初から順風満帆なスタートだったのですか。

いえ、第一志望に落ちた悔しさを抱えたままのスタートでした。ただ、思い通りにいかなかったというコンプレックスが、強いエネルギーに変わりました。入社した瞬間から希望の配属先を志し、約130人の同期の中で誰よりも努力をしようと、配属前の研修期間中から猛烈に勉強したのです。結果として、希望していた本店の「法人営業部」への配属を勝ち取ることができました。

ただ、新入社員の段階でいきなり本店の法人営業に配属されたことは、今振り返れば必ずしも良いことばかりではありませんでした。担当したのは日本を代表する大手ゼネコンでしたが、1年目の私にとって、扱う仕事のスケールやリスクの大きさがキャパシティーを超えていたからです。周囲は百戦錬磨のベテランの先輩ばかり。新入社員の自分にできることは限られ、申込書の回収や比較的取引規模の小さい顧客の担当、大手顧客を担当する先輩のサポートや雑務が中心で、自分がビジネスを動かしているという実感は得られませんでした。

地方の支社に配属され、中小企業や地元の代理店の方々とひざを突き合わせながら、自分の身の丈に合ったサイズの現場で汗を流したほうが、社会人としての本当の基盤が作られたのではないかと、今になって思うことがあります。

大企業での3年間で得た最大の学びは何でしょうか。

ビジネスにおける「人間関係の重要性」「適切な距離感」「組織のリアルなパワーバランス」をたたき込まれたことです。顧客との距離をどう縮めるか、組織内での先輩や他部署の人間とどう付き合うか。社会人の基礎を3年間で徹底的に学ばせてもらいました。

特に印象深いのは、ある代理店の方との出張のエピソードです。普段の業務ではそこまで深く関わることがなかったのですが、地方へ出張する際、二人で長い時間車に乗って移動しました。車中という密閉された空間で雑談を交わし、現地で一緒に顧客を回り、夜には一緒にご飯を食べてお酒を飲む。帰ってきたときには、一気に心の距離が縮まり、強固な信頼関係が生まれていました。ただ時間と空間、食事を共にするだけで、人と人との適切な距離感はこれほど劇的に縮まるものなのかと、身をもって知る機会でした。

写真:三坂 健さん(株式会社HRインスティテュート 代表取締役社長)

「本を読む側から、書く側へ」コンサルタントへの転身

その後、26歳でHRインスティテュートに参画されます。転職の引き金となったのは何だったのでしょうか。

本店での法人営業を続けるなかで、ぬぐいきれない物足りなさが日に日に大きくなっていったことが発端です。扱う案件は巨大な保険でしたが、自分が担当しているのは手続きのサポート。もっとダイレクトに「人」とつながり、人の成長や、人間の感情の機微に直接触れて影響を与えられる仕事がしたい、という思いが強くなっていきました。

当時、私は自分のキャリアに悩み、書店に足を運んではビジネス書を読みあさっていました。そのなかで出合ったのが、野口吉昭(HRインスティテュート創業者)の数々の著作でした。そこに書かれていたコンサルティングの思想や、「人の主体性を挽き出すことで組織を変革する」というアプローチに、強烈な衝撃を受けたのです。何よりも、コンサルタントという知恵と人間性だけで勝負する生き方に憧れました。

ここでも、私の「ゼロから作る側に回りたい」「裏方として仕組みを作りたい」という映画監督的な気質が頭をもたげました。コンサルタントの本を読んでいるうちに、次第に「本を読んでいる側」にいる自分がもどかしくなり、自分も「本を書く側、発信する側」に回りたいと思い始めたのです。

いくつかの会社を受験し、内定もいただきましたが、最終的にまだ知名度がなかったHRインスティテュートを選びました。その理由はプロフェッショナルだけどフランクで人間味あふれるメンバーがいること。そして「ここに仲間入りするのが一番早く、本が書ける」と確信したからです。HRインスティテュートの書籍は野口が個人名だけで出すのではなく、若手でも執筆に携わっていれば、メンバーとの共著にするスタイルを大切にしていました。「ここでなら自分の名前で世の中に知恵を発信し、本を書くという夢が最短でかなう」と考えたのです。

入社にあたっては、紆余曲折がありました。実は一度内定をいただいた後に、辞退したのです。当時お世話になっていた先輩たちの顔が浮かび、「今の会社でもう少し頑張れることがあるのではないか」という迷いが生じて、一度はお断りの連絡を入れました。

その後、年末年始に実家で一人、自分の将来や人生についてじっくりと考え直しました。すると、「一度きりの人生で、自分が本当にワクワクする道、本を書くという夢に挑戦せずに死んだら絶対に後悔する」という思いが再燃したのです。

年が明けてすぐに、私はプライドを捨てて「もう一度チャンスをいただけないでしょうか」とHRインスティテュートの採用担当者に連絡を入れました。一度断った人間なので、冷たく対応されてもおかしくありませんが、当時の採用担当者から「今度、新聞に中途採用の広告を出すから、それを見てもう一度応募してください」と言われました。

再応募した後、創業者である野口吉昭との面接がセッティングされました。場所は東京・青山にあるカフェ。対峙した彼の第一声は、今でも忘れません。「本当に、うちに来たいのか? なんで一回内定を断ったんだ?」という、手厳しいものでした。必死に熱意を伝えると、野口は次に「タバコは吸うのか?」と聞いてきました。HRインスティテュートには禁煙ポリシーがあるのでその確認でもありました。当時、私はタバコをやめたところで、「医者から健康のために止められたので、やめました」と答えました。すると野口から、こう一喝されたのです。

「なんで医者に言われてタバコをやめるんだ。やめるなら、自分の意志でやめろ。医者に言われてやめている時点で、『主体性』が足りない」

入社を希望する会社のコアバリューがまさに「主体性」であったため、野口はそこを瞬時に見抜き、私に強烈な洗礼を浴びせたのです。当時は戸惑いましたが、今思えば「すべての行動の基準を他人に委ねるな。自分の人生のハンドルは自分で握れ」という、コンサルタントとして生きるための本質を、最初の瞬間にたたき込まれたのだと深く感謝しています。結果的にその場で条件付きの内定をもらうことができました。条件というのは「今すぐ会社に戻って辞める、と伝えてくること」というものでした。今の世の中では考えられないような条件ですが、一度断った私の背中を押してくれるものだったと思います。

今でもよく覚えているのですが、カフェを出てから原宿駅までの道のりを、私は涙を流しながら歩きました。さまざまな心理が錯綜していたのですが、一番は「新人の自分に期待をかけ、大切に育ててくれた人たちを裏切るような形になってしまう。お世話になった皆さんに退職を告げなければならない」という感謝の裏返しとしてのつらさが、押し寄せてきたのです。

電車に乗って、会社に着く頃には涙も収まり、職場の皆さんの前で「ちょっとお話があるのですが……」と切り出しました。すでに時刻は夜の20時頃だったと思います。残っていた先輩や上司が会議室に集まってくれました。

「会社を辞めたいんです」と伝えた瞬間、毎日のように居酒屋へ連れていってくれて、夜遅くまで一緒に飲んでいた12歳ほど年上の先輩が、ものすごい大声で叫んだのです。「なんでお前、もっと前に俺に言わなかったんや!」と。

私が事前に一言も相談しなかったことがショックで、先輩なりに悲しかったのだと思います。その言葉を聞いた瞬間、私は張り詰めていた緊張が切れ、会議室でまたボロボロと大泣きしてしまいました。

当時の皆さんとは今でも親しい付き合いが続いています。本当に温かく素晴らしい人たちに囲まれて社会人のスタートを切れたのだと、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

名経営者の思想をインストールした若手時代と海外事業での挑戦

コンサルタントとしてのスタートはいかがでしたか。

最初の数年間は、前職の大企業で培ったスピードや徹底的な規律、コンプライアンスの感覚が染みついていたため、HRインスティテュートの自由でアットホームな文化に対して、時に周囲に対してイライラし、トゲトゲした態度をとっている生意気な若手だったと思います。

そんな初期に、私のコンサルタントとしての財産になっている仕事があります。ある大手クライアントからの依頼で、古今東西の「名経営者」の思想や行動特性を分析し、リーダー育成のための講義スライドを多数作成するというプロジェクトでした。

松下幸之助さん、本田宗一郎さん、稲盛和夫さんなど、日本の高度経済成長をけん引した名だたる経営者たちの著作や伝記を、毎日読みあさりました。彼らがどのような修羅場に直面し、どのような哲学を持って、何を基準に決断を下してきたのか。それを1冊ずつノートにまとめ、分析し、講義用のスライドに落とし込んでいきました。作成したスライドはすべて、創業者である野口の徹底的なチェックを受け、激しいフィードバックをもらっては修正するというプロセスを何百回と繰り返しました。

この時期に「経営者の思想、決断の軸、思考の癖」を自分の中に徹底的にインストールできたことは、現在の代表としての私のバックボーンに間違いなく生きています。単なるスキルの習得ではなく、経営者としての「器」や「視座」を、若いうちに本物から学ばせてもらった、私のキャリアにおける最初の決定的な転機でした。

キャリアの第2期として、海外事業の立ち上げに注力された時期について教えてください。

30代に入り、アジアへの進出方針に伴って私が海外事業の立ち上げを担うことになりました。元々ソーシャル活動としてベトナムで小学校を寄贈するといったプロジェクトを会社として進めていました。それを経て現地に人脈ができたことでダナンにオフィスを構えました。しかし、当時のマーケットは皆無。経済の中心地であるハノイへの進出を決め、現地の日本人経営者に直談判してオフィスを間借りさせてもらうなど、「とにかく行動する」という勢いだけで突き進んでいました。

私は日本での案件が多く常駐できなかったため、現地の支社長として知人を送り込んだのですが、現地の環境や孤独感からわずか2日で失踪されてしまうというトラブルにも見舞われました。当時は計画性がなく、目の前の情熱だけで動いていたため、多くの人に迷惑をかける結果となりましたが、がむしゃらに動くことの難しさを学んだ貴重な修羅場経験となりました。

その後、韓国拠点が予期せぬ形で誕生したのですが、韓国進出は戦略的に狙ったものではありませんでした。ベトナム拠点のスタッフを募集した際、なぜかベトナム人ではなく優秀な韓国の方から応募があったのです。元々韓国にも拠点を出したいと思っていたため、野口に韓国拠点設立の相談したところ「おもしろい!」と反応をもらえました。そして面接の場で「ベトナムではなく、韓国拠点の代表としてソウルで立ち上げをやらないか」と提案したところ、その方も快諾。そこから10年間にわたり、「HRインスティテュート韓国」を立派に率いてくれました。「人と人との予期せぬ巡り合い」からビジネスが生まれる、当社のダイナミズムを象徴する出来事でした。

「選挙」を経て社長就任。「全員参画型経営」へ

2020年に代表取締役社長に就任されます。どのような経緯だったのでしょうか。

前任の社長の任期満了に伴い、次世代への本格的なバトンタッチというタイミングでした。当社には、トップが次の社長を指名したり、密室で後継者を決めたりするのではなく、メンバー全員による「選挙」によって次のリーダーを決めるという、民主的で、ある意味では過酷な文化があります。

私を含めて3人が立候補したのですが、最終的に全メンバーからの投票によって支持を得て、私が社長に就任することになりました。

選挙期間中は、自分のこれまでの強引な進め方や、独断専行しがちな弱点も含めて、メンバーから耳の痛い、リアルなフィードバックを大量に突きつけられました。「けんさん(三坂さん)が社長になると、突っ走って、みんなを置き去りにするのではないか」という恐怖や不安が、メンバーの間にあったようです。

2020年に社長に就任されてから現在に至るまで、どのような思いで経営の舵取りをされてきたのでしょうか。

基本に据えているのは、「日々新た」という、毎日何かを新しくしていく精神です。ビジネスにおいて何より重要なのは「変化」だと考えています。理念やウェイなど変えてはいけない原理原則をかたくなに守る一方で、変えるべきものは日々あたらしく、どんどん変えていく。この姿勢を大切にしてきました。

元来得意なのは自分が先頭に立って引っ張るスタイルですが、メンバーのリアルな声を聴く中で、「これからは自分が突っ走るのではなく、全員が当事者となる『全員参画型の経営』を本格的に実現しなければ」と強く意識するようになりました。就任後は、当社らしい合議制の仕組みや、各メンバーが意思決定に関わるチーム制、新しい会議体を導入し、仕組みとしてみんなで話し合って決める組織文化への変革を進めてきました。

写真:三坂 健さん(株式会社HRインスティテュート 代表取締役社長)

人材育成の本質は「問いを立てる力」にあり

今後、貴社が得意とする人材育成や教育の領域において、どのような価値を提供していきたいとお考えでしょうか。

私たちがこれからさらに力を入れていきたいのは、ビジネスパーソン一人ひとりの「経験獲得」をお手伝いすることです。

人が成長するプロセスにおいて、私たちは「経験学習」の考え方を大切にしています。人間は、ただ座学で知識を得るだけでなく、新たな経験をし、それを深く振り返って教訓を得て、次の実践に応用していくことで初めて真の成長を遂げられる。これこそが教育の本質だと考えています。これからの私たちの役割は、受講者の皆さんに「新たな経験の機会」を数多く提供することだと考えています。

具体的には、どのような経験の場をデザインしていこうとされているのですか。

例えば、大企業に所属している社員の方々を対象とした場合、組織の中にいるだけでは経験できないアプローチや環境が存在します。

大企業では普段できないような「他流試合」の機会や、アセスメント(評価・診断)の場に挑む。あるいは、これまでの研修の常識を覆すような、これまで考えたこともない「問い」を与えられて、必死に自分の頭をひねって考えてみる。これも一つの重要な「思考の経験」です。

こうした多様で刺激的な経験の機会を、外部の視点からもっと増やしていく。経験を通じて受講者の思考が柔らかくなり、新たな気づきを得ることで、自ら進んで新しいことに取り組んでいける自律的な人材が増えていく。私たちがこれから社会に向けて果たしていきたい、一番大きな役割であり展望です。

これからの時代、人材育成や人事において何が重要になるとお考えですか。

人間が持つべき最も重要なスキルは、間違いなく「問いを立てる力」です。正解を出すことや、過去のデータを分析して効率化することは、AIが最も得意とする領域であり、人間が時間や労力を割く必要はなくなっていきます。人間が果たすべき唯一の役割は、これまでにない「意外性」や「新しい価値」、つまりAIの予測を超えたイノベーションを生み出すことであり、そのためには「そもそも、なぜこれをやるのか」「私たちが本当に実現したい世界とは何か」という、本質的な問いを立てる必要があります。

だからこそ、日々の研修やコンサルティングの現場でも、私は「問いの質」に力を注いでいます。そうすることで研修を面白くするのです。面白くしないと人は学びません。

たとえば、ロジカルシンキングの研修を行う際、単にロジックツリーの描き方やMECE(ミーシー)のルールを教えるような、つまらない研修はしません。そうではなく、研修の冒頭で「みなさん、『考える』と『悩む』の決定的な違いは何だと思いますか?」という問いを投げかけます。このような、シンプルだけれど本質を突いた、これまでに考えたこともないような問いを突きつけられると、受講者は初めて「ハッ」として、自分の頭で深く、主体的に考え出します。問いが変われば、思考の深さが変わり、行動変容が起こる。これからの人材育成は、受講者に心地よい「問い」という強烈な経験を提供し、内発的な動機づけを引き出すプロセスであるべきだと確信しています。

最後に、HRソリューション業界で働く若手に向けてメッセージをお願いします。

20代の若い時期は、とにかく「手持ちのカード」を集めることに、徹底的に力を注いでほしいと思います。30代、40代、経営のフェーズに入ると、手持ちのカードをいかに組み合わせ、ユニークに切っていくかという勝負になります。元手となるカードが20代の段階で少ないと、発想のスケールが小さくなり、ありきたりな答えしか出せなくなってしまいます。

自分の専門分野を深めることはもちろん重要ですが、それだけでなく、歴史、哲学、法律、会計など、一見仕事に直接関係がないように思えるリベラルアーツや一般教養も含めて、若いうちに大量に自分の中にインプットし、上の視座で物事を見る訓練をすることです。

私は26歳でこの業界に入ったとき、お客さまから「若すぎる」となめられないように、常に30代前後のふりをして仕事をしていました(笑)。嘘にならない範囲で煙に巻いたりしながら、必死に大人の視座に合わせて背伸びをしていました。その「サバを読むこと(背伸び)」こそが、自分を早く大人にし、引き出しを増やす強力な動機になったと感じています。

自分の実力に見合った小さな仕事に収まる必要はありません。20代のうちは、ぜひ恐れずにたくさんのカードを貪欲に集め、大いに背伸びをしながら、圧倒的なスピードで成長していってください。応援しています。

写真:三坂 健さん(株式会社HRインスティテュート 代表取締役社長)

(取材:2026年5月29日)

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社名株式会社HRインスティテュート
本社所在地東京都渋谷区神宮前1-13-23 HRIビジョンハウス
事業内容ビジネスコンサルティング&研修プログラムの企画・開発・実施
設立1993年11月

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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