人事領域の中でも、入退社手続き、勤怠管理、給与計算、社会保険、就業規則など、従業員が安心して働ける環境づくりを幅広く担うのが「労務」です。近年では、働く人の健康管理や安全衛生といった面からも注目されています。いわば人的資本の土台を支える仕事といえるでしょう。しかし、急成長中の企業では、労務管理が規模の拡大スピードに追いついていないケースも少なくありません。成長スピードや企業規模に合わせて、効率的に労務管理をするには何が必要なのか。成長企業の経営者や労務担当が知っておくべきポイントを、現在も毎月50人以上が入社し、従業員数が3年で2倍以上へ増加した株式会社マネーフォワードの人事労務部部長・兼松大樹さんにうかがいました。
- 兼松 大樹さん
- 株式会社マネーフォワード People Forward本部 人事労務部 部長
約3年間で500人から1600人へと組織が急拡大
貴社ではビジネスの成長とともに組織・人員も急速に拡大しているとうかがいました。
当社では主にフィンテック領域の事業を手掛けています。2012年の創業以来、テクノロジーを使って個人・法人それぞれのお金にまつわる課題を解決するサービスを提供してきました。現在の従業員数はグループ全体で約1600人(2022年5月末現在)。そのおよそ8割がマネーフォワード本体の所属です。グローバル展開も視野に入れており、さまざまな国籍のメンバーが活躍しています。
組織の変化として特筆すべきなのは、急成長が続いていることです。私が当社の労務に携わるようになった3年前には、従業員数は約500人でした。つまり、3年で約3.2倍の規模に拡大したことになります。現在も平均で月間50人、多い時には100人前後の新規採用が続いています。その入社手続きをはじめ、既存従業員の勤怠や給与計算といった労務全般を、私を含めた人事労務部の10人で分担しています。
グループ会社の労務についてはどう対応されているのでしょうか。
関連会社は16社あり、そのうち8社はマネーフォワードから派生した子会社です。全員本体から出向しているので、その人事管理は当社で行っています。一方、M&Aなどにより加わった8社に関しては、それぞれの会社の人事担当にお任せしています。
組織が急拡大することで、労務ではどのような課題がありましたか。
当然ながら従業員数が増えると人事関連の書類などを扱う業務量も拡大します。特に新規採用にともなう入社手続きは毎月かなりの分量になるため、まずはその対応が課題でした。そこで取り組んだのが工数を減らすための「シンプル化」と「ペーパーレス化」です。
「シンプル化」では、これまで求めていた書類などが本当に必要なものかどうかを一から見直しました。たとえばマイナンバーカードの提出があり、自治体で住所変更手続も適切に行われている場合は住民票の提出を省略してもよいのではと考えることもできます。単に「今まで出してもらっていたから」ではなく、なぜその情報が必要なのか、証憑が必須なのかを問い直すことで、業務をよりシンプルにしていきました。同時に、従業員の入社手続きの負担を減らすこともできます。
「ペーパーレス化」も私の入社前から取り組んでいましたが、退職手続きなど一部の業務ではまだ紙ベースで行われていました。重要な書類は引き続き紙で行っていたほうが安心という考え方もありますが、クラウドで対応できない理由はありません。外部の提出先が紙で求めてくるもの以外は、順次ペーパーレス化していきました。
さらに業務の効率化と併せて進めたのが「部署ごとの役割の整理」です。以前は人事に関するデータを労務だけでなく、人事部門内の別の部署やいわゆる総務業務を行っている部門など複数の部署がそれぞれ管理していました。しかし似たような仕事は一括で行った方がいいので、情報を最もよく使う部署に集約しようと見直しが進み、人事情報は基本的にすべて労務で管理することになりました。
現在、人事労務部では、勤怠、給与計算、保険手続き、就業規則、安全衛生、組織図・異動情報などの管理、安否確認といった業務を担当しています。同じ人事領域でも評価、配置、教育・研修、採用、カルチャー浸透などは「People Forward本部」の別の部署が担当しています。
ポイントは「問い合わせ」と「例外への対処」
組織が成長するにあたっては、「30人・50人・100人の壁」といわれる段階ごとの課題が生じると聞きます。毎月の採用数ごとの壁もあるのでしょうか。
毎月1~5人の入社だと、専任担当者を配置したりシステムを導入する必要性を感じにくい段階です。しかし、それでは法令対応で抜け漏れが生じやすい。勤怠や給与については管理システムをいれておくことで、給与まわりの法改正対応が漏れたり、未払いのリスクは低減できると思います。
毎月10人の入社だと、専任担当者の配置を考えられる段階です。ただし、ミスは誰かと連携する時に最も起こりやすいので、業務の切り分け方を間違えないようにすることがポイントです。専任担当者とはいえ、ダブルチェック体制を整えられるのが理想ですね。
毎月50~100人の入社だと、労務の担当も縦割り型になっていきます。すると、別のチームの仕事内容が把握しづらくなるので、システムで扱う情報などを変更する際は、しっかり情報共有をすることが重要です。
貴社では、組織の急成長に伴う課題をどのように乗り越えてこられたのでしょうか。
業務を効率化するにはシンプル化、ペーパーレス化が重要ですが、それに加えて「問い合わせ対応」と「例外への対処」もポイントだと思います。
従業員数が増えると、労務への問い合わせも増えます。特に多いのは新入社員からの問い合わせですが、「手続きのやり方がわからない」「手元にある書類はどうしたらいいのか」など、同じような質問がほとんど。多い時にはその回答だけで時間をとられてしまい、ほかの業務ができなくなるほどです。とはいえ質問者もわからなくてストレスを抱えているわけですから、しっかりと対応しなければなりません。このような課題はどの企業にもあると思います。
そこで、ほとんどの問い合わせは「イントラネット上のここに説明がある」と入社時に伝えることで解決できるようにしました。当社が利用しているビジネスチャットツール「Slack」には過去の質問と回答のやりとりが残っているので、検索すると見ることもできます。検索した結果、よくたずねられている質問については「わかりやすい説明を書き、それを見つけやすい場所に置く」ということを地道に積み重ねてきました。その際に注意すべきなのは、労務の知識がない人が読んでも十分にわかるように配慮すること。私たちからすると基本的な用語でも、専門外の人にはわからない可能性があることに留意しています。
FAQのようなコンテンツを整備することで、問い合わせは減ったのでしょうか。
Slackを利用し、質問に対して自動で資料や問い合わせ先を返信する仕組みを社内で運用しています。また、オンボーディングサイトの改良にも随時取り組んできました。そういったサポートツールを利用してくれる人も多く、質問の発生率自体は減っていると感じます。ただ、それ以上に採用数が伸びているのが実状です。
既存社員に目を向けると、問い合わせをしてきた人の多くは「結婚・出産・慶弔・転居」など、人生の節目に発生するイベントに関わった人たち。普段から知っておく必要がないことに注意が向かないのは当然でしょう。必要な情報のありかをわかりやすくする工夫は重ねつつ、それでも来た問い合わせには誠実に対応したいと考えています。
もう一つの「例外への対処」とはどういったものでしょうか。
働き方や現状の社内ルールに対して、「例外かもしれないがこのケースは認められのるか」といった問い合わせや相談もたくさん寄せられるようになりました。
ポイントは例外的な対応があったと、しっかりと記録に残しておくことです。特に判断基準がどうだったのかを明確にしておかなければ、後日同じような要望が出てきたときに部内でも混乱を招きます。労務の誰かが「今回のケースはNGです」と回答した後に、「以前、認められた人がいたのはなぜですか」という話になると収拾がつかなくなるからです。
例外措置があった場合は必ずミーティングの議事録などに残し、ナレッジとして共有するようにしています。口頭で話してそのままにしない、テキストで残す、という意識づけです。担当者が変わる際には、後任の人が例外的な対処の理由についてしっかりと理解できていることが大事です。
労務の原則は「シンプルにすること」
貴社のグループにはM&Aで合流した企業もあります。M&Aで労務にはどのような仕事が発生するのでしょうか。
新しくグループ入りした企業については、まず法令対応が十分できているかどうかを労務目線で確認していきます。当社ではマネーフォワードのやり方にあわせてくださいではなく、法令に準拠していれば、それぞれの企業にあったやり方でいいと考えています。
ただ、当社の制度の中に取り入れたいものがあるという場合は、導入いただきます。これまで労務専任の方がいない、または一人で労務を担当してきたケースが多く、相談を受けることもあります。今後は労務同士での情報交換の場なども増やしていきたいですね。
これから成長していく企業の労務担当者のみなさんに、今から準備しておいた方がいいことがあればアドバイスをいただけますか。
規模の拡大に応じて労務のマンパワーがすぐに増えることはまれだと思います。そのため、あらかじめ業務をシンプルにしておくことが大切です。工数が減り、従業員の負担軽減にもつながります。
制度も同じです。少し極端ですが例えば給与計算に関わる話で、パフォーマンスに応じた給与のみを支給し、それ以外の要因で発生する手当がないほうが支給有無の判断や手続きの複雑さはなくなります。また、ビジネスにおいて不可欠なものかどうかを考えれば、必要な制度と必要のない制度を判断しやすいと思います。一度制度を導入すると、後々変更することが難しいことも事前に認識しておくといいと思います。
HRテクノロジーのツールやシステムも会社の規模や事業にあわせて変化していくことが求められます。成長していく過程で、労務まわりの見直しは必ず発生しますし、ある程度は未来を予測しながら設計していかないとすぐに行き詰ります。そのため、人事だけでなく経営者にも労務に対する関心が求められるのではないでしょうか。
今後貴社で取り組んでいきたい分野などがあればお聞かせください。
これからますます重視されると思われるエンゲージメントや人的資本経営、健康経営などの土台を支える分野は取り組んでいきたいです。従業員のためにできることも広がっていきますので、当社でも引き続きチャレンジしていきたいと考えています。
マネーフォワード クラウドは、「人事管理」「給与計算」「勤怠管理」「年末調整」「社会保険」など、人事・労務業務をシステム上で入力・管理・提出ができるサービスを提供することで、労務管理業務のミスを無くし効率化を支援します。