日本を代表するグローバル企業として、急激な環境変化の中にある自動車業界をリードする、トヨタ自動車。同社では、業界の垣根を超えたボーダレスな領域で活躍できる人材を育成するための新たな施策が進められています。その一つとして活用されているのが、マネジメント教育で定評のあるグロービスが開発した定額制動画学習サービス「グロービス学び放題」。ビジネスに必要とされる体系的な知識を300コース、計2800本以上の動画を好きなときに好きなだけ学習できる本サービスを通じて、現在同社では2000人を超える従業員が新たな学びを得ているといいます。人材開発部 グループ長の中川友輝さんと主任の伊藤みゆきさんに、トヨタ自動車が目指す人材育成のあり方や、新たな学びの手法の価値についてうかがいました。
もはや競合は自動車メーカーだけではない。
新領域で求められる「専門性」と「人間力」
現在のトヨタ自動車が求めている人材像について教えてください。
中川:自動車業界は今、大きな環境変化にさらされています。各種報道でも「CASE」という言葉をよく目にするようになりました。Connected(コネクティッド:スマートフォンやウェブサービス、アプリなどとの連動)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)という自動車業界の新たなトレンドによって、私たち自動車メーカーもAIやIoTなどの新たな技術分野へ積極的に目を向けていく必要に迫られています。
従来の自動車業界は、大きな変化が比較的少なかった事業領域だと言えるかもしれません。これまでのトヨタの競合は車を作る会社であり、国内では他の自動車メーカー、グローバルでも大手メーカーや新興国のメーカーと戦ってきました。それはあくまでも「クルマ」での戦いでした。
しかし今はボーダレス。トヨタの競合はもはや自動車メーカーだけではありません。これまでの事業領域である自動車を大切にしつつ、新しいテクノロジーに対応することを並行して進めていかなければなりません。そのためには、どのような人材が必要なのか。それを考える上では、従来の事業領域で散見された課題への反省も必要でした。
詳しくお聞かせいただけますか。
中川:事実としてトヨタは大きな企業であり、非常に大きな影響力を持つ存在です。従業員の中にはそうした部分から勘違いしてしまい、おごり高ぶったり、自分たちが正しいと過度に思い込んで行動したりしていた側面もあったと考えています。協力企業や取引先企業の方々からのご指摘で気付かされることもありましたし、社内においても課題視されていました。
トヨタの一員であることに誇りを持つことは、もちろん悪いことではありません。しかしその思いが過剰になってしまうと、良くない方向へ行ってしまうこともあります。これは改めなければならないと考えていました。
伊藤:ボーダレスな新領域では、さまざまな業界や企業、人とお互いの強みを認め合い、競争力を高めあいながら協調していくことが重要となってくると感じています。つまり、「トヨタと一緒に仕事がしたい」「この人となら一緒に頑張りたい」と思っていただける人材にならなければ戦えません。社内だけでなく、社会からも選んでもらえる人材を育成していく必要があります。
より根本的な部分から人材育成方針を見直されたのですね。
伊藤:はい。その方針をブレイクダウンして、人材育成における二つの目標を定めました。まずは、ビジネスパーソンとしての高い専門性を持つこと。そして、選んでいただけるようになるための人間力を高めること。志を持ち、周囲に良い影響を与える人材になってほしいという思いを込めています。
中川:二つの目標を追いかけていく上でベースとなるのは、トヨタがこれまでに培ってきた強みだと考えています。
トヨタ自動車は長い歴史の中で「豊田綱領」という考え方を受け継いできました。創業者である豊田佐吉の考え方を整理し、成文化して、1935(昭和10)年に発表されたものです。これがトヨタグループの大切な原理原則として機能しています。
- 一、上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を挙ぐべし
- 一、研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし
- 一、華美を戒め、質実剛健たるべし
- 一、温情友愛の精神を発揮し、家庭的美風を作興すべし
- 一、神仏を尊崇し、報恩感謝の生活を為すべし
加えて、トヨタが大切にしてきたトヨタ生産方式(TPS)や原価低減の考え方を強みとして理解し、実践することが重要になってくると考えています。こうしたベースをもとに高い専門性を発揮し、周囲を巻き込む人間力を兼ね備えたプロフェッショナルを育成していきたいと考えています。
「教え、教えられる」から「自ら学び、教える」環境へ
新たな人材育成施策の一つとして「グロービス学び放題」を導入した背景をお聞かせいただけますか。
中川:「グロービス学び放題」の導入は、私たちの事業領域の変化に対応した施策として有効だと感じました。
自動車領域で戦っていたころのトヨタは、主にOJTの中で人材を育成していました。そのときのスローガンは「教え、教えられる」というもの。自動車領域で長く競争環境に置かれていたこともあり、社内には自動車の製造に精通するプロフェッショナルが多数います。そうした深いナレッジを持っているのは通常、経験の長い社員です。年長の従業員から新しく入ってきた若い従業員へ教え、また次の世代で、教えられた側が教える側へと回っていく。これが「教え、教えられる」という技能伝承の仕組みとして機能していました。
しかしこれも、今の環境には合わなくなってきています。まさに、自動車業界においてもAIやIoTなどの新たなテクノロジー領域への知見が必要となってきているわけですが、これまでいわば機械屋だった私たちは、こういった新領域に精通した人材を多数抱えているわけではありません。新しい領域では教えられる人が圧倒的に不足しています。モビリティ―カンパニーのモデルチェンジの実現に向けてはこの領域へのチャレンジに加え、これまで培ってきた従来のクルマづくりの領域での新たなチャレンジや変革を過去経験したことがないスピードで進めることが不可欠です。そのためにも、よりお客さまに近い各職場で、一人ひとりが主体的に考え、動くことが求められてきます。人事部門としてはこの部分に大きな危機感を持っていて、人材育成のコンセプトを「自ら学び、教える」に変えました。
ある種の受動的な態勢で教えられるのを待つのではなく、能動的に学びを求めていく必要があるということでしょうか。
中川:新しいことを学ぶためには、社内だけでなく、積極的に外へ出ていって新しいナレッジを吸収していくことも大切でしょう。そうして外で学んだことを、経験や年齢にかかわらず、社内でどんどん教え合う風土にしていかなければならないと考えています。
伊藤:従来の自動車領域と新領域の両面に対応していくため、人事制度や評価制度も大きく見直しています。一人ひとりの能力を最大限に発揮できるようにし、頑張っている人に正しく光を当てられるようにすることが必要だと考えているからです。能力を最大限発揮し、スピーディーな実行につなげていくためにも、自ら学んで専門性や人間力を高めていくことが欠かせません。
トヨタ自動車ほどの規模であっても、外部へ柔軟に学びに行ける環境が必要だというのは意外に感じます。
中川:自動車業界の中だけで戦っていく前提であれば、自社内のナレッジをもとに技術を高め続けていくことがいちばんの成長の近道でしょう。実際にそうして成長できる環境に、従業員が満足していたことも事実だと思います。しかし先ほども申し上げたように、自動車業界を取り巻く環境が劇的に変化している今は外へ積極的に飛び出していくマインドを持たなければいけない時代です。そのための土壌を人事部門が作っていくことが重要だと思っています。
トヨタ自動車は愛知県豊田市に本拠を置いています。今の時代でも、東京に比べると情報格差や機会格差があると感じます。物理的にアクセスできる情報には制限がありますし、例えば「気軽に他社の人と朝活する」といったことも難しい。そうした中でも、従業員が自分から学んでみようと思えるプラットフォームを会社の施策として準備できれば、新しいことを学び始めるきっかけにつながるのではないかと考えました。
伊藤:これまではややもすると、トヨタとグループ会社の中での仕事だけに終始してしまう面もありました。しかしさまざまな分野から競合が登場する今は、自動車業界の共通言語で話ができる世界にいるだけではたち行かないと思っています。お客さまが何を求めているのか。世の中のニーズはどのように変化しているのか。それを肌で感じ、製品に反映させていく必要があります。
施策の検討段階では、グロービス以外の他社のプログラムも検討されましたか。
伊藤:はい。その上で「グロービス学び放題」を選んだのは、体系的に経営学について学べるカリキュラムがあることに加え、組織・リーダーシップ系が充実しており、かつ1本あたりの動画が短く編集されていて、すき間の時間でも効率的に学べる点に魅力を感じたからです。
トヨタでは仕事が高度に分業化されています。例えば私は人事部門の中で研修を担当していますが、一方で労務の分野にはあまり詳しくありません。技術部門においても、「技術力に関してはもちろん高めることはできますが、会社全体の経営について知る機会が少ない」というのが現状です。また、主体的な行動を促すためにはマネジメントの役割が従来以上に重要になってくるとも感じているため、そうした意味では、ビジネスの全体像や組織・リーダーシップに関して効果的に学べるコンテンツが有効だと思いました。
従来の研修とは完全に分離し、年次や時期に関わらず「自由に参加できる学び」に
「グロービス学び放題」の利用者を全社公募して以降、現在では2000名以上の方が受講されているとうかがいました。これだけ多くの方々が自発的に学び始めることは予測されていましたか。人事としては、導入にあたりどのような工夫をされたのでしょうか。
中川:施策として導入するにあたり、「どれくらいの人が参加してくれるのか」という不安もありました。これまでの社内の研修は、一定の年次を迎えたら一律に受けてもらうボトムアップ型のものが中心で、自分から手を上げて受けてもらうものはほとんどありませんでした。いわば会社から与える教育ばかりだったので、従業員が自ら学ぶ意欲を失っているのではないかと懸念していたんです。しかし、ふたを開けてみると、私たち人事が思っていた以上に、従業員の学びへの欲求は強いことがわかりました。もちろん、「グロービス学び放題」で提供されているコンテンツの魅力も大きかったのだと思います。
伊藤:展開の方法としては、社内の食堂にPOPを置いたり、イントラネットで募集をかけたりといった基本的なものが中心です。人事として「特に学んでほしい」と考えていた基幹職以上の層や主任職層には、メールで直接呼びかけることも行いました。
受講者を階層別に見ていくと、特に多いのは主任職クラスの30代や、さらにその上の基幹職と呼ばれる40代くらいまでで、全体の7割近くを占めています。こうした層は自分から新たな仕事を仕掛けていくタイミングに差し掛かっていて、自身でも環境変化を強く認識しているのだと思います。これまでの常識だけではなく、新しいビジネスの知見を得たいという動機で受講する人が多く見られました。
従来の研修は一定年次で一律に受けていただくものが中心とのことですが、「グロービス学び放題」はそうした研修に対して、どのような位置づけで運用しているのでしょうか。
伊藤:自己研さんで活用してもらえることが大きな違いです。従来の研修とは完全に分離して運用し、年次や時期にかかわらず、手を挙げれば誰でも自由に参加できるようにしています。業務時間外に学んでもらえるので、本業とのハレーションを気にすることもなく、従業員にとっても自由度が高いツールになっていると思います。もともと自己研さんのラインナップが充実していなかったこともあり、教育体制として大きな変化をもたらすことができたと感じています。
導入後の社内の反応はいかがでしたか。
伊藤:受講者からは、「基礎的な理論をあらためて学ぶことができた」という声がありました。これは人事でも同様なのですが、これまでは職場の先輩の経験値や部署内の暗黙知から学ぶことが中心で、さまざまな理論を体系立てて学ぶ機会が少なかった。その意味では、必要な知識を自分で選んで学べることは大きいですね。
中川:管理職層からの反応もありました。「グロービス学び放題」の導入後、一定数の申し込みがあった段階で一度募集を打ち切ったのですが、ビジネスパーソンとして学んでおきたいコンテンツがたくさん詰まっているのを見たある管理職から「部下に学んでもらいたいのでもう一度募集を再開してもらえないか」という相談があったのです。その声に応えて募集を再開しました。他には「これを全社標準で運用すべきではないか」という意見もありました。
伊藤:ここ数年、社長の豊田章男をはじめとした経営層からも「私たちは変わらなければならない」というメッセージが発信されています。そうした言葉を受けて触発された人も少なくないのだと思います。
トヨタの価値観を大切にして、従業員一人ひとりのキャリアアップと向き合う
今後、「グロービス学び放題」の活用方法をどのような形で広げていきたいと考えていますか。
伊藤:昇格する人など、学びへの意欲が高いタイミングで人事から受講を勧める頻度を高めていきたいと考えています。特にマネジメントに関わる層や、その手前の層には、会社全体がどのような動きになっていて、自分の仕事をどう変えていくべきかを考えるきっかけにしてほしいですね。
中川:現在、管理職層に対しては人事から「若手が自分の仕事を意味付けできるようにサポートしよう」と呼びかけています。分業が進んでいくことで、自分の仕事が何のためにあるのか、わからなくなることもあると思います。だからこそ、管理職層が仕事の意義をしっかりと伝えてあげてほしいと思いますし、そのためにもビジネス全体の構造を理解してほしい。社内活性化の意味でも、新しい学びの意味は大きいと考えています。
生産数拡大を目指してマニュアルに沿った効率化を追求してきた背景もあり、社内には受け身で仕事をしていく風土がまだ残っています。「仕事は与えられるものだ」という印象を持っている従業員も少なくないかもしれません。だからこそ、新しい学びを得ている人の話はどんどん共有していきたいですね。今後も社内に募集をかけていきますので、多くの社員が手を挙げてくれたらと思っています。
最後に、人材開発について新たに企画されていることや、これから実施を予定していることなどがあればぜひお聞かせください。
伊藤:主体的に動ける人材を育成するために重視したいのは、やはり自ら学んでいく姿勢です。「グロービス学び放題」のさらなる活用や、自分で学びたいときに学べる、選択型のカリキュラムをより多く追加していく予定です。
社内で行ってきた年次や節目ごとの研修については、従業員個々の「志」や「Want」の部分に向き合い、どんなふうにトヨタで成長していきたいのかをともに考える場や自身の気づきの場にしていきたいと思っています。最近ではトヨタの価値観や歴史をあらためて学ぶ場も設けました。変化の時代だからこそ、自社のことを深く知り、心を重視することが大切だと捉えています。
中川:トヨタが求める人材像としての「専門性」と「人間力」は、評価制度にも盛り込んでいます。謙虚に自分を成長させ続け、自分以外の誰かのために頑張っていく。そんなトヨタの価値観を大切に、従業員一人ひとりのキャリアアップと向き合う組織として成長していきたいと考えています。
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