2019年4月に働き方改革関連法が施行されてから、1年たらず。『日本の人事部 人事白書 2019』の調査によると、84%の企業が「働き方改革」に関して何らかの対応を行っていると回答しています。しかし、多くの企業が目標とする時間外労働の抑制については、「隠れ残業」「持ち帰り仕事」などが発生し、制度と現場との間にギャップがあるとの声も少なくありません。より働きやすい職場環境を実現するために、企業が注力すべきポイントは何なのでしょうか。この問いに一つの回答を示してくれるのが、パナソニック株式会社 アプライアンス社の取り組みです。「仕事の見える化」を重視した理由、そのために活用したITツールとその効果などについて、同社の「働き方改革」プロジェクトにおけるキーパーソンの方々に詳しくうかがいました。
- 湊谷純一さん
- パナソニック株式会社 アプライアンス社 カンパニー戦略本部 働き方改革推進室 企画課 課長
2001年4月松下電器産業株式会社 入社。主にIHクッキングヒーターの設計・開発業務に従事。2015年4月パナソニック株式会社 アプライアンス社 直轄人事部へ異動。主に技術職能、製造職能の人事を担当。2018年8月より現職。アプライアンス社の働き方改革に取り組む
- 今田篤志さん
- パナソニック株式会社 アプライアンス社 カンパニー戦略本部 働き方改革推進室 企画課 主幹
1990年4月 松下電工株式会社入社。主に事業部門、工場部門経理業務に従事。2005年4月 松下電工電路システム株式会社 事業管理部(現、パナソニックスイッチギアシステム株式会社)事業経理責任者を担当。2010年5月 パナソニック電工株式会社 電器事業本部 経理部 経理財務責任者を担当。2012年1月 パナソニック株式会社 アプライアンス社 経理センター 経理サポートグループ 経理企画を担当。2015年1月 アプライアンス社 経理センター ビューティ・リビング経理部 工場経理責任者を担当。2018年1月 アプライアンス社 カンパニー戦略本部 働き方改革推進室 (現職)
- 増冨千明さん
- パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 モバイルソリューション事業部 マーケティングセンター 法人営業1部
2018年2月 パナソニック株式会社コネクティッドソリューションズ社 モバイルソリューションズ事業部 マーケティングセンター 東アジア営業統括部。営業企画部 ビジネス企画課 入社。働き方改革支援サービス「しごとコンパス」企画・推進に従事。パナソニックCNS社の働き方改革について社外との共創活動を実施するエバンジェリストとしても活動中。2児の母として、自ら働き方を見直し、しごとコンパスでやめる仕事を決めるなど、いかにシンプルに働き、生産性を高められるか、Work As LIFEを実践中。
さまざまな部署のメンバーが集まった「働き方改革推進室」
「働き方改革関連法」に関して、貴社ではいつごろからどのように取り組んでこられたのでしょうか。
湊谷:私たちアプライアンス社は、パナソニック株式会社の社内カンパニーの一つです。皆さんがよく目にされる白物・黒物の家電製品のほか、大型空調やショーケースのような企業向けの製品も扱っています。年間売上高は約2兆円で、従業員は国内単体で約1万2000名。ものづくりの企業なのでさまざまな職種があり、以前から労働時間は長めでした。そのため働き方改革関連法以前から、労働時間短縮や生産性向上、ワークライフバランスといったテーマに取り組んできていました。
関連法の内容は、日本企業にとってかなりインパクトのあるものです。しっかりと対応していくにはかなりの困難が伴うだろうと、経営トップも十分に認識していました。そこで、2018年9月に専任組織として立ち上げたのが「働き方改革推進室」です。こういった部署は一般的に人事部門が中心になることが多いと思いますが、弊社では人事だけでなく、経理、技術、デザインなど、さまざまな部門から精鋭を集めました。多様な職能の経験者を集めることで、より多面的な案が出るだろうと考えたのです。
働き方改革を進めるにあたっては、どのような課題感を持たれていたのでしょうか。また、働き方改革推進室の立ち上げ後は、どんなことに取り組んでこられたのでしょうか。
湊谷:特効薬のような施策があるわけではなく、いろいろな対策をコツコツ積み上げていくしかないことはわかっていました。しかし、法律で取り組まなくてはいけなくなった以上、いつまでも時間ばかりをかけてはいられません。求められる結果と時間軸の差は大きな課題でした。
推進室で人事経験があったのは室長と私だけで、あとのメンバーは「働き方」に関してプロフェッショナルではなかったこともあり、まず必要だったのは情報収集でした。世の中の動きがどうなっているのかを調べて、ディスカッションを繰り返しました。まとめたものを経営陣に提案しましたが、一度ではなかなか決まらず、方向性が定まったのは3ヵ月後でした。弊社では毎年1月に、経営トップから全従業員に年始のメッセージが出されます。2019年は経営トップの意向を踏まえ、推進室でまとめ、ほぼ働き方改革一色の内容になりました。会社としての本気度が伝わるものだったと思います。
このトップメッセージを受けて、推進室のメンバーが1~2月にかけて全国33拠点をまわり、約1000名の従業員と直接話し合いました。事業所を管轄している部長クラス、ミドルの課長クラス、現場のキーマンとなっている一般従業員という三つのレイヤーから、働き方改革をどう考えているのか、何が課題だと思うのかといったことをヒアリングしていったわけです。そこで出てきた意見をカテゴリ別に分類し、それぞれに対する施策を順次立てていく……基本的にはこの流れで進めています。
貴社の取り組みの中で「しごとコンパス」というITツールが大きな役割を果たしているとうかがいました。何のために、いつごろから導入しようとお考えになったのでしょうか。
湊谷:推進室が立ち上がって集めた情報を整理する中で、目標のひとつである労働時間短縮のためには「仕事の見える化」が重要だ、という意見は早くから出ていました。弊社の労働時間管理は、従来社内の勤怠管理システムをベースに行われていましたが、PCを持ち帰って自宅で仕事をしているようなケースなどは把握できません。まずは、今まで見えていなかった部分まで含めて、仕事の実態の正確な情報をつかむ必要がある。そこで、経営陣との打ち合わせの中でも、そういったデータを把握するツールの導入を進めたいと提案していました。
今田:働き方改革を支援するITツールは、時間が来たら自動的にPCをシャットダウンするものや、画面に警告を出すものなど、すでにたくさんあります。私も展示会やセミナーでいろいろな製品を調べました。その中で個々の従業員がどんな仕事をしているのか、何に時間をかけているのかといったデータを詳細なログで残すことができ、時短を強制するのではなく、実態を把握して次のアクションにつなげていくことができる点が非常に優れていたツールがありました。それが同じパナソニックのコネクティッドソリューションズ社の製品の「しごとコンパス」でした。関連法が施行される4月の導入をめざし、1月には経営陣からの許可をもらって準備を進めました。
これまで見えていなかった「働き方の実態」を可視化
「しごとコンパス」とはどのようなツールなのでしょうか。
増冨:コネクティッドソリューションズ社は、PC「Let's Note」を扱っている事業部です。関連サービスとして、2018年2月に商品化したものが「しごとコンパス」。もともとは、私たち自身が自分たちの働き方を可視化するための社内ツールとして開発したのですが、その後、他社からも引き合いをいただき、現在は外販もしています。
「しごとコンパス」は、PCでどんな作業をしたのかを詳細に記録し、そのログをもとに働き方を可視化するツールです。何に時間がかかっているのか、どんな仕事をやめたら総労働時間を短縮できるのかといった分析が可能です。ダイエットをしようと思ったら、まずは体重計に乗って現状を知ることが欠かせませんよね。目標体重との差はどれだけなのか、体脂肪率はどうなのか。そういったことがわかってはじめて、脂肪を減らせばいいのか筋肉を増やすのがいいのか、ダイエットの進め方が決まってきます。
「しごとコンパス」は、まさに業務を「見える化」する体重計です。現状を正しく把握できれば、それを改善するための主体的なアクションにつなげていくことができます。そこがPCを強制的にシャットダウンするようなツールと大きく異なるところです。
PCを使う業務以外は、どのように把握するのでしょうか。
増冨:部署や職種によっても異なりますが、製造業をはじめ一般的な企業の場合、業務の80%程度は「しごとコンパス」でカバーできると考えています。また、近々バージョンアップも行う予定で、2020年4月からはOutlookのスケジュール表との連携が可能です。会議や研修、顧客との商談といった時間も「しごとコンパス」上に取り込めば、業務分析ができるようになります。
湊谷:これまで見えなかった仕事の実態まで把握できるようになったことは大きかったですね。「しごとコンパス」は、基本的に自分の働き方を振り返るためのツールなので、本人もログを見ることができます。PCを多く使った時間帯は濃い色、少し使った時間帯は薄い色、使わなかった時間は白などと10分単位で表示され、その時々でどんなアプリを使っていたのかもわかります。移動中や自宅での作業も、全て記録されます。さらにこのログを日単位、月単位などでグラフに集計することもできます。これによって、個々の課題も明確に見えるようになったと思います。
私も自分で使ってみて、意外と時間がかかる仕事が多いことに気づきました。たとえば必要なファイルを探すのに、思っていた以上に時間がかかっていたこと。メールにもかなり時間を費やしていました。そういう感覚と実態のズレ、あるいは自分の仕事のくせのようなものがわかれば、作業を工夫したり効率的なツールを使ったりするなどして、優先順位を変えることができます。
ログは、どこまでの人が見ることができるのでしょうか。
湊谷:基本的には本人、直属の上司、担当部署の人事です。私も課長としてメンバー5名のログを見ていますが、日々接していても見えてこない作業がよくわかります。部下の実態を知ることはきちんとしたマネジメントにもつながると思います。さらに「働き方改革推進室」では、全社のデータを見て分析も行っています。
「イメージや肌感覚」ではなく、「データ」にもとづいた話し合いへ
「しごとコンパス」を導入したことで、社内からはどんな反応がありましたか。
今田:たとえば人事部からは、休職明けの人がどのように仕事をしているのかを見ている、と聞いています。デザイン部門では、CAD等を使っている時間を分析して、部署ごとに社員と派遣技術者の割合が適正かどうかを検討する材料にしているそうです。これまでイメージや肌感覚で議論されていたことが「しごとコンパス」によって、確かなデータの裏づけにもとづいた話し合いになり、浮かび上がった課題に対して的確な施策が打ち出せるようになっているようです。
ただし、「良い方向で利用できている」という声がある一方で、「監視されているようだ」と捉えている人もいました。いろいろな受け止め方がありますが、決して監視ではなく、働き方改革につなげる「振り返り」のために導入したものであることを説明するようにしています。
増冨:サテライトオフィス勤務や、在宅勤務を選べる「オフィスフリー勤務」を選択している社員にも、「しごとコンパス」は非常に意味があると思います。もともとパナソニックには在宅勤務制度がありましたが、利用者はあまり伸びていませんでした。自宅で仕事をすることを上司や同僚はどう思うだろうか、本当に能率的に仕事ができるのだろうかなどと、考える人が多かったのではないでしょうか。
しかし「しごとコンパス」できちんとしたログが残れば、オフィス外でどれだけ働いたかが正確にわかります。エビデンスがあれば当然、上司と部下の信頼関係も変わってきます。リモートワークに取り組みやりやすくなるという点でも、その効果は大きいと思いますね。
「しごとコンパス」を導入したことで、どのような変化がありましたか。
湊谷:データからは、「この人の働き方は、どう考えてもおかしいよね」という個々の状況もはっきりと見えてきます。新しい仕事が入って担当者に業務が集中してしまっているケースなどですが、そういうときには部門責任者や担当人事に対して、改善へ向けたアクションを起こすように求めます。その結果、翌月から大幅に改善されたという事例もいくつも出てきています。「しごとコンパス」で可視化できていなかったら、そのような対応はとれなかったでしょう。
「しごとコンパス」によるデータ分析の結果は、経営陣にも報告しています。課題が明らかになったことで、あらためて全国の拠点をまわり、問題意識を共有する作業も続けています。これまでより具体的なデータを示せるようになったことで、組織責任者に向けた業務マネジメント教育では、よりシビアな議論ができるようになりました。以前と比べると、はるかに真剣に取り組んでいるように感じます。
今後の目標や計画されている取り組みについてお聞かせください。
今田:「しごとコンパス」のバージョンアップによってOutlookとの連携が実現されると、PC作業を伴わない業務も把握できるようになります。すると、より深い分析が可能です。今後はRPAの活用も含めたプロセス改革、さらに無駄な業務を省く断捨離も進めていきたいですね。特にRPAに関しては、どこに使うのが効果的なのか、「しごとコンパス」のログから繰り返しの定型業務が発生しているポイントを特定していきたいです。
増冨:「しごとコンパス」は、顧客のやりたいことに対応してバージョンアップしていくサービス提供型ツールです。Outlook連携やRPAもそうですが、どんな機能が欲しいかをうかがいながら、追加していくことは常に行っていきたい。また、働き方改革、生産性向上というと大きなテーマですが、仮に一日に13分30秒の無駄な業務を減らすと、年間では7営業日に相当する計算になります。小さい積み重ねで改善できることは大きいと思います。
湊谷:私たちは「働き方改革」という文脈で日々活動しています。見える化が進んだことで、個々の働き方には対応できつつありますが、組織としてはまだ道半ばであることも確か。法改正への対応や残業抑制といった目標だけにとどまらず、より働きやすい職場、より働きがいのある職場をつくっていくために、さらなる分析、改善を進めていく必要があると考えています。
パナソニックは、「事業を通じて社会の発展に貢献する」という創業以来の経営理念を体現したブランドスローガン「A Better Life, A Better World」のもと事業を展開し、世界中のお客様一人ひとりにとっての「よりよいくらし、よりよい世界の実現」をめざしています。