従業員に長く活躍してもらうために、いかに組織の土台を作り上げていけばいいのか――。さまざまなアプローチが考えられますが、価値観と企業文化に着目し、それらを変革する組織開発に着目する企業が増えています。その第一歩として検討・実施されることが多いのが、エンゲージメントを切り口にした組織診断ツールの活用。そこで今回は、株式会社マイナビ教育研修事業部部長の土屋裕介さん、同社と「マイナビ エンゲージメント・リサーチ」を共同開発した株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役の伊達洋駆さん、学術的な視点から開発を支援した筑波大学准教授の大塚泰正さんにご登場いただき、エンゲージメントが今注目される背景から、組織サーベイの設計思想、求められる品質基準、組織サーベイを選択するポイントについてお話をうかがいました。
- 大塚 泰正 氏
- 筑波大学 人間系 心理学域 生涯発達専攻 カウンセリングコース 准教授
早稲田大学第一文学部心理学専修卒業。博士(文学)。筑波大学で主に社会人を対象とした心理学教育を担う一方、臨床心理士として企業などでのカウンセリングや研修等にも長年携わる。専門は職場のメンタルヘルス。現在筑波大学では「働く人への心理支援開発研究センター」を設置準備中であり、今後ますます産業界等への支援を加速させていく。
『Q&Aで学ぶワーク・エンゲイジメント―できる職場のつくりかた』
働きたくなる職場のつくりかたがQ&Aで今わかる・今できる!職場のワーク・エンゲイジメントを高めるための方法やポイントを、40名以上の研究者・実務家が67のQ&Aと5つのコラムでわかりやすく解説。
定価(本体2,200円+税)
- 伊達 洋駆 氏
- 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。同研究科在籍中、2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、人事領域を中心に研究知と実践知の両方を活かしたリサーチ事業を展開。共著に『「最高の人材」が入社する 採用の絶対ルール』(ナツメ社)
- 土屋 裕介 氏
- 株式会社マイナビ 教育研修事業部 開発部部長、HR Trend Lab所長、日本人材マネジメント協会 執行役員
国内大手コンサルタント会社にて、人材開発・組織開発の営業として、大手企業を中心に研修やアセスメントセンターなどを多数導入。現在は、マイナビ研修サービスのコンテンツ開発責任者を務めている。2018年6月にHRの研究機関「HR TrendLab」を設立。7月からは「NPO法人日本人材マネジメント協会」の執行役員を務めるなど、10年以上に渡り一貫してHR領域に携わる。
まさに黒船的な衝撃。注目度が高まるエンゲージメント
今、「エンゲージメント」が注目されています。この背景には何があるのでしょうか。
大塚:エンゲージメントという言葉は、海外では古くから使われていました。特に仕事に関するエンゲージメントは、学術領域で「ワーク・エンゲージメント」と言われています。仕事に対して、すごくいきいきしている感じや、のめり込んでいる感じなど、前向きな感情や認知を指す言葉として定義されています。ただし、エンゲージメントには多様な捉え方があります。日本で今エンゲージメントがこれだけフォーカスされている理由も、いろいろと考えられます。大きなポイントは、日本の労働力人口が減ってきていることです。少ない人数で会社を回すには、従業員を大事にしていかなければいけません。どこの企業でも50代、60代の年齢層が増えています。一昔前なら、そうした世代の人々は定年を見据えて自分の職業人生の棚卸しをするのですが、定年もどんどん延びて、今や70歳まで働かなければいけない状況にもなっています。そうすると、今まで以上に従業員に対して気配りや目配りが必要になる。病気や介護、子育てなど、ライフステージによって体験するさまざま問題も降りかかってきます。そういうなかで仕事へ熱心に取り組んでいるかどうか、従業員の状態を可視化するようにしていかなければいけません。そのため、エンゲージメントが注目されているのだと思います。
土屋:採用に絡めて言えば、売り手市場であることが、企業がエンゲージメントに注目している背景にあると思います。現在は人材が流動化しやすくなっており、従業員は辞めたくなったらすぐに辞めてしまう。そのため、組織と従業員の関係性も昔と比べるとかなり変わってきています。かつては親子のような関係で、従業員が企業に従属しているようなところがありました。しかし今では、友達のように対等な関係になってきています。嫌いになったら、付き合いを辞めればいい。逆に関係を維持していきたいのであれば、双方が努力しなければならない。この関係性を、エンゲージメントという指標で見ているわけです。
「エンゲージメント」を切り口にすることで、組織改善活動全般にどんな打ち手や効果が期待できますか。
大塚:ワーク・エンゲージメントは、2000年頃から欧米を中心に研究が盛んに行われており、科学的な知見が蓄積されています。ワーク・エンゲージメントを高める要因について研究したデータもいろいろとあるので、それらを参考にして職場で働いている人々のワーク・エンゲージメントを高めようとする企業も少しずつ増えてきています。また、日本ではストレスチェックが法制化されていて、毎年受検することになりましたが、厚労省が推奨しているストレスチェックのバージョンに項目を追加することで、ワーク・エンゲージメントを測定できるようにもなっています。ワーク・エンゲージメントが高まることで期待できる効果としては、「仕事に対するモチベーションが上がる」「従業員のパフォーマンスが向上する」「上司・同僚の評価が向上する」「離職率が下がる」などが挙げられます。
学術的な観点から見て「エンゲージメント」の意義はどこにあるのでしょうか。
伊達:ワーク・エンゲージメントが離職意思を抑制する点は、経営組織に関するこれまでの研究からすれば、ちょっとした驚きです。離職を予測するものとしてよく知られていたのは、組織に対する愛着や一体感を意味する「組織コミットメント」でした。言い換えれば、「個人」と「組織」の関係性が悪くなると、従業員は辞めてしまうというのが定説でした。それに対して、ワーク・エンゲージメントは「個人」と「仕事」の関係性を指している。ワーク・エンゲージメントの登場によって、「組織」との関係性だけでなく、「仕事」との関係性もまた重要であることに気付かされました。
実務的な観点からすると「エンゲージメント」の意義とは何でしょうか。
土屋:まさに、黒船のようなイメージですね。今まで企業は従業員満足度調査を行い、従業員が満足しているかどうかという尺度で従業員と組織の結びつきを測っていました。そこにエンゲージメントという、従業員と企業の関係性の尺度が新たな切り口として入ってきた。いま、企業側の関心はとても高いといえます。 また、今はどの企業も人材を採用することが本当に難しい。以前は、辞めていく人に対してあまりケアは行わず、「また採れば良い」という考え方もありましたが、今では「なかなか採用できないのでやめられたら困る」と考える企業が増えています。それを解決していくための光明がエンゲージメントにあると考えています。実際に、「離職」と「エンゲージメント」というワードの入ったセミナーを開催すると、たくさんの方が参加されます。
伊達:従業員満足度という考え方は少し限界が来ていたと言えます。従業員満足度に対応する学術概念として「職務満足」というものがあります。先行研究では残念ながら、「職務満足はパフォーマンスとあまり強い関係がない」ことが分かっています。従業員満足度が低いからといって改善を図っても、パフォーマンスの向上はそこまで見込めないということです。
「エンゲージメント」を切り口にした、企業の活動事例を教えてください。
土屋:我々がリリースした「マイナビ エンゲージメント・リサーチ」というサービスでは、その企業の従業員のエンゲージメントが高い状態にあるのか、また、なぜエンゲージメントが高いのか、あるいは低いのかを分析する調査を行います。導入していただいている企業から最初にうかがうのは「どこに要因があるのかが分からない」というお悩みです。離職率が上がっていたり、エンゲージメントが下がっていたりすることを何となく認識してはいるものの、その理由については全く分からなかったりします。しかし、「マイナビ エンゲージメント・リサーチ」を導入すれば、どこに問題があるのか、把握することができるのです。
伊達:私たちが「マイナビ エンゲージメント・リサーチ」の開発に際して工夫したのは「影響要因」を測定することです。マネジメントや業務の設計、仕事の状況、組織風土、人事施策といった、エンゲージメントに影響を与える要因を可視化できるようにしました。確かに、エンゲージメントそのものを可視化することにも意味はあります。しかし、それは言ってみれば、体調が悪い時に熱を測るようなものです。「何かまずいらしい」ということは分かっても、原因まで分からない。しかし、原因が分からなければどう対処すれば良いのか分かりません。「マイナビ エンゲージメント・リサーチ」は「影響要因」という原因を可視化することで、具体的な改善案を考えやすくしました。
土屋:エンゲージメントが何なのかが分かっていなくて、漠然と捉えている方には、まず「マイナビ エンゲージメント・リサーチ」を実施していただきたいですね。ただ単に書籍を読んでいるだけでは体感的には理解しにくい部分もあると思うからです。実際に自分たちで調査、結果の考察などを行うことでエンゲージメントをより深く理解できるようになります。
組織サーベイが完成するまで、どのようなステップを踏んでいるのでしょうか。「マイナビ エンゲージメント・リサーチ」を例に、設計思想も含めてご教示いただけますか。
伊達:大きなポイントの一つは「エンゲージメントをどう定義していくか」でした。従業員エンゲージメントやワーク・エンゲージメントなど、さまざまなエンゲージメントの考え方があるなかで、私たちなりの定義を求めて議論を重ねました。特に日本企業において必要なエンゲージメントをきちんと捉える定義にしようと努めました。
エンゲージメントの定義ができたところで、研究や実務の知見を頼りに、影響要因の候補を挙げていきました。エンゲージメントの定義と影響要因の候補が妥当なものなのかを考えるため、大塚先生をはじめとする筑波大学の研究者の方々に入っていただき、学術的な知識と照らし合わせて意見交換を行いました。その上で、エンゲージメントと影響要因を測定できる質問項目を開発。実際に日本企業で働く方々に回答していただきました。そして、回答データを分析し、エンゲージメントと影響要因を再構成しました。最後に、内容が伝わりやすく改善に繋げやすいアウトプットを設計しました。
「信頼性」と「妥当性」が担保されているかどうかが見極めのポイント
サーベイを選択する際に見るべきポイントや品質基準などを、専門家や開発者側の観点からお聞かせください。
伊達:専門的な観点から、二つの基準をクリアしているサーベイが望ましいと言えます。一つは「信頼性」。例えば、サーベイでは一つの測定したい概念に対して複数の質問項目を設けることが一般的ですが、本当にそれらの項目がその概念を測定できているのか。他にも、複数回測定したときに、安定した結果が得られるのかを検証します。もう一つの基準は「妥当性」です。「測定したいと思っているものをきちんと測定できているか」を確認します。専門的な知見を持っている方と議論したり、他の様々な指標との間で理論的に納得できる関係が得られるのかを分析したりします。
土屋:私からも実務的な観点から二点挙げたいと思います。一点目は「納得性」。導入する側がサーベイの結果や分析に納得できるかどうか、ということです。と言うのも、その結果を元に施策を実施することになるためです。そこに納得性がなければ人は動きません。果たして、尺度として妥当であるのかどうか。誰もが認めるものであることが望ましいでしょう。二点目は「使い勝手の良さ」。出てきたアウトプットを元に、改善がしっかりとできるかどうか。尺度はきちんと考えられているのでしょうが、アウトプットが不完全で、そこから何を読み解けば良いのか分からないサーベイも多々あります。サーベイを行うことだけに満足せず、どう使って改善をすすめるかまでをしっかりとイメージできるアウトプットになっているか。その後にワークショップなどを行うことも含めて、伴走できる仕組みを持っているかといったことが、選ぶ際のポイントになると思います。
大塚:学術的に言っても、信頼性・妥当性は二大巨頭です。それがしっかりと担保されていることが重要。ただ個人的には、それでもスタートラインに過ぎないと思います。結果が出た後も使えるサーベイでなければ、意味がありません。ヨーロッパでは、職場環境改善という活動が広く行われています。その内容は、日本のストレスチェックのようなサーベイを行い、ストレスの反応だけでなく、原因になる職場のストレス要因をたくさん測って改善していく、というもの。具体的には、ブレーンストーミングをしながら改善していったり、リーダーシップの研修を行ったり。日本でもストレスチェックを導入しましたが、残念ながら職場環境改善は努力義務ということに留まっています。その点、「マイナビ エンゲージメント・リサーチ」は、どう改善していくかを考えて作りこまれているので、非常に素晴らしいと思います。定期的に行えば、職場の状況は必ず良くなっていくはずです。
いろいろな要素を持ったサーベイを選択する
すべての企業にとって絶対的なサーベイはないと思いますが、いくつかの企業タイプに分けたときに、それぞれの企業がサーベイを選定するポイントを教えてください。
伊達:影響要因から考えてみると良いかもしれません。「マイナビ エンゲージメント・リサーチ」の影響要因は全部で6個あります。それらは、さらに大きく「人事系の影響要因(人事が手を打つことができるもの)」と「現場系の影響要因(マネジメントや業務の仕方など)」の二つに分かれます。人事の強い会社であれば「人事系の影響要因」、現場の強い会社は「現場系の影響要因」に注目すると良いでしょう。
土屋:1つ付け加えるとすると、複数の要素について分析できる設問項目が設定されていて、いろいろな角度から分析可能なサーベイを選んだ方が課題を見つけやすいと思います。ただし、サーベイを行うだけでは意味がありません。サーベイを行った後にどうするのかまで考えなければならないのです。そういう意欲が高い企業には、ぜひサーベイに取り組んでほしいですね。
最後に、企業としてどのようにエンゲージメントに取り組んでいけばいいのか、ご意見をお聞かせください。
大塚:健康経営という言葉が流行しています。従業員を健康にして生産性を高めるという取り組みですが、その評価指標の中にワーク・エンゲージメントが入っている意義は大きいと思います。サーベイの結果を基にして、経営者の方もワーク・エンゲージメントがどういうものなのかを知るといいでしょう。ますは触れてみて、どうすればそれを高めていくことができるのかを考えてみてください。
伊達:現状の把握から始めましょう。簡便な方法で構いません。自社がどんな状態にあるのかを可視化してみる。そうすれば、ここをもっと掘り下げてみよう、原因を丁寧に検討してみよう、といったモチベーションが生まれるはずです。
土屋:自社のエンゲージメント状態がどうなのかを知ることが改善への第一歩となります。従業員のエンゲージメントを上げたいとお考えでしたら、まずはご相談いただければ幸いです。
「人に元気を 組織に力を」
「総合人材サービス企業」として40年以上の実績を持つ、マイナビならではの研修サービス。採用・若手育成に特化した研修はもちろん、さまざまなニーズに応じた人材育成研修プログラムをご提供しています。企業内研修から有料公開研修まで、まずはお気軽にご相談ください。