急速なデジタル技術革新、グローバルな競争環境の一層の多極化、働く人々の意識の多様化などから、ビジネスの構造そのものが大きく変化しようとしています。加えて、これまで日本企業がグローバルの舞台で勝負していくうえで強みとして機能していた日本独自の企業システムが、見直しを迫られています。そこで今、改めて問われているのが「人事部門の変革」。経営により近い立場から戦略的な施策を打ち出していくことが求められているのです。これからの時代、人事はどういう存在であるべきなのでしょうか。人事コンサルティングを世界40ヵ国以上で展開し、国内でも40年の実績を誇るマーサージャパン代表取締役社長の鴨居達哉氏と、採用・育成・タレントマネジメント・ワイン教室など、幅広く人材サービスを展開する、キャプラン代表取締役社長の森本宏一氏に、これからの人事のあり方について語り合っていただきました。
- 森本宏一氏
- キャプラン代表取締役社長
1989年株式会社パソナ入社。IT人材に特化した新規事業を立ち上げ、98年ベンチャーキャピタル等の出資を受けパソナテック設立。代表取締役社長に就任し、アウトソーシング事業、海外展開を推進。2004年JASDAQ上場を果たし、クラウドソーシング事業など新領域にも着手する。2012年パソナグループによるキャプラン社(伊藤忠、JALグループ)のM&Aに伴い代表取締役社長就任。専門人材、企業研修、タレントマネジメント事業を軸に、グローバル人材の育成に従事する。16年タイバンコクに現地大手企業との合弁会社を設立しASEANでの研修事業も展開。パソナグループ専務執行役員CIO、パソナテック代表取締役会長、ITベンチャー企業数社取締役兼務。
- 鴨居達哉氏
- マーサージャパン代表取締役社長
セイコーエプソン株式会社、プライスウォーターハウスクーパース株式会社、IBMビジネスコンサルティング サービス、米国IBMを経て、2012年より日本IBM常務執行役員。
2014年8月、マーサージャパン代表取締役社長、ファー・イースト地域(日本・韓国)代表に就任。マーサーにおいては、日本企業のグローバル化や企業統合・買収などの事業変革期における、人材マネジメント、デジタル・テクノロジー導入時のプロセス変革、生産性向上を目指す働き方改革などの人事・組織領域から、財務・年金・資産運用・福利厚生まで、多岐にわたる分野の経営課題解決に寄与しクライアント企業の価値向上に貢献している。
公益社団法人 経済同友会 会員。
事業ドメインが変われば、人材のポートフォリオも変わる
現在の人事をとりまく環境を、どのようにご覧になっていますか。
鴨居: あらゆる面で、変化のスピードが速くなっているように感じます。例えば内需中心だった日本企業も、M&Aなどによって、海外の売上比率が急激に高まる形でグローバル化が進んでいます。さらに言えば、従来の事業におけるメイン・ドメインを、競争力の観点で変えなければならない時期にも差し掛かってきています。それは闘うフィールドかもしれないし、提供しているプロダクトかもしれない。もしかすると、提供の手段かもしれません。
森本:紙やリアルの世界がデジタルへと移り、また逆にデジタルだったものがリアルに入り込むような動きも出ていて、事業構造の変化は急速に進んでいますね。また、人口構造の変化による影響も避けられません。日本の人口はどんどん減少していきますが、一方で世界の人口は急速に増え続けます。そうなると世界をひとつの経営資源として考え、日本を中心にした考え方では経験してこなかった領域にまで事業を踏み込んでいくことは、自然な流れといえます。
鴨居:事業ドメインが変われば、社内の人材ポートフォリオも変わってくるはずです。その手段は、中にいる人たちの経験値やスキルを変えていくか、外部から人を採用するか、もしくは能力ごと会社を買うか、という三つしかありません。人事が関係する経営課題は、ものすごく大きくなってきていると感じますね。
森本:おっしゃる通りで、人事の機能は独立した存在ではなく、最初から事業の中に入り込み、経営と一体となってつくり上げていく、という形になっていくでしょう。
鴨居:伝統的な日本企業の労働慣習はかつて、企業の成長を支えてきたモデルでした。しかしグローバル化、事業の多極化、人材の多様化に対応するとなると、今まで強みだったものが弱点にもなり得ます。そのひとつが、新卒一括採用です。一度に大量採用し、比較的均等な機会を与えじっくり育て、長く勤めてもらう、というモデルはもう有効でありません。また、必要な人材とは、環境に応じて変化するものです。例えば20年前に新卒で採用した人材が20年後に活躍できるかというと、そうとも限らない。むしろ、外からもっと積極的に獲得しなくてはならないケースもあるでしょう。
人事に期待される役割が、広がっているのですね。
鴨居:その通りです。人事は極めて高度な専門性を持ち合わせた集団です。当たり前のことですが、人事制度はその時の法律に合わせて対応していく、時代の要請に応じた仕組みや制度を作り、導入していく必要があります。ただ、それを受身でやっていくということではありません。例えば働き方改革は、人事にも大きく関連するテーマとして、現在多くの企業が取り組んでいますが、単純に労働時間を減らすことを目指して取り組んでいけばよいということではありません。いかに社内の文化を変革していくか、それを通じて一人ひとりの生産性をどう向上するかを考えていく必要があります。同様にこれからの人事には、従来の自分たちのモデルにある事業上の弱点を大胆に変えていく役割があります。専門性の高さや法律遵守の考えから来る保守的なマインドセットを、どう変えていくのか。人事そのものを変えることも、大きなテーマだと思います。
市場において人事責任者の顔が見える存在になることがカギに
組織変革の前提として、人事の意識変革が求められているということでしょうか。
鴨居:意識だけでなく、人事の人材ポートフォリオ自体を変えていく必要があると思いますね。先ほど事業構造のデジタル化の話が出ましたが、HRこそ、いろいろなセクションの膨大なデータが集まっています。今後人事には、よりアナリティクスの能力が問われるでしょう。
森本:そうですね。これからの人事には、分析力そしてマーケティング力が問われると思います。国内外を問わず、採用マーケットで自社の魅力をしっかりと伝え、事業戦略との整合性の高い人材を獲得できるような力ですね。
鴨居:かつては財務本部長、経理本部長といったポジションとして見なされていたCFOも、今やCEOに非常に近いポジションにいますよね。今は、CHRO(最高人事責任者)もCFOのように経営上の重要な立場になっていると思います。CFOが投資家に向けて自分の言葉で事業戦略や将来性を説明するのと同様に、CHROが人事戦略や人材獲得に向けての活動、また入社することで得られる経験や成長の機会を語ることが求められてきます。市場に対して人事責任者の顔が見えている会社であることが、ステークホルダーの支持につながる時代がそこまで来ているのです。
森本:そういえば、系列のIT人材サービス会社で代表を務めていた頃に、営業部門のトップを人事部長に置いたことがありました。このときは、多くの人材を採用できましたね。人材獲得の視点でマーケティング戦略を考え、そのうえでプロモーションできるのです。働くことでのベネフィットと、共に働きたいという情熱を伝えることが本当にうまかった。営業時代の経験を活かすことで、かつての人事ではそこまでプロアクティブにできてなかった部分をカバーできたわけです。ただ足りなかったのは、アナリティクスの部分。事業ドメインの変化と採用した人材の整合性を分析しないと、どうしても似たような人たちを採用してしまうのです。事業の成長に合ったスキルセットや要件などを、きちんと分析することが重要です。
鴨居:人事部ひとつとっても、比較的似たタイプの人たちが集まる性質がありますよね。だからこそ、先ほどの森本さんがおっしゃった例ではありませんが、人事部長に営業トップを連れてくるような大胆な配置を実施している企業もあります。人事部門が多様かつ高い専門性を兼ね備えた集団になっていく必要があると思います。
森本:人事というと外資系を数社渡り歩くようなスペシャリストのイメージもありますが、事業部出身の人が人事に移るようなケースはグローバルレベルでも見られるのでしょうか。
鴨居:動きはありますね。一方で、人事の専門性というのは長くやらなければなかなか身につかない、という難しさもあります。
森本:そこが悩みどころですよね
鴨居:私どものお客様でも、今まで人事に対していわゆるダメ出しを続けてきた事業部の人材を、人事の責任者に置くケースが見受けられます。トップが人事部門の変革の必要性を感じて、荒療治を施すわけです。しかし、うまくいく場合とそうでない場合があります。うまくいかないケースとは、部下の専門性が高すぎる結果、上司がマネジメントしきれない状況になることです。本来は、部外者がトップに入ることは難しいものです。人事ならではの共通言語も内容の良し悪しも、ある程度理解できなければいけませんから。そういった意味では、多様な人材を起用する方法やタイミングも、戦略的でなければならないでしょう。