変化の激しい現在、企業には、市場の変化にスピーディーに対応したビジネスの創造が求められています。これまで以上に従業員一人ひとりが力を発揮することが必要ですが、そのためには、ICT(Information and Communication Technology)の活用が重要となりそうです。ICTがもたらす高度な人のつながりによって“最上のバーチャルチーム”を作り出したり、個の力をさらに高めたりすることが可能になるからです。ICTを活用することで、今後は従業員のワークスタイルも大きく変革していくことが予想されますが、企業はどのように対応すればいいのでしょうか。組織やリーダーシップ論の第一人者である明治大学大学院教授 野田稔さんと、ICTビジネスの最先端で活躍する日本マイクロソフト業務執行役員の越川慎司さんに、“ビジネスを創造するワークスタイル変革”をテーマに語り合っていただきました。
- 野田 稔氏
- 明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科 教授
のだ・みのる/一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。野村総合研究所、リクルート新規事業担当フェロー、多摩大学教授を経て現職に至る。大学院で学生の指導に当る一方、企業の組織開発分野を中心にコンサルティング実務にも注力。2013年に社会人材学舎を設立、ビジネスパーソンの能力発揮支援に取り組む。専門は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。著書に『二流を超一流に変える「心」の燃やし方』(フォレスト出版)、『組織論再入門』、『中堅崩壊』(ともにダイヤモンド社)、『あなたは、今の仕事をするためだけに生まれてきたのですか』(共著:日本経済新聞出版 社)、『当たり前の経営』(ダイヤモンド社)など。
- 越川 慎司氏
- 日本マイクロソフト株式会社 業務執行役員
こしかわ・しんじ/国内通信会社、米系通信会社を経て、ITベンチャーを起業した後、米・マイクロソフトに入社。年間に地球を5,6周回るほどの海外渡航をこなしながら、時間と場所に制約されない働き方を実践し、ビジネスの成果を挙げながら仕事とプライベートとの両立を実現。
現場の最前線が知を生む「フロントエンド・エンジニアリング」
越川:経営者の方々と話す機会が多いのですが、最近は「働き方」という言葉がよく使われるようになってきたように感じます。昔は人事部や情報システム部門が「働き方はどうすれば変えられるのだろう」と悩むフェーズがありましたが、最近では経営課題の一つとして捉えられているように思います。野田先生はこの状況を、どのように感じていらっしゃいますか。
野田:ワークスタイル変革はここへきて、いろいろな会社で重視されるようになっていますが、二つの変革が同時に進んでいるようです。一つ目は、いわゆる時短、効率化。二つ目は、イノベーティブな働き方です。私は二つ目のほうがより重要だと思っています。これまで社員は言われたことをこなすオペレーター役を求められてきましたが、現在はそんな状況ではありません。現場が何か新しい知恵を生み出さなければ、他社との競争に負けてしまう。イノベーティブな働き方が、大変重要になっていると思います。ただし、「効率的な働き方」と「イノベーティブな働き方」は、相反するように見えますがそうではありません。この二つは根っこではつながっています。ムダなく効率的に働くことで考える時間を確保し、何か新しいものを生み出す。ムダなく働いて時間をつくることで、顧客との対話の時間を増やす。この意味からも、働き方改革は経営者マターの最重要課題の一つです。
越川:イノベーションを新しい働き方の中でどう生み出すか。それと同じくらいに、ビジネスとして他社への優位性をいかに生み出すかという問題は重要ですね。実際にイノベーションを起こすために、社員はそれぞれ、どういう働き方をすればいいのでしょうか。
野田:まず前提として「イノベーションがどこで生まれるか」が変わってきたことを、社員自身が知らないといけません。イノベーションに関しては現場が主役です。現場の最前線の人たちが知を生み出していくことを、私は「フロントエンド・エンジニアリング」と呼んでいますが、自分たちが最大のイノベーション源泉であるという、自覚をもたなければいけません。このプロセスでは大事なことがあります。
一言でいえば「対話」です。対話にもいくつか意味がありますが、もっとも難しく、もっとも重要なものが「お客さまとの対話」です。以前はよくマーケットインという言葉が使われていました。マーケットインの前提は、お客さまは欲しいものをよく知っているということです。しかし、マーケットインにも限界があります。多くの場合、お客様は自分の欲するものを明確に判っているわけではありません。お客さまが気付いていない、本当のニーズを引っ張り出さないといけません。ここで初めて対話という概念が出てくるのです。お客さまと深い信頼関係を結び、「実はね……」「本当のことを言うと……」などといった言葉をたくさん引き出す。でも、その言葉通りに作っただけではダメで、こっちが考えて解決策を提案しなければいけない。いきなり製品・サービスの形になっていなくてもいいのですが、ある概念-コンセプトを投げかける必要があります。もちろん、それがすぐに正解になるとは限りません。お客さまに聞いて修正し、また投げかけて修正する。このサイクルをとにかく速く回せる会社だけが、イノベーションを起こせるのだと思います。
リーダーが一人に決められた組織は、決して強くない
越川:最近は変化のスピードが、どんどん速くなっています。そうすると、もう机の前にいても変化は感じられません。企業のフロントエンドに「自由と責任」を与え、彼らに知恵を出させることが、まさにフロントエンド・エンジニアリングの肝になりますね。マイクロソフトでも、そのような働き方をしています。私は品川のオフィスにいることがほとんどなく、お客さま先やイベントなどに飛び回っています。机にいる時間の1.4倍ほどは外にいますので、お客さまと接する機会も多く、その意味では変化を感じ取ることができていると思います。今は個人のパフォーマンスではなくて、いかにチームコラボレーションを行ったかが会社の評価制度に反映されています。それが仕組みとして定着するまで、過去何年間もいろいろな痛みや悩みを経験しましたが、今はそれを活かした文化が醸成されつつあります。同じような変化は、他社でも起きているのでしょうか。
野田:その問いかけの前に、一つ明らかにしておかなければいけません。日本企業はチームワークが得意だと考えている人が多いと思うのですが、越川さんがおっしゃったチームワークと、日本企業が昔から得意だったチームワークは似て非なるものだということです。どこが違うかというと、昔の日本型チームワークは、役割をあまり決めずに、しかし、全体として成し遂げたいことは決まっていて、皆で協力し合いながら進めていた。成すべきことが単純で、変化スピードが緩やかなら、この柔らかなチームは機能します。しかし、現在のように複雑で変化が早い状況では、その時その時で全員が合意形成したり阿吽の呼吸に任せるような働き方は危険です。行動の前に仮説を立て、役割を決めて瞬時に実行し、結果を検証する。このサイクルを廻す中心にはリーダーがいなくてはなりません。リードする人間とリードされる人間の役割を瞬時に決めなくてはならないのです。
さて、「他社でも起きているか」という質問でしたが、私は、今はまだ途上にある企業が多いのではないかと思います。変わることができた企業は、昔からそういう働き方に慣れていて、それを強みとして進めているのではないでしょうか。変わろうとする会社の中には、一旦は弱くなってしまう例もあります。一度落ち込んで、そこから再生している。そのプロセスが面白くて、昔は現場がイノベーションを起こしていたのに巨大化する中で官僚化が進み、一旦落ちて、もう一度再生する中で現場力に再注目しているようなのです。私はリーダーシップをバトンタッチするようにチームメンバー全員が時に応じてリーダー役を演じるような状況を「コネクテッド・リーダーシップ」と呼んでいますが、若々しく、お互いにリーダーシップを発揮し合うような職場が少しずつ生まれているのではないかと思います。「しなやかさのある」リーダーシップ型のイノベーションチームが志向されているのではないでしょうか。
越川:イノベーションを起こすためには変化を取り入れて、それを素早く実現することが最良の策ですね。お話をおうかがっていて気付いたのですが、私はもっとも素早く実現させる方法は、人の役割を決めずにベルトコンベアである程度問題を流して、そこでみんなで一斉に直すことだと思っていました。しかし、今のお話では、ある程度は個人の能力と特性をしっかり把握したうえで、適切に人を配置してから自由にやらせるようにしなければならない。うまく個人商店を束ねられるリーダーが求められていると感じました。
野田:おっしゃる通りです。さらに、場合に応じて「役割チェンジ」を行えることが重要かと思います。1900年代始めの社会学者で、いまだにその概念が新しい、メアリー・パーカー・フォレットによると、「この人」とリーダーを決める組織は、あまり有効ではないというのです。リーダーは決めずに、環境の変化に先に気が付いた人がその情報を組織に導入して、一時的にリーダーになる。その後のコミュニケーションでは効率性を求められるので、一旦はピラミッド組織になり、皆で役割を決めて、一気に動きます。でも一度対応すれば、また元のフラットな状態に戻る。また別の人が何か変化に気付いたら、その人がリーダーになる。彼女はこれを「状況によるリーダーシップ」と呼びましたが、こんな組織が変化に適応できると主張していました。
リーダーを一人に決めてしまうと、その人の視野の中でしか変化を見られないため、不利になります。ただ、IT技術の進化によって、瞬時に自分が気付いたことを、仲間とシェアすることが可能になってきました。全員がリーダーの役割を時々に応じて演じ、リーダーが変えられるというような対応が、今後は可能になっていくのではないかと思います。
コミュニケーションのムダをなくして人間関係を変える
越川:今のお話をうかがって、私が働いている環境と大変近しいと感じました。実は弊社も2011年に品川に本社を移して、制度やプロセス、それを含めた働き方を大幅に変えています。まさにフロントエンド・エンジニアリングのような手法で、個々人に自由と責任を与えるという新たな働き方を根付かせてきました。ただ、ここからさらに進化するには、野田先生がおっしゃるように、個と個を結ぶ、ということが非常に重要だと思います。そして、それを実現するICTのサービスを私たちもさまざまに提供しています。
私自身もオフィスの机にはほとんどいない状態ですが、私のチームの十数名、日本の社員2000名、そして海外の何万人という社員とやり取りをしなければいけないときに重要なのは、コミュニケーションのムダをなくすことです。この点はICTで相当カバーできるのではないかと思います。例えば、毎日メールを何百通も見られませんから、Skype for Businessで相手の状態を見てから、大切なコミュニケーションを取るようにしています。そうするとつながる可能性が極めて高くなるわけです。連絡を受ける相手も、非常にスムーズなコミュケーション手段で連絡がくるので、非常に快適に思えます。こんなことを言っていると「24時間働かなければいけないのか」と言われそうですが、むしろ、プレゼンスがオフラインのときは連絡が来ないわけで、業務のオンとオフが実に切り替わりやすくなります。
野田:それは一つの知恵ですね。席にいるときには、チャンネルをオープンにしてあって、「話しかけていいですよ」というメッセージを送っていることになるわけですね。
越川:特に緊急な時に、確実に相手と連絡が取れるということは、ビジネスのスピードアップに寄与すると思います。もう一つ、先生のお話をうかがって、なるほどと思ったのは、やはり現場の知、個の知を「組織の知」に昇華させるために、いろいろな人を巻きこむことが重要だということです。例えば、私が今日「この情報を知りたい」と弊社のYammer という企業向けソーシャルに問題を投げかけて家に帰ります。すると次の朝、起きたときにはヨーロッパや米国の社員たちからアドバイスや答えが集まっている。するとすぐにアクションが起こせるわけです。そういったスピードを重視するイノベーションに、ICTは今後貢献していけるのではないかと思います。
野田:私も以前コンサルティングファームにいましたが、自分たちだけではなかなか解けない問題もありました。コンサルティング会社の中には世界にヨーロッパや米国、日本と3極に拠点を置き、勤務時間が8時間ほどズレていることを利用し、他の極に似たような状況をクリアした経験のある人を探し、アドバイスをもらうということを行っています。さらにその案件の結果をシェアすると、他の人たちはそれをベースにさらに先へと進むことができる。本当にオーバーナイトで、自分が寝ている間に、他の仲間が知恵を進化させてくれるという夢のようなやり方ができます。
アメリカのある航空機メーカーで聞いた話も、まさに同じような手法でした。開発スピードを上げなくてはいけないときに、地球を8時間ごとに三等分し、ぐるぐるとバトンタッチしながら仕事を進めたそうです。その話の中で特に面白かったのが、スムーズにバトンタッチをするコツは何かということでした。それは決してデジタルなことではありません。飲み会なのだそうです。仕事のバトンタッチをするためには何よりも相互の信頼感が大切になるため、一度仲間全員をシアトルに集めて、そこで1ヶ月くらい缶詰めにして研修をしたそうです。技術情報の共有も大切ですが、それにも増して重要なことは「仲間になること」だそうです。そこで仲間になって地球上に散らばる。仕事で「ああ、あのときのあいつね」となるとうまくいくそうです。これは何か「血の通ったデジタル」とでもいうのか、すごくいい話だと思いました。
デスクにいながら、顧客や仲間と密にコミットできる時代へ
越川:飲み会を介したつながり方というのは、むしろ日本の企業のほうが向いている手法かもしれませんね。
野田:日本の企業の良さも活かしながら、しっかりとICTを使っていくということが、これからの効率的なやり方だと思いますね。しかし結局は「習うより、慣れよ」。実際にやってみるといいと思います。最近はSkypeなど、ネットでビデオチャットができるサービスも多くあります。環境としてはWi-Fiも各所で使えるし、ネットにつなぎっぱなしでもあまりコストはかかりません。テレビ会議では「はい、これから始めます」と構えてしまいますが、それを止めてみるといい。ただ、だらだらと画像を流しっぱなしにするのです。こちらで仕事をしていると、画面の向こうでも仲間が仕事をしているわけですね。そこで「そういえば、あれ、どうなった?」と声をかけると、相手からもすぐに「その件なら、今すぐメールを送るよ」と即座に反応があります。でも、よく考えると二人の間は何百キロも離れている。しかし、違和感なくコミュケーションが取れているんですね。これからはそういったバーチャルオフィスのようなものが、増えてくるのではないかと思います。そうなると本当に必要なときしか人は動かなくてよくなりますから、ますますコミュケーションのやり方が変わるのではないでしょうか。バーチャルチームがバーチャルオフィス環境でコラボレーションする。そんな働き方がイメージできます。
越川:「バーチャルチーム」という言葉は、弊社の中でもキーワードになっています。最近、「社内で活躍している社員はどんな人なのか」を分析したことがあるのですが、その結果は、多くの人を巻き込んで、特に自分のチーム以外の人たちをうまく動かした人だということがわかりました。そういう社員が表彰されていて評価も高かった。まさにバーチャルチームですね。遠くにいる人材をプロジェクトに絡ませたいときには、ICTをうまく使って、うまく人を巻き込むことが大変重要だとわかりました。
●が、プロジェクトを表しており、Y軸がかかわった社員数、X軸が当該営業部門以外で、そのプロジェクトに参加している人の比率。●のうち色がついているものが(=●)弊社内で評価が高かったプロジェクト
ポイントとなるのは、中央のラインの右に評価されたプロジェクトが集中している点。つまり、“高い成果を上げる社員ほど、部門横断でのコラボレーションをたくさんしている”ことがうかがえる。
野田:今後はデスクにいながらでも、お客さまや仲間ともっとコミュニケーションが取れるようになってくる。するともうデスクにいるかいないかは関係がなくなります。ただ、意識したいのは、コミュニケションツールが発達すると、だいたいにおいて日本企業はムダを増やすこと。その危険性は心しておかないといけません。
越川:残念ながらICTそのものが働き方を変えることはできません。働き方を変えるのは、企業の目標を達成する、いわゆる経営目標であり、その目標を実現する手段として、個の能力を高めて、そして個と個をつなぐ組織力が必要となる。そのベースとしてICTがあると考えることが重要だと思います。
野田:どんなにICTが進化しても、ICTがビジョンを与えてくれることはありません。ビジョンをつくるのはあくまでも人。でもそのビジョンを実現に導いたり、人に浸透させたりする手助けは、ICTが得意なところだと思います。そのことを肝に銘じてからICT戦略をつくらなければなりません。
越川:確かにその通りですね。今日はお忙しいところ、ありがとうございました。
~社員一人ひとりがもっと活躍できる場の提供へ~
日本マイクロソフトは、ワークスタイル変革を全社を挙げて推進しています。カルチャー、制度、ICT等の統合的な取り組みを通じて、社員が一層活躍できる環境を提供。組織を超えた社員同士のコミュニケーションやコラボレーションの活性化、社員の創造性や業務効率性の向上を実現しています。