海外駐在員のメンタルヘルスケア
マーサージャパン株式会社 グローバル・ベネフィット・コンサルティング / Mercer Marsh Benefits アソシエイトコンサルタント 福山 里沙氏
海外駐在は大きなチャンスであり、楽しみである反面、様々な不安がつきものだ。言語や文化の違い、仕事のプレッシャー、帯同家族がうまく適応できるかなどが例として挙げられる。アメリカのCDC(Center of Disease Control and Prevention)のウェブサイト*1にも、海外渡航は誰にでもストレスフルであり、メンタル関連の問題の発生・再発との関連性が指摘されていると記載がある。
グローバル医療保険を提供している保険会社の報告によると、メンタル関連を含む相談ができる、従業員アシスタンスプログラム(Employee Assistance Program)の利用は2019年から2020年にかけて30%増加し、メンタル相談の他には家族や仕事関連の相談が多い。また、同保険会社の報告からBehavioral Health(行動保健学)のカテゴリー内では適応障害が保険金支払いの約30%を占めている。ある日系グローバル企業では、Behavioral Healthの保険金請求をした被保険者が1年間で9名から15名に、約7割上昇した。さらに外務省のデータ*2から過去20年間に渡り、海外邦人の死因が自殺である割合は平均的に10%を推移していることが分かり、ここからも海外で暮らす駐在員や帯同家族のメンタルヘルスケアが重要であることが伺える。
我々にも日系グローバル企業様から海外駐在員や帯同家族のメンタルヘルスケアについて相談をいただくことが増えており、関心の高い領域であると言える。
*1 Traveler’s Health
*2 外務省海外安全ホームページ 海外邦人援護統計
従業員のメンタルヘルスをサポートする、EAP(Employee Assistance Program) とは
メンタル不調自体はどの国においても少なからず存在し、従業員アシスタンスプログラム(EAP: Employee Assistance Program) が発展を遂げてきた。
このプログラムはメンタル関連をはじめ、従業員や家族の各種お悩み相談を強みとしている。相談以外では、情報提供をしているプログラムが多く、健康に関する記事を載せていたり、相談の一段階前のサポート提供をしていたりもする。相談については、かなり不調になってからというよりは、気になることがあったら仕事以外のことでも気軽に利用できる。一般的に1ケースにつき6回まで等制限が設けられているが、それでも改善しない場合はどのような専門医に行くのがよいかアドバイスをくれることもある。緊急の場合を除き、プログラムを利用したことや相談内容が人事にシェアされることはないため、会社の目を気にせず安心して活用できるものだ。
単体で導入するプログラムでは、個人からカウンセラーや保健師への相談のみにとどまらず、人事が介入できるようなオプションを付けていたり、メンタリングプログラムを付帯し、キャリアの相談をしやすくしたりするベンダーも存在する。また、低コストで単一的なトラディショナルEAPからクオリティを重視し、医療機関とのマッチングを行うイノベーティブEAPへ切り替えをしている企業もある。
しかし、駐在員や帯同家族が対象となると、サービス提供が一段難しくなる。駐在先の拠点でEAPを導入していることも少なくないかもしれないが、言語の制限があるかもしれない。また、日本本社でプログラムを導入していても、駐在員は対象外とする場合もある。
現行の海外駐在員のメンタルヘルスケアは十分か
ここで多くの駐在員が加入している海外旅行保険について見ていきたい。2021年にマーサーが日系企業を対象に実施した「海外赴任者医療保障に関する調査*3」によると、88%の日系多国籍企業が海外旅行保険を駐在員の保障として提供している。海外旅行保険はアジア圏で多くの日系医療機関とのキャッシュレス提携をしており、駐在員にとっては使いやすい面がある。ところが、メンタルヘルスケアとなると保障が不十分であると言える。というのも、緊急医療相談と違いメンタル関連の相談については全ての保険会社が対応しているわけではなく、得意分野ではないことが伺える。また、精神疾患になってしまうと治療が長期化する傾向があり、通院も長くなることが見込まれる。しかし短期の旅行者向けに作られた海外旅行保険では、出国後180日を経過した後は保障がされないため、駐在員が安心できる仕組みとは言えない。
*3 回答企業数107社、調査期間2021年2月25日~2021年3月31日
海外駐在員のメンタルヘルスケアソリューション
では駐在員や帯同家族に安心して海外での生活を送ってもらうには、企業はどのようなサポート提供ができるだろうか?
グローバルにEAPを提供する業者は存在するが、海外のプレーヤーがほとんどであり、日本で契約することが難しく高コストになりがちだ。グローバルに医療保険には低コストで付帯可能なEAPがあるため、これを利用することも一考である。もちろんグローバル商品であるためマルチ言語対応であり、欧米グローバル企業では広く取り入れられている。お悩み相談としてEAPを使っていただき、医師により精神疾患と診断された場合は保険を利用して治療ができる。個人情報保護の観点から、このEAPにはチェックイン機能はなく、駐在員が自発的に利用する必要がある。そのため、導入した後に企業側からプロモーションや説明を通して駐在員への認知を広げることが重要である。注意点として、精神疾患として対応ができていないままカウンセリングを続けると、マイナスな影響が発生する場合もあるため、疑わしい場合は駐在員が自ら医療機関を受診すべきといったことも伝えるべきポイントである。「メンタル相談」「精神科医の受診」と聞くと構えてしまう駐在員もいるかもしれないが、精神疾患は誰にでも発生するリスクがあるため、敬遠せずにサービスを使っていただけるとよいのではないだろうか。
もちろん医療保険やEAPは働きやすい環境整備の一部である。企業やチームとして、困った時に相談をしやすい雰囲気作りが必要かもしれない。普段から駐在員とコミュニケーションを頻繁に取り、異変にすぐ気づける体制を作っておくことも大切だ。グローバルに活躍する人材をもつ企業は、いつ誰がどの国に駐在しても安心できる、多面的なサポート体制の構築が不可欠である。
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