今さら聞けない「ジョブ型」雇用(後編)
マーサージャパン
(その4)個人にとってのメリット・デメリット
今回は主に個人の立場から見た「ジョブ型」雇用について論じたい。
現在の「メンバーシップ型」雇用から「ジョブ型」雇用への変革はあくまで会社の都合ではないか、個人にとっては不利益でないか、という声を耳にする。また、会社の立場としても「ジョブ型」雇用の採用は避けられないが、そうでない部分も残すべきではないか、という意見も多い。これらについて考察する。
なお、ここでは「ジョブ型」雇用を、以下特徴を持つ雇用のエコシステムと捉える。
- 遂行するジョブの定義と会社および本人同意
- 職種別採用
- 職種別報酬
- 本人同意の配置変更(社内公募を含む)
- 十分にジョブの要件を果たせない場合のPIP・退職勧奨
個人にとっての「ジョブ型」雇用のメリットとデメリット
さて、個人から見たときの、このようなエコシステムのメリットとデメリットは何だろう。
良いところは、なんと言っても、自身がやることを選ぶ自由だ。もちろん、やりたいことをやるには、職種別採用や公募を勝ち抜くプロセスがあり競争もあるが、自分の意思で仕事を決めることができる。自らの意思によるキャリアの方向性ができるので、専門的な能力・知識の向上に励みやすくなる。その結果、自分の専門分野ができるので幅広い選択肢を持てる。
「外部でキャリアチャンスに恵まれたとき」「会社の方針に納得できないとき」「上司が不合理なとき」など、必要なら実際に辞めることもできる。「過労死するまで働く」という悲劇も、今より起こりにくくなるだろう。
結果として、人の流出入が多くなり、マーケットメカニズムが働くことで、年収が上がることも多い。マーサーが持つ報酬データの抜粋は新聞や雑誌でよく取り上げていただいているので、目にされた方も多いと思うが、一般にマーケットメカニズムが働いている外資系企業は、マーケットメカニズムが働いていない日系企業よりも、同じ仕事で比較すると給与は高い。平均すると具体的には、マネージャークラスで2〜3割、ゼネラルマネージャークラスで3〜5割程度以上高い。仕事の魅力を決める重要な要素である仕事内容を選べ、報酬も上がる傾向にあるのだから、基本的には個人にとって良い話のはずだ。
では、なぜ、そういうポジティブな捉え方にならないのだろうか。それはおそらくリスクを回避したい、という気持ちが強いことが理由だと思う。「ジョブ型」雇用は自分の意思と努力でやりたいことに近付けるが、それを獲得するには競争があり、確実ではない。提供価値に対して対価を支払ってもらうという建付けであり、市場価値に基づいた高い報酬が得られることもあるが、基本思想としては雇用保障がされる訳ではない。「リスクの抑制」と「ジョブ選択の自由と収入増の機会」を天秤にかけて、前者がより重要だ、と感じているのだ。
どちらを選ぶか? ~「リスクの抑制」と「機会と挑戦」
どちらを選択するかは個人の価値観も影響する。「リスクの抑制」と「機会と挑戦」の言葉だけを聞くと、「機会と挑戦」をポジティブに捉えられる場合が多いと思う。しかし戦後の安定成長の中で、特に大企業ホワイトカラーの多くにとっては、日本型人材マネジメントの考え方が根強く浸透しており、リスクを避けられる「メンバーシップ型」は「ジョブ型」より魅力的だ、と多くの人が感じるのではないか。
経営者や人事部門も、その心情を良く理解し、完全なジョブ型への移行に躊躇している場合が多いようにも見える。日本人は全般的に株式投資より貯金する傾向が未だに強く、それと似た構造なのかもしれない。
少し話が逸れる部分があるが、どちらかを選ぶのでなく両立すれば良い、すなわち、「会社は雇用保障と同時に個人にキャリアの自由を提供すべきだ」という主張がある。だが、雇用保障と個人のキャリア自律は完全な両立はできない。
企業は事業を営んで利益を生み出すために、労働力を確保し配置するが、事業運営に必要な配置先(ジョブ)と個人の希望する配置先(ジョブ)が全て一致することはまずない。仮にあったとしても、たまたま発生する事象だ。
配置を個人同意にして雇用保障をすると、個人側から「会社が提供するジョブに同意をせず、それに就かずに給与をもらい続ける」という選択が可能になり、あまりに不合理だ。そのため、今までは、「雇用保障はするが個人のキャリアの選択は犠牲にする」という建付けになっていたとも言える。
個人にとっての「メンバーシップ型」の経済合理性
ここまで、個人は挑戦機会を確保できる「ジョブ型」よりも、リスク抑制に優れた「メンバーシップ型」を望んでいる可能性を言及してきた。果たして、これは本当に経済合理的な選択なのだろうか。私はその点について、やや懐疑的だ。
一番大きな問題は、「メンバーシップ型」雇用では、個人が一つの会社に頼り切りになることである。事業の平均年齢は30年とも言う。徐々に50年に近づく就業期間を考えると、所属している会社や事業がつぶれる、大幅縮小する、という可能性は十分に想定すべきだ。その際、メンバーシップを失うことになった個人は悲惨な状況に陥りやすい。
「約束なので会社は雇用を保障すべき」「不利益変更はまかりならん」と騒いでも、会社や事業自体の存在が危うい時に意味のある主張にはならない。これは、「メンバーシップ型」でありながらも、業績悪化でやむを得ず行われる希望退職で、次のキャリアに困る人が数多く発生することからも明らかだ。
経済環境にさまざまなリスクがある中、「メンバーシップ型」は、日々のリスクを取らないで済む選択を提供しているが、しっぺ返しとして「発生してしまうと極大のリスク」を内包しているように見える。
また、「メンバーシップ型」コミュニティは、有望な新規参加者を得ることが徐々に難しくなっている。「メンバーシップ型」雇用では、労働分配を増やすことが難しい昨今の環境下で、 “雇用保障”と“既得権保護”が運営上重視されている。そのため、コミュニティへの参加が先発で、コミュニティ内で好処遇を受けているものの既得権が保護され、その抑制が難しい状況があり、そのあおりで、後発の参加者の処遇向上が抑制される傾向にある。経年の賃金センサスを分析すれば明らかだが、ジェネレーション(年齢でなく世代)が若くなるほど平均的な期待生涯年収が落ちる傾向がある。
若い世代で能力的に自信がある者は、構造的に勝ち筋が薄い年代序列のコミュニティへの参加を避けるだろう。一方、「メンバーシップ型」雇用のリスクの少なさに魅力を感じ、相対的に自信が無い人材はこれからも「メンバーシップ型」雇用に集まる。結果として、「メンバーシップ型」コミュニティは、次世代を担う優秀な若年労働者の確保が難しくなりつつある。
事業・組織運営面で、優秀な新規採用者が少なく組織の存続が難しい、と明確になったときには打ち手は限られ挽回は困難になる。このことから私は、一部の例外的な企業を除き、「メンバーシップ」型コミュニティの継続的成功は長期的には難しくなる可能性が高い、と考えている。
現状では個人の仮説だが、程度の問題はあるものの、「メンバーシップ型」雇用は結果公平的な社会主義的配分を導く傾向があり、その面からも長期的な成功を収めることが難しいのではないか、と私は想定している。
「ジョブ型」雇用の基本は、個人の自由な意思決定、リスクテイク、競争、その結果としての報酬であり、資本主義的な哲学に沿ったものだ。一方、「メンバーシップ型」では、雇用と既得権が保証され、フリーライドが発生しやすく、配分がフラットに近づく傾向がある。どちらかと言えば社会主義経済的だ。資本主義的な経済システムと社会主義的な経済システムのいずれが長期的に優れたリターンを生んだかはよく知られたところだろう。
「メンバーシップ型」で指摘されている個人の継続的な努力(スキルアップやリスキル)へのインセンティブの低さ、多くのフリーライダーの発生などの問題は、社会主義経済下でも共通して発生した行き詰まりの原因であり、類似性を感じさせる。それは、この30年間の日本経済の停滞とも重なる。だとすれば「メンバーシップ型」への拘泥は、個人にとっても良い話ではないだろう。
これからの選択
「ジョブ型」と「メンバーシップ型」は、個人から見ると「リスクの抑制」と「機会と挑戦」の選択だ。現状は本音ベースでは「リスクの抑制」を望む個人はまだまだ多いのだろう。しかし、その直近のリスク抑制は、「リスク顕在時の負の影響の極大化」「世代間格差を原因としたメンバーシップ崩壊の懸念」「長期的な経済の行き詰まり」を招いているかもしれない。
そもそも、資本主義的な経済システムにおいて生じる雇用のリスクを日本では誰が負ってきたかというと、政府、会社、個人という3種類のプレイヤーのうち、その多くを企業が負ってきたのではないだろうか。そのようなやり方を今後も継続していくことは、日本企業の国際競争力を低くし、そこから転じて個人への配分にも悪影響を与えそうだ。今よりも国や個人にもリスクを分散させる方が合理的に見える。
会社にとっては、経営環境変化に対応すべく、必要人材の外部からの確保、優秀人材のリテンション、既存社員のリスキル・スキルアップの促進を目的として、「ジョブ型」雇用は進めたい施策だ。個人にとっても、短期的なリスクは増えるもののそれを受け入れ、積極的にキャリアを形成することで、長期的なリターンを高める方が良い選択なのではないだろうか。
(その5)実現には何をすれば良いのか?
ここからは「ジョブ型」雇用実現に向けての“To Do”について論じたい。
今、さまざまな企業で「ジョブ型」雇用への動きが見られるが、大きく二つのグループに分かれている。
(1)会社と個人の関係を完全に見直し、エコシステムとしての「ジョブ型」雇用に人材マネジメントを全面改訂する
(2)「メンバーシップ型」の枠組みを基本的には維持しながらも、一部、「ジョブ型」の要素を導入する
もともと「ジョブ型」は「メンバーシップ型」の対比的な概念であり、私は、本来の「ジョブ型」への移行は(1)を指すと考えるが、(2)を「ジョブ型」雇用への改革と位置付けている企業も多くあり、今回の解説では、(1)への“To Do”だけでなく、(2)の場合の“To Do”を併せて論じる。
まずは、(1)のフルセットの改革に必要な主な“To Do”について概説する。
エコシステムとしての「ジョブ型」雇用を実現する“To Do”
エコシステムとして「ジョブ型」を機能させるためには、5つの領域でやるべきことが発生する。
1. ジョブの定義
「ジョブ型」雇用はジョブを介した一種の市場取引であり、その原点として個人がどのような仕事を担うか、会社と個人が同意をする。そのため、ジョブの定義が必要だ。代表的な手法はJD(Job Description:以下、JD)の作成になる。
定義すべき項目は、使命・責任範囲、主な業務、必要な能力(コンピテンシー・専門知識・専門スキル)、必要な業務経験、必要な学歴・資格が主たるものになる。
ところで、ジョブの定義が必要であるのは間違いないのだが、どの程度の粒度・精度で記載すべきなのだろうか。実は縦横に平仄が整い、具体的なジョブの定義を作成するには膨大な手数がかかる。始めに細かなガイドやサンプルの準備も必要だし、コンピテンシーや業務経験のディクショナリーも準備することが望ましい。スキルを職種別に予め規定するのも大変だ。
これらを避けて比較的簡易的に対応するには、かゆい所に手が届きにくくなるが、コンサルティング会社の保有する標準的なジョブライブラリーをベースにしてJDを整備する、という手法も考えられる。
一つ意外な事実がある。日本国内におけるほとんどの外資系企業では「ジョブ型」雇用が行われているが、実は詳細なJDを整備している企業は約50%に過ぎない(図表:職務記述書の整備状況の赤枠参照)。
職種とキャリアレベル(例:法人向けマーケティングのマネージャークラス)により業務領域が規定されれば、「常識的に業務内容がある程度想起できる」「市場価値を参照しながら報酬水準を決定し雇用契約を結ぶことができる」「個別の業務内容は毎年のMBOや日々の業務指示の中で具体化される」ために、体系的で詳細度が高いJDが無くても、「ジョブ型」雇用が現実には運用できる、ということだと考える。
もちろん、体系的で詳細な定義があれば、メンテナンスの問題はあるものの、キャリアガイド、教育体系の設計、サクセションマネジメント、パフォーマンスマネジメメントなど、用途は広がるので、その作成自体は有益であり取り組む必要性は高い。
ただ、先に述べたように、きちんとしたJDを詳細に記載するのが難しいから、という理由で、「ジョブ型」雇用を諦める必要はない。ジョブ自体は多かれ少なかれ状況により変化するものであり、JDが詳細に記載されていることよりも、ある業務領域における貢献を個人・会社が合意することで、責任の明確化やキャリア自律を図ることが重要だからだ。
一方、最低限の準備、例えば、職種とキャリアレベルを定義し、会社・個人の双方が担当領域を握ることができるグリッドのようなもの、は必要となるだろう。
2. 職種別報酬制度・報酬ガイド
ある仕事に従事する、という雇用契約なので、仕事別にその価格が違ってくる。同じ資格や等級でも仕事の内容によって給与差が発生する。それは外部からの採用を考えると自然であり、また、内部人材を起用する場合でも、ある業務に精通することでその市場価格を持つことになるため、従事者のリテンションを考えると、ジョブ毎ないしは職種×キャリアレベル(等級)別の報酬制度・報酬ガイドを準備する必要がある。
「メンバーシップ型」では、基本的には外部市場との人材のやり取りは想定しないため、報酬の外部競争力を意識する必要は低く、むしろ長いキャリアを共にする仲間同士の内部公平性が重要である。その結果、職種別報酬は考えにくいが、「ジョブ型」は労働市場との取引を想定するため、内部公平性より外部競争力の重要性が高い。
職種別報酬の実現にはいくつかの手法がある。例えば、いくつかの類似したジョブを職種としてグループ化し、その中でさらにキャリアレベル(ないしは等級)でそれらのジョブを分類する。イメージ的には職種×キャリアレベル(ないしは等級)のグリッドができ、そのマス目ごとに外部報酬データを参照しながら報酬レンジを設定する。
また、別の方法としては、当該ジョブの市場データを直接参照する方法もある。マーサーのようなコンサルティング会社はジョブ別に75%タイル、50%タイル、25%タイルの報酬データを提供している。ベンチマークの仕方や報酬決定のガイドラインを設定した上で、その市場データを参考に報酬設定をする考え方だ。
いずれにしても外部市場水準を把握するための、報酬データを活用することがベースになる。
3.職種別採用・職種別キャリア・社内公募
ジョブが定義され、また、それに基づき職種別に報酬が設定されるため、必然的に職種別の採用、キャリア形成の枠組みを準備する必要がある。この職種とは、必要な能力、知識、スキルが類似するジョブをグルーピングしたものでジョブファミリーと言うこともある。採用はこのジョブファミリー毎に行われ、昇格を含めたキャリア形成も、多くの場合はこの中で行われる。
加えて、ジョブファミリーを跨ぐ異動は、社命ではなく、社内公募に基づいた個人の自発的な希望で決めることになる。公募は個人の意思を持ってキャリアの幅を自律的に構築してもらう機会と言える。また、仮にジョブファミリー内でも明らかに違うジョブの場合は本人同意が通常だ。本人との合意が無いキャリア自律を損ねてしまう会社都合の異動は原則行わない。
異動を本人同意とするのは、対等な取引であり個人の都合を尊重すべき、という意味と、会社がキャリアを決めないことで雇用を保障する道義的義務を負わない、という意味がある。いずれにしても、ゼネラルローテーションを含め、会社裁量で本人同意なしの異動は行わないことが基本になる。
4. PIP・退職勧奨
個人の同意をもって従事するジョブやキャリアを形成する場合、ゼネラルローテーションにより「人員数の過不足を調整する」、「パフォーマンスが悪い社員を工夫しながら違う職場で使い続ける」ことができなくなるため、PIP(Performance Improvement Plan)を実行し、改善の無い場合は、担当するジョブの変更による降格や降給、ないしは退職勧奨という措置が可能となる準備をする必要がある。
PIPや退職勧奨の発動を上司の評価と意思決定だけに頼るのは、上司の心理的な状況を考えると実効性が低いため、当事項はなんらかの会議体で協議を行い決定する形が望ましいだろう。
5. その他
今まで紹介した四つのタスク領域は、「メンバーシップ型」から「ジョブ型」にエコシステム全体を変革するために必要な“To Do”であるが、施策間の親和性を保つという観点から、他の人事施策も変更することが望ましい。
例えば、専門キャリアが主となるので、一般的な問題解決能力に優れ、リーダーシップやラーニングアジリティがある人材は、ゼネラルマネージャー候補としてサクセションマネジメントを行う必要がある。個人のキャリア形成の自律を支援するため、自発的にプログラムを選択できるeラーニングの導入も望ましい。
年金・退職金に関しては、長勤優遇のDBから年度決済かつポータビリティに優れたDCへの移行が望まれる。福利厚生も生活の補助的な要素を薄め、教育支援などのキャリア自律を促進するものがベターだろう。
「メンバーシップ型」雇用に一部「ジョブ型」雇用の施策を導入するための“To Do”
おそらく多くの日本企業は、前述の1~4の“To Do”を非常に困難に感じるはずだ。現在採用されている「メンバーシップ型」雇用は、1960年代から90年代初頭まで、日本経済を世界トップレベルにまで引き上げた完成度が高いエコシステムであり、個別人事施策の親和性が非常に高く、相互にフィットしている。また、その浸透度は極めて高い。
ビジネスのルールチェンジが少なく、また経済全体が成長している中では実に効果的だったゆえ、高年齢層にはそのシステム下での成功体験がある。そのエコシステム内に、親和性が低い「ジョブ型」エコシステム的な施策を導入するのでアレルギーが起こるのだ。
しかしながら、「ジョブ型」エコシステムは、人材の流動性やキャリア自律によるリスキルが期待でき、ビジネスの大規模なルールチェンジに強い。平たく言うと、戦略にあった人材を揃えることが相対的に実現しやすい。
この面から、短期的には難しくとも、長期的には「ジョブ型」に移行したいと考える会社は多い。また、全社での実行は難しいが、デジタル人材、グローバル人材確保に向けて、一部、「ジョブ型」雇用を導入せざるを得ない、という声もよく聞く。
このような中で、どのように「ジョブ型」への変革を進めていけば良いだろうか。
一つ分かりやすいのは一国二制度だ。実は、日本のトップクラスの企業で既にこれを実施している企業は相当程度ある。メリットは既存社員に大きな変化を強いず、必要な人材の外部獲得が可能になることだ。デメリットは、本来、全社的にビジネスモデルを変革すべき会社にとっては不十分な改革となること、また、管理システムを二系統持つことが非常に負担になることだ。
もう一つの方法は段階導入だ。このケースの場合は、本人のキャリア自律を進めるために、まず、「職種別採用・職種別キャリア・社内公募」をできる限り進めることが重要だ。「ジョブ型」に移行できない大きなハードルは個人の意識であり、キャリア自律ができていないことだ。従って、最初に採用・異動のしくみを変え、キャリア自律意識を高めていくのが狙いである。
同時並行的に「職種別報酬制度・報酬ガイド」導入の前段階として(既に採用している企業も多いが全社共通の)役割等級・役割給の導入はしておくべきだ。職種別の報酬とはしないが、より高いレベルの仕事を担うことが報酬につながる、という状況を最低限作るためだ。
キャリア自律が進めば、市場価値とフルに結びついた職種別報酬制度に切り替えることになる。ジョブの定義は早い段階で行うことが好ましいが、既に述べた簡略化やショートカットする方法が現実的だろう。
最初の一歩:自社方針のコンセンサスビルディング
長期的なマクロトレンドで見ると、「メンバーシップ型」雇用は、より若い世代に配分が少なくなる傾向があり、「優秀若手人材の確保には苦戦すること」や人材の流動性が高まるにつれて「必要な人材の取り合いに苦戦すること」が予測できる。
個社の事業の性質に注目すると、ゲームの変化がそれ程急激でなく、製品・サービス品質の向上と生産性アップが最重要であれば、長期雇用前提で人材の均一性が高く「習熟、擦り合わせ、改善」が得意で高品質と生産性の追究に寄与する「メンバーシップ型」に優位がある。
逆に、ビジネスモデルの変化が激しく、提供価値やその創出方法そのものが変化していく事業であれば、人材流動性と自律的なリスキルにより、戦略に基づいて人材の構えを変えやすい「ジョブ型」雇用が優位である。
現在、多くの日本企業が置かれた状況を考えると、求められる変化の幅が大きく、どこかのタイミングで「ジョブ型」に移行する合理性は高い。一方、多数の日本企業は70年以上の長期間にわたる「メンバーシップ型」のマネジメントの実績と成功体験があり、その意思決定に躊躇があるように見える。
この状況を踏まえると、なぜ「ジョブ型」雇用に移行すべきなのか、また、そのロードマップはどのようなものか、ということについて、マネジメントレベルであらためてコンセンサスを作ることが第一のステップなのではないだろうか。
(執筆者)
マーサージャパン株式会社 取締役 執行役員 組織・人事変革コンサルティング部門 日本代表 白井正人
組織・人事、福利厚生、年金、資産運用分野でサービスを提供するグローバル・コンサルティング・ファーム。全世界約25,000名のスタッフが130ヵ国にわたるクライアント企業に対し総合的なソリューションを展開している。
https://www.mercer.co.jp/
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