通訳
キャリアの浅い通訳は1日8時間労働で日給1万5000~2万円程度。
どんなジャンルも同時通訳できるベテランになれば年収1000万円超!
「シンジラレナーイ」の後は英語の北海道日本ハム・ヒルマン監督。哲学的なコメントで記者団を煙に巻くサラエボ出身のサッカー日本代表・オシム監督。国際会議や商取引から身近なスポーツまで、さまざまな外国語が日常にあふれています。そのままでは通じない彼らの言葉を、わかりやすい日本語に置き換えてくれるのが異文化コミュニケーターといわれる通訳。需要も人気も上昇中のようですが、想像ほど楽な仕事ではないそうです。(コラムニスト・石田修大)
通訳が職業として確立したのは東京五輪以降
最近刊の『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』(朝日新聞社刊、船橋洋一著)には北朝鮮の核危機をめぐって、こんなエピソードが紹介されている。2002年10月、米国務次官補が訪朝し、「北朝鮮が高濃縮ウラン計画を持っていることを認めた」と発表し、直後に北朝鮮が否定した。この食い違いは北朝鮮側がわざと微妙な言い方をしたためというが、一部で立ち会った通訳の質が問題にされた。北朝鮮側の通訳は気分にムラがあるとか、米側の通訳は緻密だが政策にまで口を出しすぎるなどと評されていたという。
ときには通訳内容が交渉当事者間の誤解を生むこともあり得る難しい仕事だが、ひとくちに通訳といっても、このような政府間交渉から、国際会議、商取引、さらにイベントや医療の現場、法廷、テレビ・ラジオ放送、観光ガイドなどまで、活躍する現場は多岐にわたる。
異民族が出会い始めて以来、通訳はいたのだろうが、今や花形となっている同時通訳が導入されたのは、第二次大戦後ドイツの戦争犯罪を裁いたニュルンベルク裁判が最初。日本で通訳が職業として確立したのは1964年の東京オリンピック以後というから、まだ40年余。歴史の浅い仕事ともいえる。
逐次通訳・同時通訳・ウィスパリング通訳…
そのせいもあろうが、日本では一部を除いて通訳に公的資格がない。国家試験が行われているのは、国際観光振興機構による「通訳案内士試験」、つまり外国人観光客を案内する通訳ガイドだけ。それ以外は重要な政府間協議や商取引だろうと国際会議だろうと、いわば本人の実力だけで通訳として働いている。誰だろうと、通訳になりたいと思えばなれる世界なのだ。
とはいっても、ただ語学が好き、語学検定の成績がいいという程度ではプロとして通用しない。一般的には大学や通訳養成学校で語学と通訳技術を勉強し、通訳派遣のエージェントや会議運営会社に登録して、現場で実力を磨きながらより高いレベルを目指すケースが多い。4半世紀前に通訳になったある女性は、大学時代にアルバイトで経験したOL生活に失望、3年生から通訳養成スクールで学び始めた。2年目に教授から通訳派遣を請け負うエージェントを紹介され、登録1週間後には仕事を始めたそうだ。
通訳にはいくつかの方法がある。講演会や商談などで、スピーカー(話し手)の話を適当に区切りながら訳す「逐次通訳」が通訳の基本。より高度な技術が求められる「同時通訳」は、多くの言語が飛び交う国際会議の場などで、ブースに入ってスピーカーとほぼ同時に訳し、マイクで聞き手のイヤホンに流す。同時通訳でも1人2人に限って通訳する場合、聞く人の隣や後ろに控えて、ささやくような小声で話す「ウィスパリング通訳」もある。
収入は仕事内容や実力によって格差あり
公的資格のない通訳の語学レベルを保証するために、日本通訳協会では年2回、通訳技能検定試験(通検)、ボランティア通訳検定試験(V通検)を実施して、実力認定をしている。通検は1級、準1級、2級に分かれ、英語1級の場合、2002年度には106人が受験し合格者0人、2003、2004年は1人という厳しさ。最も難しい語学資格試験といわれる所以だ。
V通検はA級、B級に分かれ、合格すれば日本青少年育成協会に登録でき、官庁や自治体、学校、企業などからの仕事に応じられる。最近ではワールドカップや万博、さまざまな海外との交流の場で、ボランティア通訳として活躍する人が増えている。
ボランティアでも通訳料をもらうことが多くなり、近年はコミュニティ通訳という呼び名が広まりつつあるというが、ボランティアからトップクラスの同時通訳まで、通訳の収入は仕事内容や実力によって差が大きい。初心者レベルだと1日8時間ほど働いておおよそ1万5000~2万円、一般的な逐次通訳で2万~3万円前後、経験も実力もあり、ある程度同時通訳もできるクラスで3万~5万円といわれる。10年以上の経験があり、どんなジャンルでも同時通訳できるベテランになれば1日5万~10万円前後で、年収1000万円を超える人も多いとか。
ベテランは話す人の人柄まで理解する
内容ごとに違うさまざまな専門用語を含む話を、聞く人の理解しやすいように訳すのが仕事だが、語学力だけでは対応しきれない世界である。会議や商談などでは事前に話の内容、バックグラウンド、専門用語などに関して可能な限りの資料をもらって調べておかねばならない。ずいぶん時間を取られることもあるが、資料調べなど準備期間は当然無料だし、その間ほかの仕事はできない。
通訳中は緊張を強いられ、体力も必要だし、話す人の人柄まで理解することが大事だという。
原不二子さんはG7サミットやILO総会など国際会議の同時通訳として活躍し、三笠宮寛仁親王の専属通訳も務めるプロ中のプロ。祖母が憲政の父といわれた尾崎行雄夫人で、日露戦争で英タイムス紙特派員の通訳を務めた尾崎テオドラ英子さん、母も日本の同時通訳のパイオニアで難民を助ける会会長の相馬雪香さんだ。30年ほど前、サイゴン陥落直前の南ベトナムの国会議員が来日、祖国の窮状を訴える演説を同時通訳した。
「え~、ベトナムといたしましては」と普通の調子で通訳をしていると、会場にいた母が飛んできて、ブースをがたがた揺すった。「話す人の気持ちを全然意識していない。ベトナムが最後かという瀬戸際に、理解者を得ようというあの人の国を思う情熱、危機感が感じられないなら、通訳なんてやめなさい」と叱られたという(『通訳ブースから見る世界』ジャパンタイムズ)。
通訳で最も大切なのは正確さだが、それだけで十分とはいえない。一流の通訳は、まるで通訳者自身が話し手であるかのように、自然で熱意のこもった話し方ができなければならないのだという。誰でも挑戦できるが、常に研鑽が必要な奥の深い職業といえよう。
(数字や記録などは2006年10月現在のものです)
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。