花火師
花火会社の大半は小規模企業で、社員を新規募集することが少ない
「煙火消費保安手帳」がなければ打ちあげの作業にも参加できない
腹にこたえる破裂音と夜空を彩る鮮やかな花。日本の夏の風物詩として欠かせない花火は、近年ますます人気を集めています。テレビドラマの影響もあって、花火師になりたいと願う人もいるようですが、火薬を取り扱う仕事だけに、おいそれと飛び込める世界ではなさそうです。(コラムニスト・石田修大)
江戸時代の花火は意外にシンプルだった
この夏、東京・渋谷の浮世絵太田記念美術館で、「江戸の花火」展が開かれた。歌川広重、豊国らの版画、肉筆画などが展示されたが、意外な思いを誘ったのが描かれた花火のシンプルさである。広重の「名所江戸百景 両国花火」を見ても、画面右上にパッと開いた紅い花火が一つ、さらに中央に落ちていく火の玉の軌跡が描かれているだけ。他の版画も単色の花火ばかりで、現在目にする花火の華やかさからは遠い。隅田川の花火は飢饉や疫病に見舞われた吉宗将軍時代に悪霊退散を祈って水神祭りを開いたのが初めといわれる。浮世絵にも橋を埋め尽くした人出や、川面一杯に浮かんだ舟が描かれ、当時の人気がしのばれる。一時は両国橋の上流で玉屋、下流で鍵屋が打ち上げ、たいそう賑わったが、花火そのものは色彩の乏しい単純なものだったようだ。花火が華やかな色合いを帯び始めたのは明治以降。塩素酸カリウム、アルミニウム、マグネシウム、炭酸ストロンチウムといった炎色剤が輸入され、鮮やかな赤をはじめ黄、緑、青などの色を出すことができるようになり、より明るく輝くようにもなった。以後、隅田川はもとより全国各地で花火大会が開かれていくが、現在のように盛んになったのは、ここ20年ほど前からという。電気点火システムが開発され、比較的少人数で安全に時間通りに打ちあげられるようになったためで、最近では毎年夏を中心に200以上の花火大会が開かれているとみられる。大会の規模や内容も年々大きく華やかになり、日本三大花火大会といわれる大曲の全国花火競技大会(8月末)、土浦全国花火競技大会(10月初め)、長岡まつり大花火大会(8月初め)などには地元人口をはるかに超える見物客が訪れ、伝統のある隅田川花火大会(7月末)では今年2万発の花火を打ちあげ、主催者発表で95万8000人が見物したという。
日本煙火協会の花火会社が打ち上げを仕切る
打ちあげ花火の玉には2号(直径2寸=約6センチ)から10号(1尺=約30センチ)、20号、30号などと各種の大きさがある。3尺玉と呼ばれる30号なら玉の直径約90センチで、詰める火薬は80キロほど。600メートルの高さに打ちあげ、直径600メートルの花火が開く。漆黒の夜空に、自ら工夫した大きな花火を開かせるのが花火師であり、光の魔術師、夜空のエンターティナーともいえる。花火大会が盛んになり、世間の関心が高まるにつれ、花火の制作、打ちあげに従事する花火師を志望する人たちも増えつつあるが、実際に花火師になる人は思いのほか少ない。というのも、危険な火薬を取り扱う仕事だけに、花火の制作、打ちあげは実質的に日本煙火協会の会員である花火会社の従業員に限られている。しかも花火会社の大半は小規模企業で、社員を新規募集することが少ないためである。全国の花火会社や銃砲店で組織する日本煙火協会は保安講習の受講者に「煙火消費保安手帳」を交付し、この手帳がなければ打ちあげなどの作業に参加できない仕組みになっている。しかも、日本煙火協会会員の花火会社従業員で、火薬類製造保安責任者免状か火薬類取扱保安責任者免状の所有者、あるいは会社が花火打ち上げなどの技能を認めた者でなければ、保安講習の受講資格はない。
夏の臨時作業員として打ち上げを手伝う人も
正規従業員になるのは難しいが、夏場の臨時作業員として打ち上げを手伝う人たちもいる。たとえば隅田川の花火大会は、ホソヤエンタープライズと丸玉屋小勝煙火店が上下流2会場を年ごとに交互に担当し、2会場で計2万発、総重量1400キロにもなる花火を打ちあげる。打ち上げ前に保管場所から日の出桟橋まで花火を運び、運搬船で会場の打ちあげ船に運びこんで設置し、限られた時間に演出計画通りに打ちあげねばならない。これほどの規模になると、現場の作業員の数も三桁に近くなるから、花火会社の正規従業員だけでは手が足りない。
そこで、花火会社は臨時に人出を確保するが、会社や従業員の縁故関係で、建設や工事現場の経験者が多いという。彼らは現場の外での手伝いを経験した後、煙火協会の講習を受け、保安手帳を入手している。手帳の取得者は、こうした臨時作業員を含めても全国で1万5000人程度といわれる。
花火師の仕事は打ち上げと、花火そのものの制作に分けられるが、制作から打ち上げまで請け負う会社と、よそに制作を依頼する打ちあげ専門の会社がある。江戸以来の伝統を引く「宗家花火鍵屋」は現在15代目、天野安喜子さんが引き継いでいるが、先代から花火の制作は全国の協力会社に任せ、企画、打ちあげ専門のプロデュース業に徹している。
打ち上げは夏場の花火大会が中心だが、秋の運動会や学園祭、結婚式などでも需要が増えつつある。ある業者の例では、結婚式の場合、10万円から25万円での打ち上げが多く、10万円で20~40発の花火を打ちあげることができるという。
花火の制作は「玉貼り3年、星かけ5年」
打ちあげ専業の業者は別にして、制作を手がける花火業者は、夏場のシーズンが終わると来年の準備に取りかかり、さまざまな構想を練って花火づくりを始める。火薬を取り扱うだけに、制作は乾燥した冬場が望ましいが、乾燥による静電気の発生には気をつけねばならない。空中に広がる花火を想像しながら、思い通りの色を発する星を練り固め、それを玉と呼ばれる紙製の球体に均一に埋め込んでゆく。すべて手作業であり、しかも試し打ちをすることもほとんどないといい、俗に「玉貼り3年、星かけ5年」といわれる熟練の技術が要求される仕事だ。打ち上げ花火の値段は大きさや付属品、制作者によっても違うが、5号玉で1万円、10号(尺玉)で6万円、20号で55万円程度という。連続打ち上げのスターマインなどはセット1台で計算し、規模や玉数により50万、100万といった値段になる。隅田川の花火大会で約2万発、PLの花火大会では12万発も打ちあげるというから、大きな花火大会では花火の費用だけで数千万円にもなる。日本の花火はますます華麗に大規模になっており、ただ打ちあげるだけでなく、夜空を舞台にしたショーの要素を強めている。花火師も制作、打ちあげだけでなく、プロデューサー、ディレクター的な仕事が重要になりつつあり、狭き門ではあるが、開拓の余地は少なくないようだ。
(数字や記録などは2006年8月現在のものです)
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。