保留する力(ネガティブケイパビリティ) でAI時代を生き抜く
私たちは「考えている」のか、それとも「反応している」のか
管理職研修をしていると、しばしば「余裕がない、じっくり考える時間がない」という声を耳にします。
本来であれば意思決定に十分な時間をかけたいにもかかわらず、最新の生産ラインのように次々と判断事項が流れてくるため多くの管理職には立ち止まる余裕がありません。
押し寄せる課題に即答を求められ、YesかNoかを迫られる。その反射神経の速さが優秀さと見なされる風潮もあります。
しかしながらそれは本当に「考える」ことでしょうか。
実際には「反応」しているに過ぎず、社内規定など既存の基準に沿って判断を下しているだけの場合が少なくありません。
組織がこの習慣に囚われると、必然的に答えを過去に求めることになり、変化に対応し、新たな価値を創造するための「問いを深める力」を失ってしまいます。
議論と対話の違い
コミュニケーションには大きく「議論型」と「対話型」があります。議論は結論を出すことが目的です。YesかNoか、どちらに軍配が上がるかを競う構図と言えるでしょう。
一方で「対話=dialogue」は古代ギリシア語に由来し、文字通り「意味を共有する」という本質を持ちます。多様な認識を持ち寄り互いの世界観を広げ合うこと。そこにこそ、学びと創造性が宿ります。
保留する力(ネガティブ・ケイパビリティ)
その対話の前提となるのが「保留する力(ネガティブ・ケイパビリティ)」です。
唯一の正解があると信じる「正解主義」とは正反対の、曖昧さを受け入れ、あえて判断を保留する能力です。これは簡単に「正しい」と言わない知的耐力であり、概念化能力(コンセプチャルスキル)の一種です。
名著「夜と霧」の作者でアウシュビッツ サバイバーである精神科医ヴィクトール・フランクルは「刺激と反応の間の余白にこそ人間の成長と自由がある」と語りました。
曖昧さをそのまま抱えることができる力は、まさに知性であり対話の礎でもあるのです。
保留する力を養うための実践例
保留する力は、瞑想や呼吸を整える習慣など、日常の小さな工夫から鍛えることができます。以下に例をあげます。
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5秒ルールを設ける
質問されたら、すぐに答えず意図的に5秒黙る。沈黙が余白を生み、可能性を広げます。
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「なぜ?」を一度飲み込む
相手に説明を求める前に、その発言をまず自分の中で反芻してみる。理解を急がず「そのまま受け止める」姿勢をとる。
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多様な意見に触れる習慣を持つ
書籍、芸術、異文化体験など、自分の枠組みを揺さぶる機会を意識的に取り入れる。筆者自身は月1回、世代や立場の異なる人々とともに対話型美術鑑賞に参加していますが、同じ絵でも解釈が大きく異なることに毎回新鮮な驚きと楽しさを感じています。
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結論を急がない会議とする
あえて「今日は結論を出さない」と宣言したうえで会議を進行するる。問いを共有すること自体を目的に据える。
これらは一見小さな実践ですが、繰り返し行うことで「保留する力の筋トレ」となり知的耐力を育むことができるようになります。
組織を前に進める
AIが私たちの働き方を大きく変えようとしている今、人事の役割は即答できる人材を育てることではありません。
むしろ、即答を保留し、対話を通じてより良い問いを立てられる人材を育てることです。
議論による「結論」だけでなく、対話による「意味の共有」を重視する場をつくること。
これこそが、複雑な時代において組織を導く道筋だと考えます。

※対話の発祥地はギリシア・アテネ。古代アゴラ広場は有名なパルテノン神殿のあるアクロポリスの丘の麓にあり紀元前500年頃、ソクラテスやプラトンといった哲学者や市民が対話や投票を行った場所である。
このコラムを書いたプロフェッショナル
小平達也
株式会社グローバル人材戦略研究所
「外国人社員の証言 日本の会社40の弱点」(文藝春秋)ほか執筆多数。政府有識者・大学講師、経団連グローバル人材育成スカラーシップ設立から一貫して携わるなど政策・教育からも成長を支援。趣味は寄席通い、富士スピードウェイ走行ライセンス所持。

小平達也
株式会社グローバル人材戦略研究所
「外国人社員の証言 日本の会社40の弱点」(文藝春秋)ほか執筆多数。政府有識者・大学講師、経団連グローバル人材育成スカラーシップ設立から一貫して携わるなど政策・教育からも成長を支援。趣味は寄席通い、富士スピードウェイ走行ライセンス所持。
「外国人社員の証言 日本の会社40の弱点」(文藝春秋)ほか執筆多数。政府有識者・大学講師、経団連グローバル人材育成スカラーシップ設立から一貫して携わるなど政策・教育からも成長を支援。趣味は寄席通い、富士スピードウェイ走行ライセンス所持。
得意分野 | 経営戦略・経営管理、モチベーション・組織活性化、グローバル、リーダーシップ、マネジメント |
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対応エリア | 全国 |
所在地 | 港区 |
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