異物混入はなぜ繰り返されるのか│防げない見逃しの正体

あなたの工場で作られた食品が、もしお客さまの口に入ったときに――「何か異物が混じっている」と気づかれたらどうでしょうか。
たとえ健康被害がなかったとしても、その瞬間に失われるものがあります。
それは、築き上げてきた「お客さまの信頼」です。
信頼は、一度失えば簡単には戻りません。
「うちの工場に限ってそんなことはない」
――そう思いたい気持ちは誰にでもあります。
でも、異物混入や品質事故を起こした会社も、かつては同じように思っていたのです。
では、なぜ事故は繰り返されるのでしょうか。
マニュアルが整備されていなかったからでしょうか。
国際規格を取っていなかったからでしょうか。
いいえ、そうではありません。
本当の原因は、「気づけなかった」ことにあります。
- 目の前にあった小さなサインを見逃した。
- 若手の「なぜ?」という声を受け止めなかった。
- 現場の人が「異物かもしれない」と直感したことを、言えなかった。
- 現場の人が異物を認識できる認知力を得ていなかった。
事故は、そんな小さな見逃しや、空気に流される雰囲気から生まれます。
だからこそ今、私たちに問われているのは
「あなたの工場では、本当に見逃していないと言えるのか?」
このコラムでは、現場で実際に起きた事例をもとに
・なぜ人は気づけないのか
・どうすれば文化として食品安全を根付かせられるのか
を、ストーリーとともにお伝えします。
最後まで読み終えたとき、きっとあなたはこう感じるはずです。
「これは、うちの工場のことだ」そして同時に、「自分も、もっと気づける環境をつくろう」と。
小さな異物から始まる大きな教訓
ある日、飲食店で提供された料理の中に、ほんの小さな異物が混入していました。
それは歯に当たると「ん?」と違和感を覚える程度の、ほんのわずかなものでした。
健康被害はなく、店側もすぐに謝罪をしました。
ニュースになるような、大きな事件ではなかったかもしれません。
けれども、その場にいたスタッフたちの心には、冷たいものが走りました
- 「お客さまに申し訳ない」
- 「なぜこんなことが起きてしまったのか」
- 「もし、もっと大きな被害につながっていたら…」
食の信頼は、一瞬で揺らいでしまうのです。
気づきの文化が未来をつくる
食品安全の第一歩は、マニュアルでも規格でもありません。
まずは「気づく文化」を持つことです。
小さな異物は、ただのトラブルではありません。
それは「私たちが見逃しているものが、まだここにある」というサインです。
そのサインにどう向き合うかが、食品安全の未来を決めます。
氷山を“安全”と誤解してはいけません。
水面下にあるリスクを直視し、チームで共有し、行動に変えていくこと。
それが本当に安心できる食品を届けるための出発点なのです。
マニュアルの罠――徹底しても再発する理由
ある食品工場で、小さな異物混入のトラブルが起こりました。
幸い市場に出回る前に発見され、大事には至りませんでしたが、社内は大慌て。
緊急の対策会議が開かれました。
- 「チェック体制を強化しよう」
- 「点検リストを増やして、より細かく確認しよう」
会議で出た結論は“チェックリストの項目を追加する”ことでした。
最初は20項目だったリストが、数か月後には40項目を超えていました。
現場のリーダーは、その長いリストを前にしてため息を漏らしました。
「これじゃあ、生産が止まってしまう…。でもやれと言われているから、やるしかない」
しかし現場のメンバーたちは、項目の多さに圧倒され、やがて形式的に印をつけるだけの作業になっていきました。
本当に危険なサインを見極める力よりも、「とりあえず埋める」ことが目的になってしまったのです。
穴の開いたバケツに氷を入れる
この姿は、まるで「穴の開いたバケツに氷をどんどん入れていく」ようなものです。
一見、水位は上がって安心できますが、下からはどんどん水が漏れている。
つまり根本の穴を塞がない限り、いくら氷を入れても意味がないのです。
チェックリストを増やすという行為は、この“氷を入れる”行動に似ています。
- 「やっている感」
- 「安心感」
は得られるものの、根本的なリスクは残ったまま。
そして、リストの増加は現場の疲弊を生み、結果的に大切なポイントを見逃す原因になるのです。
リスクのデパート化
チェックリストが増えすぎると、「リスクのデパート」のようになります。
棚に商品がびっしり並んでいるように、項目がずらりと並ぶ。
でも、どれが本当に重要なのか分からなくなるのです。
結局、作業者はリストを一周するだけで、「今日はこれでいいだろう」と終わらせてしまう。
そこに残るのは「項目をこなした」という記録だけで、本当の安全は置き去りにされてしまいます。
現場に潜む“見逃されたハザード”
清掃の最中に、装置の筐体に垂れた跡が見つかりました。
「何だろう?」と近づいてみると、それはリフターから飛散したグリスでした。
このグリスは、食品安全上、健康被害が出ないタイプのものでした。
だからといって「問題なし」で済むのでしょうか。
答えはもちろん「いいえ」です。
なぜなら、お客さまから見れば、たとえ無害でも「異物は異物」だからです。
そして何よりも衝撃だったのは――。
その工場では、このグリスの飛散をハザードとして挙げていなかったという事実でした。
これは、先ほどお話しした、ある食品工場での出来事です。
このおはなしから「起きること自体を知らなかった」ために、リスクのリストにすら載せられないことも解ります。
見えないものは存在しない?
この出来事を前にして、私は思いました。
「知らなければ、リスクは存在しないのと同じ扱いになってしまう」――と。
実際の現場では、設備からの異物飛散は珍しくありません。
- グリスの飛び散り
- 金属の摩耗粉
- 樹脂の削り粉
- 結露による水滴
こうした“装置由来の異物”は、日常的に起こりうる現象です。
にもかかわらず、それを知らないリーダーがいると、チーム全員が「問題なし」と思い込み、ハザード分析から漏れてしまうのです。
これは、ライトを当てた場所だけを「世界のすべて」と思い込むようなものです。
光が当たっている部分はよく見える。
けれど、その周囲に広がる影の中には、たくさんのリスクが潜んでいる。
現場のハザード分析は、時に「光が当たった部分だけを見ている」状態に陥ります。 そこに「グリスの飛散なんて知らなかった」という影が残ってしまうのです。
清掃は“気づきの場”になるはずが…
本来、清掃活動は“異常に気づくチャンス”です。
しかし、あるチームでは「きれいにすること」だけが目的になっていました。
床に落ちている異物を拾っても、「片づける」で終わってしまう。
「なぜここに落ちていたのか?」という問いが生まれないのです。
このときリーダーが「設備から飛散することなどない」と思い込んでいれば、メンバーも同じ目でしか現場を見ません。
結果、チーム全体でハザードを見逃すことになります。
見えていないリスクに光を当てられるかどうか――それが、食品安全文化をつくる第一歩なのです。
バイアスという落とし穴
ある工場で、若手の社員が清掃中に「この装置の下から、水滴が垂れているのですが、大丈夫でしょうか?」と質問しました。
すると、リーダーはこう答えました。
「今まで問題になったことはない。気にする必要はないよ」
若手はそれ以上言えず、その場は流れてしまいました。
しかし、その数週間後――製品に水滴が落下し、異物混入としてラインが止まる事態になったのです。
「なぜ、あのとき立ち止まれなかったのか」
現場にいた誰もが、胸の奥で悔しさを覚えました。
バイアスとは何か
このような「気づけなかった」背景には、人間が持つバイアス(認知の偏り)が潜んでいます。
バイアスとは、ものの見方や判断に偏りを生む、心の習性のことです。
食品安全の現場でよく見られるバイアスには、次のようなものがあります。
- 正常性バイアス「今まで大丈夫だったから、今回も大丈夫だろう」
- 権威バイアス/追従バイアス「リーダーが大丈夫と言ったのだから問題ないだろう」
- 経験のバイアス「自分の知っている範囲にないから、想定する必要はない」
- 選択的注意のバイアス「自分が重要だと思うところしか見ないので、他は目に入らない」
これらのバイアスが組み合わさると、リスクが存在していても“ないもの”として扱われてしまう のです。
バイアスの怖さ
バイアスが怖いのは、本人に自覚がない ことです。
「私は正しく見ている」と信じ込んでいるので、気づかないまま見逃しが積み重なります。
そしてさらに怖いのは、リーダーがその色眼鏡をかけていると、チーム全体に伝染してしまうことです。
メンバーは「リーダーがそう言うなら」と思い込み、全員で同じ方向に偏ってしまう。
これが組織の「集団バイアス」です。
あなたの工場では?
ここで、あなたに問いかけてみたいと思います。
- あなた自身が「今まで大丈夫だったから大丈夫」と思い込んでいることはありませんか?
- リーダーや先輩の言葉に、無意識に従ってしまっていませんか?
- 「知らないから想定していないリスク」はありませんか?
バイアスは誰にでもあります。
問題は、それを「自分にはない」と思ってしまうことなのです。
バイアスを乗り越えるために
バイアスを完全になくすことはできません。
しかし、次のような取り組みで“気づけない”状態を減らすことは可能です。
- メタ認知を高める「自分は偏っているかもしれない」と意識する習慣を持つ。
- 多様な視点を持ち込む品質、衛生、保全、外部専門家など、異なるバックグラウンドを持つ人が一緒に現場を見る。
- 心理的安全性をつくる若手や新人が「これ、大丈夫ですか?」と気軽に言える雰囲気をリーダーが作る。
- 気づきの場を設計する清掃や点検を「ただの作業」でなく「違和感を見つける場」にする。
食品安全における最大のリスクは、リスクそのものではなく、「気づけないまま見逃す」ことです。
その背景にあるのが、私たち人間が持つバイアスです。
バイアスを知り、認め、乗り越える仕組みを持てるかどうか。
それが、事故を防ぎ、食品安全文化を育てるための分かれ道なのです。
学習力とは何か
学習力とは、単に知識を得ることではありません。
「自分は何を知らないのか?」に気づき、「それをどう学ぶか」を考え、行動に移す力のことです。
しかし現場では、次のような“学ばない文化”がしばしば見られます。
- 知らないことに気づかない 「自分たちは十分わかっている」と思い込み、盲点を意識できない。
- 学び方を知らない どう調べればいいか、誰に聞けばいいか、手段が分からない。
- 学ぼうとしない 「忙しいから」「今まで大丈夫だったから」と後回しにする。
この三つが重なると、組織は「同じ失敗を繰り返す工場」になってしまいます。
学習力を育てるには
学習力を育てるためには、次の三つの問いをチームに根付かせることが大切です。
・いま自分たちは、何を知らないのだろうか?
・それを学ぶにはどうすればよいか?
・なぜ今まで、それを学ぼうとしなかったのか?
この問いを繰り返すだけで、チームの思考は変わります。
「できているつもり」から「もっと知りたい」へ。
その変化が、食品安全の文化を支える大きな力になるのです。
食品安全の最大のリスクは、“知らないこと”そのものではありません。
学ぼうとする声をリーダーが押さえ込み、学習する力を失うことこそ、最も危険なのです。
止まった時計のように過去に安住するか、未来に向けて針を進めるか。
選ぶのは、私たち自身です。
学習する文化を持った組織だけが、見えないリスクに気づき、未来の事故を防ぐことができるのです。
食品安全文化が生んだ成功事例
ある会社でのことです。
メンバーたちは、清掃の時間になるとただ床を磨くのではなく、落ちている異物を徹底的に拾い集めるようになりました。
はじめは「なぜこんなことを…」と不思議がる人もいましたが、拾った異物を品質管理のメンバーが一つひとつ分類・層別するようになったのです。
「これは製品の削り粉だな」
「こっちは金属片だ、どの機械から出ているのだろう?」
「この繊維は作業着からかな」
そんな会話が交わされるうちに、彼らは次第に“異物を見るプロ”のような感覚を身につけていきました。
専門家が育つプロセス
活動を続けるうちに、現場にはちょっとした“異物の専門家”が育ち始めました。
落ちているゴミを見ただけで「どこから発生したか」を推測できるようになったのです。
ある日、清掃の後に微生物検査を行ったところ、浮遊菌や落下菌の数が激減していることがわかりました。
メンバーたちは目を丸くして驚きました。
「ただ異物を拾っていただけなのに、ここまで違うのか!」
その体験が、彼らに強い自信と誇りを与えました。
「自分たちの取り組みが、確かに食品安全につながっている」――そう実感できたのです。
なぜ、このおはなしのようなパフォーマンスを得られたのか?
それは、現場と異物の専門家が一緒になり、発生源から飛散対策(ほとんどは囲い込みでした。)を行ったからです。
自分達で原因に気付き、改善案を考え、それを実施する。
ラインの中には、達成感と一体感が高まり、部署間の壁もなくなっていました。
学びと気づきを育てる場なのです。
異物を拾い、分類し、原因を探ること。
その積み重ねが専門性を育て、文化を育て、成果を生みます。
やがては「水滴すら異物と捉える」ほどの感度が根付き、事故を未然に防ぐ力となるのです。
食品安全は、規格やマニュアルだけでは守れません。
現場の日常の中で、こうした“生きた文化”を育てられるかどうかにかかっているのです。
マニュアルは最後に生まれるもの
ある経営者から、こんな相談を受けたことがあります。
「坂田さん、マニュアルを作るのが先か、文化をつくるのが先か、正直わからないのです」
その会社は、食品工場の規模としては中堅クラス。
ISOやHACCPなどの認証は取得していましたが、現場では「マニュアルはあるけど守られない」という声が絶えませんでした。
一方で、ベテランの作業者は「マニュアルなんて紙の上だけだ」と冷ややかに見ていました。
マニュアル先行の強みと弱み
確かに、マニュアルを先につくることには強みがあります。
- 誰がやっても同じ手順になる
- 新人でも短期間で戦力化できる
- 対外的な説明責任に応えられる
しかしその反面、弱みもあります。
- 実態に合わないと形骸化しやすい
- 書類ばかり増えて、現場の負担になる
- 現場の気づきが反映されにくい
つまり「マニュアル先行」は便利さと同時に、危うさも抱えているのです。
現場で気づき、文化を育て、その成果を形にしたものがマニュアルになるのです。
だからこそ「マニュアルは最後に生まれるもの」と言えるのです。
文化が支え、マニュアルが形にする。
その循環が、食品安全を本当に守る仕組みになるのです。
環境と雰囲気が人を育てる
しかし、人材がどれほど努力しても、環境や雰囲気がそれを押しつぶしてしまうことがあります。
- 「今まで大丈夫だったから気にするな」
- 「余計なことを言うな」
こうした一言で、せっかく芽生えた気づきが摘まれてしまうのです。
逆に、「よく気づいたね」「じゃあ、原因を一緒に考えてみよう」そう声をかけられる環境なら、人は自然に学び、伸びていきます。
つまり、人材を育てるのは人そのものではなく、環境や雰囲気が大きく影響するのです。
実は、私も現場にいた頃は、異物との戦いでした。
粘着テープを片手に、工場中の誇りや異物などを集めちゃ~顕微鏡で観察し続けていました。
二年もすると、業界の中でも異物の知識の高い人材と認められ、異物集の編纂に協力させていただいたことがあります。
地道でしたが、あのときの経験は、品質に対する考え方や、仕事に対する姿勢、顧客の信頼を継続しながらも高めることを装着できたと思っています。
どうでしょうか?
一度、コンタミネーションについて、雑談でもしてみませんか?
ぜひ、お声がけください。
このコラムを書いたプロフェッショナル
坂田 和則
マネジメントコンサルティング2部 部長 改善ファシリテーター・マスタートレーナー
問題/課題解決を現場目線から見つめ、クライアントが気付いている原因はもちろん、その背景にある奥深い原因やメンタルモデルも意識させ、問題/課題改善モチベーションを高めます。
その先の未来には、改善レジリエンスの高い人材が活躍します。

坂田 和則
マネジメントコンサルティング2部 部長 改善ファシリテーター・マスタートレーナー
問題/課題解決を現場目線から見つめ、クライアントが気付いている原因はもちろん、その背景にある奥深い原因やメンタルモデルも意識させ、問題/課題改善モチベーションを高めます。
その先の未来には、改善レジリエンスの高い人材が活躍します。
問題/課題解決を現場目線から見つめ、クライアントが気付いている原因はもちろん、その背景にある奥深い原因やメンタルモデルも意識させ、問題/課題改善モチベーションを高めます。
その先の未来には、改善レジリエンスの高い人材が活躍します。
得意分野 | モチベーション・組織活性化、リーダーシップ、コーチング・ファシリテーション、コミュニケーション、ロジカルシンキング・課題解決 |
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対応エリア | 全国 |
所在地 | 港区 |
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