安全文化と意識を育てる│普段から培った生きた行動力
組織の安全は、マニュアルだけでは守れません。
日常の中で、
「大丈夫だろう」という油断が生まれる。
「ミスはない。」
「トラブルもない。」
そう信じたい気持ちが、静かに広がっていきます。
しかし、危機は予告なしにやってきます。
非常時に組織を守れるかどうかは、 普段から育まれた「安全文化」にかかっています。
本コラムでは、 集中豪雨の中、声を出し、指差確認で現場を守った実体験を起点にお話しします。
空を駆けるパイロット達のリアルな行動と重ねながら、「なぜ声を出し、指を差す文化が、組織の未来を守るのか」について、心理学・脳科学・労働安全衛生・BCP(事業継続計画)の観点から、深く掘り下げています。
リスクに強い組織をつくるために、
非常時でも、冷静に行動できるリーダーを育てるために、
そして、すべての現場が未来を守る力を持つために、
今こそ、 「声を出す」「指を差す」文化を、リーダーから率先して始めましょう。
マニュアルでは救えない。
声を出し、指を差す。
それが安全文化と意識を育てる。
嵐の地下室 ― 声を出して意識をつなぐ
それは、突然の集中豪雨だった。
朝から重く垂れ込めていた雲が、昼過ぎには暗闇のように空を覆い尽くし、地面を叩きつける雨が、都市の排水能力をあっという間に越えていった。
会社の敷地の地下室にも、容赦なく雨水が流れ込んできた。
耳をつんざくような轟音。
地下に響く、排水ポンプのうなり。
そして、じわじわと上昇してくる冷たい水。
水位があと50センチで電気盤に達する。
わたしは、大声で叫んだ。
「一次排水ポンプ作動中! 二号機起動確認!」
「電気盤、異常なし! 手動ポンプスタンバイ!」
「水位上昇スピード、減少なし! 次、第三排水ラインへ切り替え!」
誰に聞かせるでもなく。
いや、誰よりも自分自身に聞かせるために。
声を出さなければ、意識が流される。
指を差さなければ、恐怖に呑まれる。
天井から落ちる雫。
足元を満たしていく水。
冷たさが、焦りとなって、身体の芯を蝕んでいく。
しかし、わたしは、声を出し続けた。
次の行動を、一つ一つ宣言するように。
目の前の状況を、言葉で現実につなぎとめるように。
声を出す度に、
自分が何をしているのか、何をすべきなのか、その意識がかろうじて浮かび上がった。
静かに、水位が減り始めた。
遠ざかっていく轟音の中で、わたしはようやく、「生き延びた」と小さく息をついた。
このとき、痛感した。
非常時には、理性もマニュアルも役に立たない。
頼れるのは、たった一つ、
「声を出して、自分の意識をつなぎとめること」
それが、生き延びるための、最後の手段だった。
蒼空を駆ける者達も ~パイロット達の声出し行動~
異常時に、声を出し続けたあの地下室の経験。
それは、空を飛ぶパイロット達にも共通する行動でした。
戦闘機パイロットや民間航空機のキャプテン達は、緊急事態に遭遇したとき、必ず声に出して状況を確認し、手順を進めます。
それは、教科書の知識ではありません。
命をあずかる現場で、幾度となく磨かれてきた生存の技術なのです。
例えば、エンジン火災が発生したとき。
パイロットは即座に叫びます。
Engine Fire Warning - Confirmed. Fire Handle - Pull!
(エンジン火災警報確認。消火ハンドル引き抜き!)
Fire Bottle One - Discharge!
(消火ボトル1、放出!)
If Fire persists - Fire Bottle Two - Discharge!
(火災が続く場合、消火ボトル2、放出!)
また、失速警報が鳴ったときには、こうです。
Stall Warning - Nose Down, Level Wings!
(失速警報発生。機首下げ、水平維持!)
Add Thrust - Recover from Stall!
(推力追加、失速から回復!)
なぜ彼らは、ここまで細かく声を出すのでしょうか?
それは、パイロット達もまた、異常な状況下では人間の思考が乱れ、認知が歪むことを痛感しているからです。
轟音、警報、激しい揺れ。
その中で、冷静に正しい行動を取るためには、自分自身に何をしているか、次に何をすべきかを言葉で刻みつけるしかないのです。
機体の異常を声に出して認識し、取った行動を口に出し、次の一手を宣言する。
この連続により、 パイロット達は「意識の連続性」を保ち続けます。
この行動は、専門用語でヴァーバライゼーション(Verbalization)と呼ばれています。
また、複数のクルー間で、リアルタイムに情報共有するコールアウト(Call Out)も、 異常時には命を守るための絶対条件となるものです。
この事実を知ったとき、わたしは胸が震えました。
あのとき、地下室で声を出し続けた自分の行動は、ただの自己流ではなかった。
空を飛ぶ者達も選び取る、生きるための普遍的な行動だったのです。
声を出すこと。
それは、混乱する現場にあっても、 「自分は状況を認識している」 「自分は行動できる」 と、自らに宣言し続ける行為です。
例え孤独な現場でも、声を出すことで、 自分自身と対話し、次に進むための意志をつなぎとめる力が生まれます。
パイロット達の声出し行動。
わたし自身の豪雨現場での体験。
その共通点に気づいた今、声を出すという行動が、単なる「作業」ではなく、命をつなぐ「生存本能の意識向上」であることを、深く確信しています。
なぜ声を出すのか ~心理学と脳科学が教える「意識を守る方法~
非常時に、なぜ声を出すのか?
なぜ指を差して確認するのか?
それは単なる「マニュアル通りの行動」ではありません。
そこには、人間の心と脳のメカニズムに裏付けられた、深い理由が存在します。
まず、非常時の人間の心理状態について考えてみましょう。
非常時、人間の脳はどうなるのか
人間は、強いストレスや危機的状況に直面すると、「戦うか、逃げるか」(Fight or Flight)という本能的反応を引き起こします。
この時、脳内ではアドレナリンが大量に分泌され、心拍数が上がり、筋肉は緊張し、視野は狭くなります。
脳は、「生き延びるために必要な動作」だけを優先し、高度な思考や複雑な判断は、一時的に機能低下してしまうのです。
簡単に言えば、 「頭で考える余裕がなくなる」 「直感的な反応だけで動きたくなる」 そんな状態になります。
集中豪雨の中、地下室に水が溢れた時。
わたしの頭の中も、最初は真っ白になりかけました。
しかし、声を出すことで、意識は少しずつ戻ってきたのです。
声を出すことで意識を取り戻す
なぜ、声を出すと意識を保てるのでしょうか。
心理学では、これをセルフモニタリング(自己監視)と呼びます。
セルフモニタリングとは、「今、自分が何をしているのか」を自分自身に気づかせる行動のことです。
声を出すことで、脳は「今何をしているか」をリアルタイムで認識します。
しかも、
視覚(見るvisual)
聴覚(聞くAuditory)
運動(指を指すKinesthetic)
言語化(話すSelf-talk)
という複数の感覚を同時に動員するため、単なる「黙って考える」よりも、意識のレベルを高く維持できるのです。
また、神経科学的にも、声を出すことは脳の前頭前野(判断・計画を司る部分)を活性化させることが知られています。
前頭前野が働き続ける限り、
パニックに陥る
本能的に暴走する
必要な判断ができなくなる
といったリスクを減らすことができるのです。
指差し確認の科学的効果
指差し確認、いわゆる指差呼称も、科学的に非常に有効です。
指差し動作を行うと、脳の運動野が刺激され、「意図した行動を実行する」プロセスが強化されます。
つまり、目で見るだけでなく、実際に指を差して体を動かすことで、確認行為が脳に深く刻み込まれるのです。
この結果、
見落としミス
注意力低下による操作ミス
危機の兆候の見逃し
といったリスクを大幅に減らすことができます。
事実、日本の鉄道業界では、 1940年代後半から1950年代にかけて、 国鉄(のちのJR)が現場での実験を行い、 指差呼称を実施した場合、ミス発生率が1/6に低下した、というデータを得ています。
具体的には、
指差呼称なし → ミス発生率 1.5%
指差呼称あり → ミス発生率 0.25%
という結果となり、 単純計算で約1/6に低減されることが明らかになったのです。
また、この手法は海を越え、アメリカにも影響を与えました。
ニューヨーク市地下鉄(MTA)では、 日本の指差呼称文化を取り入れた結果、 運行ミスが導入前に比べて53%減少したという報告もあります。
つまり、指差しと声出しは、国や文化を問わず、 「人間の認知の弱さ」を補い、 「命を守るための動作」として科学的に有効なのです。
指差呼称は「生存本能」 ~日常から育てる行動習慣
指差呼称
この行動は、単なる形式的なルールではありません。
現場で命を守るために生まれた、人間の「生存本能」そのものです。
目で見ただけではダメ。
手を動かして、指を差し、 声に出して、耳からも認識する。
五感をフル動員して確認することで、 脳に「これは重要だ」というシグナルを強く送る。
それが、指差呼称なのです。
これは、原始時代で言えば、 獲物を見つけたとき、危険な毒草を仲間に知らせるとき、本能的に「指差し」「声に出して」仲間と情報を共有していた行動と、同じルーツを持っています。
指差呼称は、生き残るために人類が身につけた原初の技術なのです。
「面倒くさい」が命取りになる
しかし、現代社会ではどうでしょうか。
忙しさにかまけて、
「大丈夫だろう」
「今まで問題なかったから」
と、声を出さず、指も差さずに作業を進める光景が当たり前になっています。
形だけのチェックリストに丸を付けて、 本当に確認したかどうかも怪しいまま、次の仕事へ。
「手間を惜しむ」「声を出すのが恥ずかしい」そんな心理が、静かに現場を蝕んでいきます。
そして、ある日突然、
見落とした赤信号
確認漏れの異常圧力
事務プロセスの慣例化
気づかなかった機械の異音が、命取りになってしまうのです。
指差呼称とは、「面倒くさい」という本能に打ち勝ち、未来の自分を守るための戦いでもあるのです。
指差呼称を「日常」にする
では、どうすれば指差呼称を本当の武器にできるのでしょうか。
答えは一つ。
「非定常時」ではなく、「定常時」から徹底することです。
非定常時に冷静な行動を取れるのは、その行動を普段から無意識にできるレベルまで習慣化している人だけです。
誰に見られていなくても、 誰に強制されなくても。
自分のために。
チームのために。
未来のために。
指差呼称を、 自分自身の生き方の一部にする。
それが、 真のプロフェッショナルへの第一歩です。
声を出す勇気、指を差す誇り
わたしは、集中豪雨の地下室で、轟音と冷たい水に包まれながら、声を出して、指を差して、自分自身を守り続けました。
もしあのとき、 声を出さず、指も差さず、ただ慌てるだけだったなら・・・・
わたしはきっと、判断を誤っていたでしょう。
だからこそ、伝えたいのです。
声を出す勇気を持ってほしい。
指を差す誇りを忘れないでほしい。
それは、誰かに認められるためではない。
自分自身と、大切な仲間と家族の未来を守るためなのです。
机上では守れない ~労働安全衛生とBCPの落とし穴~
指差呼称や声出しの習慣は、単に現場の安全を守るだけではありません。
それは、企業全体を守るための「生きたBCP」 つまり、本当に機能する事業継続計画にも直結する行動なのです。
しかし、現実には、リスクリストに危機を書き出して満足しているケースが、驚くほど多く存在します。
「リアルを想像する力」が生存を分ける
BCPとは、本来、
書類を作ること
規定を整備すること
ではありません。
「想像できない状況でも、最後まで諦めず行動し続けるための備え」 これが、BCPの本質です。
そのためには、リスクリストを作った時点で、満足してはいけないのです。
そのリスクが現実化したとき、現場はどんな状態になるのか?
そのとき、人はどんな心理状態に陥るのか?
その中で、自分はどう行動を起こせるのか?
ここまで想像しきる力が、BCPを「生きたもの」に変えます。
そして、この想像力を支えるのが、日常からの声出しと指差呼称です。
普段から、「見る」「指差す」「声に出す」という行動を身体に染み込ませていれば、非常時にも、自然に意識を引き戻すことができる。
パニックに飲まれることなく、冷静に、例え一歩ずつでも、行動を続けることができる。
それが、本当に機能するBCPの力なのです。
BCPも、現場の声で完成する
BCPをつくるとき、経営層だけ、管理部門だけで完結させてはいけません。
現場の声・・・・特に、
日々指差呼称をしている作業員
非定常時に備えて声を出す訓練をしているスタッフ
こうした人たちの「生きた知恵」を取り入れることが不可欠です。
なぜなら、現場で起きる危機は、机上で想定できるものとは違う顔を持っているからです。
水が足元に迫ったとき、電気設備の異常音を聞いたとき、異臭に気づいたとき、 ほんのわずかな違和感を察知し、声を出し、指を差して動ける人達。
そのリアルな感覚こそ、企業の命を守る最後の砦になるのです。
声を出す文化が、組織を救う
BCPの書類に「声を出すこと」が書かれているケースは多くありません。
指を差すことも同じです。
けれど、非定常時に組織を救うのは、「普段から声を出し、指を差す文化」を持っているかどうかです。
声を出す文化は、異常に気づく力を高め、チーム内の連携を強め、行動の質を高めます。
それは、小さな声かもしれません。
でも、その声があったからこそ、誰かが気づき、誰かが動き、誰かが命を守る。
そんな未来が、確かに生まれるのです。
想像力を、行動につなげる
想像してください。
洪水の中、足元に水が迫る。
火災の煙が、目の前を遮る。
停電で真っ暗なオフィスに、警報音だけが鳴り響く。
そのとき、あなたは、声を出せるでしょうか。
指を差して、次の行動を選び取れるでしょうか。
書類に頼るのではありません。
システムに頼るのでもありません。
頼れるのは、普段から培った「生きた行動力」だけです。
そのために、
いま、声を出す習慣を。
いま、指を差す文化を、育てていきましょう。
声を出せ、未来を守れ
あなたに問います。
いざというとき、あなたは声を出せるでしょうか。
指を差し、未来への一手を選び取れるでしょうか。
静かに流れる日常の中で、誰もが、 「大丈夫だろう」 「きっと何とかなる」 そう思いながら過ごしています。
でも、非常時は、ある日突然やってきます。
地下室に轟く雨音のように。
突如落ちる闇のように。
予告もなく、静かに、しかし確実に。
そのとき、 マニュアルは、 書類は、 システムは、 すぐには助けてくれません。
頼れるのは、 あなた自身の、 日ごろの「行動習慣」だけです。
声を出す勇気、指を差す覚悟
指差呼称をすると、笑われるかもしれません。
声を出すことを、「面倒だ」と言われるかもしれません。
それでも、続けてほしいのです。
なぜなら、声を出すことは、自分を守る行動だからです。
指を差すことは、未来を守る意志だからです。
あなたのその一声が、 あなたのその一指が、 きっと、未来の誰かを救うことになる。
わたしは、地下室でそれを実感しました。
パイロット達も、 鉄道員達も、 医療現場の人達も、 皆、それを信じて声を出し、指を差しているのです。
そして今、あなたにバトンを渡したいのです。
声を出せ。
指を差せ。
未来を守れ。
すべては、あなた自身の行動から始まります。
もし、
「自分の組織に声を出す文化を根付かせたい」
「非常時に強いチームを育てたい」
そんな想いを少しでも抱いたなら、
ぜひ一度、私に声をかけてください。
一緒に考えましょう。
声を出し、指を差し、未来を守るために。

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現場を見る目が違うからリピート率90%超え。
等身大の言葉で語るから現場ウケしてます。
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問題/課題解決を現場目線から見つめ、クライアントが気付いている原因はもちろん、その背景にある奥深い原因やメンタルモデルも意識させ、問題/課題改善モチベーションを高めます。
その先の未来には、改善レジリエンスの高い人材が活躍します。
坂田 和則(サカタ カズノリ) マネジメントコンサルティング2部 部長 改善ファシリテーター・マスタートレーナー

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