ポジティブ・スピルオーバー
ポジティブ・スピルオーバーとは?
「ポジティブ・スピルオーバー」とは、複数の役割を持つことで互いに良い影響を及ぼす現象のこと。一方の役割で経験したことが、別の役割にスピルオーバー(流出)すると、能力や収入の拡張などが起きます。流出する中で良い影響をもたらすものが「ポジティブ・スピルオーバー」、悪い影響をもたらすものが「ネガティブ・スピルオーバー」。ポジティブ・スピルオーバーは、仕事と家庭という役割間の関係性について着目した実証研究の中でよく言及されており、類似の概念に「ワーク・ライフ・エンリッチメント」があります。
「仕事」と「家庭」の役割が
ポジティブな作用を生むための三つの条件
昨今、家庭の仕事に専念する「専業主婦(夫)」は減少し、育児や介護など、家庭で「ケア労働」を行いながら働く人が増えています。1990年代に、専業主婦世帯数と共働き世帯数が逆転して以来、その差は年々開いています。昔は祖父母が、子育てに協力してくれるケースなどもよく見られました。しかし現在は、「共働き」に加えて「核家族」がスタンダードとなっているため、頼れる人はおらず、働く人の負担は増すばかりです。
家庭と仕事の両立は、いつの時代も困難や葛藤の連続です。しかし、相互に良い影響をもたらすこともあります。たとえば、仕事で培ったオペレーション術を家庭運営に応用すれば、マルチタスクをパートナーと効率的にこなせるかもしれません。また、なかなか言うことを聞いてくれない子どもを前に「他人を変えることはできない」と気づくことは、価値観の違う部下との接し方に示唆を与えてくれるかもしれません。
近年のワーク・ライフ研究を見ると、かつては「葛藤」や「時間の奪い合い」というネガティブな側面に焦点が当たることが多かったものでも、複数の役割を持つことへのポジティブ面が注目されるようになっていることに気づきます。「ライフ」は必ずしも「ワーク」のための時間やコミットメントを奪う存在ではありません。「仕事の外に情熱を注ぐことによって、仕事にも還元される(逆もまた然り)」という認知が広まりつつあります。
しかし、ポジティブな相互作用になるには条件もあります。2008年のポールマンらの研究によると、ポジティブ・スピルオーバーが発露するためには、職務に自律性があり、周囲からの支援があり、自己概念や情緒の安定が必要です。
ポジティブな相互作用があれば、当然ネガティブな相互作用もあります。仕事がうまくいかずにイライラしてパートナーに当たってしまったり、ワンオペ育児に疲弊して仕事のパフォーマンスが下がったりするなど、良くない形で影響を及ぼすものはネガティブ・スピルオーバーと呼ばれます。
「ライフ」と「ワーク」が共鳴しあうには、自律性を発揮できる仕事である必要があります。たとえば、働く場所や時間を自分で決められたり、意見が尊重されたりする環境であること。また、両立に対する組織の支援も不可欠です。柔軟に働くことができる制度に加え、職場の雰囲気を醸成する上司・同僚の理解も欠かせません。
人事にとって、従業員の「ライフ」に理解を示すことは、一見人材の流出リスクを高めるように感じるかもしれません。しかし、「ライフ」を充実させることが、巡り巡って「ワーク」の質を高めることにつながるのです。
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