2024年の日本のジェンダー・ギャップ指数は146ヵ国中118位。政府は「2030年までに女性役員比率を30%以上にする」ことを目標に掲げていますが、帝国データバンクの調査によれば女性管理職割合の平均は10.9%と、まだまだ厳しい状況です。また、両立支援の整備、男女の賃金格差、女性自身の昇進意欲の低さ、「女性ばかりが優遇される」と言われてしまうなど、課題は山積しています。女性活躍社会を早期に実現させるために、企業はどうするべきでしょうか。先行して多くの女性が活躍する2社の事例を基に、企業が女性の活躍を推進するための課題や対応策について考察します。
育栄建設株式会社のアンコンシャスバイアスからの脱却
育栄建設株式会社(東京・台東区)
1983年に創業した少数精鋭の建築施工会社。公共工事を直接請け負う元請事業者として、公衆トイレ、学校、官公庁など大小さまざまな建築物の施工に携わる。働き方に関する受賞や認定も多数。
建築現場職に女性を採用して生まれた変化
女性活躍推進の現状と取り組みを始めたきっかけをお聞かせください。
現在は全社員のうち女性社員は5名、うち建築施工管理技士が3名います。以前は全社員のうち女性社員は2名の事務職員しかおらず、建築現場で働く施工管理職の女性は全くいない状況でした。
2012年に私が社長就任した当時ハローワークに求人を出したのですが建設業界で人手不足が常態化する中、当社のような中小企業には全く応募がなかったのです。求人媒体の担当者からアドバイスを受けて「未経験者歓迎」と採用方針を切り替えたところ、複数の女性から応募があり、その中から2名を採用したことがきっかけです。
それまで男性しかいなかった現場職に女性を採用するのは、大変だったのではないでしょうか。
最初は課題ばかりでしたが、私は女性を採用した当時から「今まで女性と一緒に働いたこともないのに、なぜ建築現場で働くのは無理と言い切れるのか」と考えていました。社長就任前は他業界で働いていたこともあり、「実際に働いてみなければ分からないだろう」と思っていました。
そこでまずは環境を整備するために、事務所で男女共有だったトイレを男性用と女性用に分け、施工現場に女性更衣室を新設するところから始めました。女性作業員が働くための設備を整える費用には、厚生労働省の助成金も活用しました。
男性側の意識改革の取り組みをお聞かせください。
男性作業員の意識改革には、現在も取り組んでいます。建設業は男性が中心で、ほとんどの人が女性と一緒に働いた経験がありません。業界歴の長い人ほど、仕事へのプライドや女性に対する偏見が強い。まずは同じ現場で女性社員と一緒に仕事をしてもらうことから始めています。
女性を採用して良かったことをお聞かせください。
対外的には、女性が利用する場所での施工が受注しやすくなったと感じています。建設現場では、お客さまのプライバシーな領域に立ち入ることが多々あります。女子トイレの施工や思春期の女子中高生がいるご自宅での改修工事などは、女性作業員の方がスムーズに現場へ入りやすいですね。作業服を着た男性は威圧感を持たれることもあるので、施主に安心してもらうことで作業がしやすくなりました。
女性の採用以降、社内の労働環境に影響はありましたか。
社内では、女性を採用したことをきっかけに社員の働きやすさを考えるようになり、労働環境の見直しにつながりました。例えば社員の残業時間を抑制すれば、翌日に疲れを持ち越さないため、お客さまに満足していただけるパフォーマンスを発揮できるようになります。健康経営優良法人の認定や台東区ワーク・ライフ・バランス推進企業の認定など、外部の評価にもつながっています。
他にも、自主的に資格を取得した女性社員に感化されて男性社員が勉強を始めるなど、会社全体にスキルアップしようという向上心が生まれました。「作業服刷新プロジェクト」では、作業服に現場ごとのワッペンを導入するアイデアを女性社員が発案しました。ワッペン入れ替え式で、現場を重ねるごとにワッペンが集まるので、仕事をするうえで楽しみが生まれています。当人の姿勢やセンスもありますが、こうした真面目さや日々の仕事を楽しくするアイデアは、これまで当社になかった視点です。
女性採用時の覚悟と支援
男性が主流の業界や企業で、女性を活用しようと考える経営者は多くありません。もともとジェンダーについて知見があったのでしょうか。
企業を経営していく中で、考え方が変わっていきました。とにかく人手不足なので、「男性でなければならない」とこだわっている場合ではありませんでした。
ジェンダーに関する知見は、外部の研修などで徐々に深めました。当社では、2016年に女性活躍推進法における一般事業主行動計画を策定。策定時に申し込んだ研修で、無意識の思い込みや偏見を指す「アンコンシャス・バイアス」や、他業界の女性活躍事例を学んだことも大きかったですね。当初は女性社員を採用するためには企業が配慮しなければと漠然と考えていたのですが、男性と同じように働きたいと考える女性が多いこと、生理や妊娠・出産といった女性特有の身体的特徴に関する制度などについて知識を深めていきました。
現場監督として働く女性社員へはどういうことを話しているのですか。
現場監督の仕事は力仕事がメインと思われがちですが、実際は全体のまとめ役として段取りや施工手順を現場のスタッフに指示する立場。体力的なハンディキャップは少ないのですが、女性であるがゆえに実力を過小評価されるなどの問題もあります。そこで、女性社員や一緒に働く社員には「取引先で何か問題が起きれば、私が解決するから必ず報告してくれ」と指導していました。部下が働きやすい環境を作るのが上司の仕事ですから。
具体的な対策を進めるうえで参考にしたものはありますか。
外部で実施される経営者セミナーで他業種の事例を学んでいます。特に、女性が多く働く異業種の経営者から学ぶことは多いですね。あるアパレル企業の経営者から聞いた、女性が多い職場ならではの課題、こんな制度があると女性は働きやすくなるといった情報は、大変参考になっています。男性間では気にならない大声での指示だしや荒い言葉遣いは、女性には怖く感じられるため、現場職人とのコミュニケーション方法は今後の課題です。
建設業界では職人の高齢化が進み、女性活躍事例も少ないので、「なぜ育栄建設は人材採用や育成がうまくいっているのか」と他社からよく聞かれます。地道に対策を講じて、改善してきた結果が現在につながっていると感じます。会社が何も対策を採らずに、人を採用・育成することはできません。
職場環境づくりに悩む企業や人事担当者に向けて、メッセージをお願いします。
これまでお話しした通り、女性を採用して以降、当社では良い影響がたくさんありました。そもそも人材不足の企業で性別を懸念していては、人材採用ひいては会社の存続すら難しくなります。経営者は「社員の出産や妊娠は当然の権利」と覚悟を決めるべきです。メンバー全員で仕事を分担できる環境づくりなど、欠員が出ても余裕を持てる職場にしていくことが重要です。
最後に、「特別扱いしない」秘訣を教えてください。
初めて女性を採用する企業には、二人以上を採用することをお薦めします。女性が一人きりだと本人は心細いし、職場の環境設備や制度を整える際に「女性社員のため」というより「〇〇さんを特別扱いしている」という見方をされてしまいます。女性が働きやすい環境は男性にとっても働きやすい職場につながるので、ぜひ数名の採用にチャレンジしてほしいですね。
エコロシティ株式会社の「特別扱いしない」で背中を押す姿勢とは?
エコロシティ株式会社(東京・港区)
モビリティサービスカンパニーとして、コイン式時間貸し駐車場「エコロパーク」の運営・管理をはじめ、月極駐車場の業務全般、企画コンサルタント、駐車場の工事請負などを行う。多彩な人材が挑戦することで日々成長できる組織を目指す。
誰もが事情を抱える可能性があるという視点
女性活躍推進の現状についてお聞かせください。
2024年12月時点で、エコロシティの社員は3割が女性、管理職における女性比率は26%です。女性の社員や管理職が多いのは、当社の事業内容と組織風土が関係しています。
コインパーキング業界は、法人や個人の遊休地を活用する特殊なビジネスモデルのため、業界経験者がほとんどいません。そのため、当社では異業種からの人材を採用し、社内で人材育成を行っています。どの社員もゼロからのスタートなので、入社時にはキャリアの差がほとんどなく、昇進機会も平等です。女性営業職の前職はパティシエやネイリスト、農産物直売所の販売員などで、業界未経験者ばかりです。
女性社員の育成をするうえで、社内で心掛けていることはありますか。
当社では「女性だから」という配慮は行わず、一人ひとりの社員が持つ能力や事情に合わせた対応を取っています。会社として特別なことは何もしていないのですが、かえってその姿勢がキャリアを積みたい女性に評価されているようです。女性にはライフイベントが多くありますが、それぞれの事情を抱えて働くという点では、外国籍社員やシニア社員も同様です。特別扱いはせず、個人を見るように心掛けています。
婦人科検診の全額補助や産前産後の休業制度は設けていますが、それ以外に「女性ならでは」の福利厚生や人事制度はありません。人生において、ライフイベントが起こるのは女性だけではないからです。例えば出産は女性にしかできませんが、育児は男性でもできます。
エコロシティ株式会社の人事制度や福利厚生の特徴についてお聞かせください。
「誰もが利用できる福利厚生や人事制度を整備するのは難しい」と考えているので、一人ひとりの事情に合わせて会社が支援する体制を取っています。フレックスタイムやリモートワークなども人によって希望は異なるため、個人の事情に合わせることが最適解だと考えています。
例えば子育て中の30代女性には保育園の送迎時間を考慮した勤務体系が必要ですが、更年期の50代女性では体調不良への配慮が求められます。また精神面で出社が難しい社員には、週数回のリモートワークを組み合わせることで仕事のペースを保つことができます。不妊治療中の女性社員は周期に合わせて通院する必要があるため、有給を取得しやすい環境を整備していくことが重要です。制度化してしまうと条件に該当する社員しか利用できなくなるので、あえて制度を設けないようにしています。それによって柔軟な対応が可能となるため、働き方の選択肢を複数提供できるのです。
柔軟な働き方ができる社員と、フルタイムで出社して働く社員との間に不公平感は生まれないのでしょうか。
出社してフルタイムで働いている社員でも、いつ何が起こるかは誰にも分かりません。男性社員に親の介護が発生することもあれば、若手社員が夜間のビジネススクールに通いたくなることもあるでしょう。プライベートな事情で働き方が変わるという点では同じです。個々人が働き続けられる環境作りを行っています。
人事部に必要とされる提案
エコロシティ株式会社で働く女性社員の強みと弱みについて教えてください。
当社の女性社員は、数字や目標への達成意欲が総じて高いと感じる場面があります。例えば30人の集客を依頼すれば「目標まであと〇人」とカウントダウンする、アポイントの成約件数に力を入れるなど、具体的な目標を掲げると頑張る女性が多い。また当社の営業職は、自分が担当した駐車場がグーグルマップに掲載されます。このように成果が見えやすいことも励みになっているようです。
一方で、目標達成への思いが強すぎるケースもあり、「あれもこれもやらねば」と仕事を抱え込む傾向が見られます。自分の意見をためらわずに言える職場環境を構築しているところです。
重要なポストや仕事を打診されると、不安に感じる女性も多いようです。女性管理職を増やすにあたって、企業が心掛けるべきことは何でしょうか。
「あなたならできる。失敗しても大丈夫」と会社が背中を押すことが大事です。役職や仕事は、人を成長させます。あるマーケティング職の女性社員に「顧客インタビューの事例を作ってほしい」と依頼したところ、2ヵ月で5社からアポイントメントを取り、ブランディング動画まで作成してくれました。具体的な課題を与えたことで、期待以上のパフォーマンスを発揮してくれたのです。
これからの時代は会社から与えられた仕事をこなすだけではなく、自分で考えて主体的に動くことが求められます。自律した社員を育てるためには、会社や上司が成功体験を積めるようにバックアップすることも重要ではないでしょうか。
また、初めての仕事では間違った方向に進むこともあります。女性に限らず優秀な社員を育てるなら、会社や上司が仕事を任せきりにしてはいけません。社員が失敗しそうになったときに「このままで大丈夫?」と確認するなど、見守りながらサポートしていくことが必要です。
女性社員の育成に悩む企業や人事担当者に向けて、メッセージをお願いします。
企業からよく受ける相談として、「女性管理職が少ない」というものがあります。女性社員からは「なりたいロールモデルがいない」という声も聞きます。私はいつも「あなたがロールモデルになればいい」と話しています。社内に活躍する女性社員が少ないと悩んでいるなら、女性社員を育成して登用する側になればいいのです。
また、事業責任者や部門長は今いる部署での適性や能力を評価しがちなので、フラットに社内を見渡せる人事部が社員それぞれに合ったポジションを提案してほしいですね。
女性社員のさらなる活躍を支援するために
女性が職場で活躍することは、より良い商品・サービスの提供や企業の持続的な成長につながります。育栄建設株式会社は、女性が働きやすい環境の整備に注力し、顧客満足度の向上や社内活性化を実現。建設という男性中心のイメージが強い業界において、女性が活躍できる土壌を築き上げました。エコロシティ株式会社は、個々の事情に合わせてきめ細かくサポート。女性社員が能力を最大限に発揮することで、高い成果につなげています。これらの取り組みは、従業員一人ひとりの個性と能力を尊重し、誰もが働きやすい環境を構築することが、企業全体の成長につながることを示唆しています。
東京都では、女性活躍を推進するために12のプログラムを無料で提供。セミナー形式に加え、メンタリング、コンサルティングといった伴走型支援を取り入れている点が特徴です。さらに、経営者・人事担当者・女性従業員・男性従業員それぞれに向けたプログラムを用意し、多角的で実効性の高い支援体制を敷いています。
「女性活躍に取り組みたいが、何から始めればいいか分からない」「予算・工数が割けない」という企業にとって、外部プログラムの活用は有効な選択肢の一つです。外部の支援を受けながら自社の状況に向き合い、自社らしいアプローチで女性活躍を目指すことが重要です。
東京都では、企業においてより多くの女性が活躍していけるよう、女性活躍推進法に基づく行動計画の策定支援や、管理職を目指す女性向けのスキル習得支援、キャリアアップについて考えるセミナー、企業経営者や男性管理職を対象としたセミナー、個別のメンタリングやコンサルティング等、12の支援プログラムを開催しています。すべて参加費無料ですので、ぜひこれからの企業取組推進にご活用ください。