事業のグローバル展開や優秀な人材の確保に向けて、国籍や言語などを問わない採用を進める企業が増えています。世界市場を意識するテック企業では、エンジニアのかなりの割合を外国籍社員が占めることも珍しくありません。バックグラウンドの異なるメンバーの文化や考え方を尊重しながら、一つのチームとしてまとめていくにはさまざまな課題があります。どうすれば多様な人材が働きやすい環境をつくることができるのでしょうか。グローバル化を進めているマネーフォワード人事労務部の兼松氏・杉江氏と、グローバルに複数の施策を展開するメルカリPeople&Culture Directorの早川氏が語り合いました。
- 早川 アンジー 亜貴さん
- 株式会社メルカリ People&Culture Director, People Experience
- 兼松 大樹さん
- 株式会社マネーフォワード People Forward本部 人事労務部 部長
- 杉江 昌美さん
- 株式会社マネーフォワード People Forward本部 人事労務部 リーダー
暗黙知の共有から形式知での共有へ
グローバル化を進める中での労務面の現状や課題についてお聞かせください。
兼松:マネーフォワードは6年前にベトナム、1年前にはインドに開発拠点を立ち上げました。全社をあげてエンジニアのグローバル化を進めており、現地で採用した人材を日本で受け入れるケースも増えています。グループでの従業員数は約2400名ですが、そのうち17%は外国籍です。
グローバル化によって、さまざまな課題が生じます。例えば、「日本人にはすんなり伝わっていたことが、外国籍社員には伝わらない」といったこと。とはいえ、「全員に伝わるように、ストレートな表現でしっかりしたメッセージを出さなくてはいけない」と慎重になれば、スピード感は落ちてしまいます。また、多様な人材が一緒に働く職場では、社内ルールに原則論が必要です。それがなければ、全ての案件が個別対応になってしまうからです。
早川:メルカリは現在、アメリカとインドに海外拠点があります。10年前にアメリカ、2年前にインドを開発拠点として整備しました。現在、連結の従業員数2000名のうち外国籍人材は約30%で、エンジニアの場合は50%以上。出身国は50ヵ国以上になります。
グローバル採用を加速させたのは2018年前後からです。さまざまなバックグラウンドを持つ従業員が増えたことで、人事制度もメッセージの発信も、常に「どう受け取られる可能性があるか」を考えることが重要になってきました。同質性の高い組織から多様性のある組織に変化したことを、常に意識して進める必要があります。
組織の変化にあたり、まず手がけたのは、暗黙知の共有から形式知での共有への切り替えです。さまざまな判断を、きちんとガイドラインで示せるようにしました。言語は日本語・英語を併用し、わかりやすくやさしい表現を使うようにしています。
兼松:例えばコアタイムなしのフレックスの場合、「就労時間帯はいつでもいいのか」とよく尋ねられます。暗黙知としては、「常識の範囲内で」という回答になってしまう。このような質問に対して、明確なメッセージは出されているのでしょうか。
早川:当社はフルフレックスで、マネジャーとメンバーの間で合意があれば、働く時間帯はいつでも問題ありません。労務面で気をつけているのは超過勤務と休日出勤、深夜勤務です。ただ「いつでもよい」といっても、ずっと夜中に働くのはウェルビーイングの観点からもよくありませんし、メンバー同士のコミュニケーション問題も発生します。当社のバリューにある「チームワーク」を実践できているかどうかが評価にも反映されるので、極端に続くようならマネジャーとすりあわせた方がいいと思っています。
兼松:外国籍の従業員が増えてくると、管理職層にも日本語が得意でない人が出てくると思います。メルカリさんでは管理職の25%が外国籍とうかがいました。どんなサポートをされているのでしょうか。
早川:当社には、言語の壁を感じる社員に必要な英語と日本語の通訳・翻訳サポートを提供しています。全社向けの告知などはかならず通訳を入れて、全員が理解できるようにしています。個別の1on1ミーティングなどでも、必要があれば社内の通訳を手配することが可能です。はじめてマネジャーになって部下に外国籍のメンバーがいたという場合でも、サポートできる仕組みをつくっています。
外国籍の管理職比率は全体で25%ですが、エンジニアをまとめる管理職はもっと高い割合になります。メルカリのユニークなカルチャーとして「オープンドア」というものがあります。誰でも自由に質問などができる意見交換の場です。マネジャー層から「評価をメンバーにどう伝えたらいいのか」といった疑問点も、オープンドアの場で回収できるようになっています。
専任の通訳・翻訳チームを整備してサポート
外国籍人材の採用やオンボーディング、労務面の手続きで課題はありますか。
兼松:海外で拠点設立を進める場合、現地事情に詳しい会計事務所のようなパートナーが欠かせませんが、アウトソーシング先の選定が難しいと感じています。
早川:当社では、インド法人の立ち上げ時に、採用からその後のオペレーションまで全部行ってくれる契約をアウトソーシング先と交わしていました。そうしなければ、複雑なインドの法律や採用事情をすべてカバーすることはできません。アメリカでは、四大会計事務所などを経由してコンサルティングを頼んでいました。こちらは参照できる事例が多かったので、自分たちでできる範囲は自分たちでやり、コストを圧縮するようにしていました。
兼松:外国籍人材に日本で勤務してもらう場合は、どのような受け入れサポートを実施していますか。どこまで会社として対応すべきか、線引きに悩んでいます。
早川:まず、社内システムは日本語と英語の両方で使えるよう整備しました。その上で、業務に関することは、専任の通訳・翻訳チームがサポートしています。そのほか、住居に関する基本的な質問や不動産会社への対応などは、リロケーション会社に任せています。
「どこまで会社として対応すべきか」という点ですが、さすがにプライベートまでは対応しきれないので、明確に線引きをしています。たとえば、「住民票を取りたいので区役所までついてきてほしい」という要望はプライベートな範囲なので、行政が提供している言語サポートやご自身で通訳を手配するようにしています。
健康診断も線引きは難しいですね。基本的には、受付の段階から英語対応可能な病院を確認して、案内するようにしています。しかし、個人によって求めるサポートのレベルがまったく異なります。外国籍でも、日本語が得意でサポートがいらない人もいます。
杉江:通訳・翻訳チームはどのくらいの規模ですか。
早川:決して多くはない規模感です。社内事情に詳しくなくてもできる通訳・翻訳の業務は、社外にアウトソーシングするケースもあります。通訳・翻訳チームがサポートに入るのは、たとえば、複数のチームをまたぐ施策に関する会議や社内の全体定例。なるべく同じチーム内で通訳がなくても成り立つように組織設計をするようにしていますが、マネージャーと部下で言語の壁がある場合、「軌道に乗るまでサポートする」「伝え方のニュアンスが気になる」といった時には支援します。
杉江:海外出身者が、母国に戻ってリモートワークをするようなパターンはありますか。
早川:一部ではあります。部分的に認めています。日本で雇用している従業員が*ホームリーブで母国に戻っている時に、どうしても参加しないといけない会議があるといったケースですね。休暇中という前提なので、届け出と事前承認が必要になります。ただ、セキュリティーの問題もあるので、すべての国で可能というわけではありません。
兼松:家族の事情により、「母国でフルリモート勤務できないか」といった相談も受けます。どう対応されていますか。
早川:コロナ禍では同様の相談を多く受けました。それをきっかけに、希望があった場合どうするかを考えてルール化しました。勤務期間や、長期化した場合の雇用形態変更の可能性などを定めています。
*ホームリーブ … 出向や転勤により本国を離れ、日本国内で長期間勤務する外国人社員が、休暇などのために一時帰国すること。
従来型の海外赴任とは異なる発想に転換
日本からの海外赴任状況や課題はいかがでしょうか。
早川:メルカリではリモートワークの普及や昨今の円安の影響などを考慮して、海外赴任という日本独特の仕組みが時代にあわなくなっているという認識に至りました。現在も赴任の制度自体はありますが、使われているケースは少ないです。アメリカでもインドでも、必要なポジションが発生した場合は現地で採用するか、日本から転籍という形をとっています。
転籍の場合は、戻ってくることを想定しない片道切符ということでしょうか。
早川:はい。今のIT業界で、海外就労はキャリアアップの選択肢の一つです。たとえばアメリカで経験を積んだエンジニアが日本に戻っても、おそらく国内にはそのキャリアに見合う仕事がありません。転職するなら、海外で新しい仕事を探す方が満足度は高くなるでしょう。それが可能なマーケットバリューがついているからです。仮に帰国しても、数年で再度海外に転職するケースは珍しくありません。それなら最初からチャレンジを前提として、転籍してもらった方がいいだろうという判断をしました。
もちろん報酬の問題もあります。今は円安なので、「日本と同じ給与を保証します」といっても、あまり魅力がありません。むしろ、現地法人に直接雇用された方が納得できる報酬になる。これはアメリカだけでなく、インドでもほぼ似たような状況です。
杉江:海外転籍は、アサインと手あげのどちらでしょうか。
早川:普段から海外でのチャレンジに関心を持っているメンバーへ、ポジションがあいた時に打診する流れですね。条件があえば決まりです。当社のカルチャーとして、「いきなり行ってもらう」「行きたくない人を行かせる」といったことはありません。
インドの場合は、IIT(インド工科大学)の新卒採用で日本に移住してきたメンバーが、4~5年経験を積んで中堅になったあと、「母国に戻って続けたい」というケースでの転籍がありました。日本の事情を理解しているインド出身社員が活躍してくれれば、日本から人材を送り込む必要はありません。基本的に現地法人は、その国の人材を軸にした方がうまくいくと考えているので、この流れは本社としても歓迎しています。
兼松:国をまたぐリロケーションの費用補助は、どんな仕組みですか。
早川:赴任も転籍も、ほぼ同じになるように工夫しています。転籍の場合は一括で渡すため、自分で強弱をつけて使ってもらえます。対象者の属性が多様化している今は、後者の方が使い勝手はいいはずです。
杉江:マネーフォワードでもインドやベトナム出身の日本法人社員が、それぞれの国の当社現地法人に赴任するケースが何度かありました。ただ、転籍というパッケージは組んでいないので、リロケーションの費用補助などは明確に決まっていません。先ほどのような話を聞くと、今後は仕組みをつくっていった方が良いのかもしれません。
早川:海外赴任と転籍について補足すると、それぞれの違いについて規程をきちんと整備する必要があります。そうでないと、税務面でその国の当局から指摘を受ける可能性があります。インド法人の立ち上げに関わった際、かなり注意して進めました。海外赴任のケースは少ないですが、規程があるのはそういった背景からです。
多様な人材が働きやすい環境をつくるために
マネーフォワードでは、現在も海外赴任制度は運用されているのでしょうか。
兼松:海外赴任制度は運用しています。日本国籍の方を現地で雇用することを制限しているわけではなく、その方の意向に合わせた対応をしますが、今は海外赴任の方が多いです。
杉江:メルカリさんでは、現地法人の給与体系などに日本側はどの程度関与しているのでしょうか。
早川:人事制度のフレームワークや原則的な考え方は、できるだけ日本と統一するようにしています。具体的にはグレードの体系やそれにひもづいた報酬レンジなどです。ただし、報酬額などは地域ごとに個別対応していく形をとっています。
杉江:当社では、海外赴任者の環境を考えたらハードシップ(危険手当)も必要だという意見がありました。転籍の場合は現地雇用なので関係ないかもしれませんが、赴任の場合はどのように対応しているのでしょうか。
早川:赴任でも危険手当は導入していません。私も人事キャリアの中でかなり考えたテーマですが、一般的に危険手当をつけるという発想はなくなってきている印象です。なぜなら、日本の安全性は世界でも例外的なレベルだから。それを基準にしてしまうと、いくらお金を出しても十分とはいえません。逆にそこまで安全にこだわる人は、海外勤務を希望しないと考えています。
海外転籍全般について、おさえるべきポイントはありますか。
早川:メルカリは全世界共通のバリューを制定しています。それが現地それぞれで独自の解釈をされないように注意しています。評価制度も同様です。評価後の処遇は現地ごとの対応ですが、評価軸自体は揺るがないようにしておくことが重要だと考えています。
メルカリではさまざまなグローバル労務の施策に取り組まれています。成功の要因や注意すべき点などについてお聞かせください。
早川:多様な人たちが働きやすい環境をつくるには、人事制度のどこを整えるか、どこを統一するのかを人事が最初に意思をもって決めておくことが大切です。すべてを統一するのは難しいので、たとえば「この線を超えたらこうしよう」と決めておく。それができれば、個別のケースで判断に迷うことも減るのではないでしょうか。個別ケースが増えた後にルール化するのは大変なので、最初に決めておくのです。
グローバル労務を進めるにあたり、今後の展開を教えて下さい。
早川:メルカリは多様な人材が活躍できる会社をめざしています。エンジニアでもグローバルでトップレベルの人材を採用していきたいと考えており、そういう人が日本に来た時には働きやすい環境が必要です。同時に新しい海外拠点、新しいビジネスを立ち上げた際は、今いるメンバーがそこで活躍できるような人事制度にしていきたいと思っています。
兼松:マネーフォワードも同じくグローバルカンパニーをめざしていくので、多様性に富んだメンバーが能力発揮できる環境をつくりたいという点はまったく同じです。足元の課題としては、「暗黙知をなくす」「個別対応の前に、ルール化していく」点が重要だと感じました。今日は貴重な知見をありがとうございました。さっそく持ち帰って実践したいと考えています。
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