VUCAの時代、変革の必要性に迫られている企業は数多くあります。マイクロソフトも、かつてはその一社でした。90年代の隆盛の後、苦境の時代もありましたが、2014年のCEO交代をターニングポイントに、再びイノベーティブな輝きを取り戻しました。それを支えたのは、三つの変革——事業、テクノロジー、そしてカルチャーです。同社がカルチャー変革を成し遂げるまでの全容と、変革を行う際に重要な「従業員の声を聴く」こと、そして同社のサービス「Microsoft Viva Glint」「Microsoft Viva Insights」について、マイクロソフト米国本社のジョー・ウィッティングヒルさん、日本マイクロソフトの加藤友哉さんにうかがいました。
- ジョー・ウィッティングヒルさん
- マイクロソフト コーポレーション
チーフ・ラーニング・オフィサー / コーポレート・バイス・プレジデント
マイクロソフトでの25年間のうち10年間はM&A Venture Integration組織を率い、財務部門での業務に従事。現在、人事部門のエグゼクティブであるCLO(Chief Learning Officer)として、タレントマネジメント、学習と能力開発、文化、組織開発、人材戦略をリード。仕事の未来と未来の労働力を定義、形成、強化を図る役割を担う。
- 加藤 友哉さん
- 日本マイクロソフト株式会社
モダンワークビジネス本部 プロダクトマーケティングマネージャー
Microsoft Teams のPMMを経て、Microsoft Viva の日本向けローンチ・戦略立案をけん引。人的資本やウェルビーイング・エンゲージメントなど昨今注目を集める従業員体験の向上に取り組む。その傍らメディア活動など複数の複業をこなし自ら多様なワークスタイルを実践。新たな角度から日本社会の働き方改革実現に取り組むZ世代のソートリーダー。
会社の中で起きていることは、すべて文化
まず、ウィッティングヒルさんにうかがいます。貴社が変革に取り組むことになった経緯をお聞かせください。
2014年に、現CEOのサティア・ナデラがトップに就任したとき、マイクロソフトはさまざまな課題に直面していました。株価が上がらない状態が10年ほど続き、消費者はマイクロソフトをナンバーワンの選択肢として選んでいませんでした。
また、IT企業を取り巻く環境が著しく変化しており、変革は急務でした。そこでナデラのCEO就任後、三つの変革を同時に進めることになりました。「事業の変革」「テクノロジーの変革」「組織風土の変革」の三つです。
変革の中でもっとも重点を置いたのは組織風土の変革、つまり「カルチャー変革」です。事業や技術の戦略を変えても、ヒトやカルチャーを変えなければ意味がないと考えていました。
なぜ、カルチャー変革をもっとも重視したのですか。
カルチャーとは、企業を映す鏡です。会社の中で起きていることは、全てカルチャーと言ってもいいかもしれません。事業や技術はもちろん、仕事のプロセス一つとってもカルチャーが反映されます。成果が生まれない理由は、商品かもしれないし、マインドセットかもしれない。いずれにしてもカルチャーが深く関わっていると考えました。
そこで私たちは、人事に関して「システムモデルビュー」というフレームワークを導入しました。企業内で何が起きているのか、全体像を把握するためのものです。事業戦略や人材戦略を立てる上でとても役立ちました。
どのようにカルチャー変革を進めていきましたか。
ナデラがCEOになり、まずはミッションの文言を見直しました。1980年代、ビル・ゲイツがミッションに掲げたのは「すべてのデスクと、すべての家庭に1台のコンピューターを」。ミッションを実際に達成する企業は非常に少ないと思いますが、私たちは当時のこのミッションは達成することができました。しかし、その後は目指すべき方向性を見失っていたのです。
ミッションを策定するにあたり、シニアリーダーが集まり、マイクロソフトが目指すものを検討しました。そして現在のミッションである「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」が生まれました。人々の可能性を広げるサービスを提供すること、つまり人々をエンパワーすることを、全社員のミッションにしたのです。
次に定めたのは、行動する際のよりどころとなるカルチャーの三本柱です。それが「お客さまに寄り添う」「ダイバーシティ & インクルージョン」「ワン・マイクロソフト」という考え方です。「お客さまに寄り添う」は、英語では「Customer Obsessed」という言葉を使っています。「Obsessed」とは「心を奪われる」や「取りつかれている」といった意味で、「お客さまファースト」よりさらに強い意味合いを持ちます。
ミッションやカルチャーを刷新することで、社員にメッセージを出したのですね。
はい。カルチャーを言語化したことで、あらゆることの変革につながりました。売り方を変え、働き方を変え、ダイバーシティ&インクルージョンの価値観を取り入れることで、コラボレーションへの意識も高まりました。これらが強力なエネルギーとなり、その後の変化がうまれたのだと思います。
もう一つ、変革において重要なのがリーダーシップのあり方です。リーダーシップは、変革のドライバーであるため、経営層だけが持つべき要素ではありません。一般社員も、リーダーシップを発揮することはできます。そこで、「三つのリーダーシップの原則」というモデルをグローバルに展開しました。リーダーシップの原則の一つ目は、物事を明確にすること。二つ目は、エネルギーを生み出すこと、つまり、他者のやる気を引き出すということです。そして三つ目は、成功・成果物を提供すること。これが、可能性を拡張するマイクロソフトのリーダーシップのあり方です。
カルチャー変革による変化は、従業員の「言葉」に現れる
その後、どのような施策に落とし込んでいきましたか。
カルチャーを変えるとは、会社のほとんど全てを変える、ということです。戦略も、組織の構造も、採用も、教育も、意思決定プロセスも変えなければなりません。本当にさまざまな変化がありましたが、象徴的なものを変化させるときには特にメッセージが必要です。
「象徴的なもの」とは何でしょうか。
「ブルーバッジ」と呼ばれている社員証です。新入社員は、ブルーバッジを受け取るときに誇りを感じていることがわかりました。新しいブルーバッジには名前だけが書かれていて、苗字も肩書きも書かれていません。みんなが平等であることを表しているのです。そして裏側には新しいミッションが書かれています。
すべてのデスクと、すべての家庭に1台のコンピューターを (A computer on every desk and in every home)
地球上のすべての個人とすべての組織がより多くのことを達成できるようにする (Empower every person and every organization on this planet to achieve more)
すべての社員のバッジを作り直したのですが、郵送したり機械的に配ったりはしませんでした。マイクロソフトコーポレーションでは、レセプションで一人ひとりが封筒を受け取り、中にはブルーバッジとCEOのナデラからのメッセージが入っているという体験を作ったのです。メッセージは「会社を一度リセットし、新しく創り上げる今、あなたがここにいてくれることを喜ばしく思っている」という内容でした。
小さなことかもしれませんが、これがシンボリズムです。象徴的なものを把握し、活用する。そうすることで段階的にミッションが浸透し、「社会のために」という精神が養われるのだと思います。
ミッション、カルチャーの浸透のために、実施したことはありますか。
私たちは、自社の製品でもソフトウェアでも、リリースする前に「ドッグフーディング(自社製品を社内で試すこと)」を行います。多くの方に使っていただいている「Teams」も、まずは社内で使って、小さなバグの改善を繰り返してから市場に出しているのです。これはHR施策でも同じで、一部のチームでパイロット版を実施してから、グローバルに展開します。しかし、カルチャー変革に関しては世界同時に実施。トップの人間からどんどん下に浸透させていく方法で、一気に進めました。
HR施策として、どのようなことを実施しましたか。
まず、HR施策はデータに基づいたものでなければならないと考えました。施策の一つとしてパルスサーベイを実施し、日ごと、月ごと、年間ごとの従業員の声を拾い上げ、特に、三つの項目を注視しました。一つ目は、ミッションを認識しているか。二つ目は、行動に移しているか。三つ目は、アドボカシー。つまり、ミッションやカルチャーに関してどれだけ発信しているかです。お客さまとの商談やSNSなど、自分や会社が大切にしていることを「どれだけ伝えようとしているか」をカルチャーの尺度として注視しました。
どれくらいで従業員に変化が見られ始めましたか。
ある日いきなり組織風土が切り替わるわけではないので、期間について明確に答えるのは難しいのですが、他の変革より時間がかかったことは間違いありません。当社の場合、従業員が「理想的な言葉」を使い始めたときに、変化のきざしが見えてきました。
「理想的な言葉」とはなにか。たとえば、カルチャーの一つに「お客さまに寄り添う」がありますが、会議の中で「それはマイクロソフトにとってはいいことだけれど、お客さまにとってもいいことなのか」という発言が出てきたとき。また、「ダイバーシティ&インクルージョン」の文脈で言うと、新入社員が「よくわからなかったので、詳しく説明してもらえますか」と聞いてきたとき。こういう場面に遭遇したときに変化を実感しました。
意見を持つ企業が消費者から選ばれる時代に
変革を行う中で、いろいろな声があったと思います。従業員の声にどのように向き合っていたのでしょうか。
カルチャー変革に限らず、新しいことをすると8〜9割の人は同意してくれますが、1割くらいは批判的です。どの会社でも、どういう施策でも、同様だと思います。批判的な意見があったとしても、私は一度決めた方針は確実に実行すべきだと考えています。ただし大切なのは、批判的な意見を無視するのではなく、耳を傾けること。批判的な意見を持つ人たちも「意見を聞いてもらえた」という実感はビロンギング(一体感、帰属意識)につながります。
変革は、一回やって終わりというわけにはいきません。変わり続ける組織であるためには、どんなことが必要だと思いますか。
私たちは今、AIという新時代に直面しています。変革し続けるためには、成長し続けるマインドセットや、不明瞭なことにも飛び込む勇気を持つことが重要です。「アダプティブリーダーシップ」という、周囲の変化に合わせて仕事のやり方を調整するリーダーシップがさらに重要になるでしょう。失敗しても、もう一度やる。そして、やるからには大きな成果を目指してやり続けることが大切です。
HR業界が直面している課題について、どのようにお考えですか。
現在は、どの組織も変革の必要性を感じているでしょう。そこには内部要因だけでなく、外部要因も大きく関わっています。ビジネスの方程式が成り立たなくなっている今、企業に求められるのは、社会に対しての何らかの姿勢を見せることだと感じています。かつては、政治的な話題は「ノーコメント」を貫くことがベターでしたが、今は意見を持つことで、消費者や社員の賛同を得られ、前に進むことができます。社員一人ひとりと会社のミッションが一致していることが成功の鍵になると思います。
変革に取り組もうとしている人事担当者にメッセージをお願いします。
「マイクロソフトだから変革できたのでは?」と思われるかもしれませんが、「皆さまも必ず変革できます」とお伝えしたいですね。日本企業でもM&Aが盛んに行われていると聞いていますが、カルチャー変革にはとにかく時間がかかります。二つの企業のカルチャーを一つにするのはとても大変なことですが、一旦決めたらぜひやり抜いてほしいですね。
「従業員の声」をどう読み解き、成果につなげるか
ここからは加藤さんに、「従業員の声」についてさらにうかがいます。パルスサーベイやeNPSなど、従業員調査を実施している企業は多いと思いますが、どのような課題があるのでしょうか。
従業員の声を聞くことが大切だと多くの人事の方は理解されていると思います。実際、ほとんどの企業が従業員に対して何らかの調査を行っているのではないでしょうか。一方で、「フィードバックを求められている」と感じている従業員は半数以下の43%というデータがあります。また、マネージャーの80%は、「会社が従業員のフィードバックを十分に聞けていない」と回答しています。
従業員調査を行っても、そのデータをどう使っていいかわからない、という悩みもありますね。
そうですね。よく聞く悩みですが、行動につながらないデータをとっても意味がありません。
日米を比較した際、日本には米国のトレンドが少し遅れてやってくる印象があります。米国では、少し前に従業員のウェルビーイングが盛り上がった後、経済の停滞と共に、再び「生産性」に回帰している印象があります。生産性をデータとして可視化し、改善することがニーズとして強まってきていることを感じます。
「従業員の声」が指すものとは何なのでしょうか。
「従業員の声」には、二つのコンセプトがあります。直接的なデータと間接的なデータです。直接的なデータは、従業員調査が挙げられます。これが従来から言われる「従業員の声」です。もう一つ、私たちは日々業務で使うツールから計測できる間接的なデータも重視しています。1on1にどれくらい時間を割いているか、従業員同士のコラボレーションの時間を取れているか、どれくらい時間外労働が発生しているかなど、定量的なデータです。
従業員調査からは、従業員の感情が言葉でわかります。顕在化した課題と言うこともできるかもしれません。ただ直接的なデータだけでは、回答者に依存するため不十分です。一方、定量的データだけでも無機質で読み解きづらい。
例えば、「あなたのチームはミーティング時間が長すぎる」とだけ言われても、次にどういうアクションを取ればいいのかは分かりません。感情などの定性データと組み合わせることで、無機質なデータの解像度が上がります。定量データと定性データの二つを対の情報として掛け合わせて活用することが、デジタル時代における「従業員の声を聴く」なのではないかと考えています。
マイクロソフトのサービスで取得できる「直接的な従業員の声」と「間接的な従業員の声」について教えてください。
「Viva Glint」と「Viva Insights」についてご紹介します。
「Viva Glint」は従業員の声を聴くことで従業員エンゲージメントを高め、ビジネスの成果につなげることを目的としたツールです。いわゆる従業員調査をイメージしていただければと思いますが、データをどう活用していいか分からないというニーズに対応し、成果につなげるためのアクションをAIが提案してくれることが特長です。
続いて「Viva Insights」は、職場における定量的なデータを計測できるツールです。職場には意外なほどデータがあふれています。マネージャーと過ごしている時間、同僚とのコラボレーションの時間、別部門の人との関わりなどを表すネットワークのサイズなど。これらをデジタルシグナルとして集計します。
二つのデータの活用例はありますか。
例えば、ネットワークサイズが大きい人は営業成績がいいといった関連性がわかれば、周囲の巻き込みを推奨するマネジメントができるでしょう。成功している人はどういう働き方をしているのかを可視化することで、アクションにつなげることができます。
ただし、従業員を監視しているわけではありません。個人が特定されない形で、傾向が表示されるのです。管理型のマネジメントではなく、従業員を支援の対象にするためのツールと捉えていただければと思います。
「Viva Glint」「Viva Insights」ならではの特長はありますか。
どちらのサービスも強みは「Microsoft 365」のサービスとシームレスに統合できることです。「Microsoft 365」を導入していただいている場合、日々業務で使用している「Outlook」や「Teams」などから行動データをシグナルとして自動で生成し人事データとして活用することが出来ます。業務のデジタル化を進めていくと、ツールが増えたりサイロ化したりと、最適にしたつもりがかえって複雑になり手間となることもあります。Microsoft 365という基盤を活かして業務もHR活動もデジタル化していけるという点は、大きな強みとなるはずです。
データを使ったHR施策を、成果につなげるために必要なことは何でしょうか。
人事のあり方が明確に変わってきている今、技術やデータ、新しいものに対するオープンなマインドセットが求められていると思います。HR施策はHR領域に閉じたものではなく、ビジネスの成長に欠かせないことを意識する必要がある。そういう意味で、人事はビジネス側にもオープンであるべきだし、経営やビジネスもHR施策を成長のドライバーと認識することが重要だと思います。
AIの時代こそ、人に注目する。自社の変革においても、企業成長においても、人と向き合って成果につなげることに注力していきたいと考えています。
(取材日 2023年10月26日)
一人ひとりの従業員が心身共に健康で、前向きに働ける組織環境を作ることがこれまで以上に重要な課題となっています。Microsoft 365 と Microsoft Teams で実現する従業員エクスペリエンス プラットフォーム 「Microsoft Viva 」なら従業員同士がつながり、働き方に関するインサイトの分析や従業員の一人ひとりの成長のサポートによって、人とチームが最大限の能力を発揮できるようになります。