役に嘘があってはいけない

周囲にはあまり言ってない話ですが、30年前の学生時代は芝居にのめり込んでいて、大学3年で母校のサークルを飛び出し早稲田の文学部キャンパスの当時スロープ下にあった劇団森という劇団に所属していました。

当時所属していたメンバーには、現在バイプレイヤーで活躍中の矢柴俊博さんや「のぼうの城」の作者の和田竜さんらがいて、稽古のときはいつも厳しいダメ出しをもらっていたのを覚えています。

今でも印象に残っているのは、「役に嘘があってはいけない」ということを何度となく指摘されたことです。私の芝居が当時から嘘くさかったということもあったのですが、「役になりきることと、役に嘘をつかないこととは別物」ということを知ったときはとても衝撃的でした。

このことは多くのプロの役者が体験していることですが、役になりきるためにはその役の人生をイメージし、役を疑似体験するために日常生活さえもその役で過ごすというのはよくある話です。いわゆる役作りというものです。

しかし、こうして役者が一生懸命に役作りをおこなっても、役に嘘があれば、板(舞台)の上に乗った瞬間に、更にセリフを発する前に簡単に見透かされてしまうという怖さがあります。

板に乗っただけで、セリフを吐くこともなく、一体何がわかるのかと思うかもしれませんが、当時の稽古場は畳10畳ほどの薄暗い空間で、役者が立った瞬間に、その役者の脚や腕の筋肉の動き、息づかい、口の渇き、瞳孔の開き、そしてその役者の役への認識などが全てさらけ出されてしまう環境でした。そうした中では、いわゆる役者の雰囲気だけでその役者の力量がわかってしまうことがよくあります。

特にその役への認識が不足していると、どんなに役作りでリアリティを追求しても、そこに本来のリアリティが生まれることはなく、逆に認識不足の状態で役になりきろうとすれば、自己中心的で嘘くさく、それこそ他者からはとても痛々しく見えてしまいます。

私が所属していたその劇団は、時に鼻水を垂らしながら静かに嗚咽したり、息づかいで恐怖を表現したりと、なかなかマニアックな演出が多かったのですが、今、思えば、それらは全てテクニックではなく、一方で役になりきることでもなく、役に嘘をつかない芝居を突き詰めた結果として現れる行動だったと改めて思い返します。

 

いま30年を経て、私は社内講師の方たちや組織のマネジャーを支援する仕事をしていますが、時々、役者との共通点について考えるときがあります。

講師であれば、共感を得やすい話し方や相手に伝わりやすい伝え方、効果的な学ばせ方などのテクニックは多数あります。一方で、講師という役割の中で、教える中身を講師が自分事として落とし込み、講師という役を演じるのではなく、講師という役割に嘘をつかないことが、受講者が腹落ちする講義や研修の一番の近道ではないかと感じています。

組織のマネジャーにおいても然りで、マネジャーという役割を演じるのではなく、なりきることでもなく、マネジャーという役割に嘘をつかない姿勢こそが、周囲から信頼を得られる真の「役者」と言えるのかもしれません。

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細谷幸裕(ホソヤユキヒロ) 株式会社 市進コンサルティング 代表取締役

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