EUのAI法にどう対応するか:企業が押さえるべきポイント

人工知能(AI)は、もはやヨーロッパにおいて、自由に使えるだけの時代ではありません。世界初の包括的なAI規制法である欧州(EU)AI規制法が施行され、全面的な実施に向けて動き出しています。
この法律は、2031年まで段階的に導入される予定ですが、企業にとってはすでに準備期間が始まっています。特に2025年8月は大きな節目となりました。生成AIを含む汎用AI(GPAI)は、透明性の確保、運用ルールの遵守、著作権の保護など、厳しい義務を守らなければならなくなったのです。
ヨーロッパで事業を展開している、あるいは同地域で人材を雇用している企業にとって、これは「遠い話」ではありません。AI法は、採用、人事、労務管理におけるAI活用のあり方を大きく変えつつあります。そして、これは始まりにすぎません。
本コラムでは、まずAI法の概要を整理した上で、企業にとって「今」重要なこと、そして「これから」押さえておくべきポイントを解説します。
AI法:企業にとって重要な理由
AI法は、2024年に欧州連合(EU)内でルールを統一する目的で成立しました。その使命は、イノベーションを促進しつつ、プライバシーや平等、民主的価値といった基本的権利を守ることにあります。
これは抽象的な規制ではありません。AIを使った人材・データ・技術の管理に直接影響を与える、リスクに基づくアプローチです。
ポイントは次の通りです。
- AIシステムはリスクのレベルに応じて分類されます。受け入れられないリスク(全面禁止)から、限定的なリスク(最小限の監視)まであります。
- 採用や人事評価などに使われる「高リスクAI」は、導入前に厳格なチェックと適合性評価を受ける必要があります。
- 採用、パフォーマンス評価、職場監視などでAIを活用する企業は、新たな透明性義務や公平性の厳格なルールに従わなければなりません。
違反した場合のリスクも非常に高く、最大で3,500万ユーロ、あるいはグローバル売上の7%の罰金が科される可能性があります。これは「軽い注意」ではなく、企業経営に大きな打撃となり得るレベルです。
2025年8月に何が変わったのか
もはや「準備期間」ではありません。2025年8月2日、AI法の第二段階の義務が正式に始まりました。主なポイントは以下の通りです。
- 汎用AIモデル(GPAI):生成AIツール、チャットボット、アルゴリズムによる選考プラットフォームなどを利用・統合する場合、提供者がEUの透明性ルールに従っていることを確認する必要があります。技術文書、著作権の開示、システム概要の提示が必須となりました。
- 透明性義務:AIが生成したすべてのアウトプットにはラベル表示が必要です。AIによる履歴書選考、採用メッセージ、自動化された評価フィードバックも対象です。候補者や従業員には、AIが関与していることを知る権利があります。
- 行動規範(Codes of Practice):欧州委員会はGPAI提供者向けに自主的行動規範を発表しています。「自主的」とはいえ、採用することで法的な安心感が得られ、事務負担の軽減にもつながります。
- ガバナンスと説明責任:企業は責任者の任命、監査記録の保持、重大なAI関連インシデントの報告が求められます。AIの仕組みだけでなく、人への影響についても説明責任を負うことになりました。
- 国内当局:各加盟国に連絡窓口や執行機関が設置されています。規制当局はブリュッセルだけでなく、各国でも注視している状況です。
簡単に言えば、ルールは現実のものとなり、監視体制も稼働しています。企業は正式に責任を負う立場に立たされている、ということです。
今、企業が取るべき対応
最近の規制強化を受け、2025年後半に向けての行動指針は以下の通りです。
- AIシステムの棚卸し:利用事例、リスクレベル、提供者の遵守状況を記録・整理しましょう。
- AI生成アウトプットへのラベル付け:求人広告やチャットボットの回答など、すべてのAI生成物に透明性を確保することを標準化します。
- ガバナンス体制の更新:責任者を任命し、監査記録を整備、適合性評価に備えましょう。
- AIリテラシーの強化:人事チーム、マネージャー、意思決定者への教育・研修を実施します。
- 行動規範への対応:現時点では自主的な規範ですが、将来的には戦略的な優位性につながる可能性があります。先手を打ちましょう。
- パートナー選びを賢く:グローバルな対応力と現地実行力を備えたビジネスソリューションプロバイダーと連携することで、EU全域でのコンプライアンス維持を支援してもらえます。
これからの展開(2026〜2031年)
最近の規制強化が目覚ましのように感じられたなら、今後のマイルストーンはさらにコンプライアンス力を試すものになります。
- 2026年2月:欧州委員会が第6条の実施方法に関するガイダンスを発行予定。高リスクAIシステムの市場後監視も含まれます。
- 2026年8月:高リスクAIシステムの運用者はほとんどの義務に従わなければならず、各国のAIサンドボックスも稼働開始。
- 2027年8月:2025年8月以前に市場に投入されたGPAIモデル提供者は完全に遵守する必要があります。
- 2030〜2031年:公共機関での利用、大規模ITシステムの運用、最終的な執行レビューの完全遵守期限。
一見、時間は十分にあるように思えますが、油断は禁物です。企業は今から準備を始めなければ、後の大きな混乱とコストにつながります。
企業が押さえるべきコンプライアンスの重点分野
AI法が段階的に導入される中で、2031年までに特に注力すべきポイントのフレームワークは以下の通りです。
- AIシステムをリスク別に分類:採用、人事、給与管理などで使用するすべてのAIツールを監査し、リスクレベルごとに分類しましょう。候補者選考に高リスクAIを使っていますか? FAQに答えるチャットボットのような限定的リスクですか?このステップは必須です。
- 高リスクAIシステムの管理:システムが高リスクに該当する場合、適合性評価が必要です。文書化されたリスク分析、人間による監督、データガバナンス、継続的な監視を行い、2026年まで待たずに今から整備しましょう。
- 透明性義務の遵守:従業員や候補者は、AIが意思決定に関わる場合にそのことを知る権利があります。AI生成のコミュニケーションにはラベルを付け、プロセスを文書化して、透明性をもって信頼を築きましょう。
- GDPRとの整合:AI法は一般データ保護規則(GDPR)を補完します。両者を組み合わせることで二重のコンプライアンス層が生まれます。データガバナンスは、プライバシーとAI義務の両方を遵守するように整備してください。
- 人材への教育:AIリテラシーは法的要件です。AIに関わる、または監督するスタッフは必ず研修を受ける必要があります。これは任意ではなく、コンプライアンスの重要な一環です。
- 社内行動規範の整備:規制当局からの指示を待つ必要はありません。社内規範を今から策定し、新たな義務が導入されるたびに更新しましょう。
ビジネス的意義:コンプライアンスを戦略に
はっきりさせておきましょう。AI法は単なる形式的な規制ではありません。適切に対応すれば、コンプライアンスは競争優位となります。その理由は以下の通りです。
- 財務や評判リスクから企業を守る
- 従業員や候補者に、権利を尊重していることを示す
- タレントが信頼を重視する市場で、責任ある倫理的な企業としてブランドを位置づけられる
国際通貨基金(IMF)の予測では、仕事の半数がAIによって影響を受ける可能性があります。AIを責任を持って管理する企業こそ、優秀な人材の獲得競争で勝利するでしょう。
現地専門知識の活用
国際企業がEU AI法に単独で対応するのは困難です。ルールは複雑で、罰則も厳しく、国境をまたぐ事業運営では対応がさらに難しくなります。
そのため、多くの組織はグローバルなビジネスソリューションプロバイダーに依存しています。適切なパートナーが規制の複雑さを整理し、事業のすべてを現地法とEU全域のルールに沿って管理できます。
AI法は採用や人事にとどまらず、組織全体に影響を及ぼします。エンティティ構造は規制審査に耐えうる形で設定・運営される必要があります。採用、入社手続き、給与、福利厚生などのHR業務には、AIの透明性と説明責任が求められます。財務業務も、会計・税務・国際送金においてAIシステムを利用する場合、監査対応可能な記録を確保する必要があります。
これらの義務を満たすには、単なるチェックリスト以上の対応が必要です。グローバルなネットワーク、現地での実行力、法務・HR・財務の専門知識を組み合わせることが不可欠です。適切なサポートがあれば、AIコンプライアンスを確実に管理しつつ、従業員、企業の評判、成長を守ることができます。
これからの道のり:AIコンプライアンスをチャンスに変える
私たちはまだ長い道のりの始まりに立っています。2031年までにAI法は完全に施行されます。それまでの間、規制はさらに厳格化され、監査も拡大し、新たなガイダンスが登場するでしょう。
後から慌てて対応しますか、それとも今から戦略的に準備しますか?選択は明快です。
コンプライアンスを企業文化の一部として受け入れる企業は成長を遂げるでしょう。一方で無視する企業は、罰金、評判の低下、信頼の損失といったリスクに直面します。AIはなくなりませんが、職場での無制限な利用は過去のものです。
未来は、イノベーションと責任を両立させる企業に属します。先導者となる準備があるなら、行動するのは今です。
本コラムで提供する内容は、一般的な情報提供のみを目的としたものであり、法的助言と見なすべきものではありません。今後規制が変更されることがあり、情報が古くなる可能性があります。GoGlobalおよびその関連会社は、本コラムに含まれる情報に基づいて取った行動または取らなかった行動に対する責任は負いかねます。
このコラムを書いたプロフェッショナル
沖室 晃平
GoGlobal株式会社 代表取締役
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得意分野 | 人材採用、グローバル |
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対応エリア | 全国 |
所在地 | 渋谷区 |
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