自己申告はないハラスメント被害を確認した場合、どのような対応義務があるか
職場でハラスメントが疑われる事象が発生しても、被害者が「騒ぎにしたくない」と考え、会社に申告しないケースがあります。しかし、企業には安全配慮義務があるため、人事担当者が本人の意向のみを理由に対応を放棄することは、企業にとって重大な法的・組織的リスクを伴います。本記事では、被害者からの申告がないハラスメントに対してどのように対応すべきか、人事担当者が取るべきプロセスを解説します。

ハラスメント被害の申告がなくても企業には調査・対応義務がある
法的根拠と放置のリスク
ハラスメントの被害者から申告がない場合や、本人が相談窓口への報告を望まない場合も、企業には事実を確認し、適切な措置を講じる義務が生じます。
労働施策総合推進法(パワハラ防止法)や男女雇用機会均等法の指針では、ハラスメントが発生している可能性がある場合、企業は速やかに事実確認を行い、必要な措置を講じることが求められています。これは、企業が従業員に対して負っている安全配慮義務に基づいています。
人事担当者がハラスメントを把握しているにもかかわらず放置し、被害が深刻化して休職や退職に至ったり、他の従業員に被害が拡大したりした場合、企業は安全配慮義務違反を問われ、損害賠償責任を負うリスクがあります。
判例では、被害者の申告がなくても職場環境の悪化を認識し得た場合は、企業の対応義務を認める傾向があります(福生病院企業団事件/東京地判立川支部令和2年7月1日)。人事担当者には個人の感情を尊重しつつ、組織としての法的責任を果たすことが求められます。
介入の程度の見極め
調査を開始するにあたり、把握した情報の具体性や緊急性、被害の重大性によって、介入の度合いを慎重に見極める必要があります。全ての疑いに対して一律に強制的な調査を行うことは、かえって職場に不必要な混乱を招いたり、被害者のプライバシーを侵害したりする恐れがあるからです。
暴力行為や明白な性的強要など、犯罪性が高い場合や被害者の心身に急迫した危険が及んでいる場合は、本人の承諾を待たず即座に介入する必要があります。一方で、人間関係の軋轢(あつれき)や軽微な言動に関する疑いであれば、周辺環境への影響を考慮しつつ、本人の意向を優先する段階的なアプローチが適切です。
被害者のプライバシー保護と、職場環境の改善を並行して行いながら、どの段階で誰にヒアリングを行うべきかを設計することが求められます。
申告がない場合の具体的な調査プロセス
周辺情報の収集と本人への意向確認
具体的な調査の第一歩は、被害者の負担にならない範囲で周辺情報を収集することです。メールの送受信履歴やチャットのログ、勤怠データの変動、第三者からの目撃証言など、客観的な事実を集めます。これらの事実を確認することで、被害者との面談時に事実関係に基づいた問いかけが可能となり、心理的な負担を軽減できます。
会社として状況を把握していることを伝え、本人がどのような対応を望むかを丁寧に聞き取ります。詳細を問い詰めるのではなく、信頼関係の構築を優先します。本人が申告しない理由を深掘りし、その懸念を解消するために会社ができることを具体的に説明します。
加害者・第三者への調査とフォローアップ
本人の承諾が得られた場合、または組織としてこれ以上の放置は不可能と判断した場合は、加害者とされる人物や第三者へのヒアリングを行います。この際、情報源が誰であるかを特定されないよう、質問内容を一般化したり、調査の対象範囲を部署全体に広げたりするなどの工夫が不可欠です。例えば、特定の事案について問いただすのではなく、「部署内のコミュニケーション全般についてのアンケート」などという名目で実施します。
調査の結果、ハラスメントの事実が確認された場合は、就業規則に基づき加害者への厳正な処分や適切な是正措置を講じます。また、事後対応として被害者へのフォローアップを継続することが重要です。職場環境が実際に改善されたか、新たな嫌がらせが発生していないかを定期的に確認し、被害者の安全を長期的に確保する体制を整えます。人事担当者には、「客観性を維持しながら、職場環境の健全化に向けた措置を実行し続けること」が求められます。
「申告したくない」心理にどう向き合うか
なぜ被害者は申告を拒むのか
被害者が申告をためらう背景には、加害者からの報復やさらなる嫌がらせへの恐怖があります。特に、加害者が直属の上司や影響力を持つ人物である場合、「仕事上の不利益を被るのではないか」「現在の自分の立場を失うかもしれない」といった不安が申告を妨げます。また、「職場の人間関係を壊したくない」「周囲から扱いにくい人と思われたくない」など、コミュニティ内での孤立を恐れる心理もあります。
そのほかにも「自分の仕事の進め方に非があったのではないか」などの自責の念にかられているケースや、「過去のハラスメント事案で対処されなかった。今回もどうせ変わらない」と諦めているケースも考えられます。こうした被害者の心理的障壁を理解した上で対応する必要があります。
どのようにヒアリングするか
被害者へヒアリングを行う際は、まず守秘義務を徹底すると説明し、相談によって不利益な取り扱いを受けることがないことを、法的な根拠や社内規定を交えて明示します。その上で、「会社には安全配慮義務があり、再発防止のために事実確認が必要である」と論理的に伝えます。被害者に対し、「あなたを守るために会社として動く必要がある」と発信することが重要です。
申告を強いるのではなく、「安心して働ける環境を整えるための協力を仰ぐ」というスタンスに立つのがポイントです。「会社は現状を重く受け止めており、あなたが我慢し続けることは望んでいない」と伝え、本人が事実を話すきっかけを作ります。事務的な事実確認ではなく、「本人の心理的安全性を確保するための場」であることを意識しながらヒアリングをすることが重要です。
被害者が加害者への直接的な指導を拒む場合は、被害者の安全を確保するために配置転換を検討するなど、本人の希望に配慮した選択肢を提示しながら対話を進めます。
この記事の監修
井上 久
井上久社会保険労務士・行政書士事務所 代表
井上 久 昭和30年11月25日の69歳です。2021年4月1日に開業しました。得意な業務は、交通事故相談とクレーマ一・ヘビークレーマ一対応です。「本気・本音・本物」のアドバイスをさせていただきます。お気軽にご相談ください。
井上 久 昭和30年11月25日の69歳です。2021年4月1日に開業しました。得意な業務は、交通事故相談とクレーマ一・ヘビークレーマ一対応です。「本気・本音・本物」のアドバイスをさせていただきます。お気軽にご相談ください。
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