慢性化する人材不足対策が求められる現代において、人材を資本と捉え、キャリア育成に投資していく「人的資本管理」が注目されている。人的資本管理の実践では組織のキャリア支援ステージを可視化し、組織と個人の関係性をアップデートしていく取り組みが不可欠だ。法政大学キャリアデザイン学部教授・田中 研之輔氏と、キャリア自律支援サービスを提供するパーソルプロセス&テクノロジーの成瀬 岳人氏、宮崎 将氏が、無形資産の可視化による「組織と個人の新しい関係性づくり」の可能性について議論した。
- 田中 研之輔氏
- 法政大学 キャリアデザイン学部 教授
一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事
- 成瀬 岳人氏
- パーソルプロセス&テクノロジー株式会社
ワークスイッチ事業部 デジタル人材開発部 部長
- 宮崎 将氏
- パーソルプロセス&テクノロジー株式会社
ワークスイッチ事業部 越境促進アドバイザー
これからの人材育成にはアダプタビリティ(変化適応力)が不可欠
まず田中氏が、企業における人材不足への対応について解説した。
「まもなく団塊世代800万人が75歳の後期高齢者となる2025年問題に直面します。これにより、人材不足は激化すると予測されます。まさに今は正念場といえますが、乗り越えるには『人的資源管理(HRM)』から『人的資本管理(HCM)』への移行が求められます」
人的資源管理とは現状の人的資源を活用すること。それに対して、人的資本管理とはHRテクノロジーを導入し、戦略的に人材を育成していくことを指す。人を資本と考え、人を投資の対象として支援する考え方だ。
変革の時代を乗り越える人材を育成するにはどうすればいいのか。田中氏は、組織における「アダプタビリティ(変化適応力)」を高めることが必須だと語る。アダプタビリティとは、変化の必要が生じたときにその変化を受け入れて、それに適応できるように対処する能力のことだ。田中氏はアダプタビリティの実践に向けて意識すべきことが三つあるという。
「一つ目は、上司自身が成長しなければならないこと。それがマネジメントの向上につながります。二つ目は、行動変容の可視化。行動変容の把握は主観であるからこそ客観的な目安が必要になります。パーソルプロセス&テクノロジーが提供するチームトランスフォーメーション・ワークショップでは、チームに行動変容を起こすステップが明示してありますが、このように行動変容を可視化することが大事です。三つ目は、1on1はただ行えばよいのではなく、そこで『何をやるのか』を伝えることを重視すべきということです。キャリア自律は企業の生産性を高めるために行うものであり、企業の成長と個人の成長のベクトルは相関関係が極めて高くなっています。事実、キャリア自律した社員はエンゲージメントも高いというデータが出ています。だからこそ、マネジャーは手探り感覚でマネジメントを行うのではなく、伴走型で変容に向けた具体的な行動を考えていくことが具体的な変容を促します」
田中氏は、これからのマネジメントは状況変動型であり、常に変化に対応しなければならないと語る。
「パーソルプロセス&テクノロジーで行われている数ヵ月にわたるワークショップでは、具体的な行動変容を促しています。その手法において実践的であり、効果も有効だと感じます」
アダプタビリティを高めるには「学びの具体化・数値化・可視化」が必要
現代において、なぜアダプタビリティ(変化適応力)を高めることが重視されるのか、その理由を成瀬氏が解説した。
「変革が求められるトランスフォーメーションの時代には、環境の変化に対応して柔軟に自分を変化させるプロティアン・キャリアが重視されます。その2大要素はアイデンティティとアダプタビリティです。アイデンティティとは自分らしさであり、自己の欲求や動機、価値観、興味、能力など明確な自己イメージや自己認識があること。アダプタビリティとは変化に適応することであり、変化する環境に対して反応学習、探索と統合力、その状況に適用させようとする意欲が求められます」
変化に適応するには、個々人のキャリア自律が必要であり、上司との関係のあり方も変えていかなければならない。そこで活用されるのが、一般社団法人プロティアン・キャリア協会が開発し、パーソルプロセス&テクノロジーが販売・提供する「チームトランスフォーメーション・ワークショップ」だ。組織の観点から「アダプタビリティ(変化適応力)」を高めていく管理職支援プログラムで、一般社団法人プロティアン・キャリア協会で活動するアダプタビリティ研究会と共同で企画・開発された。変化に強いチームをつくるためのリーダー、マネジャー向けの伴走型ワークショップ・プログラムだ。
内容は企業の各職場のチームの現状を可視化し、組織と個人の関係性をより良くしていくためのマネジメントアクション設計を支援していく。2~3ヵ月間のワークショップを通して、管理職(リーダー、マネジャー)自身の行動変容と、チームメンバーに対するキャリア自律支援アクションを具体的にサポートすることにより、組織の変化適応力の強化やエンゲージメント向上を実現する。
「特徴は、自分が変わるために何をやるべきかが具体的にわかり、その進展が可視化されることです。一般的なワークショップのアンケートを見ると、多くの人は具体的にやるべきことが見えていません。しかし、『なんとなくやってみる』ではもうダメな時代なのです。変化に適応するために何を学ぶべきかを具体化することがとても大切であり、具体化・数値化・可視化が変革のキーワードになっています。こうして具体的な学びを得ることが、チームのエンゲージメント向上や主体的なキャリア開発の促進へとつながります」
変革を促す「行動変容のワークショップとキャリア資産診断」
パーソルプロセス&テクノロジーは、企業に向けたキャリア自律支援サービスとして「プロテア」を提供。プロテアはキャリア自律のための課題の可視化から行動変容までをトータルにプロデュースし、キャリア資産という指標で効果測定を行い、組織にあった施策の立案・実行までを支援する。そのサービス内に、チームトランスフォーメーション・ワークショップとキャリア資産診断がある。
チームトランスフォーメーション・ワークショップでは、独自に開発した「チームの行動変容ステージ」に基づき、現状可視化と行動変容に取り組む。「関心→準備→実行→継続」という四つのステージについて成瀬氏が解説した。
「『関心』とはチームの向かう方向性が明確になっている状態。チームの目的・目標とリーダー自身、メンバーのキャリアの関連づけを考えます。『準備』はチームにおける関係性の質を高めている状態。チームの目的・目標とメンバーのキャリアや仕事の意味をつなげるための対話機会がつくられます。『実行』はチームにおける思考の質、行動の質を高めている状態。チームメンバーそれぞれが目的・目標に向かって自律的に考え、チームとして共に考え行動できるようにします。『継続』はチームが目的・目標に向かって自律自走している状態。チームメンバーそれぞれが変化に対応しながら、相互に高めあう思考・言動・行動を定着させます」
ではチームトランスフォーメーションの実施では何が武器になるのか。成瀬氏はアセスメントとチームジャーニーだと語る。チームジャーニーとは、チームにおけるマネジメント行動を具体的にシミュレーションしていく、チームの行動変容に向けた工程表だ。
チームの変化を測るアセスメントでは、客観的な指標を用いて、チームの状態を定量的に示していく。
「全16問のチームへの支援状態をアセスメントすることで、チームの取り組み状態を定量的に示し、どのステージに課題があるのかを明確化します。結果は5段階でグラフ化され、メンバーとマネジャーの差分を見て、課題を探っていきます」
チームの旅路を描くチームジャーニーでは、チームの状態に対して、具体的なアクションプランを設計する。
「アセスメント結果を見ながら、各ステージでチーム、メンバーが取り組むべきアクションをシミュレーションしていきます。マネジャーは暗黙知で行動していることが多いものですが、このように行動を見える化することで、何ができて、何ができていないかを明確化することができます」
次に宮崎氏がサービスの一つであるキャリア資産診断について解説した。キャリア資産とは、個々人の知識や能力、社会とのつながりや健康といった「見えない資産」のことだ。個々のキャリア資産を見える化することで、これまで行ってきたマネジャーの指導や助言が適正なものだったかを振り返ることができ、間違っていた場合でもこの診断によって正しい方向転換ができるようになる。
「キャリア資産は、積み上げたスキルや知識である『生産性資産』、活動を支える身体と心である『活力資産』、環境に適応し変化する力である『変身資産』に分類されます。診断では選択式の設問に答えることで、自分が持つ資産状況を可視化し、自身の課題や傾向を知ることができる。また、変化や成長の度合いを測定するツールとしても活用できます」
ではなぜ、状況の可視化が重要なのか。成瀬氏は、内省(リフレクション)のためには、良質な材料が必要だからと語る。
「プロテアで行っているのは、キャリア資産を可視化することで自分のキャリアに向き合いやすくすること。回答した点数の上がり下がりを説明しようとすることが、自分のキャリアに対する向き合い方を言語化することにつながり、的確な内省が可能になります」
要するに、プロテアが行うのはマネジャーのリフレクションでもあるということだ。
「プロテアによって行動変容の数値化と可視化が実現することで、これまでマネジャーが行ってきた『なんとなくの行動変容に向けた指導』を避けられることに意義があります。定量的に示されたものに向き合いながら、『それはなぜか』と考えたり、他者に説明しやすくしたりしている。それによって良質な内省ができるようになり、そこから学び、行動変容がしやすくなるのです」
隔週実施、2ヵ月間のワークショップで起こった変革事例
次に成瀬氏はチームトランスフォーメーション・ワークショップの実践事例を紹介した。
- 対象:上場したばかりの急成長中のマーケティング会社におけるサブマネジャー
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課題:
- 次期管理職層であるリーダー、サブマネジャー層に対するマネジメント教育ができていない。
- 1on1は施策のみ先行し、効果的なコミュニケーション施策になっていない。
解決策として隔週で四つのワークショップを行い、トータル2ヵ月のプログラムを実施した。
- クエスト1 6/15 チームの現在地を知る
- クエスト2 6/29 チームジャーニー策定(どう具体的にアクションするのか)
- クエスト3 7/13 実践の共有とジャーニー更新(行動の全体像を描きながら、今どこにいるかを可視化していく)
- クエスト4 7/27 チームの変化を振り返る(2ヵ月を振り返る)
最後にアセスメントを受けてもらい、数字がどう変わったかを確認する
結果はワークショップによって、メンバーとマネジャーの認識が一致し、強化アクションが必要と設定した項目で数値が上昇。また、マネジャーが「できている」と思っていたのにメンバーは「それほどではない」と思った項目については、よりメンバーの認識に近づく結果になった。また、変化に適応するためにチームで強化すべき点が全員で認識され、メンバーとマネジャーで認識のズレがあった弱点部分が補正された。
「このプログラムは従来のアセスメントから一歩踏み込んで、『実際にどのように行動を具体化していくか』『結果としてどんな変化が起こっているか』を主観と客観の両面から確認でき、そこから行動を補正できるプログラムとなっています」
次に宮崎氏がキャリア資産診断の事例について解説した。同社ではすでに1000件の診断を行っており、例えば、企業が実施した施策や活動の効果検証でも活用されている。
「プロティアン・キャリア研修で使われたときには、特にビジネススキル、精神的健康、自己納得感、アダプタビリティ、コミュニティで数値が向上しました。キャリア資産の全体についても数値が向上しています。相互副業・社外インターンシップの際に使われたときには、コミュニティ、自己選択感、精神的健康などで特に数値が向上。越境体験(ワーケーション)で使われた際には、コミュニケーションスキル、自己創出感に加え、変身資産の各項目が大幅に向上しました。このようにキャリア資産診断は施策ごとにどんなキャリア資産が育成されたかが把握でき、次にどんな施策を打つべきかが明確になる点に特徴があります」
キャリア資産については、2022年10月に累計1万人規模を調査した「キャリア資産診断調査」がリリース予定。これによりベンチマークデータができ、キャリア資産の傾向を企業規模・業種・職種で比較できるようになる。当事者が自身の現在位置を把握できることで、より詳細な分析が可能になる。
個人と組織の関係は「対立」でなく「共創関係」の時代へ
最後に田中氏は、成瀬氏、宮崎氏のプレゼンテーションを聞き、人的資本管理を推進する際に考えるべきポイントを三つ挙げた。一つ目は「個人と組織の関係性はどう変わっていくべきか」だ。
「組織が個人をコントロールしていく時代も、個人が好き勝手に組織から離れていく時代ももう終わりを迎えます。令和は、個人と組織が協調しながらイノベーションを起こしていく時代です。企業と従業員が互いに同じ方向について考えるわけで、まさに共創関係にあります。個人と組織はお互いに相手をより良きグロースへと導く存在でなければなりません。人事には従業員の信頼を得るため、組織の状況を示す具体的な数値を示すことが求められます」
二つ目は「人的資本経営の時代、人的資本の最大化のためにできることは?」だ。
「人的資本の最大化に必要なものは『DX=デジタルトランスフォーメーション』と『CX=キャリアトランスフォーメーション』です。CXとは人々の働き方や生き方をより良いものへと変革させていくことであり、テクノロジカルツールを使ってCXを実現させていきます。現在、人的資本の最大化において障壁となっているのは、ポテンシャルがあっても、組織がブレーキとなってキャリアを抑制している人たちです。私の見立てでは組織に4~5割はいると思います。自分に可能性があるにもかかわらず、組織の中で自分にブレーキをかけながら働いている。企業はそのブレーキを外していくべきであり、そのためにDXツールの活用が求められます」
三つ目は「動的に変化する無形資産を可視化する意義とは?」だ。英国オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授は、「20年後までに人類の仕事の約5割がAIないしは機械によって代替され、消滅する」と予測している。キャリアを変えることが必然な世の中になるのであれば、プロティアン・キャリアで前向きに変幻自在にキャリアを変えていく必要がある。そのためにはキャリア資産の把握が必要であり、それらの可視化が求められると田中氏はいう。
「キャリアを変える必要に迫られたとき、本人にはキャリアショックが起きます。これまでやってきたことが使えなくなる不安で自己喪失感に駆られる。しかし、そんなときにキャリア資産を可視化しておけば、安心材料になり、自信になります。キャリア資産をレバレッジとして、次のキャリアを生み、組織の中で活躍していくことにつながります」
これから企業が目指すべき人的資本経営においては、いかに良質なリフレクションができるかが問われる。その中で企業と個人が共創し、互いをよりよい成長へと導き合える環境をつくることが求められている。田中氏、成瀬氏、宮崎氏によるセミナーは、無形資産の可視化による「組織と個人の新しい関係性づくり」の可能性を示して、締めくくりとなった。
パーソルプロセス&テクノロジー株式会社は、パーソルグループ戦略ビジネスユニット「Professional Outsourcing」主要会社として、ITにおける開発から運用、テクニカルサポートなどを提供するほか、事業課題に応じたビジネスプロセスのアウトソーシングや、コンサルティングを実施しています。2017年7月より、株式会社インテリジェンス ビジネスソリューションズ(IBS)からパーソルプロセス&テクノロジー株式会社へ社名変更。労働・雇用の課題の解決を目指します。