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キャリア支援によるメンタルヘルス不調者を出さない職場作り
一人ひとりの強みを活かし、組織を活性化させることで生まれるメリットとは?

法政大学 キャリアデザイン学部教授 臨床心理士

宮城 まり子氏

キャリア支援における上司の重要性

近年は、事業の売却や再編が行われ、ハイパフォーマーだった人がある日突然、ローパフォーマーになるという事態も起きています。それが理由でメンタルヘルス不調になる、というケースも少なくないと聞きます。

今まで活躍してきた人の場合、そこで培った経験・ノウハウは、たとえ異なる分野でも全く活かせないということはないと思います。誰もが強みを持っているので、それを活かせるようにすればいい。そのためには、個別面談をキメ細かく行うことが重要です。これまでのキャリアをしっかりと聴くことで、本人の持っている強みや専門性をどういう風に活かしていくかを一緒に考えるのです。ただしその場合、人事や上司が面談を行わないほうがいいと思います。ありのままを話せる場で、キャリアカウンセラーが聴き出し、それを人事や上司に報告できるようにすることです。そのためには、やはり「キャリア相談室」の存在が必要でしょう。その際、会社の状況を何も知らない外部のキャリアカウンセラーよりも、会社の中である程度、いろいろな部門を歩んできた人たちがキャリアカウンセラーの資格を取得し、支援していくのがベストだと思います。

宮城 まり子氏(法政大学 キャリアデザイン学部教授 臨床心理士)

また最近では、60から65歳への雇用延長を行うときに、その人材をどこでどのように活かしていくのか、という高齢者活用の問題が注目されています。現実的に待遇が落ちていく中、いかにやりがいを持ってイキイキと働いてもらうかが課題となっているのです。そのためには、とにかくキメ細かく一人ひとりと対話(キャリア・カンバセーション)すること。対話なくして、個人を活性化することはできません。これは、育児休業明けの女性社員をどのように活用していくかといった問題でも同様です。

ところが私が見る限り、会社が行っている対話は中身が乏しいと言わざるを得ません。たとえば面談の際、上司の対話スキルの中でも傾聴力がとても低いのです。例えば、MBOのアセッサー研修などでも、聴き方のトレーニングはほとんど行われていません。実際の面談でも、部下のことをほとんど聴いていません。自分の都合のいい質問をするばかりで、単なる情報収集の場にしかなっていない。部下が今後、自分をどう活かしていきたいのか、何をやりたいのか、上司とどう関わっていきたいのかといったような、キャリアに関する話を引き出そうとしていないんですね。上司が一方的に話すだけですから、とても自己理解にまでは至りません。そうではなく、本人に気づきを与えるような面談を行い、本人が自ら変わるような自律的なキャリア開発を行える仕掛けを作っていくことが必要です。

そのために、キャリアカウンセラーを増やすということになるわけですか。

いくらキャリアカウンセラーを増やしても、現場の上司にカウンセリングスキルがなければ、部下は育ちません。そういう意味では、上司がキャリアカウンセラーとしての役割を担えるといいと思います。部下のキャリアを育てることは、上司の一番の役割です。

たとえば、部下がキャリア研修を受けて「自分は今後どうありたいのか」を明確化できたら、現場に帰ったとき、それについて上司と話し合わなければ意味がありません。上司が部下の描いたキャリアデザインを知らなければ、それは絵に描いた餅と同じです。

上司が部下の話をしっかりと傾聴しキャリア支援を行っていけば、メンタルヘルス不調はかなり減ると思います。ところが、現実的には傾聴のできない上司が非常に多い。指示命令や助言することしか考えていません。部下のキャリアを育てることの重要性と、メンタルヘルス不調を予防するのは上司の役割だということを、果たしてどれだけの上司が理解しているでしょうか。

問題は今、多くの上司がプレーイングマネジャー化していることです。部下と関わる余裕も時間もなく、部下がどういうところで努力しているのかを見ていないのです。見ているのは数字ばかりで、面談をやっても「達成したかどうか」の点だけに注目するばかり。結果、指導、注文を付けるだけのネガティブなフィードバックが多くなってしまいます。これではポジティブな気持ちが持てるはずもなく、キャリア展望も描けず、部下のモチベーションは上がりません。その結果、メンタルヘルス不調が進んでいきます。

キャリア支援を進めていくために、人事が対応すべきこととは?

そのような状況を改善していくには、どうすればいいのでしょうか。

現実的な問題として、「キャリア相談室」には行きやすいけれど、「メンタルヘルス相談室」は敷居が高く、行きにくいと感じる人が多いようです。ですから、キャリア相談室に来た人の中で、メンタルヘルス不調の人がいたら、メンタルヘルス相談室にリファーし、具合が良くなったらキャリア相談室に返すといったように、相互に連携を取り合って支援する体制を構築することです。事実、最近では産業医がキャリア相談室と連絡を取って、リファーするケースが増えています。

それから、社内公募制とか社内FA制など、自分が仕事(キャリア)を選んでいくことのできる制度を作ることです。特に大手企業の場合、この類のことは人事が決めるものと思い込んでいる人が多いようですが、それでは自分がキャリアを決める当事者になりません。一人ひとりに自分のキャリアに責任を持たせ、仕事の中で自分の強みや専門性を作り、たとえ会社がなくなっても、他の会社で通用するような人材を育成していれば、本人だけでなく、会社にとってもプラスになるでしょう。だからこそ、自分のキャリアを自分で考えさせ、自分で選択し、自分でマネジメントするといったシステムを作っていく必要があるのです。

そのためには、自分で手を挙げて、上司の了解を得なくても異動できる仕組みが必要です。つまり、社内の人材流動化ですが、その際に、個人の希望・意志で動けるシステムを作っておく。そうしないと、誰もが受け身のキャリアとなってしまい、人も組織も活性化しません。

個人の「売り」を作る仕組みも重要です。これが究極の「0次予防」と言えます。受け身のキャリアで、嫌々仕事をしているような人を増やしてもダメです。また、仕組みを作っていく中で、キャリア相談室も人事部や能力開発部の人だけが、キャリアカウンセラーになるのではなく、いろいろな部門でキャリアを積んだ人がキャリアカウンセラーとなることです。例えば、ソフト開発なら、その分野のことを理解している人がキャリアカウンセラーの資格を取って、専門的な視点からキャリア支援に臨むのがいいと思います。それぞれの現場(部門)を熟知している人がしっかりと勉強をして、男女を問わずキャリアカウンセラーとなることがポイントです

また、人事部においても、頭脳明晰で優秀な人ばかりではなく、人の悩みや痛みが分かる人、一人ひとりと丁寧に対話し向き合っていくことのできる人を入れるべきです。人の心をつかんでいないと、良いマネジメントはできません。このようなミクロの視点がこれからの人材マネジメントには必要であり、それがマクロの部分にも良い影響を与えていくと思います。

そして、本人が自分のキャリアに責任を持つことが大事ですね。

その意味でも、20代の新入社員の頃からキャリアを考えさせることが大切です。5年ごとくらいに、絶えず自分のキャリアを見直す機会を設け、自分はどうありたいのか、そのために不足しているものは何かを考え、意識させるのです。その際、自分のキャリア目標をしっかりと持たせるといいでしょう。キャリア目標を持っていて5年間過ごす人と、目標もなくただ5年間過ごす人とでは、エネルギーの使い方、自己啓発のあり方が大きく5年後の迎え方が違ってくるからです。5年間の過ごし方がその人のキャリアを作っていくのであり、そのことが0次予防にもつながります。

職場環境が常に変化する現代、誰もがさまざまな課題を抱えています。重要なのは、会社(上司)が一人ひとりと向き合うことです。社員が一番うれしく思うのは、自分の悩みを共有してくれる人がいることです。だからこそ、日ごろから対話し、キャリアを支援すること(キャリアカウンセリング)が、メンタルヘルス不調に陥らない一番の近道なのです。そのようなことが仕組みや職場環境を作ることが、人事部の大きな役割だと思います。

宮城 まり子氏(法政大学 キャリアデザイン学部教授 臨床心理士)

(撮影場所:東京・千代田区の法政大学にて)

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この記事ジャンル メンタルヘルス

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